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女の忍  作者: 雪見だいふく
3/5

やっと

今宵は月が欠けており、薄暗かった。それに雲が時折、月を隠すので辺りは暗闇に包まれている。しかし、私は幼い頃から暗闇に慣れる訓練をしていたので、暗闇には問題ない。


私が殿の部屋へ参ると、中から入れと低い声が聞こえる。

私がすうっと襖を開けると、中はろうそく一本のみで、部屋の中を照らしていた。その側に、一つの布団とあぐらをかいて、壁にもたれる男が、酒を飲みながらこちらを見詰めていた。

「失礼致します」

私は音もたてず、襖を閉め布団を挟む形で、男に向き直る。

「ここへ参った意味を、お主は理解しているか?」

男が尋ねる。

「はい」

「そうか……では、もっと近寄れ」

「はい」

私は立ち上がり、布団の回りを歩き、男の側に腰掛けた。そして、男の持っている器に、酒を継ぎ足す。

男はぐいっと酒を仰ぎ、コトと器を床に置くと、私の肩に腕を回す。

「お主、誠に怖じ気付かないな…手慣れたものだ」

男は私の襟を開け、首筋に顔を埋める…

すると、そのまま体を傾け、床へと前へ倒れていった。

「っ…お主、何を…盛った…っ」男は苦しそうに呻き、目を閉じていく。

「少々毒を盛らせて頂きました。後、半刻すれば天に召されますのでゆっくりとお休みなさい」

私は男の両腕と、両足、目、口を予め用意していた縄で縛ってゆく。

「んーんー」

男は、苦しそうに体を丸め額には、汗が吹き始めている。

私は、一刻も早く行動に移す。男の部屋を出て、縁側を足音もたてず走り、最奥にある大部屋の襖を開ける。

そこは、侍女の寝る部屋で、私が襖を開けたら何人かの侍女が、怯えたようにこちらを見る。

「ひっ!曲者…」

「大丈夫です。私は、あなた方を助けに来ました。殿は、今意識がありませんので、この隙に裏口から逃げてください。門番も眠っているので、安心してください」

私が声を潜めて言うと、怯えていた侍女たちは徐々に表情が明るくなっていき、慌てて部屋を出て、裏口から逃げて行く。

しかし、一人だけ隅っこでうずくまっている侍女がいた。

「どうしましたか?あなたも…」

その侍女は、殺された青年と抱き合っていた侍女だった。確か、名はりさと呼ばれていた。

(りさ?…あ!)

川で会った男の子が言っていた、姉のりさではないか?

「りささんですか?弟さんが待っています。早く、家へお帰り…」

「いや!私はここにいるわ!」

突然、女は顔を上げ叫んだ。

「あの男が言ったのよ!お前が逃げたら、家族も道連れだって…私が帰ったら、家族に被害が及ぶわ…」

「心配ありません。あの男は私が毒を盛りました。後、半刻程で息絶えるでしょう。だから、安心してお帰りください」

「……本当?私、帰っても良いの……」

「はい。一緒に帰りましょう」

私は、まだ不安げな彼女を立ち上がらせ、部屋を出て、暗闇の森の中を降りていく。

足元が不安定なので、彼女は何度も転びそうになったが、無事彼女の家の前へとたどり着く。

「ここよ!私の家……」

彼女は、そうっと自身の家の扉を開ける。


「誰だ!」中から、男の怒鳴り声が聞こえた。

「父さん!」

「…りさ?りさなのか?」

「父さん!私よ!」

「りさ!りさ!……よく、よく帰って来た」

父は、りさを強く抱き締め、泣き合う。

「父さん…父さん……たくは?」

「ああ…寝ているよ。全く、お姉ちゃんが帰って来たのにぐっすりだ」

父は、苦笑する。

「ふふ……あ、そうだ!ここまで連れて来てくれた子がいるの!ねえ……あれ?」

りさが扉へ振り向くけれど、誰もいなかった。

「……父さん、女の子見なかった?」

「いや…お前一人だけだったよ」

「……」

りさは放心したが、彼女が無事でありますようにと祈った。



ー私は、彼女を送り届けた後、すぐに屋敷へと帰っていた。やり残したことがあったからだ。

屋敷に帰ると、まず倉庫へ向かった。ズラリと書物が並び、一つの棚へ向かう。

ここに潜入する前に、調査でこの屋敷は以前、穂積がいたと思われるからだ。

そこで、まだ新しく記されている書物がある棚を物色していく。

しかし、どの書物にも穂積のことは記されている証がなく、私は辟易した。

(ここではなかったのか…いや、確かにいたとされている情報は入っていた…だが……)

私は、これ以上探しても収穫はないと判断したため、仕方なく諦める。

書物を片付け、倉庫を出ようとした途端…。

外から、ひそひそと声が聞こえた。

「!」

私は、素早く書物の棚に隠れた。声は近付いてきて、倉庫の前へと二つの影が立ち止まる。

私は、息を潜め外にいる誰かの声を聞いた。

「…殿が何者かに殺された」

「ああ。だったら、俺たちはもういいんじゃない?」

「…いや、まだ調べよう。誰が、殺したのか」

青年の低い声で、慎重に話している様子が聞こえる。

(もう死んだのか)

私は、二人の会話から確定する。

「……じゃあ、君は屋敷内をもう一度見てきてくれ。俺は、倉庫で調べることがある」

一人の青年が、すっと倉庫の襖を開ける。私は、さらに奥へと移動した。

「はいはい」

もう一人の青年は、適当な相づちを打ってから離れていく。

倉庫へ入ってきた青年は、倉庫の襖をパタンと閉め、手前にある棚の前で書物を物色していた。

私は、そうっと物影から青年の横顔を見た。

「……!」

私は、思わず声を上げそうになった。青年は穂積だったからだ。間違いない。私の中の記憶よりかは、精悍な顔立ちになり男らしく成長している。暗闇で分からないが、穂積の横顔は月明かりで照らされ、いくらかやつれたように見える。しかし、体つきは細身でありながらも、しっかりとした無駄のない筋肉があるのは分かる。私よりは、頭一つ分背があるが、しなやかで書物をめくる動作もゆったりとしている。髪は短いが、前髪はサラっとしており穏やかな目元を隠している。


(穂積……)

私は、思いきって穂積の前へ姿を表そうとしたが、何故か体が動かなかった。ただ、心臓が狂ったようにバクバクと動いている。


「穂積、何も問題なかったよ」

屋敷内を確認してきた青年が、倉庫の中へと足を踏み入れる。

「…ああ。こちらも収穫はない」

「じゃあ、もう帰ろうよ」

「……悪いが、先帰って主に報告してくれ。俺は、まだやり残したことがある」

「…はあ?何それ」

「いいから」

穂積が強く言うと、もう一人の青年は怖じ気付かずに、はいはいと返事をし出て行く。



「……千早」

ードキン…穂積が私の名を呼び、私の心臓は一層暴れる。

(え?気付いていた?)

「千早、いるのだろう?」

穂積の足音が、こちらへ近付いてきた。最奥の棚に隠れている私の側で立ち止まり、片手を棚に掛け顔を覗かせる。

私は、眼前にある精悍な顔に目を丸くし、体を縮込ませた。

「穂積……」

「ふ…久しぶり、千早。もう四年か?大きくなったな」

穂積は、私を見て柔らかく笑った。

「…うん」

「…どうした?具合が悪い?」

穂積は私に片手を伸ばすが…。私は、ビクッと体を跳ねさせ後ずさり、背中が壁にあたる。

気まずい沈黙が漂い、私は後悔する。

「あの…ほづ…」

「ごめん…今さらだよな…それより、何で千早がここにいるんだ?」

穂積は一瞬傷ついたような顔をしたが、すぐに真顔に変わった。

「……任務で」

「任務?…じゃあ、ここの殿を殺したのは君か?」

穂積の声は穏やかではあったが、どこか逆らえないような迫力があった。私はこくんと頷く。

「……」

また妙な沈黙が漂い、私は穂積を見上げる。すると、穂積は難しい表情を浮かべ、眉間にしわを寄せていた。

「…穂積?」

「…千早。俺は君の手を汚したくないために…これじゃあ、何のために…」

穂積は表情を変えずに、一人言を言っている。

「穂積!」

私は穂積が怖くなり、強く名を呼ぶ。すると、驚いたように穂積が私を見下ろす。

「それどういう意味?私に殺しをやってもらいたくないために、穂積は姿を消したの?私はそんなこと望んでいなかった!」

私は、捲し立てるように一気に話す。穂積は衝撃を受けたような、表情になっている。

「千早…」

「私…穂積が私のこと嫌いになって、いなくなったんだって思っていたから…だから…」

「違う!」

穂積がいきなり、声を荒げて叫んだ。私は、ビクッと体を揺らし穂積を見上げる。

「ごめん。でも、それは断じて違う。千早のことを嫌いになったりなんかあり得ない。むしろ…」

「え?」

「……もうよそう、この話は終わり。それよりも、もう二度と殺しはやらないで。俺は、君に手を汚させたくない」

「…それは…」

「頼む。これは、お願いじゃなく命令だ」

穂積は私に一歩近付き、私の二の腕を掴む。一気に距離が縮まり、逃げようも背後に壁があり逃げれない。そんな私の緊張にも、穂積は気付いていないのか真顔で、私の瞳を覗き込んでいる。

「っ離して…」

私が身をよじると、穂積は、はっとしたようにパッと手を離す。

「ごめん」

離してくれたが、距離は近いままで、私は顔を俯かせていた。再び気まずい沈黙が漂い、お互い無言になる。

すると、穂積の大きな片手が私の頭に、ポンっと置かれ撫でられる。私は、驚き顔を上げた。

「あ…ごめん。つい…」

穂積は私のきょとんとした顔を見ると、顔を赤らめ、すっと手を退けて顔を背けた。

片手を自身の口元を覆い、眉は困ったように下がっている。私は、穂積の表情に何故か、温かい感情が流れ込んできたのを感じた。

「…ふふ……変なの」

私が少し笑うと、穂積が私の顔を凝視する。

「穂積?なに?」

「いや…千早は笑った顔の方が良いと思っただけ。君が笑顔でいれるのなら、俺は何でもするよ」

穂積の顔はまだ赤いが、目元は優しく細めて私を見詰める。今度は、私がかあっと顔を赤らめた。

「っ…」


私たちは離れがたく、薄暗い倉庫の中で動かなかった。否、動けなかった。というのも、穂積が棚の間に体を入れているから、私は穂積と壁に挟まれる形になっていたのだ。

しかし、穂積は退く気配がなく、私は体を縮込ませていた。


「…そろそろ行くかな…名残惜しいけど、君に会えて良かった。千早」

穂積は私の頬に片手を添え、指先で撫でる。その優しい仕草に、私はぎゅっと心臓を掴まれたように苦しくなる。

「もう行くの?」

「……千早、そんな顔をしないで。離れがたくなる…」

「穂積?」

穂積は何かを耐えるように、眉間にしわを寄せ、私の目元をそっと撫でる。

「…じゃあ、千早。気を付けて帰るんだよ。ここでお別れだ」

「穂積!また…また会えるよね?」

私は、距離を空け片手をすっと退けた、穂積の腕を両手で掴む。

「……それは分からない…今日だって偶然会ったからね。次は、会わないかもしれない」

「いや!せめて、今何をしているのか教えて!私、ずっと穂積に会いたかったの……会いたかったのよ…」

「千早…今度からは、もう俺のことは探さないで。俺の存在も忘れて」

穂積は体を横向け、私の顔を見下ろしている。

「忘れるなんて…そんなのできない…私…」

私は、駄々っ子のように首を横に振り、穂積を困らせる。

「千早、聞き分けてくれ。いい子だから」

穂積は、そんな私に優しく諭し、掴まれていない方の手で私の頭を撫でる。

「っ!やっぱり穂積は、私を捨てたのでしょう?だから、いなくなったのでしょう?私のことが面倒になったのでしょう?穂積は…」

「千早!」

その続きは言えなかった。なぜなら、穂積が私を力強くぎゅっと抱き締めたからだ。肩と腰に穂積のたくましい腕が、私を抱き寄せ、耳元には穂積の息づかいが感じられた。

私は、何が起きたのか理解できず、されるがままになっていた。

「いい加減にしてくれ、千早。俺を困らせるな」

「…困らせているのは穂積でしょう…」

私は、ぎゅうっと穂積の胸元の着物を握りしめた。穂積の体がピクッと動いたが、やがて私を離す。

「…千早、いつから反抗期になった?昔は素直に俺の言うことを、聞いていただろう?」

「穂積のせいでしょう!」

私が反論すると、穂積は面食らったように目を見開く。

「まいったな……君を置いて一人にさせたことは、本当に心残りだった。君を忘れたことなんか、一日もなかった。毎日想っていたよ…」

「私もよ!毎日穂積を、思っていた!」

「……君のおもいは、身内のようなおもいだろう。俺のおもいとは違う」

「……穂積のおもいは何なの?」

「………言わない。とにかく、もう帰るんだよ。お殿様が心配する」

穂積は複雑そうな表情を浮かべるが、私には理解できなかった。

「それなら、穂積も一緒に帰りましょう」

「ダメだ。それに、お殿様に俺に会ったことは、決して言ってはいけない。いいね?」

「何故?」

「理由は聞かないで。じゃあ、気を付けて帰るんだよ」

穂積は名残惜しげに、私の頭を撫で、振り切るように素早く私から離れた。

「あ、穂積!」

私が叫んでも、穂積はあっという間に倉庫から出て行った。私は、しばらく呆然としどうやってお屋敷に帰ったのか、覚えていなかった。



ー「あの子が大切なら、目を離さなければいいのに。穂積も頑固だね」

「…帰っていなかったのか」

穂積が千早を、お屋敷まで無事に帰れるか物影から見ていると、もう帰っていると思っていた青年が、穂積の背後から声を掛けてきた。

「お前が、感情をむき出しにするなんて初めてじゃないかと思ったからね。彼女がお前の想い人か。可愛いじゃん」

ギロリー

穂積の穏やかな目元が、恐ろしく変わり青年を睨む。

「おーおー。怖い怖い。心配しなくても手、出さないよ」

「当たり前だ」

穂積はそっぽを向く。

(ふうん?こいつがここまで感情をむき出しにするなんてな…面白いことになりそうだ)

青年はにやりと笑った。

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