盲目の姫と穢れ竜
『旅立ち』
盲目の姫は世界の姿を見ることに憧れていました。
ある日、姫は怪我をして傷ついた竜を助けます。
彼女に助けられた飛べない竜は、姫の盲目を治すために、北にあるという伝説の治療薬を探しに行くことにしました。
『第一の導き手』
─地面の上で過ごすもぐら─
もぐらは情報通。
普段は土のなかにいますが、最近は人間が土壌汚染を繰り返したせいで土が腐って餌がとれません。冬も近いし、仕方なく土から出てきたのだといいます。
自分の代わりに餌をとってきたら、薬のある場所を知っている鷲に会わせてあげると言いました。
竜は魔物の巣を壊滅させ、その肉をもぐらにあげると、もぐらは喜んで鷲の居場所を教えてくれました。
『第二の導き手』
─達観した鷲─
鷲は絶滅危惧種。
工場からもくもくと上る黒い煙によって大気が穢れ、もはや飛べる空はないのだと嘆いていました。
自分とまた一緒に飛んでくれるような誰かを見つけてくれれば、薬のある場所まで案内するといいます。
しかし、竜に仲間はいません。
それに飛べもしません。
仕方なく竜は、鷲に仲間を見つけたら連れてくると約束し、北へと進みました。
『第三の導き手』
─呪いの大樹─
大きく根を這った大樹は、元は優しい樹の精霊でした。しかし戦争によって死んだ人間の怨念が募り、森を突き抜けるほどの巨木へと変貌してしまったのです。
大樹は物知りなおじいさんなので、鷲のように飛べる生き物がいる場所を知っていました。
教える代わりに、大樹は竜へと願います。
「その口から放つ赤い炎で、ワシを焼いてくれんか」
優しい大樹は、自分が呪いを振り撒いていること。その呪いが周囲の生き物や植物に悪影響を及ぼしていることを知っていたのです。
「ワシはもう疲れたのだ。ありがとう竜の子よ。約束どおり、鳥のように空を飛び、大空を我が物とした生き物のいる場所を教えようぞ」
そうして竜は焼け朽ちる大樹を背に、さらに北へと進んでいきました。
『第四の導き手』
─谷底に住まう竜─
大樹に教えてもらったのは、竜の隠れ住まう谷でした。
人の尽きぬ欲望のすえにすみかを追われ、今は谷底をすみかとしている竜たち。
谷底の竜に事情を話してついてきてもらうよう説得しましたが、彼らは人を恨んでいるため頑なに首を縦に振ることはなく、人の肩をもつ竜を穢れ竜だと罵倒したのです。
そして中でも物知りな老竜は、竜の探し求める薬について真実を語り始めます。
「あの薬はけして盲目だけを治す薬ではない。どのような万病すらをもはね除け、生命力を高める万能薬なのだ。それが人の手に渡れば、薬のありかを求めてまた戦争は激しくなり、動物たちは故郷を追われてしまうだろう」
それでも姫様に恩返しをしたい竜は、薬を求めました。
そんな竜のことを、谷底の竜たちは敵とみなし、谷底のさらに下、激流に浮かぶ汚染廃棄物の水底に突き落としてしまったのです。
『第五の導き手』
─自分─
廃棄物の湖に沈んだ竜は、なんとか命からがら脱出したのですが、汚染の影響はすさまじく、瀕死の状態でした。
竜は今までの出会いを思いだし、考えます。
何が正しいのか、何を信じるべきなのか、自分は一体なんのためにここにいるのか。
人によって住む場所を奪われ、人によって多くの仲間が死んでしまった動物たち。けれど竜は、その『人』によって命を救われたのです。
悪い人間もいるが、良い人間もいる。
それは動物たちでも変わらない。
「だから僕が信じるのは、僕を助けてくれた姫様だ」
人間を信じることに決めた竜はもう迷いませんでした。決死の力を振り絞って空をかけ上がります。いつの間にか竜には立派な翼が生えていたのです。
元きた道を戻り、飛べるようになった竜に驚く鷲と、共に北進します。
そうしてようやく穢れを知らない満開の花園と、万能薬とされる黒い花の花弁を摘み、姫の元へと帰っていきました。
『第六の導き手』
─ヒト─
無事盲目を治す薬をとってきた竜は、一人寂しく悲しんでいたお姫様に、優しく寄り添いながら薬をあげました。
すると心優しい姫は世界の真の姿を目の当たりにしたのです。
戦争に勝つために環境汚染を繰り返す人間、明かりの消えぬ軍需工場、常軌を逸した死体の山、戦争にとりつかれた国の上層部と、それを礼賛する民衆。
姫は絶望しました。深く、深く絶望しました。
そして自分の無力さを呪い、最後の抵抗とばかりに針貫を取り出して、両目を抉ったのです。
『審判の日』
目を抉った姫は、逃げることを選びました。
こんなグロテスクで混沌とした世界より、竜の話してくれた薬のあった場所……花園を夢見ることを選んだのです。
その痛ましい姫の姿を見た竜もまた、大いに悲しみました。そして姫の不幸の元凶を、今度こそ取り除くのだと決意したのです。
竜は姫を乗せ、大空へ飛翔します。
黒い雲、淀んだ大気。それらを一切合切裂くようにして、竜の炎が放たれました。
竜の炎は遠くまで拡散し、鉄の兵器は焼きただれ、強固な建物はどろりと溶け、戦争をする国家はなにもかもを炎に焼かれてしまいました。
雄々しく、そして強大。
竜は姫と共にいれるのならば。これで姫の悲しみの障害がなくなるのであらば、もう、何も竜を縛るものはないのです。
国すらも飲み込む炎の波は、数十日大地を溶かしたといいます。
『締めくくり』
そうして一匹の竜と一人の姫は畏怖と共に語り継がれ、遠い遠い未来にて伝説となりました。
今やその物語は、戦争を咎め平和を謳う童話となっています。
タイトルは『盲目の姫と穢れ竜』。
……これにてこのお話はおしまいです。
二人がどうなったかは定かではありませんが、こうして伝説が知られている以上、語り部はいたということ。
え? 盲目なのにどうして童話が読めるのか、ですって?
フフ……さあて、どうしてでしょうか。