6回目 ナロー出版
「はじめまして。
ノベール・グローアーブ・ナローです。
ナロー出版社の代表をつとめてます」
「はじめまして、エドマンド・ハミルトンです」
やや緊張気味しながらエドマンドは、最初の挨拶を交わす。
そんなエドマンドに、
「お会いできて光栄です、ハミルトン先生」
と滑らかに応対した。
「いやあ、先生のような高名な方に来て貰えるなんて」
そう言ってノベールは褒め称える。
そういう事に慣れて無いエドマンドは照れてしまう。
どう対応すれば良いのかも分からない。
「おそれいります……」
俯いてそう呟くのが限界だった。
それでもノベールは慣れてるのか、上手く話を進めていく。
それにつられてエドマンドも一言二言と言葉を紡いでいく。
そうしていくうちに緊張も解れていった。
「しかし、驚きましたよ。
まさか先生ほどの人から手紙をもらうなんて」
「ええ、色々あったので」
「しかも、すぐに来てくださって。
誠にありがとうございます」
「そんな、こっちこそ押しかけて申し訳ないです」
「それで、早速なんですが。
仕事の条件よりも先にお聞きしたい事がありまして」
「はい」
「崇高出版さんとは何かあったんですか?」
そう言ってノベールは重要な点を尋ねてきた。
(そりゃ聞くよなあ)
エドマンドもそれは覚悟していた。
色々最悪だったが、崇高出版は大手である。
歴史もある。
そんな出版社からわざわざ新興の小さな出版社に手紙をよこしたのだ。
何かあると思うのも当然だ。
最悪、問題を起こしたと警戒してもいるだろう。
ノベールとしても、そういった問題を回避したい。
厄介事が絡んでくるなら断りたい。
そういう意図もあるだろう。
エドマンドもそうなるだろうとは思っていた。
なので、持ち込めるだけの資料を持ち込んできた。
弁護士の資料から崇高出版に送った手紙など。
その他、持ち出してきた批判・抗議文に、書かされた反省文。
全部ではないが、手元にあるものは全て持ってきた。
「これを」
そう言って持ってきたものを提示して。
それから何があったのかを説明していった。
話を聞くノベールは、最初は淡々とした表情を保っていたが。
資料に目を通し、話を聞くにつれて顔が強ばっていく。
その果てに出て来た言葉は、
「これは酷い」
絶句して他の言葉は出てこなかった。
「いや、失礼」
数分ほどして気を取りなおしたのか、顔をあげる。
「あまりにも酷くてびっくりしました」
「やっぱり、他の人から見てもそうなんですね」
「ええ。
まあ、他の会社ですから、そのやり方を一概に否定は出来ませんけど。
でも、これはちょっと予想外過ぎました」
少なくともそれらはノベールの常識や良識とは相容れないものだった。
「まあ、先生の状況は分かりました。
これなら縁を切るのも仕方ないです」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
上辺だけでもいい、理解してもらえるならそれだけで嬉しかった。
「それで、あちらの出版社との縁はもう切れてると?」
「ええ、弁護士とも相談しましたけど。
契約上の問題もないそうです」
もともと一作ごとの買い取り契約だ。
それらを出版するならともかく、他の作品を他社に持って行くのを咎められる事は無い。
「分かりました。
それなら我が社で先生の作品を取り上げさせてもらいたいと思います」
「よろしくお願いします」
「ただですね」
「はい」
「まずは先生の作品を拝見させてください。
それを見て決定したいと思います」
当然である。
作品を見ないで採用するなどありえない。
「分かりました」
エドマンドはもってきた作品をノベールに渡した。
渡された原稿をノベールはその場で読んでいく。
とはいえ、原稿用紙300枚はある。
(え、これ全部読むの?)
さすがに時間がかかるんじゃないかと心配になった。
しかし、エドマンドのそんな心配はすぐに解消される。
原稿用紙をパラパラとめくっていく。
1秒か2秒で次の原稿に向かう。
いったい何をしてるのかとエドマンドは思ってしまった。
そう思ってる間に最後の一枚に辿り着き。
「ありがとうございます、拝見しました」
事も無げにノベールはそう言った。
「驚かれたでしょうが、これが僕の能力なんです。
『速読』とでもいいましょうか。
読むのが凄く早いんですよ」
「なるほど」
それで合点がいった。
それならば、今見たような速度で読む事も出来るのだろう。
「それで、この作品ですが」
「はい」
「是非、我が社で採用させてください。
まずは、我が社の雑誌に掲載。
単行本化も含めて契約をさせてもらいたい」
「本当ですか?!」
「もちろん。
これだけの力作、間違いなくうちの看板になります」
ノベールはそう言って笑顔を浮かべた。
「まあ、誤字脱字の校正とかはしなくちゃならないですが。
雑誌掲載にあわせて、手直しもお願いしたい。
ですが、基本的にはこのままの形を保って採用させてもらいたい」
「それは是非!
お願いします」
「こちらこそ」
エドマンドとノベールは握手を交わした。
「しかし、不思議ですね」
話が一段落したところで、ノベールが首をかしげる。
「作風が全然違うというか。
ここ最近の先生の作品とは趣が違いますね」
「ああ、それは」
崇高出版でだめ出しをくらいまくり、大幅な書き直しをしたからだ。
おかげで、本来のエドマンドの作風とはかけ離れたものが出版されていた。
「そういう事ですか……」
話を聞いてノベールも納得する。
「もったいない」
「……何がですか?」
「いやね、あくまで個人的な意見になるんですが」
「はい」
「僕はね、今の、この作品の雰囲気の方がいいと思うんですよ。
文体とか、話の流れとか。
先生の味というか色というか。
それが滲み出ている。
読んでて面白い」
ノベールの素直な感想である。
「なんでこれを変えさせてたんですかねえ。
もったいない」
そう言いつつも、ノベールにも理由や原因は分かっていた。
エドマンドがもってきた資料。
その中にある批判・抗議文とそれに付随する反省文。
それが全てを物語っていた。
「これが原因なんでしょうけど」
それらに合わせたせいで、エドマンドの持ち味が殺されていった。
そういう事なのだろうと思った。