2・毒なし林檎
魔女のルリイは騙されていた。毒林檎だと思って一緒に暮らしていた相手が、じつは毒なし林檎だったのだ。
「大丈夫ですよ」
毒なし林檎は自信満々に言う。
「プラシーボ効果ってありますでしょう。人間なんてバカですから、毒入りだと言って私を渡せば簡単に死んでくれますよ」
「本当にそうかしら。私、何回かあなたをかじってみたけどものすごくおいしかったわよ」
「それはあなたが魔女だからです」
毒なし林檎に言いくるめられ、ルリイはシュウマイの上に乗っているグリーンピースを殺すことにした。シュウマイごと食べると味がわからなくなり、つまみ出そうとすると箸をすり抜け、放っておくと繁殖して家を埋め尽くす、つまり良いところなしの厄介者だ。
「別に殺すほど嫌いでもないんだけど」
「何言ってるんですか。今こそプラシーボ効果を確かめる時ですよ」
ルリイはシュウマイの家へ行き、グリーンピースを呼び出した。グリーンピースは強靭な脚でドアを蹴破って出てきた。
「グリーンピースですぅ。何の用ですぅ?」
「えー、グリーンピースのお嬢さん。おいしい林檎はいらんかね」
自分が蹴られたら死んでしまう、と内心怯えながらルリイは魔女らしい声を作った。毒なし林檎がマントをくいっと引っ張る。
「それじゃダメですよ。毒入りだって明言しないと」
「ああそうだった。おいしい毒林檎はいらんかね」
ところがその時、家の奥からシュウマイが出てきてグリーンピースをつかまえてしまった。
シュウマイはグリーンピースをずぶずぶと頭にめりこませ、厚い皮で押さえつけ、あっという間に飲み込んでしまった。
「やあ、魔女さま!」
シュウマイは朗らかに言った。
「私は最高のシュウマイです。食べれば肌はもちもち、心はピカピカ、風邪もひかず髪の毛は減らず、さらにはどんな姿勢で寝ても首が痛くならないという、夢のような効能付きです」
「でもグリーンピースが入ってるでしょ。私はそれが嫌なのよ」
「魔女さま、偏見はいけません。グリーンピースは食物繊維や帝王の権威が練り込まれている素晴らしい食材なんですよ。私がこうして話すことができるのも、グリーンピースを取り込んだからです」
毒なし林檎はルリイの横でそわそわしていたが、我慢ができなくなったようで、ぴょんとシュウマイに飛びついた。
「ルリイ、これは本物のシュウマイですよ」
「じゃあ食べられるの?」
「はい! 肌はドカドカ、心はザクザクです!」
ルリイはシュウマイの家にあったナイフを貸してもらい、シュウマイを半分に切った。食べ始めると、ほのかに甘みがあってジューシーで、高貴な味わいと香ばしさもあり、ピリッと引き締まった味が中に隠れていた。
「おいしいわ。半分じゃ足りないくらい」
そうでしょうそうでしょう、とシュウマイは笑った。食べられながらでも話せるなんて、本当に最高のシュウマイだ。その上、半分しかないのに食べても食べてもなくならない。かじるたびに大きく柔らかく、熱くかしこく美しくなっていくようだ。
ルリイは大きなシュウマイの半分をようやく食べ終わると、毒なし林檎をつかんで食べた。毒なし林檎は前にかじった時よりも新鮮でおいしくなっていた。
「ルリイ、ようやく食べてくれましたね」
「ええ、シュウマイを取り込んだあなたは最高の林檎だもの」
「私はね、本当は毒林檎なんですよ。でもあなたが毒なし林檎だと思い込んでいたからそうなったんです。プラシーボ効果ってやつですね、林檎もバカですから」
ルリイはシュウマイと毒なし林檎を食べたおかげで、本当に元気になった。肌は桜餅のようにつやがよく、どんな雨や猛暑の中でも意気揚々と歩き、魔法に頼らなくてもおいしい料理が毎日作れる。
「ああ、今日も首が痛くならなかったわ。本当に最高」
空に向かって伸びをすると、シュウマイの声が聞こえてくる。
「そうですとも、私は最高のシュウマイですからね」
毒なし林檎の声も聞こえる。
「プラシーボ効果ってやつですね。私は今でも本当は毒林檎なんです。バカな魔女。大好きですよ」