任務
サア――
私の足元に散っていた木の葉が、明け方の風に巻き込み空中へ渦を巻いて、散っていった。
その光景を見ていた千早は、現在17歳になる。胸元まである艶やかな黒髪は、後ろで束ね下ろしている。瞳は鮮やかな朱色で、人々からは忌み嫌われている原因だ。加え、つり目ぎみなので恐い印象しか与えない。
しかし、そんな瞳もたった二人は、誉めてくれた。穂積とお殿様である。
ー「千早の目は、暁のようだ。明け方の、空一面真っ赤に映える赤だ。俺は好きだよ、千早の目」
そう言ってくれたあの人は、私が13歳の時にある日突然、失踪した。私は探しに行こうとしたが、お殿様は、それを許さなかった。
これが、穂積の運命なのだ…と。
私は納得ができず、任務に当たっている時も、隙あらば穂積の居場所を突き止めようと、こっそり捜索を行っていた。
しかし、五年経っても穂積の居場所は分からずじまいだ。お殿様にもかけ当たってみたが、即刻中止するように怒鳴られた。
私は、そこまでお殿様の感情を荒ぶらせた所は、見たことがなかったので、益々不信感を募らせていった。
そこで、冒頭にあたるー。
今、私は任務で屋敷を放れ、ある屋敷に潜入し内部を探れとの、我が主…お殿様のご命令だ。
ある屋敷とは、近頃その領主が、まとめる領地で好き放題しており、気に入った女子を連れ去り、民を困らせているという情報が入った。
我が主は、弱い者の味方であり、民からは絶大な人気を誇っている。我が主のおかげで、民は他国からの侵入に怯えず、幸せに生を全うする人生を送れると思っている。
しかし、我が主は己の信念を曲げないお方で、近隣の国々としばしば衝突をすることもある。そこで、裏から情報を探り、偵察する役目の我ら忍が、裏から我が主をお守りするのである。
我が主の盾となり、矛となり、命をも差し出す所存だ。元より、孤児で我が主に拾われなければ、とっくに生きていない。
今は、我が主が国をまとめあげている存在だが、時に好ましく思っていない輩が出て、自分の領地で好き放題する者もいる。
今回の任務は、内部を探れとしか言われていない。もちろん、忍である以上、殺しは何度もしてきた。その度に、心が痛むことはない。なぜなら、私は忍だから。
ー私は、高台の山の頂点にいた。高台の山から見下ろせる位置に、大きな屋敷が森に囲まれ、ひっそりと佇んでいた。
さらに、その下には屋敷の領主の、領地の村があった。
村には活気がなく、人々の表情はどこか虚ろだった。
(女子がいない…屋敷の中か)私は、村の状況を確認し、予め侍女の格好をしていたので、そのまま屋敷へと降りていった。
雇ってほしいと言えば、瞳の色を気にされたが、すんなりと受け入れてくれた。この屋敷は、女子には甘いのだろうか。
私がそう思っていたら、案内してくれていた武士が、一室の襖の前に立ち止まり正座をする。
「お殿様。新たな侍女です。お目通りを」
「通せ」
「はっ。入れ」中から、男の低いしわがれた声が聞こえ、武士がすっと襖を開ける。
「お初にお目にかかります。千花と申します。お殿様」私は、すぐに正座をし、両手を膝前に落とし、頭を深く下げ自己紹介をする。本名は使用できず、予め用意していた偽名を名乗った。
「よい。頭を上げよ」男の低いしわがれた声が、聞こえると私は頭をゆっくりと上げる。
私の眼前には、40代半の濃い髭が印象的な男に、両脇に若い女子を自身の肩にしなだれさせていた。
男の目は薄く細められ、いやらしく私を舐めるように見ている。
「ほお。紅目か…珍しいな。どこから、来た?」男は、両脇の女子の肩と腰を抱き、撫でている。女子は明らかに怯え、震えていた。
「南から参りました。前の主は、私に暴力を奮い、逃げてきたのです。こちらのお屋敷のお殿様は、女子を大事にして下さるとお聞きしました。お殿様。どうか、私を雇って下さい」ー全て真っ赤な嘘だ。しかし…。
「そうか。それは、辛い思いをしたな。良い。お主を雇おぞ」この男は、あっさりと騙される。
「ありがとうございます。感謝致します」私は、深々と頭を垂れた。
ー私は山程の洗濯籠を抱え、ふもとの村付近の川へと降りていく。川に到着した途端、村の子供達が水浴びをして遊んでいた。
子供達が、私に気付くと近付いてきて…。
「お姉ちゃんは物の怪?」一人の女の子が私に尋ねる。
「…ううん」私は苦笑した。
「ねえ、あそこに僕のお姉ちゃんがいるんだけど知らない?」一人の男の子が、私に尋ねる。
「お姉ちゃん?名前は?」
「りさ」
「聞いたことないけど、どうして?」
「さらわれたの…。こうやって、お姉ちゃんと水浴びをしていたら、男の人が何人か来て、お姉ちゃん連れて行っちゃった」男の子は泣きそうな顔になった。
「……大丈夫だよ。私がお姉ちゃんを連れて来てあげる。だから、泣かないで」私は男の子の目元を拭う。
「うん!」男の子はパアッと表情を明るくし、再び川遊びに夢中になる。
(…確かに、何人かは無理矢理連れて来られた感じがあった。表情が硬いし、瞳も虚ろだ……なるべく早く行動に移すか)
私は、川で洗濯を洗いながら思った。
ー洗濯を終え、選択籠だけを持ったままお屋敷に帰る。
門番は私が侍女だと分かったら、門を開けてくれた。門を潜ると、一人の青年と年若い侍女がなにやら、庭の隅っこでひそひそと声を潜め話している。
その雰囲気は、怪しいと言うよりも、妖しいという表現の方が正しいかもしれない。
青年が侍女の腰を抱え、侍女は青年の首に両腕を回し、至近距離で見詰めあっている。
お互いの顔が近いと思った時、二人は口付けを交わす。情熱的にお互いを求め、体を密着させた。
私は直視できなくなり、二人から顔をそらしかけた途端…。
「何をしている?」低いしわがれた男の声が響き、私は思わず振り向く。
殿が無表情で二人を見ており、どこか威圧感が漂う。
「!…お殿様!いえ…これは、その…」
青年が慌てて侍女の体を放し、距離を取るが、侍女は放れがたいのかまだ青年の首に両腕を回している。
「放せ。りさ!」
青年が焦ったように叫ぶが、侍女の瞳はどこか熱っぽく虚ろだ。
「…お主、その女子に媚薬を盛ったか」
殿がさらに低い声で言う。
「!………」
青年は、ビクッと体を跳ねさせ、俯いた。
「……この男を捕らえよ。よもや、侍女に手を出すなんてな…斬れ」
「はっ」
殿が命令を下すと、後ろに控えていた数人の武士が、青年を侍女から引き離し、捕らえ、刀を青年の首に触れた。
「や、止めろ!お殿様!私は…」
青年が続きを言う前に、一人の武士が、青年の首を斬った。
私はその一部始終を見ており、殿の無表情を見詰めていた。
眉一つ動かさずに、青年の姿を見ている。今まで何度もその光景を見てきたのだろう。
侍女は、まだどこか虚ろでぼうっと空中を見ている。殿の、その女子は私の部屋へ連れて行けという命令で、武士たちは女を屋敷に連れて行った。すると…。
殿は、遠くからこちらを見ている私の視線に気付き、私を見詰め、そのまま近付いてきた。
私は、地面が砂だらけも気にせず、正座をし頭を垂れる。
「良い。立て」男の足元が、私の視覚に入った途端、男が言う。
「はい」私は、立ち上がり男の顔を見上げる。
「…その紅目は生まれつきか?」
男は、私の瞳を見詰めながら尋ねる。
「はい」
「それに、物腰も柔らかい。洗練されているな、お主。どこぞの姫ではないだろうな」
「いいえ。とんでもございません」
「……怖じ気づかないしな…良い、気に入った。今夜、私の部屋に参れ」
男は無表情で私を舐めるように見ていたが、少し口角を上げ面白そうに言う。
「はい」
私が返事を返すと、男は踵を返す。
(まさか。こんな早く機会が回ってくるなんて…何にしろ、今夜が正念場だ)
私は、密かに決心を固める。