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赤い稲妻くん。  作者: ぴーす
12/20

12話


「まさかお呼ばれされちゃうとはねー」


美空の言葉に、眼前のパイロットはビクリと怯えた。先程までの堂々とした姿は名残すらない。美空も美空で、前回のような顔は一切見せない。麻衣という友人を喪ったあの日とは正反対の、快活な口調でパイロットに話しかける。


「来てくれて...その、ありがとうございます...」


パイロットは目のやり場に困ったようで、視線を合わせようとしてもすぐに眼下の料理へ逃げてしまう。芸者ほどではないにしろ、身に纏った明るい色の着物は普段なかなか着ることができない。こんな格好で外に出ようものなら、「ぜいたくは敵だ!」などと野次を受けてしまう。こうして接待をするときくらいしか着れなくなった華やかな衣装を身に纏うと、幾分か気分も高揚する。

幼顔を真っ赤にさせて下を向く彼には刺激的だったのだろうか。子供っぽさ全開の初心な反応が面白い。美空はニコニコと笑顔を振り撒きつつ、揶揄い気味に煽ってみる。


「どーしたの??見惚れちゃった?」

「コラ、美空」


母が彼女を諫める。祖国のために戦う軍人への口の利き方としてはあまりに馴れ馴れしいと思ったのか。しかし、美空自身は軍人である以前に年下であるという事実の方が比重が大きいようで、いちいち敬語に直すのが面倒に思えた。


「私、貴方より5歳お姉さんなんだけど、敬語の方が良い?」

「い、いえ...拘りません」


「だってさ」とニパッと笑う美空に対し、母は溜息を吐いて申し訳なさそうに一献注いだ。


「後でキツく叱っておきますので」

「いえ、その...話しやすい喋り方のほうが...良いと思いますので」


帝国陸軍軍人とは思えないなんとも詰まり気味の口調で美空の喋り方に同意するや、さすがに今のままでは良くないと思ったのか、目を閉じて大きく深呼吸を始めた。音を立てて息を吸っては胸をグッと張り、ゆっくりと息を吐いていく。それを何度か繰り返すうちに、赤い表情は幾分かマシになった。


「叱られるべきは、ぼくの態度です。いつまでもナヨナヨしては、せっかくお呼びしたお二人に失礼ですね」

「ふふっ。飛行兵どのにお喜びいただけるよう私達も気合を入れたつもりですが、如何でしょうか」


閉じたままだった眼がパチッと開いた。注がれた酒をグイッと飲み干し、喉を焼くような感覚にケホケホと咳払う。やや締まりのない仕切り直しとなったが、親子の耳にあの日以来の明るい声が届く。


「とっても綺麗です。ずっとドキドキしています」


まだ赤みが残っているものの、記憶通りのニコニコとした横顔が母娘の瞳に映った。ドキドキしていますなんて子供のような、と可笑しく思いつつも、母娘とパイロットは再開を果たした。



「あらためて、来ていただいてありがとうございます」


そこからの会話は、詰まることない自然なものだった。パイロットは少し落ち着かない様子だが、言葉に乗った声音はあの日と変わらない。


「ホント、ビックリしたよ」


美空のハキハキとした口調がもっとも大きな変化だった。前に見た弱々しい雰囲気は消え去っており、隔たりを感じさせない自由な話し方がなんとも親しみやすい。パイロットも彼女の調子に乗せられ、少しずつながら肩の力が抜けていく。


「手紙の「言葉を交わしたい」って文の意味を少佐どのが教えてくれて、こうしてご協力までしてくださいました」


届いた手紙を両手に広げて見せる光景が容易に想像できた。それと同時に、文章をすべて母に任せていたらと思うとゾッとした。あんな過激な文章を初手で送っていたら、どうなっていた事か。


「手紙はあんまり見せびらかしちゃダメよ。私達だって君にだけ読ませるつもりで書いたんだから」

「あぅ、ごめんなさい...」


初めて会った時を思い出させる、シュンとした表情がなんとも懐かしく思える。躾をしているような気分になった。試しにとばかりに、美空は人差し指を立ててみる。


「他の人には見せないように。わかった?」

「はいっ」


子犬のような無垢な眼差しが面白い。それに加えて「お手」と言えば手を差し出して来そうなほど素直な反応が楽しい。


「まるで子どもね」

「む、ぼく二十歳ですっ!」


何の気なしの美空の言葉にムスッとした表情をみせた。それを見るや、美空の母が「本当に可愛いですわ」と返す。するとパッと彼女の方を向いて「ぼく大人です!」と喚いた。

一瞬、母娘の視線が重なった。美空がニッと笑い、母がクスリと微笑む。


「ホント?お酒飲める?」

「さっき飲みましたっ!」

「じゃあ、おかわりどーぞ」


ニヤニヤ笑みを浮かべた美空から、酒を注がれる。お猪口に満たされた清酒とほんの少し睨めっこして、それをグッと一気に喉へ流し込んで見せた。勢いは良いが、ゴクリと喉を鳴らすと同時にキュッと目を瞑る。


「けほっ」

「咽てるじゃん」

「さあさあ、次は私から」


今度は美空の母がトクトクとお猪口を満たしてきた。それをなんとも言えない困惑した表情で眺めては、口元まで寄せた。しかしピタリと止まって口に流し込まない。


「こんなオバサンの酌では...」


およよと寂しそうな声につられ、またグッと一気に飲み干す。大きな音でゴックンと飲み込んでからグッタリと背を丸めてふうと一息つく。2人の厚意を無碍にはしませんとの心意気か、自分は大人だと主張したいのか。おそらくは後者だろうが、遊ばれているという自覚がみられない。


「お酒よわいのね」

「飲み慣れてないだけです!」


そういう反応が子供っぽいと教えるべきだろうかと美空は苦笑いした。

対して、向かいに座る美空の母が揶揄い気味に小さく微笑んでいる。いつも自分を揶揄う時に見せる小さな笑みと全く変わらない表情。はてさて、どうなるやら。


「飛行兵どのは、どのようなものがお好きですか?」

「か、カルピスとか...」

「あら、甘いものがお好きですか。なら...」


美空の母が耳元へ顔を寄せ、なにかを呟いた。途端にパイロットは目を見開いて、顔がボンと赤くさせる。母は追撃とばかりに何か言うと小さく頷くが、最後には「結構です...」と弱々しく呟いて猫背になっていく。相当刺激の強い事を言われたのか、完全にぐったりしていた。


「...何言ったの?」

「オトナの男性が大好きな甘いものです」


満足そうに微笑む母に呆れながら「ごめんね。お母さん、時々変なコト言って遊んでくるの」と慰めると、「そうなんですね...」となんとか持ち直そうとする。


「飛行兵どの、お望みなら私はいつでもあげますからね」

「っ!?」

「美空もサラシを取れば大きいですので、きっとご満足いただけますよ」


ここで何を吹き込まれたのか察した美空も一気に顔を赤くした。反射的に胸を隠すように片腕を上げて「おかーさんッ!!」と飛び掛かった火の粉を払いつつ威嚇する。娘とパイロットを追いやった母の表情たるや、涼し気ながらもどこか満足そうであった。


「...普通に仲良くなりたくてお呼びしたんです。信じてください」

「わ、わかったから...」


両手で顔を隠してしまったパイロットは今にも泣き出しそうなほど弱っていた。一度でも身体に視線を感じなかった当たり、彼に下心など持ち合わせていないという気持ちは伝わってくる。自分達が何か話すときも、自分が喋るときもジッと相手の眼を見るこのパイロットへの同情心が、胸を隠していた腕を伸ばして彼の頭を撫でた。


「...またからかうんですか」

「ちがうちがう。えーっと」


少しの間を作って、なんとか励ましの言葉を考え出す。拗ねた子供のあやし方など知らないが、なんとかして彼の機嫌を取り繕ってあげないと。と、もはや姉になった気分で思考を巡らす。


「せっかくの宴会なんだし、盛り上がらなきゃ。ね?」

「...はい」


空になったお猪口にお酒を半分ほど注ぎ、「ごはんでも食べて」と料理を勧める。勧められるままに箸を取って、彼専用の小さな土鍋をつつき始めた。中身は学生達の前に置かれた大鍋と同じ、質の良い鮟鱇をふんだんに使ったご馳走である。その味の良さで幾分か機嫌を―――。


「わ...おいしいですっ!!」


想像以上にご機嫌が良くなった。なんて単純な子なんだろう。

酒の時とは比べ物にならないほどの勢いでパクパクと口に運んでいき、ほっぺを膨らませてモグモグと食べては「んー」と目を瞑って幸せそうな表情で味わう。彼にとっては花より団子か。


「先生っていうより、稲妻くんかな」

「稲妻くん、ですか?」

「赤稲妻とか稲妻先生とか。君のことでしょ?」


美空の感覚では、そんなカッコいい渾名から想像する人物と聞けば、いかにも古豪といった風貌だった。目の前にいるのは、甘いもの好きで女慣れしていない、絵にかいたような子供っぽい人。正直に言えばまた彼が不貞腐れると思い、「だって年下じゃん?」と本音を隠す。


「カッコいいじゃん。さっきの空戦話もすごかったし」

「あ、あれは...、その...」

「勇ましくて素敵でしたわ。あんな恐ろしい敵の飛行機の群れに立ち向かうなんて」


美空の母も頬に手を当ててウットリと彼を見つめる。すると、パッチリした丸みのある目に角を立てて力強い口調で眼前の学生達を見やる。


「本当に勇ましかったのは彼らです。皆さんにとっては初陣でした。とても怖かったはずです」

「初陣って、やっぱり怖いものなの?」

「最初は怖いです。一度目は恐怖、二度目はそれを度胸で制し、三度目で自信と化せ。そう教えられました。」


遠い過去を思い浮かべているのか、少し目を細めていた。彼にとっての初陣は、どのようなものだったのだろうかと想像する。今で二十歳なら、十代の後半で初めて戦闘に参加したのだろう。一ノ瀬の言葉ではラバウルという戦場の名があったが、その地名は母娘もラジオや新聞では、毎日のように空戦が繰り広げられる激戦地として伝えられている。そんな場所で迎える初陣には、どれほどの恐怖があったのか。


「稲妻くんの初陣は、どんなだったの?」

「んー。海を越えて、島から島へ移動する任務が初陣でした。敵はいなかったけど、怖かったです」


少し恥ずかしそうに頬を掻く。思っていた以上に面白みのない内容だが、あんな複雑そうな機械で海を越えるのもきっと簡単なことではないのだろう。美空は茶化さず、さらに彼を知ろうと話題を深めていく。


「稲妻くんて、いつから飛行機に乗ってるの?」

「15歳からです。もっか...もうすぐで5年経つんだ」

「ということは、美空が二十歳の時に飛行兵になられたのですね。立派ですわ」


「それと比べて...」と母がこちらに目をやった。標的にされたと感じ取った美空は、変なコトは言うなと無言ながらキッと睨んで威嚇する。


「美空は結婚もせず、お母さんお母さんと甘えてばかり。いつ嫁入りするのかと心配するうちに5年も経ってしまいました」

「美空さんはお母様想いなのですね」


ニコニコと好意的な笑みを浮かべて、美空の母を見やった。その背後で、危機感なしの娘がわざとらしく甘え顔を見せているのが腹立たしい。


「飛行兵どの。うちの娘もらっていただけませんか?」

「そ、そんな。物じゃないんですから...」

「胸は立派ですよ?」

「私の取り柄ってそれだけなの?」


母親とはいえ、愛娘の売り文句が体の一部だけと言われれば流石にイラっと来るものがある。それ以前に、この純朴そうな少年へ売ろうとしているその態度がイライラする。グツグツと煮えたぎる感情を吐き出そうと口を開いたその時、か細い少年の声が美空の母へ飛んで行った。


「美空さんは、その、とってもキレイだし...優しい人です」


思わぬ人からの反撃に、母は「あら」と目を見開いた。


「美空さんは、ぼくが不時着した時に駆け寄ってくれました。最初にお声がけしてくだったお母様と一緒に川岸まで連れて行ってくれて、ガソリンをなるべく吸わないようにと固く結んだはずのマフラーを解いてくれました。何も知らない人でも助けようとすることができる、とても優しい人だと...思います」


真っ赤な顔で、それでも一所懸命に言葉を紡ぐパイロット。彼なりに、彼女を身体でしか値踏みしない男ではないんだぞと主張しているつもりなのかもしれない。ただ、その恥じらいを耐えて向けてくる真っ直ぐな瞳は、その言葉にお膳立てではない本心であることを美空の母に訴えていた。


美空には勿体ないくらい、素敵な人。


「娘をそのように褒めていただけた殿方は初めてです。ね、美空」


母の移ろう視線を追うように振り返ると、パイロットに負けないくらい顔を真っ赤にした美空が目をパチクリさせて固まっていた。それを見た彼もまた、どうすればいいのかわからないまま視線を向けて動かなくなった。


「...なによ」

「その...優しい人だなって思ってます」


彼の子供っぽさは母の揶揄い以上に心を掻きむしってきた。遊び言葉は勢いで追い払えても、純真な言葉は何をしたって心に居残ってしまう。せめて生意気な面の一つでも持ってきてくれれば、ガッと吠えて終われるのに。どうしてそんなに無垢な瞳を向けてくるのだ、と美空は困惑した。


「はぁ...そんなんじゃお母さんの玩具にされちゃうわよ」

「へ...?」

「さっきも言ったでしょ。変なコト言って遊んでくるって。今がまさにそうよ。真面目に相手すればするほど損するわよ」

「あら、私は本気ですわよ?」


パイロットはポカンとしていたが、自分の言葉に恥じらったのか俯いて両手で顔を隠してしまう。彼なりの一所懸命さが仇になった。美空はよしよしと頭を撫でてやる。自分は毎日相手してるから慣れているが、彼にとっては今日が初めて。コテンパンにされた時の悔恨は同情できる。


「うちのお母さん、アメリカの飛行機より手強いでしょ」

「...もう怖いです」

「よしよし。次からは美空お姉さんが稲妻くんの飛行機になってあげるから、度胸で制しなさい」


撫でるたびに五分ほどの髪がくすぐったい。もう一撃喰らえば泣きそうなほど衰弱しているのが情けなくもあり、世話を焼かせるむず痒さを誘う。


「...トントンと進むのが当たり前なのに、この二人だと時間がかかりそうね」


母のため息に交じった呟きは、2人の耳には入らなかった。


「稲妻先生、大丈夫ですか?」


ふと、数名の学生達が心配そうに近寄ってきた。

2人の美女に挟まれて、正座したまま顔を覆って慰められる絵面など気にならない訳がない。彼を先生と呼ぶ学生達を間近に見れば、顔付きこそキリっとしているが垢抜けない顔ぶればかり。先生との違いは、重ねてきた戦歴ぐらいか。


「ごめんねー。お姉さん達が張り切りすぎちゃった」

「先生はいいなあ。美人が2人もいて」


学生達の目つきが気に障る。全身を舐めるようなこの視線。前の職場でも、今の旅館でも、相手する客は皆この視線を向けてくる。慣れてはいるが、嫌悪は拭えない。


「あなた達も彼のような荒鷲になれば、たくさんの女性に好かれますわよ」

「稲妻先生級なんて、何戦勝てばなれるんだ?」

「少なくとも50...いや100戦はしないとな」

「まず10機以上は仕留めねーと!」


やんややんやと賑わう学生達。母の一言で嫌ったらしい視線から脱出できたのは、美空の気持ちを察したからか、同様にその視線を嫌ったのか。


「あれ、皆さん...どうされました?」


周囲で騒ぐ学生達に気付いた『赤稲妻』は、両手を膝に置いてキョロキョロと彼らを見まわす。雛鳥を探す親鳥にしては少し容姿が幼いが、少し似ているなと美空は内心で微笑んだ。


「あちらの芸者さんが、この後の先生のご予定をお伺いしたいと...」


学生達が手で指し示す先には、ニッコリと笑顔を見せる若い女性。おそらく自分より年下か、と美空は想像した。母娘よりも派手で白い化粧が眩しい。そして学生達の相手をしていたせいか、やや着崩れた着物からは鎖骨の辺りまで肌が露出している。座り方なのかわざとなのか、足もチラリと見える。


「えっと、適当に断っておいてください」


遠巻きにニコッと笑みを返しながら、学生達に伝えた。


「いいんですか?あの人、きっと先生のこと...」

「すでに両手にお花を持たせていただいております」


「キレイなお花を誰が持つか、皆さんで決めてください」と言い放つや、我先にと学生達が帰っていった。必死になって芸者を口説きにかかる彼らの姿はなんとも若々しい。はてさて、誰が選ばれるやら。


「助教、大丈夫か」


一言の間もおかず、次に声をかけてきたのは一ノ瀬だった。その隣にピッタリと寄り添った久子が、ジッと夫を見つめていた。


「少佐どの」

「いやすまない。学生達が寄っていくのが見えたものだから、つい」

「いえ、芸者さんからのご挨拶を伝えに来てくれただけです」


教え子たちを邪険にしないあたり、彼らしさが伝わってきた。美空達はスッと移動し、一ノ瀬へ向かって一礼をする。


「久子様よりお聞きしております。私達をここまでお呼びいただけるよう、お取り計らいいただいたと」

「私のみならず母までお呼びいただきましたこと、深く感謝しております」


先程まで美空が振りまいていた気さくな口調を正せば、いかにも母娘らしい似通ったものを感じさせた。一ノ瀬はその場に座して、「部下のためにご足労いただき、ありがとうございます」と応じる。


「助教、ちゃんとお礼は言ったか?」

「はいっ」

「よろしい。助教に紹介しておこう、妻の久子だ」

「はじめまして、稲妻様。」

「はじめましてっ。この度はご助力いただき、ありがとうございます!」

「あら。アナタの言う通り、とても元気な人ですこと」


妙に揶揄わなければ、いつもの元気っぷりをみせる。あの日の夜。美空たち母娘が見たあの元気な声。聞いていると自分も明るくなれるような、素直に満ちた声だ。


「助教、そろそろ宴会は締める。明日は正午から自転車の練成をやってくれ」

「はいっ。ではすぐに―――。」


飼い犬を相手するかのように「まあ待て」と手を出す。


「今日はここに泊まっていきなさい。俺もここで一晩過ごす予定だし、彼らも遊びに出かけるだろう」

「泊まる...ですか?」

「しっかり休む姿を見せるのも教育者の務めだ。覚えておきなさい」

「はっ、承知いたしました!」


飼い犬なのか親子なのか、言われたことは何でも元気よく応じてみせる。

まもなく一ノ瀬は手を叩きながら立ち上がり「明日の正午より自転車練成、ピスト前で待機!遅刻しは厳禁だぞ!!」と知らせるや、学生達は一斉に「はっ!」と返事した。彼らは慣れた様子で立ち上がると、ある者は芸者を連れて、ある者は数人の集団となって、次々と解散していく。


「女将、今日はありがとう」

「いえいえ。次回もええもんご用意させていただきます」

「では助教、また明日」

「はっ...え?」


クルリと背を向けた一ノ瀬を追うつもりだった彼が、ピタッと止まった。一ノ瀬はニッと笑みを見せて

「子供じゃないんだろう?」と言葉を送る。


「久子、部屋まで頼む」

「はい」


上官に取り残された助教の視界に、2人の女性。


「じゃあ行こっか」

「夜はこれからですわよ、飛行兵どの」


美空の先導のもと、彼女の母に手を引かれ歩き出す。

再会した3人の時間は、まだ終わっていない。

風を浴びれば身も震える季節であるはずなのに、いやに暑く感じた。

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