6・ようこそ地球
マユキは空から落ちた。もう少しで北海道まで飛べたのに、よりによって学校の真上で低気圧に頭をぶつけてしまった。あまりにも痛くて真っ逆さまに落ちた。
「お天気お兄さん、しっかりして!」
「今日はミルフィーユ高気圧に包まれて安全な予報だったのに外れたの?」
「二十度台ばっかりで飽きたんだけど。四十度にしていい?」
雲と雨と空気がまとわりつき、マユキを引っ張り上げようとする。それでも重力には勝てなかった。
「明日は四十度でいいですよ。でも今日は小学生になります」
「やだよ、寂しいよ。ずっと空にいてよ」
「大丈夫です。足を持っててくれれば戻れますから」
空気が雨を動かし、雲の毛糸でマユキの足を結んだ。マユキは校庭に向かって落ちた。ちょうど全校朝会をしている最中で、クラスの列の一番前に頭を突っ込むことができた。
「そこはオレのクラスだよ。お前は二組だろ」
前で体操をしていた男子が言った。
逆さまに見てもわかった。切れ長の目と、魔法使いのようにつかみどころのない表情。同学年の池澤ウサギだ。今年からは体操委員会に入り、毎朝ラジオ体操をしている。他の人は誰も体操をしなくていいので、終わるのをただ待っていた。
「そういえば違うクラスでしたね。ありがたいことに」
「オレはお前と同じクラスが良かったけど」
頭を殴られたような衝撃に、マユキは声が出なくなった。低気圧にぶつかった時よりも痛かった。雲たちの助けを借りずに落ちて全身を打ったとしても、きっとここまで痛くはなかった。
お天気お兄さん、しっかりして。
空から声が聞こえてくる。
でも今の自分はお天気お兄さんではない。逆さまに吊り下げられた、ただのマユキだ。一人で何とかしなければならない。
「台詞を間違えました。空の上からやり直します。そのまま体操しててください」
「そんなめんどくさいことするの? ここで言い直せばいいじゃん」
「いいから体操しててください。体操委員会ってウサギ一人なんですね。変な委員会」
話しているうちにラジオ体操が終わってしまった。先生が今週の目標を言い、子供たちは並んで教室に帰っていく。
ウサギは青い柄のハサミを取り出し、マユキの足から毛糸を切り離した。マユキはドッと頭から落ちたが、それほど痛くなかった。
マユキは起き上がり、砂を払った。空気と雨と雲が遠ざかるのを感じた。
ウサギに向き直り、台詞を言い直した。
「そういえば違うクラスでしたね。どうでもいいことです」
「本当にどうでもいいな、お前のこだわりって」
ウサギはマユキの背中を払ってくれた。最後は拳で叩かれたような気がしたが、どうでも良かった。
「もう五年生ですからね。わりとどうでもいいことばっかりです」
「オレたち五年生だっけ。教室こっちじゃないじゃん」
ぐるぐると校庭を歩く。
三年生の時にマユキが掘ったイクラの池を覗き、ウサギの盗品置き場を通り、裏門のそばから校舎に入った。
「やっぱりお前と同じクラスが良かったよ」
ウサギがぽつりと言い、走って階段を上った。マユキは追いかけた。逆さまに見たほうが綺麗かもしれないと思った地球が、少しずつくっきり見えてくる。
窓から見える銀杏の木。校庭の遊具。色あせた体育館の屋根。木漏れ日が揺れる廊下。
いつまでも教室に着かず、走っていられたらいいとマユキは思った。