幼馴染の彼と蓮見さん
……なぜ、2学期早々これほどまでに疲れないといけないのだろう。
いや、肉体的には全く問題ない。
それよりも精神的に疲弊して辛い、本当に辛い!
朝から幼馴染の意図不明な態度に振り回され!
隣の席の女の子にはクラスメイトの前でファーストキスを奪われ!
挙げ句の果てにその女の子は変態だったと来たもんだ!
ははっ、笑えねぇ。
……まぁ。
蓮見さんが思ってた以上に愉快な人だったのにはびっくりしたけど。
知的で物静かなクール美人はどこにもおらず、蓮見さんはただ猫をかぶっていただけだったのだ!
人によっては騙されたと思うのかもしれないけど、俺的には頭のネジが2、3本飛んでるとしか思えない、あの蓮見さんの方が話しやすくて、好きだ。
だからこそ、余計そんな蓮見さんがわからないんだが……まぁ、いいや。
寝よう。
今はとにかく早く帰って、一刻も早く寝て、体力を回復させよう。
もう俺の安息の地は布団の中にしかない……ただいま僕のマイ・フェア・レディ。
「ただいま……」
「おかえりーハル!」
「ん……はは、ああ、ただいま……」
はぁ、疲れてるな俺……。
まさか心春の幻覚まで見るようになるとは。
夏休み前ならいざ知らず、今あいつが来るわけないのにな。
なんせ告白以降、ちょくちょく来てたうちにも来なくなったし、連絡すらよこさなくなったんだぜ?
そんなあいつがうちにいて、おかえりってか?
ないない。
「遅かったねハル、蓮見さんとのデート、そんなに楽しかった?」
「楽しいわけないだろ……めっちゃ疲れたわ……」
「ふふーん、そうだよね、そうだよね! ハルはボクと一緒が一番楽しいんだよね!」
「あー、もうだめだ……なんで俺、幻と会話してるんだろう……」
いくらなんでも、心春の幻と会話なんて疲れすぎだろ俺。
て言うか、お前どんだけ心春に未練あるの? キモいんですけど?
「じゃあ、明日はボクと一緒に帰ろうね! 蓮見さんと帰っちゃやだぞー!」
「ああ……そうだなぁ……」
「よしよし! 約束だからねハル! じゃあボク、今日は帰るから!」
「うんうん……うん?」
帰る? 幻の心春がどこに帰るんだろう。
まぁ、いいか。
「気をつけて帰れよー」
「クッキー焼いたの、机の上に置いておいたから食べてね!」
「はいよ」
「じゃあまた明日ね、ハル! ばいばーい!」
はぁ……もうダメだ。
夕飯の時間までちょっと時間あるし、寝よう。
おやすみ……。
* * *
「はー、よかった! いつものハルだった!」
朝と昼に感じた幼馴染との距離が、ただの杞憂だったことにほっとする。
なんとなく胸がもやもやってするのも、それもこれも全部全部、ハルのせいなんだから……!
そう考えながら思い出すのは、夏休み前のあの日。
突然、幼馴染のハルに「好き」って言われた日が、全部の起点なんだよなぁ……と思い出す。
あの時は、急に好きって言われてびっくりしたなぁ。
それまで、ボクは一回もハルをそんな目で見たことなかったし、まさかハルがそんな風にボクを見てるなんて思いもしなかった。
その……うん、ボクはチビだし……可愛げあんまりないし?
言ってて悲しくなって来た。
そんなこともあり、あの日から今日までの一ヶ月とちょっとの間、なんとなーく、ボクからハルに連絡を取るのも気まずいなぁ……と思っていたら、ハルからの連絡も一度も来なくて。
ボクは初めて、ハルと1ヶ月以上会わないなんて経験をしてしまった。
いつもはお互いの家を行き来したり、夜も電話で寝るまで話したりしてたのに!
この夏だって、二人でどこ行こうとか、どこで遊ぼうかってずっと考えていたのに! ハルのバカ!
……いやまぁ、これはボクにも悪いところはあるとは思うんだけど。
そもそも夏休みの間だって、ボクから連絡取ろうと思えば取れたし、家も近いんだから、ハルに会おうと思えば、すぐ会えたわけだし。
でも、ボクの気持ちもちょっとは分かってくれてもいいと思うんだよ!
急にす……好きとか! そんな事言われたらビックリするのわかってよもー!
しかも好きって言っておきながら、そのあと放置ってなんなのさ!
泣くぞこのやろー!!
そんな風にもやもやしたものを抱えたまま迎えた今日、2学期初日。
ボクはさらにもやもやしたものを抱えることになってしまった。
朝からハルの態度はおかしいし……なんか、ボクのこと、避けてる? 感じだし!
連絡もなしに、待ち合わせにあんなに遅れたハル、初めて見た。
遅れるにしても、絶対にごめん、って一言がいつもあるし。
それだけでも十分もやっとする出来事だったのに!
それなのに!
「天方くん、好きです、私と付き合ってください」
なんと、ハルの隣の席の蓮見さんが、みんなの前でハルに告白をしたのだ!
しかも、き、キスまで……! なんかすっごいえっちっぽいのを!
その上、放課後は二人でデートってどういうことなの!?
「うう~~……なんなんだろう蓮見さん……何考えてるんだろう……」
ただでさえ何を考えているのかよくわからない蓮見さんの突然の行動がまったくわからない、わからないけどすっごいもやもやする!
ハルもハルで、ちょっと嬉しそうな顔してたし! ボクに好きって言ったくせに!
そんなに蓮見さんにキスされて嬉しかったのかこのやろー!!
「……今日、ハルと蓮見さん、どんな話をしてたんだろうなぁ」
さっきのハルは、なんだか凄く疲れていたから詳しく聞けなかったんだけど、気になる。
あんな衝撃的な告白をされた後なんだから、余計に気になる。
もしかして二人は付き合うことになった……とか言わないよね?
うん、ないない、だってハルはボクが好きだって言ってたんだもん!
それが一回キスされたくらいで、コロっと転がるわけないよね?
……ないよね?
と、そこまで考えてふと思う。
「あれっ、ボクとハルって、今どういう関係なんだろう?」
その時、ボクを物凄い不安が襲い掛かったのがわかった。
そうだ、ボクとハルは別に恋人同士でもなんでもない、ただの幼馴染だ。
そんなボクが、蓮見さんとハルの間をとやかく言う権利は何もない。
だから、今日からハルが蓮見さんと付き合いだしたとしても何も……。
ここまで考えたとき、すっと心に浮かんだのは
「絶対に嫌」
この一言だった。
なんでこんなに嫌なのかはよくわからないけど、とにかく嫌!
蓮見さんにハルを取られるなんて、絶対嫌!
「うー、なんかもやもやする……これも全部、ハルのせいなんだから!」
なんだかわからないけど、全部ハルのせいにしちゃえ!
ボクに責められて焦るハルを想像して、少し胸がすっとした。
うん、大丈夫! ハルは今日、「楽しかった」じゃなくて「疲れた」って言ってたし、蓮見さんとは多分何もなかった! うん!
それに、さっきのハルはいつも通りのハルだったから、明日からはまた、元の幼馴染に戻れるよね!
ボクはこの時、全てを楽観的に考えていた。
……この日の事を、ボクは一生忘れることはないだろう。
蓮見さんとハルと……ボク。
この三人が揃ったことで、ボクたちの関係が大きく変わり。
この先の人生にまで多大な影響を与えることになるなんて、この時のボクは想像もしていなかった……。