5・シャンパン
パレードの終わりには、いつもシャンパンを開ける。
三歳のユイナがシャンパンの蓋を飛ばすと、大人たちは喜んで飛びつく。額に当たった人は酒の神に祝福され、次の日もその次の日もシャンパンが飲みたくなるという。
ユイナはもう二十年以上も三歳なので、自分でシャンパンを飲んだことはない。乾杯の音頭の後に中身を撒き散らし、大人たちが這いつくばって地面を舐めるのを見ているだけだ。
ところが今日はシャンパンを撒くことができなかった。瓶の中に誰かがいたのだ。
「お邪魔してます。そしてごちそうさまです」
太ったおじさんだった。体を丸めて瓶に入っているが、かなり窮屈そうだ。シャンパンは一滴も残っていない。
「ひどい。みんな楽しみにしてたのに」
「ですが、私も楽しみにしていたのです」
「そうなのね。じゃあ私はどうすればいいの?」
おじさんが答える前に、ユイナは瓶を地面に叩きつけた。パレードのメンバーたちは中身が飛び散るのを今か今かと待っていたが、瓶は割れなかった。
「あきれた子供だ」
「やっぱり三歳の女の子には無理だったんだ」
「何年三歳をやってるんだ、まったく進歩がない」
みんなはパレードをやめ、スーツや着物に着替えて帰ってしまった。
ユイナは夜の道にぽつんと取り残された。瓶を拾い上げると、中でおじさんがにやにや笑っていた。
「こうなるのを待っていたんですよ」
「意地悪ね。明日からどうやって生きていけばいいの。三歳でもできる仕事なんてそうそうないのよ」
「私はあなたの願いを叶えるために来たのです。あなたはどんなに理不尽な雇用条件でも文句を言わず働いてきました。二十年以上、ボーナスもなしに三歳の賃金で働いてきましたね。なんて立派なのでしょう」
そんな人ならいくらでもいる。ユイナはたまたま三歳でそれをやっているだけで、少しも立派ではない。おじさんはシャンパンを飲んで酔っ払っているのかもしれない。
「他の人には聞かれたくないんです。きっと私を悪用しますから。さあ、ユイナさんの願いを言ってください」
「願い……」
あったような気がする。
ずっと昔、十九歳だったユイナが突然三歳になってしまった頃。
もう誰にも怯えずに、脅かされずに、可愛いぬいぐるみやお菓子に囲まれて暮らしたいと願った。三歳のまま大学を卒業して、働き始めてからもしばらく願っていた。
今でも同じ願いを持っているのかどうか、自分でもよくわからなかった。
「願いって、一つだけなの?」
「いいえ。思いついた時にいくつでも言ってください」
「いくつでも! そんなのってあり?」
「あなたはそれ以上に理不尽な目に遭ってきたのです。これくらいの報酬があって当然です」
目の前で星がいくつも弾けたようにくらくらする。シャンパンを飲むとこんな気分になるのかもしれない。いや、もうシャンパンもパレードもどうでも良かった。ユイナの世界がぐるりと逆さまになってしまったようだ。
「じゃあ……一つ頼んでいい?」
「一つずつですか。ユイナさんらしくていいですね」
「何か可愛いものになって。その瓶も可愛くして。ずっと私のそばにいて」
「三つじゃないですか」
おじさんはふふんと笑い、緑色の煙に包まれた。煙はぽわぽわとハート型になって散り、おじさんはマシュマロのようなクマのぬいぐるみに、瓶はユイナの片手に乗るほどの大きさになり、コルクの蓋にサテンのリボンが巻いてあった。
「可愛い! もらっていいの?」
「もちろんです。次の願いは何ですか」
「思いつかないわ。こんな可愛いプレゼントがあれば五十年は頑張れそう」
クマのぬいぐるみはおじさんの声だった。瓶はとても可愛い形をしていて、底には真綿とキャンディと花が敷き詰められていたが、顔を近づけるとアルコールの香りがした。
それでもユイナは嬉しかった。クマの入った小瓶を両手で包み、バイト募集の張り紙を探して商店街を歩いた。
「少し休んだらどうですか」
「うん。でも私、仕事が好きなの。クマさんもそうでしょ。私たち似たもの同士ね」
私を十九歳に戻してください。歳をとれる体にしてください。
他の人と同じように恋愛や結婚をさせてください。難しいことがわかるようにしてください。
誰にも怯えずに、脅かされずに生きられるようにしてください。
そんなことは願わない。ユイナはずっとユイナとして生きてきた。サーカス団長をやめても、パレードのメンバーを失っても、やっぱり三歳のユイナのままだ。
「一緒に頑張ろうね、クマさん」
ユイナはパン屋のドアを開け、大きな声で挨拶をした。
「バイト経験二十年です! よろしくお願いします!」