3・消耗品
好きなものは消耗品だ、とミヤは思う。
どんなに好きでも、時間が経つと劣化してしまう。お気に入りの枕も、ランチョンマットも、お金を貯めて買ったゲーム機も、だんだんにすり減って壊れてしまう。
「当たり前のことなのになあ」
ミヤはベッドに仰向けになり、白い天井を見た。三角の模様がツナサンドに見えてくる。ミヤはツナサンドが大好きだ。ふわふわのパンに挟まった甘じょっぱいツナを想像しただけで幸せになれる。
「ああ……今日のお昼こそツナサンドを食べよう」
でも友達はみんな、ミヤがツナサンドを好きなことを知らない。少し前まで好きだったツナおにぎりをまだ好きだと思い込んでいる。
「はい、ミヤの分! ツナおにぎり作ったわよ」
お母さんが笑顔で差し出す、皿にごろごろと並んだツナおにぎり。ありがとう、とミヤは言い、心の中でため息をつく。
嫌いになったわけではない。今でも好きだ。ふっくらとしたご飯に包まれたツナの風味も、サンドイッチに負けないくらいおいしいし、前はこれが一番好きだった。
でも、好きなものは消耗品だ。
「お母さん、明日は私が作るね」
「いいのよあなたは忙しいんだから。勉強もバイトもあるでしょ」
学校でもバイト先でも、仲間や友達はミヤのためにツナおにぎりを買ってくる。
「ミヤといえばツナおにぎりだよね」
「はい、これあげる」
「私も買ってきたよ!」
「ツナおにぎり食べてる時のミヤって、最高に幸せそうだよね」
ありがとう、とミヤは言う。ご飯粒を噛みしめながら、心だけがふわふわと漂い出ていく。空の彼方に、ツナサンドの姿をした神様がいる。神様は計算高くて少し意地悪だ。ミヤがなかなかたどり着けないように、周りの人たちの心を曇らせている。
好きなものは消耗品だ。同じものを同じだけ好きでい続けることなんてできない。
「私、ツナサンドが好きになった。ツナサンドが好き」
教室で、バイトの控室で、玄関先で、電話で、メールで、インターネットで、ミヤは何度も言った。
「……でも、ツナおにぎりも、好きだけど」
そうだよね、と言われ、またツナおにぎりを手渡される。
ミヤはいつまでたってもツナおにぎりのミヤだった。
ミヤは勉強し、バイトでお金を貯め、ついに店を開いた。サンドイッチの専門店だ。
「ああ、やっとこの日が来たわ」
パン屋で修業をし、フランスへ留学し、節約に節約を重ね、ようやくたどり着いた自分の店はまだ小さなワゴン一台だ。それでも、自分で作ったサンドイッチをお客さんに届けられるのが嬉しかった。
歯ごたえのあるピクルスサンド、カリッと揚げたてのカツサンド、ふわふわで甘いタマゴサンド、みずみずしくてまろやかなハムレタスサンド。そして、ミヤの大好きなツナサンド。全部手作りだ。
駅前の広場にワゴンを出すと、さっそくお客さんがやってきた。ミヤよりも少し若い女の子だ。
「ツナおにぎりください」
「……え?」
「ツナおにぎりが欲しいんです」
ミヤはワゴンの中身を見せ、サンドイッチ屋の旗も見せたが、女の子は動かなかった。仕方なく、近くのコンビニでツナおにぎりを買ってきてあげた。
「ありがとう。あなたのツナおにぎり大好き」
「ええ……っと、それはコンビニの」
「また作ってね。ツナおにぎり」
次の客も、その次の客も、ツナおにぎりが欲しいと言った。学生時代の友達もそろって来てくれたが、ツナおにぎりがないと知るとがっかりして帰っていった。
結局、売れたのはタマゴサンドが一つだけだった。一つでも感謝するべきだとわかっていても、ミヤはがっかりした。
「私って、サンドイッチの才能がないのかな」
出かける前に、作ったばかりのサンドイッチの写真をSNSに上げていた。ツナサンドは中央に置き、中身が見えるように撮ってあった。
写真にはコメントがたくさん寄せられていた。
「あなたのツナおにぎりが好きです」
「ツナおにぎり作ってください」
「ツナおにぎりを楽しみにしています」
「もっともっとツナおにぎりをお願いします」
ミヤはそっとパソコンを閉じようとした。その時、最後のコメントが目に入った。
「ツナサンドがとても好きなので、作ってくれて嬉しいです。よかったらこれからもたくさんツナサンドを作ってください」
ミヤはコメントを見つめた。何度も何度も見つめた。部屋が暗くなってもずっと見ていた。
手に届くところに突然現れた星のように、そのコメントは光を放っていた。パソコンを閉じても、眠っても、次の朝になっても、ミヤにだけはずっと見えていた。