表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

氷点下の鶯

作者: 藤園未来
掲載日:2017/03/10

 氷点下の日の空は高く遠く、澄んでいた。私はその日の朝の気温が氷点下と聞くと、少しウキウキとした気持ちになる。豪雪地帯でもなければ、まったく雪が降らない訳でもない地域に住んでいる私にとって、朝の氷点下というのは過ごしやすい気温であった。氷点下になると、ここでは風が吹かないことが多い。気温が五度であっても風があるとより寒く感じるわけで、風がないだけでその日は暖かく感じるのだ。

 午前六時に起床する。ベッドから降りてすぐにつけたテレビでは、現在気温-3度と示されていた。今日も寒波が地域を覆っているらしく、午前中は氷点下のままだという。今日は久しぶりに予定の入っていない土曜日であった。少し氷点下の中を歩くというのも一興ではないだろうか。良案だ。

 食パンを一枚トースターに差し込む。機械の動く音を聞きながら箪笥から服を引っ張りだす。裏地がもこもことしたジーンズに、薄手のシャツを二枚ほど着込む。パーカーも着るとヒーターのついてない部屋でも少しはましに感じられた。少し厚手の靴下をはいて、外出用のコートとマフラー、帽子を玄関にかけておく。チンッという音が聞こえたためキッチンに戻りトーストを取り出す。マーガリンを雑にぬって一口。テレビはなんだかよくわからないが、特集をしているようだ。声だけでは理解できない。トーストを食べ終えると軽く身だしなみを整えて歯磨きをする。昨日少し夜更かしをした所為か少し瞼がおかしい。顔も洗って薄く化粧をする。ようやくすべての準備が整うと時間は六時半。まだ外は少し暗い。歩いているうちに太陽が上がってくるだろう。

テレビを消して防寒着を着てドアを開ける。一瞬、身体が震える。が、風がない。ただただひんやりとした空気が心地いい。鍵をかけて少し歩く。部活があるのだろう、ジャージをきた高校生くらいの男子たちが自転車をこいでいた。砂利道をあるく音がやけに大きく聞こえる。空の雀が鳴かずに通り過ぎていく。息を吐くと白い。木々に凍った雫がついている。触れてみるとひやっとした感覚の後、水へと溶けていった。

一歩、二歩と足を進めてそのまま道路を真っすぐと歩いていく。元々御山であったから、どこもかしこも坂道だらけ。下り坂は少し腰を引き気味に、上り坂は重心を前にして歩いていく。耳がじんじんとしてくる。気休めばかりに手で覆う。しかし身体は歩いてほてってきていた。

ほどなくすると車の往来。そろそろ世間が動き出す。と、チャッチャッという鳴き声がする。視線を向けると一匹の鶯。冬だというのにどうしてこんなところにいるのか。近づくとチャッと言って飛び立つ。が、すぐ10メートル先ほどに降り立ちまたチャッチャッと鳴いた。また近づくと飛び、降り立って、鳴く。おや、これは、私を呼んでいるな?ちょっとした遊びである。住宅街の片隅、キッチンで火を使う音、少しうるさい目覚まし時計、玄関先を箒で掃いている。そんな日常から切り離されたかのように私は鶯を追い続けた。


 ある程度まで行くともう私の息も切れてきて、太陽もほどほどに上る。それでもはいた息は白い。この鶯はどこまで行くのだろうか。マフラーを耳にかかるように巻きなおす。耳がもう限界だ。というより、既に己が街のどこにいるかの見当さえつけられない。追うことに夢中になってしまった。少し足を止めるとすぐに鶯はチャッチャッといって待っている。お茶でも持ってくればよかったと、自動販売機をにらむ。仕方なし。暖かいお茶を買う。熱くて取るときに少し声を上げてしまった。鶯が一瞬身じろいだ。飲むを胃の中を温かい液体が流れていくのがわかる。コートのポケットに入れ込み鶯へ近づく。お茶と軽い休憩で体力は戻った。私は若いのである。

 そこから数分後、唐突に鶯はチャッチャッというと私を待たずに飛んで行った。急いで追いかける。路地裏を通り、大通りを通り、来た事があるなあというコンビニ横を通り、少しおおきい公園に入っていく。そろそろ足がもつれてくる。私はそこまで若いわけじゃない。

 必死に追いかけ、やっと鶯が一本に木にとまってくれた。良かった。大きく息を吐いて前を見る。

「う……わあ」

 チャッチャッと鶯が枝から枝へと飛んでいる。その木はこの真冬な天気の中、季節外れの桜を咲かせていた。薄くはった雪で花は白く見えたけれど、ぽんと指で触れればそこからじんわりと桃色が見えてくる。春にみる桜より少し濃い桃色は梅にも似ていた。あと数刻もすれば太陽でこの桜は完全なる色を見せるのだろうが、この自分の手で色づいていく感覚は言いえぬ感動に襲われる。チャッと鶯が鳴く。頭上へ視線を向けると二匹の鶯がいた。なるほどさては、かっこつけの鶯め。届く限りの花々へ指をあてていく。散らさないよう、慎重に慎重に。鶯が二匹で飛び回る。まったくなんで鳥の用事に首を突っ込んでいるのやら。

 ある程度桜に色づかせて、近くのベンチに座る。チャッチャッという声が聞こえる。お茶を胃に流し込む。公園の外からは車の通る音と、朝早くから遊びにいくのだろうかという子供たちの声が聞こえる。不思議なことに公園には誰一人入ってこない。これ幸いである。一足先に花見をしよう。


誤字脱字ありましたらご連絡ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ