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3回目 出版社における不満ばかりのやりとり、あるいは社会の縮図

 崇高出版。

 エドマンドの生まれたエイメリア共和国で有数の出版社である。

 歴史は古く、創業数百年を誇る。

 その社内で、エドマンドは毎度の事となる暴言を受けていた。



「相変わらず、最低の原稿。

 なんでこうなるんだか」

 女編集員カミラ・カミヤの叱責はエドマンドを叩きのめす。

「表現もそうだし、言葉使いもなってない。

 小説家ならこんな初歩的な部分くらいなおしてきなさい」



 その声がエドマンドを辟易させる。

 入賞してからの付き合いになるこの女担当はいつもこの調子だ。

 とにかく何でもかんでも否定する。

 小さな事を見つけてはケチをつける。

 それでいて、どう修正するかは示さない。

「そんなの自分で考える事でしょ!」

 いつもこれである。



 それでなおしたとしても、

「何ですかこれは!」

と修正した箇所にケチをつける。

 何をどう治しても文句を言うのだ。

 もう怒鳴りつける為にあれこれ文句を言ってるとしか思えない。



 それだけではない。

 更に追い打ちをかけてくる。

「見てください、これを!」

 そう言って数通の手紙を、バン! と叩きつける。

「また抗議の手紙です!」



 封が切られた手紙の数々。

 宛先がエドマンドになってるのに、勝手に読まれたそれら。

 それがそもそもどうなのかという所。

 本人以外が勝手に読むのはどうなのか?

 犯罪には問われないかもしれないが、人としての倫理・道徳には欠ける。

 しかし、そんな事全く考えてないのか、カミラは怒鳴り声を続ける。



「こんなに批判や抗議が来てるんですよ。

 全部、先生の作品にです!」

 確かにエドマンド宛なのでそうなのだろう。

 そして、編集部が見せる手紙は、確かに批判・抗議のものだった。



 そこに書かれた内容も酷いものである。

 話の展開が悪い、登場人物の言動や行動が悪い。

 細かいところだと、科学や魔術の見地からの間違いをあげつらってくる。

 更に、社会的な地位や権限、役職についてまで。

 あげく、通貨や長さ・重さの単位まで

 よくぞまあ、これだけあげつらってくると思える程だ。



 しかも、そのほとんどが的外れだ。

 話の展開や登場人物の動きは、それこそ話の流れによるものだ。

 科学や魔術、社会的な考証などは、それこそ空想のものだ。

 通貨や長さ・重さの単位に至っては、難癖と言っても良い。

 この全てはお話の中で構成されている。

 現実を用いてるわけではない。

 科学や学術の論文でもないのに、現実的である必要は一切ない。



 にも関わらず現実的ではないといって批判・抗議がくる。

 いったい何を読んでるのかと思ってしまう。

 エドマンドの書いてるのは架空の世界だ。

 現実ではない。

 空想の産物に現実的ではないというのは、大きな的外れだろう。



 だが、それがどうにも許せないらしいカミラは、

「これに目を通して、何が悪いのか反省文を書いてもらいます」

と息巻いてくる。

 出版社に来る度にエドマンドはそんなものを書かされている。

 抗議の内容をしっかり把握したかどうか確かめるために。

 読みたくもない批判・抗議文を読まねば、反省文は書けない。

 批判・抗議文をしっかり読ませるために、反省文を書かせる。

 そんな事をこの2年間ずっと繰り返してきた。



「売り上げも落ちてるので。

 その理由をここからしっかり汲み取ってください」

 確かにエドマンドの作品の売り上げは落ちている。

 最初の頃はそれなりに購読されていたのだが。

 今も生活に響かない程度には売れているけども。

 明らかに初期ほど売れてはいない。



 だが。

 初期の頃に比べればだ。

 売り上げが落ちてるのはそれから時間が経ってから。

 言い換えれば、この出版社で小説を刊行するようになってからだ。



 その間、エドマンドはカミラの暴言を浴び続けた。

 それから届くようになった批判・抗議文章。

 それらを読まされ、反省文を書かされてからだ。

 抗議の内容を取り入れるようになってから。

 更にはカミラの、何が言いたいのかさっぱりわからない叱責にさらされてから。



 それらを取り入れて、売り上げが落ちている。

 それらを元に原稿に修正を入れてから、購読数は減った。



 エドマンドは若いがバカではない。

 いつ、どの時点で何が起こってからこうなったのか。

 それを考えるだけの智慧はある。

 だからこそ、若くして小説家にもなれたのだ。

 有名出版社で佳作をとって。



 それを考えると、なんでこんな目にあうのかと考えてしまう。

 まず、まともな修正案を出さない。

 文句だけ言ってくる。

 それで修正や訂正を入れれば、また暴言。

 挙げ句に売り上げが落ちたとか。

(誰のせいだ)



 カミラは勘違いをしていた。

 エドマンドの性格を。

 確かに無駄な争いを好まない。

 出来れば穏便に済まそうとする。

 だが、決して大人しいわけではない。

 唯々諾々としてる人間ではない。



 不当な扱いや理不尽には抵抗する。

 それが芯にある。

 それを出す必要がないから黙っているだけだ。

 限界が来たら即座に行動に出る。

 カミラはその一線を越えた。



 何より。

『大丈夫?』

 心配そうな顔をして自分を見つめる少女。

 大切な読者第一号の顔。

『最近、元気ないよ』

 そういっていたわってくれる娘。

 その顔が頭に浮かんだ。

 なぜだかエドマンドにも分からないが、それが決断を促した。



「いいですね」

「嫌だよ」

 即座に応える。

 その声にカミラはまなじりをあげる。

「はあ?」

「嫌だよ。

 聞こえなかったのか?」

 そう言って立ち上がる。

「ここではもう出さない!

 誰が来るか、こんな出版社!」

 大声を出す。

 部屋全部に、社屋のビル全部に、その外にも届くように。

 それは周りからの目を一気にあつめた。

「金輪際、こんな所に来るか!」

 そう言ってエドマンドは外へと向かった。



 後先を考えての事ではない。

 だが、後悔は無い。



 エドマンド・ハミルトン。

 この日、自作を刊行していた崇高出版と縁を切る。

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