好きです
結局あの後、すぐに学校へと向かう事は出来なかった。
始業式からサボるなんて、はは、俺かっこいい!
「よう日葵、始業式からいきなりサボりとかやるなー!」
「うるせー、今日はちょっと体調が悪かったんだよ!」
「という設定ですねわかります」
「設定言うな!」
こいつは楠木 柾人、高校に入ってから出来た、俺の友人だ。
一つ年上の綺麗な彼女がいる男で、リア充である。
爆発しろ。
夏休み中も、楽しそうなメッセをたくさんありがとうよ!
お呪いしてやる!!
「それにしても珍しいな、お前が三枝さんと一緒に来ないなんて」
「……まぁな」
「しかも、三枝さんも今日は遅刻ギリギリだったし、なんかあったのか?」
「色々あったんだよ、色々と……」
「ほーん……」
色々と聞きたそうな柾人の追求を交わし、自分の席へと向かう。
教室の前の方では、心春が友達と楽しそうに話しつつも、チラチラとこちらを見ているのがわかった。
……こっち見んな、いかにもなんかあった風に見えるだろ。
ため息をつきたいのを我慢し、机にカバンをかけ椅子を引くと、隣の席で本を読んでいた女の子が、こちらを見て話しかけて来た。
「おはよう天方くん、久しぶりだね」
「お、おはよう、蓮見さん」
珍しい……。
蓮見さんに声をかけられるなんて、初めてじゃないだろうか?
彼女の名前は、蓮見 鈴七さん。
天使の輪の浮いた、肩ほどまで伸びた黒髪がステキな美人さんだ。
切れ長の瞳に、桃色に色づいた潤んだ唇とバランスよく整った顔立ちも文句の付け所がないと評判だった。
ただ、俺はずっと心春一筋だったのもあって特に興味を持たなかったのと、男子と話したがらない気難しい性格である、という噂のため、今まで事務的なこと以外で、あまり話しかけようと思わなかったのだが……。
「? どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ」
「そう?」
「うん、蓮見さんに話しかけられるなんて珍しいなって」
「……そうだったかな?」
少なくとも、彼女から話しかけられたのはこれが初めてだ。
おはようですら、初めて言われたんじゃないだろうか。
なんで急に、話しかける気になったんだろう。
不思議に思っていたが、すぐにその謎は解決された。
「天方くん、三枝さんと何かあったの?」
……なんだ、蓮見さんもそんな事が気になるのか。
あまり他人に興味のない、物静かな人だと思っていたけど、普通の女子高生らしいところもあるんだな……。
「いや、何もないよ」
「ふぅん……」
じっと俺を見つめる蓮見さんの瞳が、少し居心地悪い。
ふいっと目をそらすと、何がわかったのか「なるほど」と蓮見さんが呟いた。
何がなるほどなんだろう?
「三枝さんに告白したんだ?」
「!」
「そして、フラれた」
「……なんで、そう思ったの?」
「なんとなく、かな……私、天方くんのこと、なんとなくだけどわかるの」
なかなかいい観察眼をお持ちで……。
さて、なんて答えれば穏便にこの場を切り抜けられるかなぁと思っていると、ガタン、と椅子を鳴らして蓮見さんが立ち上がった。
よかった、蓮見さんがどこかへ行ってくれるなら、言い訳を考えなくてもいい。
「フラれたんだったら……いいよね?」
「え?」
何が起こったのか、わからなかった。
目の前には、目を閉じた蓮見さんの綺麗な顔が……
「ん……ふ……」
「!!!!?」
いや待って待って待って!
何!? 何されてるの俺!?
え! 何この唇の柔らかい感触……!
「ん……」
いやそれだけじゃない!
お、お、俺の口を割り開いて入ってきたこれ……!
「……ぁっ! っな、何してるの蓮見さん!?」
「ぷはっ……何って……キス?」
なんでそんなこと聞くの? とでも言いたげな顔でこちらを見てくる蓮見さん。
あ、俺と蓮見さんの間で透明の糸がキラキラ……じゃない!
きょ、教室で!しかもみんないる前でこんなこと……した……のに……。
その時。
教室の中から、喧騒が消えていることに気がついた。
恐る恐る周りを見渡すと、クラス全員の視線が俺たちに集中していて……。
「天方くん、好きです、私と付き合ってください」
静まり返った教室の中に、蓮見さんの声が響き渡った。
「え? 俺?」
「うん、私、天方くん、好き、おーけー?」
「お、おーけー?」
「だから、私と付き合って?」
な…………
「「なんだそれ!!?」」
「お、おい、どういうことだよ日葵!?」
「し、知らない、俺が一番聞きたい……」
駆け寄ってきた柾人に肩を揺すられるが、知るかよそんなもん。
え? 蓮見さんが誰を好き?
俺?
もう、頭は完全にパニックだ。
だから、気づかなかった。
耳まで赤く染まった蓮見さんの表情にも。
目を見開き俺を見つめる、心春の表情にも……。
高校一年生の秋。
俺の生活が、変わろうとしていた……。