朝の通学風景:蓮見鈴七の場合 (後)
「じゃあ、行って来るよ母さん」
「はいいってらっしゃい、鈴七ちゃんも、気をつけてね?」
「ありがとうございます、行ってきます、お義母様」
相変わらず、なんか余計な漢字がついてる気がするなぁ……義とか、義とか、あと義とか。
なんだか朝からどたばたしたけど、ルール説明をした通り、今日は蓮見さんと登校する日だ。
嬉しそうな顔で、なんなら少し跳ねているんじゃないか? と、少し浮かれて見える蓮見さんの微笑みが眩しい。
「そういえば……」
「どうしたの?」
「天方くんは数学の課題、やりましたか?」
「えっ! 課題なんて出てたっけ!?」
全然覚えてないんだけど!
えっ、そんな課題、いつ出たっけ!?
「まぁ、天方くんはなんだか心ここに在らず、って感じでしたし、なんとなくそんな気はしたんですが」
「は、ははは……そんなことはありません……よ?」
確かにここ数日、授業にはあまり身が入ってないと思う。
でも!
それは!
蓮見さんに心春! 君らのせいでもあるんだからな!?
「ふふふ、順調に私と三枝さんを意識してくれてるようで、嬉しいです」
「ほんと、変なところで勘がいいよね蓮見さんは!?」
「前も言いましたけど、私、天方くんの考えてること、ほんとになんとなーくわかるんです!」
「嘘をつけ蓮見!」
元気になるビタミン剤だって言うのと同じくらい信用ないよ、その言葉!
もう俺の中の蓮見さんの信頼度は0よ!!
「もうっ、そんな事言う天方くんには、今日の課題見せてあげませんっ」
「えっ! み、見せていただけるのですか蓮見さんいやっ! 蓮見様……!」
「いいえ、見せないことにしました!」
「そんなー」
「ふふっ、その代わり、天方くんには私が付きっ切りで、解き方を教えてあげます!」
「ほ、本当ですか蓮見先生!」
「こう見えて私、成績はいいんですよ?」
くいっくいっ、とメガネを押し上げる仕草をする蓮見さんに、なぜかメガネの影が見える。
メガネしてないのに、なんだかその仕草だけですっごく賢そうに見える不思議!
いや、実際に蓮見さんは成績いいんだけどさ。
なんでも基本平均の俺とはえらい違いだ。
ちなみに心春は何教科か、赤点スレスレだったはずである。
よくうちの高校入れたなあいつ……一応これでも進学校だぞ、うち?
そんなことを考えていたからだろうか。
いつも心春と待ち合わせをしていた、あの交差点が目に入った時に、ついつい心春の姿を探してしまった。
もちろん、今日は心春がいるわけないんだけど……。
「もうっ、天方くん、また三枝さんのこと考えてますね!?」
「えっ!? か、考えてませんよ!?」
「天方くんはすぐ顔に出るんですから……この辺りで、いつも待ち合わせしてるんですね?」
「あー……うん、まぁそうね」
「それはいつ頃からですか?」
「小学校の頃には、もう暗黙の了解としてここで待ち合わせだったかな」
「なるほど……」
ふむふむ、と何やら考え込む蓮見さん、一体何を考えている……!?
そう思っていると、にやりと悪そうな顔をした蓮見さんと目があって……あ、なんかすっごい嫌な予感がしてきた!
「つまり思い出を上書きすればいいって事ですよね!」
「はい待った! 待ってね蓮見さん落ち着いて! どーどー!」
「……天方くんは、一体私をなんだと思ってるんですか……?」
「暴走機関車のような人だと思っていますが、何か?」
「しれっと!」
だってそうじゃないですか!
俺が止めないとどこまでも暴走して……最後はどこに行き着くんだろう?
あ、なんか凄い怖くなってきた。
その対象、絶対俺ですよね!?
「てか、今止めないと絶対粘膜接触狙ってたでしょ!?」
「あら、よくおわかりで……やっぱり天方くんと私は、赤い縄で繋がってるんですね!」
「ぶっといわ! 赤い縄って何初めて聞いたよそんなの!」
「それくらい太い縁ですっていう比喩ですよ比喩」
比喩にしては、蓮見さんの目がマジだった気がする……。
「ちなみに、花七お姉さん曰く旦那様と自分は赤いゴジラロック並の鎖で結ばれてたそうですよ?」
ゴジラロックて。
バイクの盗難を防ぐ、物凄いガチくさい鎖じゃないですかやだー!!
その叔母さんやっぱり怖いよ……!
その人に子供がいるとしたら、やっぱりぶっとんだ性格なんだろうなぁ……ああ怖い怖い、絶対に会いたくない。
まだ会ったこともない、想像上の怪物<モンスター>にぶるっと体を震わせていると、隣の蓮見さんが、俺の手を握ってきた。
この一言だけ見ると、よくあるカップル的な手を繋ごうかと思われるかもしれない。
しかしそこは斜め上の蓮見さん、そっと握るなんて可愛いものじゃない。
がっ! と音が出そうな握り方である。
これには流石の俺も、当然びっくりし……。
「えっ!? な、なに!?」
「い、いえ、ちょっと、その、天方くんと手を繋ぎたいな、と、思いまして……」
「手を繋ごうって勢いじゃなかったよ、今の……」
「そ、そうですか?」
「うん……ってあれ?」
よーく見ると、蓮見さんの白い肌が、桜色に染まって……っあ! 照れてる!
これ、蓮見さん照れてるんだ! 手を繋ぐの、ちょっと恥ずかしかったんだ!!
散々寝込みを襲ったりキスしてきたりと傍若無人な振る舞いをしてきたのに、手を繋ぐだけでこんなに恥ずかしがるなんて……!
蓮見さんって、やっぱりちょっとズレてるよ!
いや、可愛い人だなぁ……とは思うけど!
これがギャップ萌え……!!
「な、なんですか天方くん、急にニヤニヤして!」
「なんでもないよ、ただ蓮見さんって、思ってたよりずっと可愛い人だなって」
「かわっ!?」
あ、耳まで赤くなった。
「蓮見さん、手を繋ごうか」
「あ、え、あ、はい、えっ!? あ……お、お願いします……」
言葉の最後の方は聞こえなかったけど、こっちに手を差し出してきたってことは、繋いでいいってことなんだろう。
(ほんと、蓮見さんってなんかズレてるよなぁ……)
でも、蓮見さんの可愛いところを見つけてしまったかもしれない。
顔を真っ赤にして俯く蓮見さんの手を取ると、首まで真っ赤にして恥ずかしがる彼女にバレないよう、小さく笑いを浮かべた。




