氷のプリンスの独白
彼女は世界で、僕のたった一人のお姫様だ。
僕は女という生き物がキライだった。
理由きっと、あの二人の女の所為だろう。
仕事に生きて家庭を壊し、僕を捨て僕から兄を奪った実の母。
父という存在がありながら父を裏切り、息子となった僕に色目を使ってくる義理の母。
二人の母親は、仕事と恋愛、タイプは違えど、どちらも母親としてではなく、僕に一人の女として接した。
女という生き物は、自分勝手で浅ましい。人間の愚かな部分を如実に表した生き物。
そんな思いが僕の心を支配し、女という生き物に対する強い嫌悪が、僕の人格構成に多大な影響があったのは言うまでもない。
そんな闇を拗らせ、今ではもう性別に関係なく、人間という生き物がキライなのかも知れないけれど。
だから、恋愛という行為そのものに、価値などないと思っていた。
相手を思いやり、慈しむ恋愛なんてのは綺麗事。
現実はみっともなく性に飢え、欲望を剥き出しにした愚かな男と、求められ安上がりな愛を囁やかれることで、自尊心を満たす浅ましい女の利害関係が一致しただけ。
なんて恋愛観というには、冷め過ぎた考えの僕が恋愛なんてすることは、有り得ないと思っていたし、梨愛のことも浅ましい女の一人だと思っていた。
出会いが出会いなだけに、梨愛の印象は他の女と変わらず、ただただ浅ましい。
けれど、そんな最低な印象を梨愛は覆してみせた。
大抵の女は初めは僕の容姿に姦しく騒ぎ、ふんわりとした絡み付くような、甘ったるい媚びを売るが、この男は自分に愛を囁やかないと分かれば、興味を失ったように去っていく。
だから、僕は女が近付いてくれば、言葉、仕草、視線、全てに拒絶と蔑みを込めた。そうすれば、煩わしい女から解放されると思っていたからだ。
でも、梨愛は他の女と違った。
一向に愛を囁やかない僕に、愛を与えようとし続けた。勿論、そこには他の女と同じように、僕に愛を囁やかれたい、僕を手に入れたいという気持ちはあったのだと思う。
女という生き物は浅ましく、強かな生き物で、僕のカワイイお姫様だって例外じゃない。
でも、やっぱり梨愛は他の女とは違っていて、彼女の強かさは完璧だった。
僕という人間を理解し、僕自身すら知らなかった僕の理想のお姫様を、計算高く演じてくれた。
僕を不快にさせず、僕が喜ぶであろうことをする。
僕の望み通りに振る舞う梨愛を、いつしか当然のように受け入れ、浅ましい女ではなく、カワイイ女の子として見るようになった。
そうなれば、兄を失い孤独だった僕が、彼女を愛しく思うまでに時間はかからなかった。
梨愛は僕に教えてくれた。
彼女に愛を囁やけば、性に飢え欲望を剥き出しにした愚かな男の気持ちを知り、彼女に愛を囁やかれれば、求められ自尊心を満たす浅ましい女の気持ちを知った。
価値などないと思っていた行為が心地良くなれば、なるほど僕は梨愛に夢中になった。
そうして、僕の中で彼女の存在は大きくなり、僕だけのカワイイお姫様として、梨愛だけを見詰める日々。
そんなある日、梨愛は僕にとっても大きなプレゼントをくれた。
それは裏切りと共に、突然目の前に差し出された。
『……梨愛、お前は俺のモノだ。俺だけを見てろ』
重ねるとは言えない、荒々しく食らいつくように、僕の目の前で、僕のお姫様の唇を奪った男。
殺意すら湧いた彼は、僕がずっと会いたいと願って、求めて止まなかった、僕が唯一無条件に愛した存在、双子の兄、綾斗だった。
あぁ、こんなことってあるだろうか。
再会出来たのだと気付いた瞬間、体が今までにないほど歓喜に満ち、興奮で震えた。
梨愛はやっぱり僕に喜びをくれる。
恋人の裏切りをプレゼントだと、奇跡だと喜ぶ僕を、恋愛なんてただの利害関係だと思っていた孤独だった僕は、愚かだと嘲笑うだろう。
それでも良い。
客観的に見れば、一人の女の策略にまんまと引っ掛かって好きになった、愚かな男でも構わない。
梨愛が僕を幸せにしてくれたことに間違いはないのだから。
梨愛。僕は僕を幸せにしてくれる君を幸せにしたい。そして、これからも僕を幸せにしてほしい。
僕の、いや、もう僕だけのモノじゃないね。君は僕とアヤだけのモノ。
僕達だけのカワイイお姫様。どうか、ずっと側にいて。
僕達以外の誰かに、絶対君は渡さない。