真面目だから
今日は朝からずっと雨が降っている。勢いも強くしばらく止む気配がない。
私は図書室の窓を見ながらため息をついた。棚に向き直ると背表紙が剥がれかけている本を数冊抜き取って手に持つ。
そしてカウンターに行く前に窓際の隅の方に足を向けた。
私は気づかなかったがたぶん居るはずだ。近づくと案の定
見慣れた黒髪が見えた。彼は私に気づいて顔を上げる。
「何か用?」
「一件だけ。……毎回思うんですけど
いつ入って来てるんですか?」
「普通に入り口から来てる。あまり足音立てないから
気づかれにくいみたいだね」
彼が少し呆れたように答えた。確かにわざわざ聞くような事ではないが、気づいたら居るので聞いておきたかったのだ。
「また修理?」
「はい」
「頑張るねぇ、放課後なのに。……でも君が図書室で作業
してくれてるから僕も居れるんだけどね」
彼は休み時間と放課後に必ずと言っていいほど図書室に来ていた。以前、家に帰っても誰もいないと言っていた気がするが
その事と関係があるのだろうか。
「…………両親が医者なんだよ」
「え?」
心情が顔に出ていたのか。いや、出ていたとしても何が原因でその表情になっているかなんて普通なら読めない。
固まっていると彼が困ったように口を開く。
「用もないのに放課後まで残ってるのは誰だって不思議に思うからね。僕は家に居るより学校に居る方が好きなんだよ」
「……だからって……」
「ちなみに両親の仕事は誰にも話した事がなかった」
畳み掛けるように言葉を被せてくる。そんな事をされたら
言おうと思っていた事も言えなくなってしまう。
この学校は名札をつける義務がない。生徒同士なんとなく
話してなんとなく友達の和が広がっていく。しかもファーストネームで呼び合うので、本名なんて知らないのが当たり前に
なっている。
両親とも医者なんて言いにくい事なのに
どうしてそこまで仲良くもない私に話したのか。
「私に言っても良かったんですか?
みんなに言いふらすかもしれないんですよ?」
「言いたいなら言っていいよ。
だけど僕は言わない方に賭ける」
そう言う彼の表情は自信ありげだ。裏付ける理由でもあるのだろうか。少し挑発してみることにした。
「ずいぶん自信があるんですね」
「なら、どうして先生達は君に図書室の鍵を預けているんだい?それに放課後なのに誰も先生はついてないし。普通なら
一人はつくと思うよ。なのにしないという事は君を信用して
いるからじゃないのかい?」
彼が言う事は最もで、どの先生からも、真面目だから信頼
しやすいと言われていた。もちろん狙ってやった訳ではない。
真面目なのは元からだ。
「そう、ですね……」
「……だから僕も信じてみる」
「分かりました」
私の言葉を聞くと彼は安心したように息をついた。
そして本を閉じるとカバンを持って立ち上がる。
「今日はもう帰るよ。毎日ギリギリまで居座られるのも
迷惑だろうし」
「迷惑なんて思ってないですよ」
「じゃあ、また明日ね?」
彼は私の言葉をスルーすると本を戻して図書室から
出ていった。
彼の後ろ姿を呆然と見つめる。お互いのファーストネームも
知らないのにまるで知っているかのように話ができるのは
相性と言うやつだろうか。
でもそんな彼から信頼してもらえた事が嬉しかった。