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幼なじみ②

アルフレッドとエドワードが出会った頃、彼らの少年時代の話です。

(1)

「うるせぇっ、このクソチビッ!!」

「あ??何だよ、デカブツ。それに、今はチビじゃないんだが??」

「俺から見たら充分チビだね」

「エドがでか過ぎるだけだろ。しかも、背だけじゃなく、声も態度もでかすぎてうざいんだよ」

「お前っ!!」


 それは、フレッドの家でブラックシープメンバー及び、スカーレット、メアリと、いつもの面子で飲んでいた時だった。

 きっかけはほんの些細な事だったが、エドとフレッドとで言い争いが始まったのだ。


「あーー、もう!!二人共、いい加減にしなさいよ!!」

 あわや掴み合いになる寸前、見るに見兼ねたメアリが、フレッドとエドの頭を思いっ切り拳で殴りつける。


「……いってーなっ!!メアリ、何しやがる!!」

 殴られた衝撃と痛みでフレッドは言葉を失っていたが、頭を抑え蹲りながらもエドはメアリに抗議する。


 そんな二人を氷のような冷たい視線で見下ろしながら、恐ろしい魔女のごとく、美しくも不気味な微笑みを浮かべてメアリは言った。


「……何なら、二度と喧嘩できないように叩きのめしてあげようか??」

「……ごめんなさい。今すぐやめます」


 メアリがこの笑顔を見せる時は本気で怒っている証拠なので、下手に逆らわない方が身のためだと、フレッドもエドも長年の付き合いで分かり切っている。だから、二人は素直に謝った。


「……分かれば良いのよ。スカーレット、もう大丈夫よ。馬鹿二人の喧嘩は強制的に終了させたから」

 どうやら、二人が本気で喧嘩し出したのを初めて見たらしく、オロオロと激しくうろたえるスカーレットを安心させたかったようだ。


「ほらね。俺が言った通り、大丈夫だって言っただろ??」

 ルー一人だけが顔色一つ変えずに悠然とグラスの酒を飲みながら、スカーレットの肩を軽く叩く。

「……う、うん……」

「二人共、メアリには絶対敵わないから。まあ、メアリがいなければ、俺が止めに入るけど」

「あら、別にルーが止めてくれてもいいのよ??」

「だって、君の方が二人を一発で黙らせるだけの力を持ってるからさ」

「……悪かったわね。どうせ、私は下手な男の人より強いわよ」


 メアリがムッとした表情をルーに向けるが、決して怒ってはなく、どこか拗ねたような甘えを含んだもので、勝気で男勝りなメアリもルーの前だと一人の女性になるようだ。

 そんなメアリにやれやれと言うように、ルーは苦笑する。

「でも、どんなに強くたって、俺からしたらメアリは健気で可愛い奥さんなんだよなぁ……。ん??スカーレット、何で赤くなってるんだい??」


 ルーとメアリのやり取りの一部始終を横で見ていたスカーレットは、自身の髪色と同じくらい、顔を真っ赤にさせている。

「……多分、この中ではルーが一番最強だと思うわ……」

「そう??」

「……だって、何気にサラッと恥ずかしい台詞を言えちゃうんだもの……」

「俺は思ったことを率直に言ってるだけだよ」

 ルーは、にっこりと微笑む。丸くて大きなヘーゼルの瞳が、ふにゃりと半月のような形になり、彼特有の女性的な柔らかい雰囲気が更に増す。


「それに、フレッドの、スカーレットに対する溺愛ぶりに比べたら……」

「……俺が何だって??」

 どこから現れたのか、フレッドがルーとスカーレットの間に割って入って来た。

「あと、俺はこんなに独占欲も激しくないし、嫉妬深くない」

「……あんたなぁ」

「だって、事実だろ??」

「…………」

「そろそろお暇させてもらうよ。君とエドが喧嘩し出すってことは相当飲んでるってことだから、もうお開きにしないと明日に響く」


 そう言うと、ルーはテーブルの上のグラスを幾つか手に持ち、「グラスは流し台まで持っていけばいいかな??」とスカーレットに聞く。

「あ、うん……って、片付けは私とアルフレッドでやっておくから気にしないでいいよ??」

 スカーレットは慌ててルーにそう言ったが、「それは駄目よ。せめて、グラスやお皿を流しに運ぶくらいはやらせてちょうだい」と反対にメアリに返されてしまい、エドまで「こっちも何もしないで帰るのは気が引けるしな」と、手伝う。


「スカーレット、こういう時はね、素直に皆に甘えればいいんだよ」

 ルーは、申し訳なさそうにしているスカーレットを優しく諭したのだった。


 三人が帰った後、フレッドと一緒に片づけをしていたスカーレットが問い掛ける。

「……ねぇ、皆といる時のアルフレッドって、普段よりも感情豊かよね??」

「そうか??」

「本当に仲が良いんだなぁって」

「……まぁ、特にメアリとエドは腐れ縁みたいなもんだし。エドは十歳の頃からの付き合いで、メアリに至っては生まれた時からずっと一緒に育ってきたから、姉弟同然だ」

「……姉弟かぁ」


 一瞬だけ、スカーレットが唇を尖らせたのをフレッドは見逃さなかった。


「何だよ。珍しく嫉妬してるのか??」

「……そう言う訳じゃ……」

 スカーレットが気まずそうに、目を泳がせる。

「言いたいことがあるなら言えよ」

「…………」

「俺とメアリの間に、何らかの恋愛感情がなかったのか、気になるんだろ??」

「…………」

「言わなくても顔に出てる」

「……だって。メアリは美人ですごく綺麗だし、気立ても良くてしっかり者の素敵な女性だから……」

「はっきり言うが、メアリを女として見たことは生まれてこの方一度もない。同様に、メアリから男として見られたこともない」

「…………」

「大体、子供の頃に『別々に入れるの面倒だから』と、ほぼ毎日一緒に風呂入れられてたんだぜ??そんなんで女として見れるかよ」

「……ふ、風呂って……」

「おい、変な想像するなよ」

「……し、してないわよっ!」

「……あぁ、でも、エドはメアリが好きだったみたいだが」

「……えっ?!」


 フレッドは思わず、しまったと言わんばかりに舌打ちをした。


「……すまない。今のは黙っててくれ。今日は本当に飲み過ぎたようだ」

「……うん、別に誰にも言わないけど……」

 どうもスカーレットには、つい色んなことをポロッと話してしまう。


「……元々、エドがメアリに一目惚れしたことがきっかけで、俺達三人は仲良くなったんだ……」

「……そうなんだ」

「……と言っても、俺とエドは最初のうち、物凄く仲が悪かった。顔を合わせれば今日みたいに、『クソチビ』『デカブツ』と喧嘩ばかりしていた」


 酔っているせいもあるが、今夜のフレッドはいつもより饒舌だ。

 こんな時、スカーレットはひたすら聞き役に徹することにしている。特に、彼の生い立ちに関する話は中々聞けることがないため、どんな些細なことでも自分に話してくれること自体が嬉しかった。

 そして、フレッドは少年時代の思い出を語り出したーー



(2)

「こんの、クソチビッ!!」

「何だよ、デカいだけが取り柄のお坊ちゃまがっ」

 

エドとフレッドが、互いに互いの胸倉を掴み合った瞬間、二人の頭の上に拳が一発ずつ落とされ、二人同時に「いってぇっ!!」と絶叫し、蹲る。


「……お前ら、煩いぞ。喧嘩なら外でやってこい。こっちは頭が割れそうにいってぇんだよ……」


 拳による教育的指導を行うと、チェスターはこめかみを手で押さえながら部屋のソファーにもたれかかる。

 いつもは明るく快活な彼なのだが、今日は朝からの酷い頭痛と吐き気により、珍しく苦悶の表情を浮かべている。何しろ、立つのがやっとと言うくらい辛いため、店の仕事をエリザ達に任せ、途中で帰ってきた程だ。


「……父さん、大丈夫??薬は飲んだ??」

「……飲んだが、今日はなぜかちっとも効かないんだ」

「病院行って来た方がいいんじゃ……??」

「……多分、疲れからきてるやつだから、別にいい」


 そう言うと、チェスターはソファーの上に寝転び、目を閉じてしまった。


「フレッド。こういう時はそっとしておくのが一番よ」

 尚も、父を心配そうに見つめるフレッドを祖母が諭す。

「それより、エドワードと遊んで来たら??」


 途端に、フレッドは思い切り眉間に皺を寄せて、あからさまに嫌そうに表情を歪ませ、その表情を見たエドも鋭い目つきを一層険しくさせる。


「もう、どうして二人共もっと仲良く出来ないのよ」

 メアリが呆れた顔をして、二人の間に入る。

「言っとくけど、俺が仲良くしたいのはメアリであって、こんな根暗なチビなんかに用はないんだよ」

「俺だって、下町訛りを格好いいと勘違いしてるような、世間知らずのお坊ちゃまなんか興味ない」

 またもや喧嘩に発展してチェスターを怒らせてはいけないと思ったメアリは、「チェスターおじさんも寝てるんだから、とりあえず外行くわよ」と二人に外へ出るよう、促したのだった。


 いつものように図書館へ向かうフレッドに続き、メアリとエドもついていく。


「メアリはともかく、何でエドワードまでついてくるんだよ」

「はぁ??別にお前の後をくっついてる訳じゃねぇ。俺はメアリと一緒にいたいだけだ」

「おい、メアリ。こいつを追い返せ」

「何で私がそんなことしなきゃいけないのよ。別に、エドワードがいたっていいじゃない」

「あ??メアリ、もしかして、エドワードのこと気に入ってんのか??」

「えっ?!マジで!!そりゃ嬉しいなぁ」

「……あのねぇ……」


 最早言い返す気力も失せ、メアリはわざと大きく溜め息をついた時だった。


「おい!アルフレッド!!」


 突然、どこからともなく現れた数人の悪ガキ達が、彼らを取り囲んだのだ。

 今度はフレッドが溜め息をつく番だった。


「……悪いけど、あんた達の相手をしている時間はないんだ。用があるなら、さっさと話してくれよ」

「そんなもん決まってるだろ。お前の、その女みたいな顔と生意気な態度が気に入らないから、ぶん殴ってやりたくなっただけだよ!」

 悪びれもせず、悪ガキ達は答える。

「何だ、あいつら。無茶苦茶な言い掛かりつけて」

 いつもフレッドと喧嘩ばかりしていがみ合っているエドですら、あまりに理不尽な理由に唖然としている。


「……要は、憂さ晴らしでフレッドを殴りたいってだけでしょ??彼は貴方達の玩具じゃないのよ。どうしてもやりたいって言うなら……、私が相手になるわ」

「お、おい、メアリ!!お前、女なんだから!!」

「関係ないわよ」


 メアリは、手を組むと指の骨をぽきぽきと鳴らしながら、悪ガキ達と対峙する。


「おっ??女だからって、俺は容赦しないぜ??」

 悪ガキの中の一人がメアリに近づいていく。

「おい、こいつを相手するのはやめたほうがいいぞ」

 別の少年が忠告をするも、「女に手上げるなってことか??俺に掛かってくるなら、男でも女でも関係ないね」と一蹴し、メアリに向かって拳を振り上げた。


 ところが、メアリはその一撃を難なく交わし、その細腕のどこにそんな力があるのかと思わせる程の強烈なパンチを一発、悪ガキの顎にお見舞いした。

 悪ガキは派手に宙に吹っ飛ばされ、勢い良く地面に落下すると、口から泡を吹いて気絶してしまった。


「……す、すげぇなぁ……」

 殴られそうになったメアリを助けようと身を乗り出したはずのエドだったが、彼女の見事なまでの大立ち回りにすっかり役を奪われてしまった。


「だから言っただろ?!『ブラッディメアリ』に喧嘩を売ったら最後、ただじゃ済まないんだよ……」

 忠告した少年が倒れている悪ガキの頬を叩いて、意識を取り戻させている中、すっかり戦意喪失した残りの悪ガキ達が「やべぇ、ブラッディメアリにやられる前に逃げるぞっ」と一目散にその場から逃げ出していった。

 しかし、その内の一人がフレッドに捨て台詞を吐いたのだ。


「良かったなぁ、アルフレッド!!専属の騎士様に助けてもらって!!そうやって、いつまでもメアリにお守りされてろよ、弱虫野郎!!ヤリマン浮気女の子供の癖に!!」


 その時、フレッドが唇をギュっと噛みしめ、わずかながら悲しそうに傷ついた表情を一瞬だけ浮かべたのを、エドは見逃さなかった。


「何ですって!!待ちなさいよ!!」

 メアリは額に青筋を立てて激怒し、逃げ去っていく悪ガキ達の後を追いかけようとしが、フレッドが「……メアリ、もういい。やめてくれ」と止める。

「だって……」

「いいんだ。どうせ本当のことだし」

「口惜しくないの?!」

「……そりゃ、口惜しいさ。でも、俺が弱虫で、『あの人』がヤリマン浮気女なのは事実だ」

「…………」

「……悪いけど、今日は俺、一人になりたいんだ。だから、エドワードと一緒に先帰ってくれないか」

「…………分かったわ」

 フレッドは二人を置いて、図書館へ一人で向かって行った。


「……エドワード、帰ろう。あと、変なことに巻き込んじゃってごめんね」

「お、おう。俺は別に気にしちゃいないぜ」


 エドとメアリは元来た道を戻っていく。

 心なしか項垂れた様子のメアリに掛ける言葉が見つからず、エドは困ったように頭をガリガリ引っ掻いた。

 彼はお調子者ではあったが、場の空気を読んだり人の気持ちを察することがちゃんと出来る為、今はメアリに余計なことは言わない方がいいだろう、と思ったのだ。


(せっかく、二人っきりになれたのによ……)


 一か月前、メアリに出会った時エドは、雪のように白い肌と黒檀のように真っ黒な髪、氷のような冷ややかで整った顔立ちがまるで本物の白雪姫みたいだ、こんなに綺麗な女の子は初めて見た、と、彼女に一目惚れをしてしまったのだ。

 以来、学校の授業が終わると、彼女に度々会いに行っていた。

 しかし、メアリの隣にはいつもフレッドという、小柄ではあるものの、彼女と同じような、むしろ彼女以上の冷たい美貌を持つ少年がいたのだ。


 彼はメアリの幼なじみであって、お互い恋愛感情は皆無のようだったが、エドからするとただの邪魔者でしかなかった。

 おまけに、年より大人びた性格だと言えば聞こえは良いが、異様に冷めた目をした捻くれ者だったのでとにかく鼻持ちならなかったし、フレッドもフレッドで「俺は富裕層の人間が生理的に受け付けないんだよ」と、エドを嫌っている。


 それなのに、エドは先程フレッドが見せた表情が頭から離れなかった。

 いつも自分と言い合う時ですら、あんな辛そうな顔は絶対見せないのに。

 

「……なぁ、メアリ。一つ聞いてもいいか??」

「……何??」

「あいつ……、フレッドってさぁ、何で『アルフレッド』って呼ばれると、露骨に嫌がるんだ??あいつの本名なんだろ??」

 

 少し前に、エドがふざけて「アルフレッド」と呼んだ時、フレッドが心底嫌そうな顔(エドにはいつも嫌そうな顔しか向けないが、この時は通常の三割増しくらい不機嫌そうだった)で「……本名で呼ぶのだけは、本当にやめてくれ」と真剣に訴えてきたので、さすがのエドも思わず気圧され、「……分かった」と素直に頷いたのだった。

 

 メアリはすぐには質問に答えず、少しの間黙っていたが、やがて意を決したのか、ようやく口を開く。


「……フレッドにお母さんがいないこと、エドワードも気付いてるでしょ??」

「……あ、あぁ。何でいないのかまでは、知らないけど。それがどうしたんだよ??」

「…………実はね、フレッドのお母さんは……、七か月前に家族を捨てて富裕層の男の人の元へ行ってしまったの……。しかも、その男の人って言うのが……、……フレッドの本当のお父さんらしいの……」

「……は??どういうことだよ??」


 確かに、チェスターとフレッドは全くと言って言い程似ていなかったので、二人の間に血の繋がりがないと言うのは納得できた。ただ、母親の浮気相手が彼の実の父親、と言うのが、どうにも意味が分からない。


「……フレッドのお母さんは若い頃にその男の人と付き合っていたけど、事情があって一緒になれなかったみたいで……。その時に、お腹の中にいたフレッドを未婚のまま産んで、彼が五歳の時にチェスターおじさんと結婚したの。でも、一年くらい前に、その男の人と偶然再会して……、そして家を出て行ったの……。その、フレッドの本当のお父さんの名前も『アルフレッド』って言うらしいから、お母さんがいなくなって以来、本名で呼ばれるのを極度に嫌がるのよ……」

「……そうだったのか」


 エドが思っている以上に、フレッドは複雑な環境下で生まれ、育ってきたようだ。


「……でも、だからと言って、俺は同情なんかする気は一切ないけどな。生い立ちや育ちを差し引いたとしても、あいつの性格の悪さは生まれつきのものだ」


 面倒臭そうに鼻を鳴らすエドに、メアリは目を丸くする。

「何だよ??そんな風に見つめられたら、照れるだろ」

「……エドワードって、実はフレッドの良い理解者になるんじゃないかな、って、今ちょっと思ったの」

「うわ、勘弁してくれよ。あんな捻くれ者の考えることなんか、俺が分かるわけないだろ。分かりたいとも思わないし」

 エドはげんなりした顔を見せたが、メアリは「そうかな??私の勘は結構当たるのよ」と、微かに微笑みを浮かべたのだった。



(3)

「……エドワード、何で俺についてくるんだよ。メアリなら、今日は級友の女子達と遊びに行ってるから、俺と一緒に行動しないぞ」

「知ってる。さっきメアリから直接聞いた」

「なら、帰れ」

「俺だって好きでお前についていってる訳じゃねぇ。メアリから、お前と一緒にいてやってくれと頼まれたんだ」

 

 いつものように、授業が終わると一目散にエドは下町に向かい、フレッドとメアリの通っている学校に行き、校門近くで二人(正確に言えば、メアリだけだが)を待っていると、フレッドより一足先にメアリが二、三人の女の子達と一緒に校門から出てきた。

 メアリはエドの姿に気付くと、女の子達に「ごめん、あそこにいる男の子と話があるから、ちょっとだけ待ってて」と断ると、駆け足で彼に歩み寄る。


「エドワード、せっかく待っててくれてたのに悪いんだけど……、今日はあそこで待っててくれる友達と遊ぶから、一緒には遊べないわ。ごめんね」

 

 エドは内心、ひどくがっかりしたが、「まぁ、仕方ないよ。メアリだってたまには、あのチビや俺以外と遊びたいだろうし」と、全然気にしていないという旨を強調してみせた。

「本当ごめんね」

「いいって、いいって!!気にすんなってば。じゃ、俺はこれで……」

「あっ、待って!!」

 くるりと背中を向けて去ろうとしたエドを、メアリは引き留める。


「エドは嫌かもしれないけど……、出来ればフレッドと一緒にいてもらってもいいかしら??この前みたいに、また悪ガキ連中に絡まれたりするかもしれないし……」

「…………」

 明らかに渋っている様子のエドだったが、メアリは更に続ける。

「喧嘩となったら、フレッドが一方的にやられてしまうのが目に見えてるし、下手したら大怪我してしまうかもしれないから、心配なの……」

「……分かった。メアリの頼みなら、仕方ないな」

 渋々ながらエドは引き受け、メアリは「ありがとう!!」と頭を下げてお礼を述べたのだった。


「……メアリの奴、余計なことを……」

「そんだけ心配されてんだよ。俺からしたら羨ましい限りだぜ」

「単なるお節介もいいとこだ」

「……お前、どこまで捻くれてるんだよ。そんなんだから、悪ガキに目つけられるんじゃねぇの」

「そう思ってるなら、ほっといてくれ。俺は元から一人でいるのが好きなんだ」

「メアリに頼まれなきゃ、とっくにほっといてるよ」

「本当に??」

「お前、何が言いたい??」


 フレッドは立ち止まると、エドの方を振り返る。

 一定の距離を空けた状態で、二人は向かい合う。


「……メアリから俺のことを色々と聞いたんだろ??」

「何のことだよ」

「とぼけても無駄だ。父さんと俺に血の繋がりがないことや、実の両親のこととか……、知ってるんだろ??」

「…………」

「で、感想は??可哀想だと思ったか??もし、哀れみや同情なんかで俺と仲良くしようとしているなら……、はっきり言って迷惑なだけだ。俺は可哀想だと思われることが一番大嫌いなんだ。特に、あんたみたいな苦労知らずのお坊ちゃまに同情されるなんて、考えるだけで虫唾が走る」


 フレッドの冷めた瞳には、憎しみとも悲しみとも取れる複雑な感情が見え隠れしていて、初めて見る彼の感情的な姿に、エドは言葉を返すことができずにいた。

 フレッドが富裕層である自分を嫌うのは、きっと実の父親のことがあってのことなのかもしれない。


 しかし、エドからしたら、それこそただの言い掛かりでしかない。

 たまたま富裕層の家に生まれたというだけで、何故フレッドの実父のような傲慢で倫理観のない人間だと決めつけられなければいけないのだ。


 そう気付いた途端、エドの中で激しい怒りが沸々とこみ上げてきた。


「フレッド!!ちょっと待ちやがれ!!」


 気付くとエドは、フレッドを一発思い切り殴りたい衝動に駆られ、立ち止まっていた自分を置いてすでに随分先へ歩みを進めていた彼を追い掛けていた。

 フレッドは、鬼のような恐ろしい形相で迫り来るエドに気付くと、急いで走り出す。


「てめぇっ!!逃げんじゃねぇ!!その減らず口が叩けないように一発ぶん殴ってやる!!」

「やれるもんならやってみろよ!!」


 エドは学年の中でも一、二を争う程の俊足の持ち主で足の速さには自信があったが、それ以上にフレッドは足が速く、気を抜くと見失いそうになるので必死になって追い掛けた。

 フレッドもフレッドで全速力で走っているので、傍から見ると、まるでドラ猫が子鼠を追い掛け回しているようだった。


(あいつのことだから、きっと図書館に逃げ込むつもりだ……)


 図書館に入られてしまったら最後、殴ることはおろか、怒鳴ることさえも出来なくなる。

 そうかと言って、閉館時間までひたすら外で待ち伏せることが出来る程、エドは気が長い人間ではない。

 だから何としても、図書館に辿り着く前にフレッドを捕まえなくてはいけない。


 しかし、時間が経つにつれて二人の間の距離は中々縮まらないどころか、どんどん離れて行ってしまう。

(あいつの足の速さは何なんだ!!俺でさえ追いつけないなんて……)

 

 そうこうしている内に、とうとう図書館の前まで来てしまった。


(やっぱり無理か……)

 エドがフレッドを追い掛けるのを諦めようとした時だった。


「わっ!!」


 フレッドが図書館の中から出てきた人にぶつかったのだ。


「す、すみません……。って……」

「……何やってんのよ、フレッド」


 ぶつかった弾みで尻餅をついたフレッドに手を差し伸べたのは、オールドマン家によく遊びに来ていて、エドも何度か顔を合わせている人物――、ジルだった。


「ジルさん!!そいつを、フレッドを捕獲してくださいっっ!!」

 走りながら叫ぶエドの言葉に従い、ジルはフレッドを捕まえて軽く羽交い絞めにする。


「ジ、ジルさん!!放してくださいっ!!と言うか、む、胸が当たってますっ!!」

「……エドワードは捕まえろと言うし、フレッドは放せと言うし……。一体何なのよ……」 

 ジルは訳が分からないと言わんばかりに、困惑するように眉を顰めてみせる。


「……やっと追いついたぜ……。ジルさん、ありがとうございます……。て言うことで、フレッド。覚悟しろよ」


 エドは吊り上がり気味の鋭い目をますます吊り上げながら、フレッドに近づく。


「……あんた達、喧嘩してる訳??」

 呆れながらも、ジルはフレッドの身体を離し、「……フレッド、逃げたければ逃げてもいいし、やり合いたければやり合えばいい。あんたの好きにしな」と言うと、「じゃ、私はもう行くから」と、その場から去って行った。


「……で、またお前は逃げるのかよ。意気地なし。苦労知らずのお坊ちゃまとすら、まともに遣り合えないくせに、偉そうな口叩いてるんじゃねえ」

「……誰が逃げるって言ったよ……」

「現に逃げたじゃねぇかよ」

「……エドワード、ここじゃさすがにマズいから、あそこの公園に行くぞ。そこで相手してやる」

「……相手してやるだと??上等だよ、それは俺の台詞だ」


 二人は、図書館の隣にある公園へとすぐに移動する。


 公園の中に入るなり、エドはフレッドに拳を振り上げ、フレッドはそれを避ける素振りを一切見せず、エドの拳をまともに受け止める。


「……ばっ……」

 地面に転がったフレッドに向かって、エドは思い切り罵倒した。

「馬鹿か、お前は!!何で避けようとしないんだよ!!」

「……あぁ??」

 寝転がったまま起き上がろうとせず、フレッドは言った。

「だって、俺を一発殴りたかったんだろ??」

「あぁ、そうだ!!じゃなきゃ、気が済まなかったからな!!だけど、無抵抗にも程があるぞ!!」

 苛立ちながらも、ひとまずエドはフレッドを助け起こすことにした。


「おい、立てるか??」

 エドはフレッドの腕を掴んで身体を起そうとしたが、フレッドはその手を払いのけた。

「お前なぁっ!!意地張るのもいい加減にしろよ!!お前が俺のこと嫌いなのは一向に構わないが、こういう時くらいは素直に言うこと聞けよ!!このクソチビ!!」

 怒鳴りながらも、エドはもう一度フレッドの腕を掴む。

「いいか!お前が何回手を払いのけようが、俺は何回でも手を差し出すからな!!これは同情なんかじゃねぇ!!無抵抗な人間を殴っちまったことに対する、俺自身の罪悪感を解消したいだけだ!!」

「………………っんだよ、それ………………」


 フレッドは力なくそう呟くと、今度は抵抗せずに素直にエドに助け起こされる。

 起き上がったフレッドと目線の高さを合わせるように、エドはしゃがみ込む。 そんなエドの目線を避けるように、フレッドはわざと下を向く。


「お前さぁ、何でいつもやられてばかりいるんだよ??本当は、やり返せるだけの力あるんじゃねぇの??」


 フレッドは憮然としたまま、答えない。


「まっ、俺には関係ないことだけどさ」

「…………俺が手を出すと、父さんが悪く言われる…………。『あの人』と父さんが結婚したばかりの頃に、父さんと血が繋がっていないことをからかってきた奴と喧嘩して、怪我させちまったんだ。後で、父さんと『あの人』と一緒にそいつのところに謝りに行ったらそいつの親に、父さんと『あの人』が散々責められたんだ。『実の子供じゃないと躾が疎かになるものなのか』『やっぱり片親で育つと、愛情不足でこういう問題を平気で起こすのかしら』とかって……。俺が何か言われたり、やられるのは別に良いんだ。ただ、父さん達まで悪く言われるようなことになりたくない。……そういう訳だよ」

「……お前、相当チェスターおじさんのことを大事に思ってるんだな」

「そんなの当たり前だろ。本当なら、俺なんて施設なり里親なりに預けられてもおかしくはないのに、『あの人』に裏切られた後も変わらずに、厳しいけど優しい父さんでいてくれるんだ。それがどんなに俺にとって、救われてるか……。まぁ、話したところで、分かってもらえるとは思わないし、思おうとも思わないけどな……」

 フレッドは自嘲するように鼻先で軽く笑ってみせる。


「確かに俺には分かんねぇな。だって、俺はお前じゃないし。……でも、お前が親を思う気持ちだけは、ちょっとばかし共感できなくもない」

 そう言うと、エドはさっと立ち上がり、再びフレッドに手を差し出す。

 今度は躊躇いなくエドの手を掴み、フレッドもゆっくり立ち上がった。


「…………俺の母さん、親父の愛人だったんだ…………」

「……えっ……」

 独り言を言うように、エドは呟いた。

「……言っとくけど、親父の本妻は二十年くらい前に死んでて、母さんと出会った時にはとっくに独り身だったから、別に不倫なんかじゃない。ただ、身分の違いやら母さんの仕事が理由で親族の猛反対にあって、結婚出来なかっただけだ。俺を産む時も、親父以外の人間に反対されながらも、母さんはそれを押し切った。認知はするし生活費と養育費の支払いはするが、モリスンの籍には入れないし、家督や遺産の相続の権利も一切与えないって条件突きつけられたにも関わらずだ」

「…………」

「お前さぁ、俺の下町訛りがどうのって言ってたけど、俺は六歳まで下町で育ったんだから、そりゃ名残が残ってるに決まってんだろ」


 エドの衝撃的な告白に言葉を失っているフレッドに、エドは悪戯っぽくニヤリと笑い掛ける。

 そんなエドの態度に戸惑いながらも、フレッドはあることに気付く。


「……でも、今、あんたの姓はモリスンじゃないか??」 

「……あぁ、そういや、そうだったな」

 他人事のようにエドは、軽い口調で言った。

「俺の母さん、俺が六歳の時に病気で死んだんだ。いくら愛人の子供とはいえ、公爵家の血筋であるモリスン家の血を引く者を施設なんかに預けるのは余りに体面が悪いって言うことで、引き取られただけなんだ。そんだけの話さ……って、辛気臭い顔してんじゃねぇ。お前はただでさえ根暗なんだから、余計に暗く見えるだろうがっ」

「……誰が根暗だよ」


 深刻な内容にも関わらず、いつも通りあっけらかんと明るく話すエドに、フレッドは思わず拍子抜けする。


「そうそう、お前の言葉をそっくりそのまま返してやるよ。『もし、哀れみや同情なんかで俺と仲良くしようとしているなら……、はっきり言って迷惑なだけだ。俺は可哀想だと思われることが一番大嫌いなんだ』」

「あ??誰が同情するって??勘違いするな、俺は他人にそんな優しい人間じゃない」

「だよな??」

「……ただ、あんたのことを苦労知らずのお坊ちゃまとか言ったのは……、悪かったよ……」


 フレッドは照れ臭かったのか、エドに謝るとすぐさまフイッと顔を背ける。

 同じくエドも、まさかフレッドからの謝罪を受けるとは思ってもみなかったらしく、照れ隠しで悪態をつく。


「何だよ、気持ち悪ぃなぁ。明日、大雨どころか、槍が降ってくるかもしれねぇな。…………俺も、殴って悪かった…………」

「…………これは、本当に明日は槍が降るか…………」

「かもしれねぇな」

 二人は顔を見合わせ、エドはフレッドの腫れ上がった目元を見て盛大に吹き出す。

「フレッド、お前、ひっでぇ顔!!せっかくの男前が台無しだな」

「あ??エドワードのせいだろうが……」

「いやーー、悪い悪い」

 まったく悪びれない様子のエドにフレッドは「まったく、あんたは何て奴だ……」と溜め息をこぼすのであった。



(4)


 ――一か月後――


「なぁなぁ、フレッドーー」

 フレッドの家で共に宿題をしていたエドは、問題を解くのに集中しているフレッドをペンでつつく。

「エド、邪魔するな」


 あの日以来、今までとは打って変わり、二人はすっかり打ち解けるようになり、親友と呼べる間柄になっていた。


「この問題、教えてくれ」

「あ??自分で頑張って解けよ。俺は自分のことで手一杯だ」

「じゃあ、それ解いてからでいいや」

「……あのなぁ。エドの学校の方が内容進んでるんだから、あんたが分からなかったら、俺も分かるかは知らないぞ」

「大丈夫だろ、お前、学年で一番頭良いんだし」

「……分かった。今やってる問題解いたら、付き合ってやる。とりあえず、静かにしろ」


 そして、仲良く二人が宿題に励む様子を、チェスターとジルがこっそりと見ていた。


「顔合わせれば喧嘩ばっかりしていたあの二人が、まさか、あんなに仲良くなるなんてね。子供って面白いもんですよ」


 そう語るチェスターの表情はどこか嬉しそうで、ジルは微笑ましく思った。


「……フレッドにはメアリ以外に仲の良い友達、特に男の子の友達がいなかったから、父親として心配していたんです。」

「……私も、きっとあの二人は、これからも仲良くやっていけそうな気がします、エドと一緒にいる時のフレッドはいつもの大人びた感じじゃなく、年相応の素直な少年でいるから」

「ジルさんもそう思うんですね」

「……はい」


 チェスターとジルが話し込む姿に気付いたエドは、再びフレッドをペン先でつつく。


「だから……、何だよ??」

 先程より、若干苛ついた様子でフレッドは顔を上げる。

「なぁなぁ、チェスターおじさんとジルさんって、付き合ってんの??」

「……それは今どうしても話すべきことなのか」

「だってよ、今さっきもいい雰囲気で二人でこそこそ話してたから」

「エド、誤解するな。父さんとジルさんは恋人同士でもなんでもない」

 フレッドは、はっきりと言い切る。

「……ただ」

「??」

「俺としては、ジルさんが父さんと一緒になってくれたらいいな、と思ってる。ジルさんなら、きっと父さんやこの家を大事にしてくれそうだから」

「そっか」

「そういうエドこそ、あんなにメアリメアリと煩かったくせに、最近言わなくなったな」

「……あぁ。だってよ。まさか、あそこまで勝気な男勝りだとは思わなかったし、平気で悪ガキを片っ端からぶっ飛ばしてく姿見てたら、どんなに綺麗でも女と思えなくなってきた」

「……それ、絶対メアリ本人の前で言うなよ」

「分かってるさ。早死にしたくないからな」

「違いない。……それより、分からない問題ってどれだ??」

 問題を解き終えたフレッドは、エドの宿題を手伝い始めたのだったーー。



(5)

「……そう言う訳で、エドと仲良くなったってことさ」

 

 昔話を語り終えると、フレッドは長い溜め息を吐き出した。


「……そうだったの。犬猿の仲だった二人が、今じゃ二十年来の親友になるなんて……、人生って何が起こるか本当分からないわね」

「全くだ。でも、あいつといると、些細なことで悩む自分が馬鹿に思えてくるような、何というか、気が楽になるんだ」

「それって、良いことじゃない」

「まぁな。だけど、俺がこんなこと言ってたなんて、エドには言うなよ。絶対、調子に乗るに決まってるからな」


 ふん、と鼻を鳴らすフレッドの姿が妙に子供っぽく、スカーレットは思わず吹き出す。


「エドの話をしている時のフレッドって……」

「あ??」

「ううん、何でもない」


 子供っぽくて可愛い、なんて言ったら怒られるのが分かっているので、代わりに満面の笑みを浮かべて、スカーレットは護摩化したのだった。


(終)

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