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女の忍  作者: 雪見だいふく
5/5

潜入

「明朝、隣国の秦羅(しんら)を従えている佐田(さだ)の屋敷へ行って参れ。佐田がお前を所望(しょもう)している」

「……え」

私は、お殿様のおっしゃる言葉が理解できなかった。

「聞こえなかったか?佐田がお前を所望だ。だが、これは任務でもある。隣国の状況を知れる役割でもあるのだからな。姫の格好をして参れ」

「お、お待ち下さい!何故、私を所望など…」

「以前、ここへあやつを招待した時に、お前を見初(みそ)めたのだと。お前、その時は招待客をもてなしする役割で、姫の格好をしていただろう」

「……」

確かに…。いや、しかし、あれは一年前だったはずだ。何故今ごろ…。

「何故今ごろなのでしょうか…」

「知らん」

「……私は、姫の格好をして何をすれば?」

「あやつに気に入られ、状況を逐一(ちくいち)報告せよ。万が一、正体が知られたら()っても構わん」

「…承知いたしました」

「では、明朝向こうから使いが来るから、心得(こころえ)て行け。下がれ」

「はい。失礼致します」

私は、お殿様の室内から出て、中庭へ出る。ただあてもなく、ブラブラと歩き回るだけだが、今はそんな気分だった。



(私を見初めた?確かに、佐田のお殿様は私をよく見ておられた…。あれは、紅目(あかめ)が珍しいから見てたのと思う…)

私は、佐田のお殿様の蛇のように、私を見詰める瞳を思い出していた。あの瞳に会うのは嫌だったが、任務ならば致し方ない。

私は気分を変えて、姫になりきるための準備をする。



翌日の明朝…ー

いつもの忍の格好ではなく、色鮮やかな着物を何枚も重ねて、腰まである長い艶やかな黒髪を背に垂らし、ゆったりとした歩調で庭で待っている(かご)へ向かう。

籠に乗ると、見送りにきたお殿様が小声で達者でなと言った。私はその返しに頷く。



一刻程、ゆらゆらと揺らめき、欠伸(あくび)を噛み締めていた時、籠が降ろされた。御簾(みす)が上がり、私は(しび)れた足に何とか力を入れ、地面に足をつける。

眼前に、私の住んでいるお屋敷よりもはるかに立派なお屋敷があった。また、建物だけではなく人の多さも想像を越えるものだった。

私が姫の設定だからか、女中(じょちゅう)がずらりと並んでおり、その内の一人に話し掛けられる。


「姫様、あちらでお殿様がお待ちでございます。どうぞ、付いてきてくださいまし」

唇の横にほくろがあり、色気をたっぷりと(かも)()す女中に私は(ひる)む。女中なのに、身のこなしが洗練(せんれん)されており動作もゆっくりだ。


「どうなさいました?」

女中が私のジロジロ見ていた視線に気付き、私ははっとしたようにいいえとだけ言った。



屋敷の中を案内され、奥にある一室の襖に女中が、お殿様と声を掛ける。すると、すぐに入って参れと男性の声が聞こえた。

女中がすっと(ふすま)を開けると、私は室内に入り、畳に手をつけて顔を下げる。


「この度はお呼びくださいまして、誠にありがとう…」

「よいよい。堅い挨拶はそれくらいにして、こちらへ来い」

私の言葉を(さえぎ)り、佐田のお殿様は私に側へ来いと言う。私は頭を上げ、蛇のように私を見詰める瞳と、視線がぶつかる。

私は手招きをしている男の瞳を見詰めながら、すっと立ち上がり佐田のお殿様の目の前に座る。


「やはり、美しいな。一年前よりも益々、美しさに(みが)きがかかったな。どれ、私の側室になる気はないか?」

佐田のお殿様は蛇のような目を細めて、いやらしく私の全身をジロジロ見ながら、ニヤニヤ笑っている。


「…誠にありがたいお話ではございますが、私には許嫁(いいなずけ)がおりますので」

「何?許嫁がおるのか?聞いておらんぞ。其奴(そやつ)とは別れ、私の側室になる方が断然、良いに決まっておる」

男は私の嘘を受け入れ、声を荒げた。そして、私に腕を伸ばして両肩をガッと掴まれる。痛いぐらいに掴まれたその腕力(わんりょく)に、私が顔をしかめても、離してはくれなかった。


「…痛いです。お離しを…」

「許さん、お主を私のものにするために、一年間機会を待っていたのだ。そして、その機会がようやく来たのだ。ここで逃すわけにはいかん」

(そういうことか)

私は男の言った言葉に納得した。何故、一年前に会った私を今呼んだのか、その訳が分かった。


「でしたら、しばらくここに、いさせてくださいまし。私はお殿様のことを、あまり存じていないゆえ。一緒に生活をすれば、お殿様のことをよく知ることができます。私をめとるにはその後でも、よろしいんじゃありません?」

私はなるべく、甘ったるい声を出し、両肩を掴まれる腕にそっと手を掛けて(なま)かしい雰囲気を出す。

男は、私を見詰めて満足気に頷く。



私が佐田に滞在してから、2日経った。姫として扱われているので、屋敷の中で最も日当たりの良い部屋で寝泊まりして、三食もの贅沢(ぜいたく)なご飯を頂けている。

そして、佐田のお殿様は私に終始べったりで、会議も(おろそ)かにしており家来たちを困らせていた。時に、私の部屋まで来ては、一方的に私の容姿を褒めちぎったり、金に輝く贈り物をたくさん持ってきたりしていた。

私は、この男の側室になれば窮屈(きゅうくつ)になることは分かっているので、適当に受け入れ、定期的にお殿様に報告をしていた。



そして、三日目の夜…ー

佐田のお殿様が私を部屋に呼び、寝る前にお酒の(しゃく)をしろと言ってきた。私は寝間着姿の男の隣に正座をし、酌をする。

男は、私をお酒の(さかな)に例えるかのように、ジロジロと見ながらお酒をくいっと仰ぐ。


「誠に、お主は美しい。どうだ?私のものになる気は出来たか?」

「……お殿様は私の容姿に、惚れたのでしょう?私ではありません」

「何を言う。もちろん、私はお主の全てを愛しておるぞ。顔だけではなく、身体も好みだ」

男は、私の胸元を見詰めてニヤニヤ笑っている。私は、ゾクッと嫌悪(けんお)から身体を震わせたが、男は私が(よろこ)びから震えていると勘違いをしたようだった。


「ん?震えておるな。私が暖めてやろうか?ん?」

「…いいえ、結構です」

男の手が私の身体に伸ばされたが、すっと()ける。男は、めげずに私を追い掛けるが、私は触られたくないため避け続けた。

男は、(いら)ついたのか立ち上がり、私を無理矢理押し倒す。


「あ…」

「もう観念しろ。どれだけ私を待たし続ける気だ。私はそこまで気の長い男じゃない」

男は、私の襟元(えりもと)に手を掛け、強引にぐいっと開けた。私は、せめてもの抵抗に身体を(ひね)るが、男の身体はびくともしなかった。

私が、男を気絶させようか迷った時…ー



「お殿様」

襖の向こうから、低い感情を感じさせない男性の声が聞こえた。


「なんだ」

男は、私を(おか)す手を止め動きを静止させた。

三田(みだ)の殿から、使いが参っております」

「後にせよ」

「そういうわけには参りません。すぐに」

「…ち」

男は、舌打ちをしながら私の上から退()く。


「残念だが、続きはまた今度だな。姫」

男は、私の黒髪を持ち上げ唇を落としてから、室内を退出する。その時に、声を掛けてきた人の影が見え、私は思わず一目見ようと立ち上がり、襖に近付く。しかし…ー


「なりません、姫君。今宵(こよい)はまだ見てはなりません」

襖の影から、感情を感じさせない低い声が話す。


「一目でもあなたを見たい…。なりませんか?」

「…なりません」

今度は少し声を(やわ)らげて、優しく(さと)すように話していた。先程の、冷たい低い声と異なっており、その優しい声に私の心臓はトクンと鳴る。


私は思わず、声の主を見ようと一歩前へ進んだその時に、大きく暖かい骨ばった手のひらが、眼前に迫る。私は、一瞬何が起きたか分からなかったが、両目を堅い手のひらに覆われていることは分かった。


「いけない子だ。見てはなりませんと言っただろ?」

先程よりも穏やかに、包み込むように話すその人は…ー


「穗積?」

「……」

私が名を呼ぶと、その人は黙る。私が片手を伸ばすと、きゅっと手首を掴まれ、指に暖かい何かを押し当てられた。その感触に私の、頬は赤く染まる。


「今宵はもうお休み、姫君」

「あ…」

両目を覆っていた堅い手のひらが退くと、私は目を開け眼前に広がる中庭があった。いつの間に、姿を消したのか私は必死にきょろきょろと左右に首を振るが、どこにも人の気配はなかった。

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