幼馴染の心春ちゃんが何を考えているのかわからない
俺に集まる好奇の視線に、思わずごくり、と喉を鳴らしてしまう。
心春の件に加えて蓮見さんまでとなると、俺の処理能力は絶対に追いつかない!
というか無理、もういっそ見なかったことにしたい。
この先、どうすれば……。
――その時、スピーカーから予鈴の鐘の音が聞こえたと同時に、教室のドアが開き。
「よーしお前ら、席につけ……ん? なんだ、何かあったのか?」
入ってきたのは、クラス担任の弦巻先生、通称マッキー先生だった。
た、助かった……!
マッキー先生のおかげで、この場はうやむやにできそうだ。
席に戻っていくクラスメイトたちをみて、ほっと息を吐く。
授業が終わり次第、放課後は速やかに帰宅し、あとは時間の流れに身を任せよう、そうしよう。
なあに、俺のことなんてすぐに話題にも登らなくなるさ……。
「天方くん、天方くん」
……まぁ、この人が何もしなければ、だけどな!
「……なんでしょう、騒ぎの元凶の蓮見さん」
「今日の放課後、時間はありますか?」
「まー、時間はあるけど……」
「それじゃあ、私とデートをしませんか?いえしましょう!」
蓮見さんがこてん、と首を倒しながら、そう提案してきた。
何言ってんだこいつ。
自分が今、どんな状況なのかを理解してないのか……!
「それと、どうしてもお話しておきたいことがあります」
話したい事、ねぇ……。
それを言うなら、こちらも聞いておきたいことがあるし、丁度いいかもしれない。
今日の惨劇を引き起こした理由を、早めに知っておくのは絶対に悪くない。
「……わかった、ただ、一緒に出るとまた騒ぎになりそうだから、外で待ち合わせでもいい?」
「! わかりました、ありがとうございます」
ぱっと花が咲いたような笑顔を見せてくれた蓮見さんに、思わず見蕩れてしまった。
……なるほど、確かに可愛い人だ、みんなが構いたくなる理由がわかる。
ていうか俺、こんな可愛い子にキスされたのか……!
ついつい、その艶やかな唇に目を奪われ……。
「……天方くん、あんまり見つめられると……その、恥ずかしいです……」
「!? ご、ごめんっ!」
「いえ……見たいなら、もっと見てくれても、いいですよ?」
蓮見さんはそういうと、白い肌を桜色に染め、ちらりとこちらを見てきた。
うっ、こ、この破壊力は凄いな……って何言ってんだよ俺!
お前、この前まで心春が好きだったんだろ!
落ち着け俺、落ち着け俺……!
「ふふっ、放課後デート、楽しみですね?」
そう言いながらくすりと笑う蓮見さんの顔を、それ以上見ていることはできなかった。
***
「よーし、今日はこれまで! 天方ー! 明日はサボるんじゃないぞー!!」
「りょ、了解っス! 明日はちゃんと来るっス!」
よし!今日は始業式だけだから、昼休みもなし!
俺はカバンを掴むと、逃げるように教室を出
「ハルー! 一緒に帰ろ!」
……ようとしたところで、心春に捕まってしまった……。
ていうか、なんでこいつ普通に俺に話しかけてきてんの?
気まずいとか、そういうのないのか?
俺は気まずくて仕方がないと言うのに……!
「い、いや、俺は……」
「ほら、早くいこ? ボク、今日は久しぶりにハルの家でごはん食べたいなー!」
「いや、なぁ、俺は今日は……」
「カレー! うん、ボク今日はハルのカレーがいいな! 一緒に買い物して帰ろうよ!」
「引っ張るな……待てって!!」
引っ張られないように力を入れているにも関わらず、ズルズルと引き摺られてしまう。
心春のやつ、いつも思うけどちっこい体のどこにそんなパワーがあるんだよ!
……男の俺にパワーがないわけでは、断じてないんだからね……っ!
心春の思うまま引っ張られ、もうこのままなし崩しになってしまうんじゃ……そう思っていた俺に、救いの手が差し伸べられた!
「三枝さん、悪いんだけど」
「えっ」
「天方くんはこれから私とデートなんだ、離してあげて?」
「は、蓮見さん!?」
あ、これ救いの手じゃないわ。
状況をさらなる混乱に突き落とす悪魔の一手だわ……。
「蓮見さん、それは言わないようにって……」
「はぁ……私も天方くんの意見を尊重したかったけど、このままだと引っ張って行かれそうだったんだもん」
「うっ……そ、それは否定できない……」
事実、半分もう諦めが入っていたからね……。
ていうか「もん」ってなんだ「もん」って、俺の知ってる蓮見さんと違う!
「デート……? ハル、ほんとなの?」
「えっ? あっ……」
はっと気がつくと、心春が目を見開き、こちらを見ていた。
心なしか、若干声が震えている気がする。
なんだ? なんでお前、そんな顔してんの……?
「ごめんね三枝さん、さっき、天方くんと約束したの、だからその手を離してもらえる?」
蓮見さんがそう声をかけるが聞こえていないのか、心春の目線が俺から外れない。
こんなに動揺している心春を見るのは、長い付き合いでも初めてかもしれないな……。
「ハル! ハルは蓮見さんとデートなんてしないよね? ボクと一緒に帰るんだよね!?」
「心春……」
「だって、ボクとハルはいつも一緒に帰ってたし!」
そうだな、いつも一緒だったよな。
それこそほんと、小さい頃からずっと。
でも……。
「ごめん、今日、俺は蓮見さんと用があるから、お前とは帰らない」
「ハル!?」
「ごめんね三枝さん……じゃあ行こっか、天方くん?」
「うん……じゃあな」
心春を一人残し、蓮見さんと歩いていく。
呆然と俺たちを見送る心春を目の端に捕らえながらも、俺はそんな彼女の様子に戸惑っていた。
一体なんで、あんなに必死だったんだ?
お前が何考えてんのか、さっぱりわかんねぇよ、心春……。
「……ハル……なんで……?」
最後の心春の言葉は、俺たちには届かなかった。