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Love Birds

アルフレッドとスカーレットが付き合い始めて間もない頃の話。

エドワードの秘密(?)が出てきます。

(1) 

 近頃、フレッドの様子がおかしいことにエドとメアリ(恐らく、ルーも)は気付いていた。

 

 週に一回、平日の最後の日にあたる、ある曜日の十九時から二十一時にバンド練習があり、練習後は三人でメアリが働くカフェ兼バーで三十分から一時間半程の話し合いを行っている。とは言っても、重要な話は三〇分以内で終わり、後は閉店間際までダラダラと他愛のない話を喋るだけということが多い。

 

 ところが、ここ一ヶ月程、バンドで必要な話が終わるとフレッドはすぐさま席を外し、そそくさと帰ってしまうのだ。

 

 始めのうちは、たまたまこの後に何か用事があるのだろう、くらいにしか思わなかったが、さすがに一ヶ月もその調子が続くと気になってくる。


「おい、ルー。あれ、どう思うよ??」


 その日も、例によって話し合い後にすぐ帰ってしまったフレッドについて、エドはルーに尋ねてみる。


「新しい遊び相手でも出来たか、もしくは……、遂にちゃんとした恋人が出来たか、……のような気がする」

「遊び相手ならともかく、恋人だって?!それは有り得ないな」


 フレッドは特定の恋人を作らない主義で、現に十年近く、遊びと割り切った女と身体だけの関係を持っては次から次へと女を取っ替え引っ替えしていて、エド達を呆れさせている。


 音楽仲間やバンドのファンなどには絶対手を出さない、と決めているようだし、いい大人のやることなので冗談混じりにそのことをからかいこそすれ、あえて真面目に注意するようなことをエドやルーは決してしなかった。(メアリは女だから気になるのか、たまに注意をしていたが)


「いいえ、ルーの言うこともあながち間違いじゃないかもしれないわ」

 フレッドが使ったティーカップを下げに、エド達の席まで来たメアリが意味深なことを言う。

「メアリ、お前、何か知ってるのか??」

 エドの問い掛けに、メアリは「そうねぇ、思い当たる節はあるんだけど……。ただ、はっきりとした証拠がある訳じゃないから……、私からは何も言えないわ」と言葉を濁す。

「まぁ、変な女に引っ掛かって刺されなきゃ、別にいいんだけどよ」

「どうしても、遊びとしか思わないんだね、エドは」

「思わないんじゃなくて、そうとしか思えないんだ」


 自分からは決して手を出さないとはいえ、「据え膳を食ってるだけだ」と悪びれもせず、時には二、三人同時進行だったりすることもあるフレッドなのだから、二十年来の幼なじみとしてやバンドメンバーとしては気難しいながらも根は良い奴だと思えるのだが、こと女性関係に関してだけはどうにも信用が置けないのだ。


 エドの気持ちも理解できるからか、複雑な面持ちで二人のやり取りを見ていたメアリがふとテーブルに置きっぱなしになった眼鏡を見つける。


「フレッドったら、眼鏡忘れていってしまったみたい」

「あいつ、たまにこういう抜けたことするよな。こればっかりは、ガキの頃から変わってねぇなぁ」

 メアリとエドは顔を見合わせ、思わず苦笑する。

「確か、フレッドは明日も仕事よね??仕事用に使ってる物だから、ないと困るわよね??……私、明日の朝、お店に行く前に彼の家に届けに行くわ」

「あぁ、それなら俺が行くよ。丁度、今の現場がフレッドの家の方向だし」

「本当??じゃあ、エドには悪いけど……、お願いするわね」


 メアリは一旦奥へ下がる。ほどなくして、清潔そうなハンカチを持ってきて、丁寧に眼鏡を包む。眼鏡を傷付けないようにするための、彼女なりの気配りである。

「じゃあ、よろしくね」

 エドは、メアリからフレッドの眼鏡を受け取ると、「あぁ」と返事をしたのだった。



(2)

 翌朝、エドは仕事の現場に向かう前にフレッドの家に立ち寄った。

 

 現在の時刻は七時半を過ぎたところで、フレッドの仕事の始業時間が九時からだということを考えると、そろそろ起きているはずだ。

 

 エドは玄関の扉を叩く。

 数十秒程、間を置いて、フレッドが玄関から顔を出す。


「……エドか。こんな朝早くからどうしたんだ??」

 まだ支度の途中だったのか、ネクタイを締めてすらなく、ワイシャツも第ニボタンまで空いている。更によく見ると、髪が少し濡れて、半乾きのままだ。


(……朝早くから風呂に入るなんて、寝てる時に余程汗でもかいたか??)


 確かに、今は夏の暑い盛りだ。


「昨日、お前がメアリの店に眼鏡忘れていったから届けに来たんだよ」

 エドは、ハンカチに包んだままの眼鏡をフレッドに渡す。

「……眼鏡がないことは昨夜のうちに気付いたんだが……。わざわざ朝早くからすまない、ありがとう」

 フレッドは大仰に安堵してみせる。

 この様子だと、眼鏡を忘れたことに相当困っていたのだろう。

「まぁ、お前の家が今の現場に行く途中にあったから、ってのもあるけどな」

 思った以上に素直に礼を述べるフレッドにエドは照れ臭さを感じ、わざと素っ気ない口調で返す。

「じゃ、俺はもう行くよ。お前も支度があるだろうし」


 そう言って、エドが扉を開けて外へ出ようとした時だった。


 玄関から向かって左側の奥ーー、浴室の扉が開き、中から一人の女が出て来た。

 女は、フレッドの物であろうシャツを羽織り、タオルで長い髪を拭いている。

 

 エドは、タオルから覗く女の髪色がブロンドやブルネット、ブラウンとかであれば見なかった振りをしてすぐさま外に出たであろう。だが、彼はそうしなかった。

 

 女の髪色は、遠目からでもはっきり分かる程の鮮やかな赤毛だった。

 エドが知る限り、そんな髪色をしている人物は一人しかいない。

 

 浴室の扉が開く音がした瞬間、フレッドは心なしか焦った顔をしていたが、エドの視線の先を見た途端、いつもの冷静さを湛えた薄いグレーの瞳に明らかな動揺の色を浮かべた。

 そして、二人の視線に気付き振り返った女は、エドの姿を確認すると髪色と同じくらい、顔を真っ赤に紅潮させてその場で固まってしまった。


「…………スカーレット…………」


 目の前の信じがたい光景に、エドはすっかり混乱した。


「…………フレッド!これはどういうことだよ!!お前、一体、何考えてるんだ!!」


 気付くと、エドはフレッドを思い切り怒鳴り付けていた。


 スカーレットは音楽仲間の一人と言うだけでなく、エドにとって可愛い妹みたいな存在だ。

 エドだけではない。ルーやメアリ、果ては自分の恋人アンナからも彼女は可愛がられ、大切にされている。

 

 そんなスカーレットを、例え合意であったとしても弄ぶような真似をするなんてーー


「エド、違うの!誤解しないで!!」

 フレッドの胸倉を掴みかねない勢いのエドに、スカーレットは慌てて駆け寄り、二人の間に入る。

 その時のスカーレットは、風呂上がりで髪が濡れているせいもあるが、妙に色気のある表情にエドは一瞬どきりとした。落ち着きはあるものの、どちらかというと幼い印象だったのが、いつの間にこんな顔をするようになったのか。


「……エド……」

 ずっと黙っていたフレッドが、ようやく口を開く。

「この状況では何の説得力もないだろうが……。」


 フレッドはエドの目を真っ直ぐ見据えて、きっぱりと言い切った。


「スカーレットとは遊びじゃない。彼女とは真剣な気持ちで付き合ってるんだ」


 フレッドは嘘やごまかしだけは絶対に言わない男だ。

 何より今、静かながらも熱が篭った目をして訴えかけるように言うのだから、まず間違いないだろう。


「……それなら、いいんだ。二人がちゃんと付き合っているのなら」

 エドの誤解が解け、怒りが収まったことにスカーレットは胸を撫で下ろしている。

「俺の方こそ、怒鳴って悪かった」

「いや、気にするな。俺の今までの行いとこの状況からして、誤解されても仕方ない」

「……だな。……ところでスカーレット。いくら何でも、その姿は無防備にも程があるぜ。朝から目の毒だ」


 さすがに下着までは見えないまでも、男物のシャツ一枚だけしか着ていないせいで白くて柔らかそうな太股が露わになっている。更に、暑いからかボタンを三つも空けていて、その間から豊かな胸元がちらついて見えている。

 エドの言葉の意味を理解した途端、スカーレットは再び顔を赤らめ、咄嗟に右手で胸元を隠し、左手でシャツの裾を引っ張って太股を隠した。

「おい、いやらしい目で見るな」

 フレッドが眉間に皺を寄せて、エドを睨みつける。

「しょうがないだろ、条件反射だ。それに、昨夜、散々いやらしいことをしていたであろうお前には言われたくない」

 眉間の皺をますます深くさせ、何か言い返そうとするフレッドを遮り、「おっと、さすがに仕事に遅れちまうから、俺もう行くわ。邪魔したな」と言うと、今度こそエドは玄関の扉を空けて、フレッドの家を後にしたのだった。



(3)

 その翌々日の夕方、予定より早く仕事のキリがついたエドは、足早にある場所へと急いで向かっていた。


「……あら、エド。今日はいつもより早いお迎えね」

 エドの目的地はオールドマン家で、彼を出迎えたフレッドの義母ジルは「……じゃあ、すぐに呼んでくるわ」とエドに玄関で待つように指示し、一旦家の奥に姿を消す。

 すると、ものの一分もしないうちに、廊下をトトトトッと、小さいけれど勢い良く走ってくる足音が近付いてきた。


「パパ!!お帰りなさーーい!!」

足音が消えたと同時に、エドの娘であるヴィヴィアンが彼に飛び付いてきた。


「ただいま、ヴィヴィ。ちゃんと良い子にしてたか??」

 エドは、ヴィヴィアンをひょいっと抱き上げる。

「うん!今日はね、ジルおばちゃんと一緒にお掃除してたの!!」

 エドは傍らにいるジルを振り返り、ヴィヴィアンに気付かれないよう小声で(……ジルさん、ヴィヴィの奴、掃除の邪魔していたら、すみませんでした)と謝るが、ジルは(……大丈夫よ。とても三歳とは思えない、しっかりした働きぶりだったから、逆に助かったわ……)と小声で返し、その言葉にエドは安堵する。

「そうかぁ。それは偉いぞ、ヴィヴィ」

 エドは、ヴィヴィアンの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


 ヴィヴィアンは三年前、エドが長年付き合っている恋人、アンナとの間に生まれた子だった。


 結婚するならアンナ以外考えられない、と思っていたエドだったので、子供が出来たとアンナに知らされるや否や、すぐにでも結婚する気だった。

 しかし、アンナは「エドのことは愛しているし、勿論子供も産むつもりだけど、籍は入れたくないの。私は今のままが良い」と頑として、籍を入れることを拒否したのだ。


 アンナは結婚願望が全くない上に根っからの仕事人間で、資産家であるエドの父が出資しているブランドの服を作る会社で働いていたが、彼女の仕事振りに目を留めたそのデザイナー本人が助手として彼女を引き抜いたのだ。

 アンナの夢は、いずれ自分のブランドを持つことだった。今は助手をしがてら、色々なことを吸収したい。だから、子供は出来た以上愛情掛けて育てるけれど、家庭に入ることなんて考えられない、と。


 そして、アンナが籍を入れたがらない理由はもう一つある。むしろ、仕事よりもそちらの方が大きな理由のようだった。


 アンナの両親は夫婦仲が大変悪く、表立って喧嘩をするとかではなく、お互いに無視し合っているような、冷たい関係だった。


「エドとは、私の両親みたいには絶対にならない、って思うんだけど……、どうしても結婚に対して悪い印象しか持てないのよ。たかが、紙切れ一枚のことで縛られたり振り回されるのは……、私は御免なの……」


 今までも、エドが何回もアンナに求婚する度にそう断られてきたし、そのうちエド自身も「何も結婚という形にこだわることもないか」と思い始め、籍は入れずに事実婚状態のまま、今に至るのだった。


 二人が仕事に出ている間、ヴィヴィアンはオールドマン家で預かってもらっていた。

 数年前に家を改築し、自身の子育てに一段落ついたジルが、共働きをしている夫婦の子供を仕事に行く間預かる仕事を始めたのだ。

 自宅だということもあり、三、四人と少人数の子供しか預かっていなかったが、エドがフレッドと幼い頃からの友人同士ということもあり、ジルはヴィヴィアンを預かることを快く応じてくれた。


「パパ、今日はお仕事早かったね」

 ヴィヴィアンは嬉しそうに、エドに頬擦りする。

 エドの仕事は庭師で朝が早い為、送りはアンナがしていて、アンナより仕事が終わるのが早いエドが、帰りに娘を迎えに行く。


 エドはヴィヴィアンを抱き上げたまま、家路に向かう。

 抱き癖がついてはいけないと思いつつ、身長が一九二㎝と大柄な彼がまだ小さな娘の手を引いて歩くには相当腰をかがまなければいけないので、結構負担になるのだ。


「パパ、お腹すいた」

「お前、ジルさんからおやつもらって食べてただろ。駄目だ、家まで我慢するんだ」

「ヤダ」

「嫌だじゃない。今食ったら、夕飯食べれなくなるだろ??」

「だって……!」

「だってじゃない。駄目なものは駄目だ」

「何で」

「何でもだ」


 ヴィヴィアンは頬をぷくっと膨らませて、吊り上がり気味のダークグリーンの大きな瞳でエドを睨むが、子猫のように愛らしいばかりでちっとも迫力がない。


(やれやれ、我が儘な奴だ……)


 おそらく、今日もアンナは帰りが遅くなるだろうから、夕食はエドが作ることになる。

 ヴィヴィアンのこの様子だと夕食を作る際に、台所を意味なくうろちょろしては悪戯なり何なりしでかし兼ねない。


(……メアリのいる店に連れて行くか)

 あそこなら、子連れでも入店しやすい。

(アンナに知られたら、マズイが……)

 エドがヴィヴィアンを甘やかす度に、アンナには怒られる。


「ヴィヴィ、メアリ姉ちゃんのところに連れていってやるよ」

「……本当?!やったぁ!!」

「その代わり、ママには内緒だぞ??」

「うん、分かった!!」

 不機嫌だったヴィヴィアンは、途端にパッと表情を明るくさせたのだった。



(4)

 店の扉が開いた途端、メアリが声を掛けてきた。

「いらっしゃいませ……って、エドじゃない。ヴィヴィ連れだなんて珍しいわね」

「我が儘娘のご機嫌取りさ。ちなみに、アンナには今日ここに来たことは黙っててくれ」

 メアリは、「えぇ、分かったわ」と言い、「ちょっと今混んでるけど……、空いてる席は……」と店の中を見渡し、エドもつられて店の中を見渡すと……。


(……なんか知らんが、俺はこいつらが揃っているところによく鉢合わせするなぁ)


 奥の四人掛けの席に、フレッドとスカーレットが座っていたのだ。


「あっ、丁度フレッド達の席が二人分空いてるわね」


 エドは少し躊躇った。

 週明けの休館日と、後はシフトで無作為に休みを決められる(月に何回かは希望を出せるが、それは大体バンドのライブにあてている)フレッドに対し、休みは週末の二日間に固定されているスカーレットとでは中々休みが合わないので、昼間から一緒に過ごせることは月に一回あるかないかだろう。そんな二人の貴重な時間を邪魔するようで、何だか気が引けるのだ。


 しかし、今日は祝日の夕方で皆がお茶をする時間ということも手伝い、店内は混雑しているのでどうしても誰かと相席に成り兼ねない。子供連れで、見ず知らずの他人との相席はもっと気が引けてしまう。


 エドは結局、フレッド達の席に案内された。


 二人の席に辿り着く前、エドはメアリにそれとなく尋ねてみた。

「なぁ、メアリ。お前はあいつらのこと知ってたのか??」

 メアリは困ったように微笑みながら答える。

「付き合ってることは今日初めて知ったけど……。でも、以前から二人が惹かれ合っているのは薄々気付いていたし、最近のフレッドの様子にもしかしたら……とは思ってたの」


 どうやら、全く気付いていなかったのは自分だけらしい。

「だから言ってるじゃない。エドは鈍感すぎるって」とアンナに笑われそうだ。


「……エドか。ヴィヴィも一緒とは珍しいな」

 メアリと同じような台詞を言うフレッドに、エドは苦笑を漏らしそうになる。 メアリが相席のお願いをすると二人は快諾したので、エドとヴィヴィアンは席に着く。


「……二人とも悪い。せっかくの二人きりの時間を邪魔して」

 エドは申し訳なさそうに謝るが、「いや、気にしなくていいさ」「そうよ。全然大丈夫だから、気にしないで」と二人が口々にそう言った。


「フレッドお兄ちゃん、こんにちは!!」

「こんにちは、ヴィヴィ。相変わらず元気良いな。また少し大きくなったか??」

 ヴィヴィアンは人見知りを全くしない上に、フレッドがお気に入りでよく懐いている。

 フレッドは歳の離れた弟妹達の世話をしてきたり、仕事柄子供と関わることも多いせいか、意外に子供好きで面倒見が良い。きっと自分の子供が出来たら、良い父親になるだろう。


 そうこうしている内に、四人がそれぞれ注文したものが運ばれてきた。

 エドはいつものようにミルクティーで、ヴィヴィアンにはホットミルクを注文した。ミルクなら虫歯や肥満の心配もなく(甘い物はアンナによって禁止されている)、夕飯に差し障りがない程度に腹が膨れるからだ。


「ヴィヴィ、こぼさないようにカップを両手でしっかり持てよ。あと、熱いからフーフーしながら飲むんだぞ」

 ヴィヴィアンはエドに言われた通り、カップを両手で握り締めながら、しつこいくらい息を吹き掛けて、ちびちびとミルクを飲む。

「おいしーーい!!」

「そうか、そりゃ良かった」

 思いきり破顔するヴィヴィアンに、エドも相好を崩す。


「エドってば、すっかりお父さんの顔してる」

 目の前で繰り広げられる父娘の光景を、スカーレットが微笑ましそうに見つめていた。

「まぁ、お父さんだし」

 少し照れ臭そうにしながら、エドが答える。

「大変なことも多いけど、何だかんだ言って自分の子供は可愛いぞ??お前らもとっとと子供作っちまえよ」

 エドの言葉にスカーレットは顔を真っ赤にさせる。彼女は、恥ずかしいとすぐに顔が赤くなる質なのだ。


「さすがにちょっと気が早いか」

 ふと、二人が注文したものを目に留める。

 スカーレットはコーヒーとアップルパイ、フレッドは紅茶とスコーンで、フレッドが別の小皿にそれを半分取り分けていて、分け終わると当然のようにスカーレットの方に小皿を置く。

「ありがとう、アルフレッド」

 スカーレットは礼を言うと、今度は自分のアップルパイを半分切り分け、もう一つの小皿に移し、フレッドの方に差し出す。

「……ん、ありがとう」

 どうやら、お互いに注文したものを半分こしているようだ。

 恋人達の仲睦まじい光景も微笑ましいものである。

 

(……ん??)

 エドはあることに気付く。


「スカーレット。今、フレッドのことを『アルフレッド』って呼んだよな??」

「うん、そうだけど??」

「付き合う時に、俺がそう呼んで欲しいと言ったんだ」


 フレッドは、バンドメンバーであり親しい友人でもある自分やルーだけでなく、姉弟同然のメアリ、彼の昔の恋人ナンシー、果ては自分の家族にですら本名を呼ばれることを極度に嫌っていたはずだったのだが。


(随分とまぁ、極端な変わりようだ……)


 そして、もう一つ、気付いたことがある。


「フレッド。お前、甘い物苦手じゃなかったか??」

「アップルパイに関しては、シナモンパウダーを多めにかけて食べればそうでもなくなった」

「スカーレットに教えてもらったんだろ」

「あぁ、そうだ」

「……本当、お前ら仲良いんだな」

「そうか??」


 フレッドとスカーレットのやり取りを、エド同様じっと見ていたヴィヴィアンが口を開く。


「ねーねーー、スカーレットお姉ちゃんは、フレッドお兄ちゃんのお嫁さんなのーー??」 

 ダークグリーンの大きな猫目をフレッドに向けて、ヴィヴィアンは尋ねる。

「お嫁さんではないが、スカーレットは俺の恋人だ」

 恥ずかしげもなく、フレッドは答える。

「恋人ってなあに??お嫁さんと、どう違うの??」

「ヴィヴィ!おまっ、答え辛い質問をするなよっ!」

 エドは慌てて、ヴィヴィを窘めるが、三歳児のふつふつと沸き上がる好奇心は押さえられない。


「そうだな……」

 フレッドは少し考えると、こう言った。

「ヴィヴィのパパとママみたいなもんだ」


(上手く逃げたぞ、こいつ……)


 今度は自分が質問責めに合うだろう予感がしたが、どうやらヴィヴィアンは納得できたらしく、「そっかぁ。仲良しさんだねぇ」とニコニコ笑う。が、ホッとしたのも束の間、新たなる質問が飛び出す。


「フレッドお兄ちゃんとスカーレットお姉ちゃんには、ヴィヴィみたいな子がいつ生まれるの??」


 するとフレッドは、また少し考えるとこう答えた。


「今すぐは無理だが、あとニ、三年後くらいには生まれてたらいいと思ってる。その前に、スカーレットをお嫁さんにするのが先だけどな」


 エドは思わず耳を疑った。

 今まで、散々遊んできたフレッドがこんな台詞を言う日が訪れるとは……。


「……おい、聞いてるこっちが恥ずかしいんだが。人の娘使って、遠回しにプロポーズめいたこと言ってんじゃねえ」

「あ??」

「隣見てみろよ」


 フレッドの隣では、スカーレットがそれぞれ色の違う両の目を潤ませ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「おい、人前だぞ」

「だって……」

「いや、今のはお前が泣かせたんだから、お前が全面的に悪い」


 スカーレットを宥めるフレッドの姿に、(まだ付き合って日が浅いって言うのに、この様子じゃあ……、多分、本当に結婚までいくかもしれん)とエドは思ったのだった。



(5)

 あれから、六年が過ぎた。


 エドの予想通り、フレッドはスカーレットと結婚し、二人の娘に恵まれ、更に三人目も出来たという。ルーとメアリにも双子の息子達がいる。


 最も身近な友人達がそれぞれ幸せな家庭を築いている姿を目の当たりにし続けてきたからか、あれほど籍を入れることを嫌がっていたアンナの心境に変化が生じ始めた。まだ無名ではあるが、「自分のブランドを持つ」という長年の夢が叶い、少しずつ受注も増えていることも手伝い、気持ちにも一旦区切りがついたのだろう。


「籍入れよっか」


 ある日、突然、アンナからそう告げられたのだ。


 エドとアンナは式を挙げない代わりに、ライブハウスを貸し切り、祝賀会を行った。


「お前らのように、俺も温かい家庭を作れるように頑張ろうと思う」

 フレッドとルーにそう告げた直後だった。


「パパったら、何言ってるの。うちは充分温かい家庭よ。これ以上温かくしたら、逆に暑くて汗かいちゃいそうだわ」


 いつの間にか、娘のヴィヴィアンがアンナの隣に立っていた。


 ヴィヴィアンは、アッシュブロンドのさらさらした長い髪に少し吊り上がり気味のダークグリーンの大きな猫目が特徴的で、両親の良いとこばかりをもらったとよく周りから言われるだけあって、少々生意気そうだが可愛らしい少女に成長していた。


「エドさんっ……、娘さんがいたんですか!!」

 周りに集まっていた、若い音楽仲間達に衝撃が走る。ウーリには何度も連れて来ているので、弾き語り関係の音楽仲間にはヴィヴィアンのことは知られていたが、ライブハウスには連れて来たことはなかったのでバンド関係者ではエドが子持ちと言うことを知る者は少なかった。


「パパってば、私のこと隠してた訳??」

 ヴィヴィアンはエドを思い切り睨みつける。

「睨むなよ。柄が悪いぞ」

「パパに言われたくないわ」

「お前なぁ……」

「隠してたパパが悪い」

「人聞きが悪い。別に隠してたつもりはない。話す機会がなかっただけだ」

「ふーん。ま、別にいいけど」


 ヴィヴィアンはエドの音楽仲間達に向き直り、ニコリと微笑みながらハキハキと挨拶をする。


「皆さん、はじめまして。父がお世話になってます。娘のヴィヴィアン・ベタニーです。よろしくお願いします」


 九歳とは思えぬ、しっかりした挨拶に皆一様に感心する。

 エドは富裕層の上流家庭生まれで元々は育ちが良いからか、挨拶等礼儀に関しては厳しくヴィヴィアンに教えこんだのだ。


「ヴィヴィ、上出来だ。ただし、一つ間違ってる。お前の姓はベタニーじゃなくて、今はモリスンだろ」

「あっ、そうだった」

 ヴィヴィアンは、ぺろっと舌を出す。

「まぁ、いいさ。今度からは間違えるなよ」

「はーい」

「まぁ、今までずっとアンナの姓だったから、急には無理かもしれんが」

 エドは自嘲気味に笑う。


「でも、また急だったな。十年以上も籍入れずに、事実婚状態だったのに」

 ふいにフレッドが話し掛ける。

「アンナの長年の夢が叶ったこともあるが……。お前やルーの家庭を見てきて、思うことがあったんだろ。俺とアンナが結婚できたのも、お前達のおかげだよ。ありがとうな」

 礼を述べるエドに、フレッドとルーは顔を見合わせると、照れ臭そうに笑ったのだった。



(終)


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