寝て起きたら終点から折り返し
あれから、二人で一緒に、動物園で一日を過ごした帰りの電車の中。
俺の右肩には、心地よい頭の重み。
そして右手は、お互いの指を絡めるようにしてしっかりと握られていて……。
その手を握っている本人はと言うと。
「すぅ……すぅ……」
俺の肩に頭を預け、熟睡していた。
もうぐっすりである、すやすやである。
さすがの蓮見さんも、1日遊び回って、相当疲れたらしい。
「まぁ、あれだけはしゃいでれば仕方ないかなぁ」
よっぽど楽しかったのか、時折口元がにやっと笑みを形作るのがちょっと怖い。
一体、どんな夢を見ているのやら。
「ふふふ……天方くんったら……ユーカリは毒ですよぉ……」
……ほんと、どんな夢を見ているのやら。
夢の内容を知りたいような、知りたくないような微妙な気持ちだ。
ユーカリって青酸が含まれてるんですよ? 死にますよ、俺!?
「それにしても、ほんと気持ちよさそうに寝てるなぁ、蓮見さん」
その寝息と、呼吸のリズムを聞いていると、俺もどんどんまぶたが重たくなってきた気がする。
うーん、駅まではまだ暫くあるし、ちょっとくらい寝てもいいかないいよねありがとう。
それでは、駅に着く時間の3分前にスマホの目覚ましを一応かけて、と。
おやすみなさーい……。
*****
遠くで、目覚まし時計が鳴っている音が聞こえます……が! 私は眠いのです……!
私はもう少しだけ寝たいんです、疲れているんです、邪魔しないでください!
もう少し……もう少しだけ……あと5分……5分でいいですから……!
『ドアが閉まります、ご注意下さい、次はー……』
「えっ!?」
そのアナウンスを聞いて、一気に意識が覚醒しました。
そうでした、今、私たちは電車の中!
そして今日は天方くんとの初めてのデートの帰り!!
気付いたときには遅く、無常にもドアは閉まってしまい……ああ、やってしまいました! ここは私たちの家の最寄駅!
しかも乗っているのはよりにもよって快速です、しばらくは停車しない電車です。
路線図を見ますが、次の停車駅は……まだまだ遠いなぁ。
「はぁ……やってしまいました……まさか寝過ごしてしまうなんて……」
疲れているとは言え、ここまで電車で熟睡するなんて生まれて初めてのことです。
さすが天方くんの肩は凄いです、安眠効果が違います!
……いやまぁ、今日に限ってはあんまり喜べないんですけど!
そんな奇蹟の肩を持つ天方くんですが。
「うぅ……グリンピースはダメだよ蓮見さん……」
……なんか、寝言を言ってました。
ふふ、なんの夢を見てるんでしょう? グリンピースがダメなんて、なかなか可愛いところがあると思いませんか?
眉間にしわなんて寄せちゃって……もみもみ、しわよー伸びろー、伸びろー。
伸びないと、お弁当をグリンピースで埋めちゃうぞー。
「それにしても、天方くんもぐっすりだなぁ……全く起きる気配ないんだけど!」
結構強めに眉間をぐりぐりしたのに、全く起きる気配がありません。
この前ベッドに潜り込んだ時も全然起きませんでしたし、ちょっと無防備すぎるんじゃないでしょうか?
これじゃあ、悪いおねーさんに襲われちゃいますよ、天方くん?
……例えば、もうちょっと一緒にいたいからって、わざと起こさない悪いおねーさんとか。
このまま天方くんを起こさずにいたら、私たちはどこまでいくんでしょう? 終点まで行っちゃいますかね?
そして、時間的に帰れるか帰れないか微妙になって……まさかのお泊り!?
だ、ダメですダメです、まだお泊りなんて早いですよぉ天方くん!
で、でも、天方くんがお泊りしたい、って言うなら……私は……いいですよ?
なんてなんて! きゃー!!
はぁはぁ……あ、不味い、鼻血が出そう。
……ふぅ、いい妄想をしてしまいました。
なんなら本当に誘ってくれてもいいのになー天方くんだからなー無理だろうなー。
次は天方くんからキスして下さいね、なーんて言いましたけど、きっと天方くんからはしてくれないだろうなぁ。
まぁ、それが天方くんのいいところだと思うんですけどね!
身持ちが固くて、ちゃんと女の子の事を思いやれて……。
はぁ、好き。 ほんと好き。
はー、キスしたいなぁ、寝込み襲うのは流石にダメかなぁ、ダメだよねぇ……。
……その時、何の気なしに周りを見回した私の体に電流が走りました。
そう、気付いてしまったのです……なんとこの車両……今、私たちしか乗客がいない、ということに!
しかもおあつらえ向きに、ボックスシートタイプの座席なので例え人が乗ってきても誰にも見えません!
「と、言うことは……こんなことをしても誰にも咎められない……?」
それに気付いた私の行動は迅速でした。
天方くんの膝に……膝に……わ、私の頭を乗せて……!
「ふわぁ……」
それはまさに至高の瞬間でした。
天方くんの膝枕天方くんの膝枕……ふ、ふふふふ♡
はぁ、幸せ……!
幸せすぎて……ああ……なんだか眠くなってきちゃうなぁ……。
…………………………………………すやぁ。
……その後。
私たち二人は一度も起きることなく終点まで行ってしまい……駅員さんに起こされたのは言うまでもありません。
そして、帰宅も日付変更ギリギリで……連絡もなしに遅くなったことで、めちゃくちゃお母さんに怒られました……。
お母さん怖い……怖いよぉ……!




