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赤い稲妻くん。  作者: ぴーす
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1話

太平洋戦争の開戦から約三年、日本は敗北に敗北を重ねていた。


ミッドウェー海戦、ガダルカナル攻防戦、マリアナ諸島と、緒戦で勝ち取った領地はことごとく陥落し、太平洋の覇権は崩れ去るかのように失われていった。


とくにマリアナ諸島の陥落は深刻だった。「絶対国防圏」として、日本は何としてでも死守すべき島々であった。

マリアナ諸島を構成するサイパン島、テニアン島などが米軍の手に落ちたことで、日本本土に危機が到来することになった。米軍の大型爆撃機が、日本本土を射程内に収めたのだ。まもなく、日本本土に対する爆撃が本格化し、工業力は低下。日本の要所は次々と戦禍に呑まれていくこととなる。




だが、日本軍側も黙ってはいない。

本土各地に防空部隊を展開すると同時に、新部隊の創設・錬成を図って防空戦力の増強に努めた。

ここが踏ん張り所といわんばかりに、数多の若者たちが死力を尽くさんとしている。

そんな若人たちのなかに、各戦線から引き抜かれた歴戦の戦闘機パイロット達も混じっていた。少なからず戦闘経験のある彼らは、貴重な戦力になった。


ただでやられはさせまい。

決死の思い、必死の覚悟を抱いて、彼らは空へ羽ばたいた。




空。




障害物など存在しない、青と白で彩られた広大な3次元空間。


その果てに轟音が鳴り響く。唸るエンジン音とともに、鋼鉄の翼が空を切り裂いた。

青々とした重厚な翼を翻し、煙と爆炎を振りまいていく。

地上の人々は空を見上げて、逃げ惑うほかなかった。


「麻衣ちゃん、早く!!」

「ま、待ってよ!!」


永瀬(ながせ)美空(みく)は一目散に走っていた。 友人の高城(たかしろ)麻衣(まい)の手を握って、襲いくる青い翼から必死に逃げていた。




恐怖に染まった瞳が、空を見上げる。

青黒い飛行機が見える。自分たちのように2つの飛行機が仲良くつがいのように飛んでいる。それが2組、3組...。

ずんぐりとした怪物達は、腹に響くほど低く悍ましい爆音を唸らせて、美空達の生まれ育った町を跋扈している。


「あれが、グラマン...」


アメリカ軍の戦闘機『グラマン』。新聞でみた、アメリカの戦闘機の一つ。

醜くて不格好、こんなのがアメリカの飛行機なのか。と、若い男たちが笑っていたのを思い出す。

そのグラマンが好き放題に機銃掃射をしている。爆弾やロケット弾を落としていく。嘲っていた地上の住民たちめがけ、死をばらまくように。


なす術などない。自分の力でグラマンを撃ち落とすことなどできない、ただ逃げまどい、隠れ、悲鳴を上げることしかできない。


日本の空が、アメリカに支配されている。


悠々と飛び回るグラマンを見て、美空はそう思わずにはいられなかった。走りながら美空は歯を食いしばった。町の中を駆け回り、ひたすらに防空壕を目指す。


周辺の家屋から黒煙が濛々と立ち昇っている。けたたましい半鐘の音が町を包むなかで、腹の底を揺るがす地鳴りが恐怖を掻き立てる。


「美空ちゃん!!!」


麻衣の叫びに、ふと後ろを振り返った。すると、一機のグラマンがこちらに機首を向けて近づいてきているのが見えた。


両翼からピカピカと光った。やけにはっきりと見える。


「危ないっっ!!」


麻衣の声が届くよりも早く、猛烈な機銃掃射が二人を襲った。

ドゴ。ドゴ。ドゴ。と鈍い音を立てながら機銃弾が地面に突き刺さっていく。

着弾による凄まじい土煙を全身に感じながら、美空は棒立ちのまま固まるほかなかった。

グラマンが頭上を飛び去ってようやく、身体が動いた。


遠ざかっていくエンジンの音を耳に残しながら、力の入らぬ脚を崩す。過ぎ去った死の恐怖が、今になって襲い来る。

慌てて己が身に手を当て、身体も無事を確かめた。

痛みはない。見たところ、怪我はしていない。土埃でかなり汚れてはいるが、手も足もくっついている。


「麻衣ちゃん、今のうちに―――――」


美空のすぐ横にいたはずの麻衣が、変わり果てた姿で散らばっていた。

壊れた人形のようにみえるが、その顔は紛れもなく友人のものだった。


「麻衣ちゃん...?」


機銃掃射の直撃弾が、麻衣の身体をめちゃくちゃに引き裂いている。真っ赤に染まった亡骸に、何度声をかけようが返事など帰ってくるはずもない。


「やだよ...麻衣ちゃん...死んじゃやだよ...!」


ついさっきまで手をつないで走っていたのに、振り返れば屍に成り果てていた。抑えきれぬ衝撃に涙が溢れ、美空は大声で泣き喚くほかなかった。


だが、頭上を飛ぶ敵機は友の死に悲しむ暇など与えるような存在ではない。

奴らからすれば、自分たちは『標的』に過ぎない。非情、いや無情なのだ。攻撃対象に向けてやる感情なんて持ち合わせているわけがない。


また、一機のグラマンが機首をこちらに向けてきた。

逃げなければ。だが、体が動かない。

全身が震えている。腰が抜けたのか、立ち上がれない。


「おかあさん...っ」


自分の身体が制動させることができない。指一本すら思い通りにすることができないのに、眼だけはしっかりとグラマンを捉えていた。


「やだ...いやだ...こないで...!!」


ああ、撃たれる。そんな気がした。

どうにもならない。

全てをあきらめたかのように目を瞑ったその時。




ドン!!




花火のような爆音が耳を劈いた。

あの低い唸り声が、途端に聴き慣れぬ異音へと変わり遠ざかっていく。

機銃弾は飛んでこない。

まだ生きている。



ハッと目を開けてみる。すると、グラマンが消えていた。代わりに一筋の黒煙が伸びて頭上の右側を逸れるようにして通り過ぎている。

黒煙を追って振り向いてみれば、あのグラマンが炎上している。ずんぐりした胴体が傾き、地平線の彼方へと姿を消していった。


「え...?」


何が起こったのか、美空にはわからなかった。ただ、生きている。それだけしか理解できなかった。

直後、グラマンとは別の飛行機が頭の上を飛んでいった。


銀色の機体。

真っ赤な日の丸。

翼を翻せば、ブロロロ...!!とプロペラの回転音を力強く鳴り響かせて空を舞う。


「日本の、戦闘機...」


そこからは、ただただ見惚れるだけだった。


キラキラと輝く機体が、青色の悪魔が巣食う空を翔けぬけていく。日本機は急旋回して敵を追跡し始めた。これに気付いたグラマンも旋回で回避しようとする。が、日本機の機動に対応する前にパッと燃え上がった。


まだ残っていたグラマン達の唸り声が遠退いていく。

空からアメリカが消えていく。

あの日本機が追い払ったのだ。それも、たった一機で。

美空は頭上をゆるりと旋回する日本機を、しっかりと目に焼き付けた。


「ありがとう!!!!」


どこかから叫び声が聞こえた。

周りを見やれば、せまい路地や建物の影からポツポツと人々が姿を見せ始める。

みんな空を見上げていた。美空の傍らに横たわる麻衣の亡骸には目もくれず、喜んでいる。


町のあちこちから黒煙が上り、何かの破片や瓦礫が散逸している。そんな地獄のような現実から逃げるように、空を見上げては歓声を上げる。


美空は瞳から零れる涙を拭うこともせず、空の彼方へ飛んでいく日本機を見つめ続けた。


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