授業に集中させてくれ!
突然だけど、俺は理数系がとんでもなく苦手だ。
数字を見ていると、眠くて眠くて仕方がなくなってくる。
数式を解きなさい、はまぁ、苦手だけどまだいい、公式さえ覚えていれば、だいたいなんとかなるから。
問題はこれ、証明問題である。
AとBの図形が同じ図形であることを証明しなさい?
しらないよそんなの! 定規と分度器よこせ! 同じ図形かきっちり測ってやる!
もしくはスキャンして、PC上で同じ図形かどうか検証してやるから!!
一体これの何処が数学だと言うのか……解せぬ。
(ああ……それにしても)
窓から入ってくる少しだけひんやりした風が気持ちいい。
ただでさえ眠いのに、どんどん意識が眠りのほうへと引っ張られて……と、目線が下へと落ちたとき、またしてもスマホがちかちかと光っているのが見えた。
メッセージの通知名は……三枝心春。
あいつ、また授業受けないで遊んでんのかよ。
ちらりと目を前にやると、なにやらそわそわとしているのがわかった。
担当教諭が板書を始めたことを確認し、メッセージへと目をやる。
『授業が難しすぎて全然わからない件について』
バカだバカだと思っていたが、ここまでバカだとは。
わからないならわからないなりに勉強しなよ! LINEなんてやってる場合じゃないよ心春!!
『わかんないなら遊んでないで、ちゃんと授業受けろ』
『わかってるんだけど、ここまでわかんないともう眠くなるよね!』
『そうか……なら来年、お前は後輩だな、同級生に先輩と呼ばれるといい』
『えっ……ハルが先輩かぁ……いいかも』
『いいかもじゃねぇよくねぇよ!』
『えへっ、だよね?』
やっぱりバカだったか、心春。バカな子ほど可愛いとは言いますが……なぁ?
でも、心春に先輩って呼ばれるのは……うん、その。
……いい。
ちょっとだけ!
ちょっとだけ、ぐっとくるよね! 先輩後輩シチュって!
男の子ならこの気持ち、わかってくれると思う! 可愛い後輩彼女が欲しかったと思う、俺の気持ちが!
ハル先輩♡って呼ばれたいよね! わかってもらえるよね!!
『ね、ね、勉強教えてよ、ハル!』
『え、やだ』
『なんでだよー!!』
『お前に教えるのは、中学時代で懲りたからだよ!』
やっぱダメだわ、こいつが後輩とか、マジで勘弁だわ。
中学の時、お前の頭に公式詰め込むの、どんだけしんどかったと思ってんの?
しかも受験終わったらすぐ忘れるってお前の頭どうなってんだよ。
連立方程式とかもう出来ないだろお前? X軸とY軸、どっちが縦でどっちが横か覚えてるか?
四則計算のルール、覚えてますよね!?
『てへっ★』
『留年おめでとう』
『そんなー』
なんとしても同じ高校に来てくれないと困ると思い、情熱に溢れていたあの頃の俺はもう死んだ!
心春……お前という幼馴染がいたこと、俺は忘れないよ……。
とはいえ。
『……まぁ、本気で勉強するつもりなら、多少は手伝ってやらなくもない』
『ほんと!?』
『多少! 多少だからな!? お前がやる気ないってわかったら、すぐやめるからな!?』
『へへへ、さんきゅーハル! 愛してるぜっ★』
はいはい、愛してる愛してる。
こんなに軽い愛してるはなかなかないぞ、お前?
それにしても、心春に勉強なぁ。
ついつい教えてやってもいい、とは言ったものの、どこから教えればいいやら。
高校に入ってからの範囲がダメダメなのは間違いないとして、中学時代の事をどれだけ覚えているか……。
これはもしかして、俺一人では手に余るのではないだろうか?
誰か……誰かもう一人、巻き込める人がいるといいんだが……。
出来れば俺より成績がよくて、心春とも仲のいい……。
仲がいい……なぁ……。
横目でちらりと隣を見ると、蓮見さんが真剣な表情でノートに書き込んでいた。
蓮見さんならば、俺より頭もいいし、心春とも仲がいい? し、適役に見える。
……巻き込むか?
いやいや、でもさすがにないか? ないか。
心春に教えるのがどれだけ大変か、身をもって知ってるだけに蓮見さんに頼るのはなんとなく、違う気がする。
じーっと蓮見さんの横顔を見ていると、次第に彼女の横顔が赤く染まっていくのが、俺の席からもわかった。
あ、こうやって見つめるのもダメなんだ……ほんと、蓮見さんのいいラインダメなラインの見極めは難しいなぁ。
「あ、天方くん、ちゃんと授業を受けて下さい……!」
「うん、でもなんか、蓮見さんが可愛いなぁって」
「……私のこと、からかってますね?」
「ないない、本心だよ」
あ、どんどん赤くなって……首まで真っ赤になってる、可愛いなぁ。
蓮見さんも奇行がなければ、ほんと凄く素敵な人なのに……。
勿体ない……ただただ、勿体ない……っ!!
そして、授業中だというのに、なぜ前の席から怒りの視線を感じるのか。
わけがわからないよ……。
そう思いちらりとスマホに目をやると、心春怒りのメッセ連打に思わずびっくり。
いやいや、授業受けずに何やってんのお前?
何通メッセ送って来てんだよ、暇なの?
『授業受けろよ、勉強しろよ』
『授業中に、蓮見さんにデレデレしてるハルに言われたくないんですけどー?』
『デレデレしてねーし』
『ハルのえっち!』
なぜそんな事を言われねばならんのだ……!
ついついイラッとした俺は、心春の椅子の天板に怒りのトーキックを食らわせることで、溜飲を下げるのだった。




