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白雪姫の憂鬱

アルフレッド達幼なじみ三人組が24~5歳頃の話です。

(1)

 エドとフレッドは、目の前の光景に只々唖然とするばかりだった。


「おい、メアリ。起きろ。帰るぞ」

 先程から、いくら声を掛けても肩を揺すってもメアリはテーブルに突っ伏したまま、身動き一つしない。

「……完全に酔い潰れて寝落ちしてやがる」

 エドは彼女を起こすことを諦める。

「まさか、ここまで酒に弱いなんて……。軽いカクテル一杯だけだぞ??フレッド、お前知ってたか??」

「……いや……。確かに、俺達と飲む時でも『私はお酒が弱いから絶対に飲まないけど、それでも良いなら付き合うわよ』と言ってたが……、こういうことだったんだな……」


 エドとフレッドが大学を卒業し社会に出て働き始めた頃から、メアリを含めた幼なじみ三人で時々飲みに出掛けていた。男二人は酒に強かったが、いつもメアリだけは頑なに飲もうとせず一人だけ果実ジュース等を飲んでいたのだけれど、今日に限って珍しく「一杯だけ飲む」と言い、酒の弱い女性でも大丈夫そうな、甘くてアルコール度数も低く量も少ないカクテルを注文したのである。

 その結果、酔っ払ってひたすらボヤーーッと惚け出し、二人が話に夢中になってる間にすっかり眠ってしまったのだ。


「しかし、いくら幼なじみったって、俺達は一応男だぞ??別に何かする気はサラサラないが、無防備にも程がある。フレッド、俺がおぶっていくから、背中にメアリを乗せてくれよ」

 フレッドはメアリを起こさないよう注意を払いながら、彼女をそっと椅子から運び出し、しゃがみこんでるエドの背中に預ける。

「……こいつ、背がでかくてよく食う割に、案外軽いな」

「……エド、それ、メアリが起きてる時には絶対言うなよ……」

「……分かってるって。俺だって早死にしたくないからな」


 軽口を叩きながら会計を済ませ、外へ出る。


「……で、どうする??」


 メアリが住んでいるアパートの場所は知っているが、いくら十数年来の幼なじみとはいえ、さすがに若い女性の部屋に勝手に入るのは気が引ける。かと言って、実家に送り届けるのも、翌朝両親から彼女が叱られるだろうことが想像できて、気の毒な気もする。


「アンナに頼んで、一晩預かってもらうか」

 アンナはエドの恋人で、メアリとも仲の良い友人同士だ。

「……そうだな。アンナには申し訳ないが、頼むとするか」

 二人はアンナの住む部屋へ向かった。


 エドが部屋の扉を叩くと、中から美しいブルネットの髪を肩先で切り揃えた女性ーー、アンナが顔を出した。

「いきなり遅くに来てごめんな。ひょっとして寝てたか??」

「ううん、起きてたけど……。フレッドまでいるし……、どうしたの??」

 アンナは、おっとりした柔らかい口調で尋ねる。

「……実は」

 エドが訳を話す前に、アンナは彼に背負われて眠っているメアリに気付く。

「あれ??メアリじゃない??ちょっと、どうしたのよ?!……って、お酒くさっ!もしかして、君達はメアリが酔い潰れるまで飲ませた訳?!」

「……ち、違うんだ、アンナ!誤解しないでくれ!!」

 慌ててエドは、必死でアンナに釈明する。


 一見、口調や物腰がおっとりと柔らかい優しげな美人のようで、アンナは言いたいことをはっきり言うサバサバした女性だった。更に、彼女はエドより一歳年上で、彼が大学を卒業してから一年だけ働いていた服飾会社(この会社は資産家であるエドの父が経営していて、その父が出資しているブランドの服を作っていた。エドの二人の兄もここで働いている)でエドに仕事を教えていた先輩でもあったので、彼女に対して頭が上がらないところがあった。

 エドの釈明をフレッドが補足する形で事情を話すと、「そういうことなら仕方ないわね」とアンナはようやく納得し、メアリを一晩部屋に泊めることにも快く承諾してくれた。少々気は強いが、アンナはとても情が深く大変面倒見の良い女性であり、そんな彼女だからこそエドは惹かれたのだ。


「……でも、いつもは飲まないのに、どうして今日に限って飲んだのかしらね」

 アンナは不思議そうに首を傾げる。

「……もしかしたら、婚約者と別れたことが原因なんだろうか」

 フレッドの言葉に、他の二人も納得した。


 一か月程前に、メアリは婚約していた男性と別れたという。詳しい原因は誰も分からないが、その男性はメアリより七歳年上で彼女の理想通り、「彼女より背が高くて、心身共に強い人」だったし、傍目から見ても順調に進んでいて結婚間近だと思われたので、別れたと聞いた時は誰もが驚いた。


「……美人は幸が薄いってやつかね」


 メアリをアンナに預け、フレッドとも別れたエドは帰る道中、そう独り言を呟いたのだった。



(2)

 翌日、仕事帰りにメアリの働くカフェに訪れると、すでにフレッドが先に来ていた。どうやら自分と同じように、メアリが心配だったのだろう。エドは迷わずフレッドと同じテーブルに座ると、メアリが注文を取りに来た。

「いらっしゃい。いつもので良かった??」

「あぁ」

 鋭い目付きと、一九〇㎝を超える高身長という少々いかつい見た目に似合わず、エドは甘いものが好きでいつもミルクティーを注文する。逆に、甘いものが苦手なフレッドは砂糖もミルクも入れずに紅茶を飲む。


 メアリが二人分のティーカップを運んできて、テーブルにそれぞれの分を置く。

「……そう言えば、昨日の夜は色々と迷惑掛けてごめんなさい」

 メアリは心から申し訳なさそうに頭を下げ、二人に謝罪した。

「……まぁ、人間だから失敗することもあるだろ」

「フレッドの言う通りだ。気にするな」

「でも……」

「自室でヤケ酒起こして病院送りになった、どっかの誰かと比べたら可愛いもんさ」

「…………」

「そうだろ??」

 横目で睨みつけてくるフレッドは無視して、エドはメアリを見返す。

「…………ありがとう………」

 ようやく、メアリは遠慮がちながら笑顔を見せた。


 メアリが席から離れた後、エドは最近フレッドに会う度に毎回言う台詞を投げかける。

「なぁ、フレッド。また俺とバンドやらないか??」

「断る」

「即答だな、おい」

「もうかれこれ三年以上、ギターを弾いてないんだ。第一、あの時にギターは壊しちまったから練習しようもない。何回も同じこと言わせるなよ」

「また買えばいいじゃないか」

「簡単に言うなよ。他を当たってくれ」

「俺はお前とだからやりたいんだよ」

「…………」


 フレッドは図書館で働いていて、仕事が終わると自室で読書をするか、メアリのカフェを訪れるか、たまに三人で飲みに行くかして過ごしていた。

 しかし、エドは知っていた。フレッドが彼らと過ごさず一人でいる時、あちこちのバーに出向いては彼に声を掛けてくる女(フレッドは人目を引くとても美しい青年だった)と手当たり次第関係を持つ悪癖があると言うことを。ナンシーと別れ、音楽を辞めた辺りから始まったことだった。

 フレッドと再びバンドを一緒にやりたい気持ちが一番強いが、音楽をやることで彼を無為な生活から抜け出させることができれば、とも考えている。フレッドも近頃は少しだけ迷いを見せるようになってきていたから、あと、もう一押しだーー、とエドは思う。


「……そう言えば」

 フレッドが思い出したように言う。

「他にメンバーは決まってるのか??」

「ベースは決まってる。お前も知ってる奴だよ」

「誰だ??」

「リュシアン・コルネリウスだよ」

「……そうか、彼なのか」

「やる気になってくれたか??」

「…………」

 フレッドは返事をせずにしばらく考え込むと「少し考える時間をくれないか」とだけ言い残し、先に店から立ち去っていった。



(3)

 リュシアン・コルネリウスは、フレッドとエドと同じ大学に通っていて、学年も同じだった。

 学部が違っていたので普段の講義で顔を合わせることはなかったが、彼は大学でちょっとした有名人だったため、存在だけは入学当時から知っていた。リュシアンは若干十六歳で大学に進学したからだ。しかも特待生として。

 最初にエドが彼の話を聞いたのはフレッドからだった。フレッドも特待生として大学に進学したのだが、試験時に「同じ特待試験受ける人間の中で飛び級した十六歳の奴がいるらしい」と言っていたのだ。

「はぁ?!ただでさえ、特待なんて難関じゃねぇか!そいつ、どれだけ頭良いんだ?!一体、どんな顔してんだか見てみたいもんだ……」

 そう言いつつ、おそらく自分とは全く関わることがないだろう、別世界の人間に違いない、とその時のエドは思った。そして入学時、新入生代表として壇上で挨拶をしたリュシアンの姿を見た時、エドは衝撃を受けたのだった。


 柔らかそうなライトブラウンの髪に、クリッとした丸くて大きなヘーゼルの瞳、アヒルのようにキュッと口角が上がった薄い唇と、少年というよりも愛らしい少女のようだった。おまけに、彼はとても小柄でよく見ると下手な女性より身長が低かった。おそらく黙っていたら、誰が見ても小柄な短髪の美少女に間違われるだろう。人は見掛けによらないものである。


 大学内での接点はなかったものの、リュシアンもバンド活動をしていたのでエドとフレッドはライブハウスで彼とよく顔を合わせていたし、バンドとは別に腕を磨くための一環として、ライブバーのフリーセッションに顔を出すと大体リュシアンもいて、自然と三人は交流を深めていった。


 可愛らしい見た目に反して、リュシアンの弾くベースはどっしりとした重さの中に鋭いキレがあり、かと言って上物の音も邪魔せず非常にバランスの良い音だったし、エドのドラムとの相性が良かったので、エドは彼と音を合わせることが好きだった。更に、リュシアンは人柄も良く、誰とでも分け隔てなく接し、困っている者がいたら率先して助けたり相談に乗ったりしていたので大学でもバンド関係でも仲間内から随分慕われていて、そういう部分でもエドとフレッドは彼を気に入っていたのだった。


「……悪ぃ、遅れちまった……」

「いや、ぎりぎり間に合ったから大丈夫だよ。メアリさんとこ言ってたんだろ??」


 フレッドがメアリの店から去ってほどなく、エドも後を追うかのように店を出た。この後、リュシアンとの練習があったからだ。

「……あぁ、そしたらフレッドがいたから、また声を掛けてみた」

「どうだった??」

「他にメンバー決まってるか、と聞かれたから、ルーがベースだと言った」

 エドは普段、リュシアンのことをルーと呼ぶ。

「そしたら??」

「考えさせてくれ、だとさ」

「そっか。彼はもしかしたら、気の置けない人間同士で気楽にやれればやってみようかと思ったのかもね。前のバンドのこともあるし」

 ルーは、ベースのチューニングをしながら話し続ける。

「彼、人一倍繊細だからね」

「ものは言いようだな。俺から見たら、神経質で気難しい奴でしかない」

 エドの面倒臭そうな口調にルーは笑った。



(4)

 しばらくしてフレッドから、「ギターを買ったり、三年間弾いてなかった分の個人練習がしたいから、あと半年待ってくれ。それでも良ければ、バンドをやろう」という返事が返ってきた。エドとルーはその条件を快諾し、約束通り彼を半年待ったのち、初めて三人で音合わせをした。

 フレッドは三年前に比べたら、歌もギターの腕もまだ少しぎこちなかったが、半年間相当猛練習したのか、音合わせしていて違和感は全く感じなかった。何より三人で合わせた時の一体感が半端なく心地良く、エドはドラムを叩いていてとにかく楽しかった。それはルーもフレッドも同じだったらしく、改めてこのメンバーでバンドをやっていきたい、と三人の気持ちは一致したのだった。


 バンド名は「ブラックシープ」に決まった。単純に「黒羊」と言う意味だが、隠語で「放蕩息子」と言う意味もあり、「二十五にもなって身も固めず、フラフラしてる俺達にピッタリだと思う」とフレッドが付けたのだ。

「いや、フラフラしてんのはお前だけだ」

「あ??エドだって、ずっとアンナを待たせているだろ」

「逆だ。俺が待たされてるんだよ。仕事が楽しくて仕方ないらしい」

「案外一途だよな、あんた」

「お前が遊び過ぎなだけだ」


 幼なじみの二人のやり取りをルーは苦笑を浮かべながら、黙って見ている。ブラックシープメンバーの日常的な光景になりつつある。


「ルーも大変ねぇ。あの二人と一緒だと、色々と気苦労多いんじゃない??」

 三人が注文した飲み物を運んできたメアリがエドとフレッドを一瞥し、ルーに話し掛ける。練習後の話し合いはメアリのカフェでいつも行うのだ。

 以前は営業時間が二十時までだったが、一年前から酒も置くようになったことで二十三時までの営業に変わり、それに伴い、メアリの勤務時間も早番と遅番の交代制となっていた。婚約者と別れたことがメアリには相当な痛手だったようで、以前にも増して彼女は仕事に打ち込んでいる。新しい恋人がいる気配も全く感じられない。


 彼女はエド達と同じ二十五歳だ。この国の女性の結婚適齢期(この国の適齢期は男性二十〜二十六歳、女性十八〜二十四歳)を過ぎてしまって、所謂行き遅れの部類に入ってしまった。そんな時に将来を誓った男性と別れたことで、結婚を夢見るより一人で生きていく道を考え始めたのかもしれない。

 メアリはかなりの美人だ。少々口うるさい所はあれど気立てもすこぶる良く、気さくで誰とでも仲良くするし、客観的に見ても良い女の部類である。一体、何がいけないのだろうか。


 話し合いが終わり、その足でエドはアンナの部屋に訪れた。アンナはエドの顔を見るなり、いきなり大粒の涙をぽろぽろこぼした。

「どうしたんだよ?!」

「うぅ……、だってぇ……」

 大方、仕事で理不尽な目に遭ったのだろう。アンナは仕事はとても出来るが、中流家庭育ちで高等学校までしか出ていないため、大学卒の富裕層が大半を占めるあの会社の中で何かと苦労をすることが多い。たまたま金持ちの家に生まれた、と言うだけで偉そうにしている能無しに彼女が蔑まれているかと思うと、腹立だしくなる。

 泣きじゃくるアンナを慰めながら、エドはあることに気付く。

(そう言えば、メアリが泣いたところを見たことがないような……)

 ごくごく稀にぽろりと弱音らしきものを吐くことはあるが、あからさまな愚痴を吐いたり、誰かに甘えたりしたことがあっただろうか。


 メアリは極度の甘え下手で、アンナのように恋人の前で泣いたり弱音を吐いたりとかも出来ないのかもしれない。もしかすると、そういう部分が、彼女が恋人と上手くいかなくなる原因なのでは……。


「聞いてくれてありがとう。……すっきりした」

「そりゃ、良かったよ」

 アンナは泣き腫らした顔で照れ臭そうに笑う。素直に泣いたり笑ったりする彼女は、年上ながら本当に可愛いと思う。

「……ごめんね、来てくれた早々、愚痴っちゃって」

「いいって、気にすんなよ。とりあえず元気になったみたいだし」

 エドはアンナの頭をポンポン撫でる。

「……へへっ、エドの掌大きいから、頭撫でられると気持ち良い」

「子供かよ」

「お子様に子供扱いされちゃった」

「誰がお子様だっ」

 元気になった途端、こうだ。女って奴は現金なものだ。

「……なぁ、アンナ。お前、メアリと時々飯食いに行ったりしてるだろ??あいつが婚約者と別れた理由とか聞いてるか??」

 エドはふと気になり、アンナに尋ねる。

「それは女同士の秘密よ。君には教えないわ」

「……あっ、そう……」

(……聞くだけ無駄だった……)

「ただね……」

「……??……」

「いつも恋人と別れる時に『君は僕がいなくても一人で生きて行けるよ』みたいなことを言われるのが辛い、って言ってた。多分、あの子はしっかり者の反面、男の人に甘えるのが下手なのかも」

「アンナもそう思うのか??」

「うん」

 やはり、自分が思った通りなのでは、とエドは確信めいたものを持ったのだった。



(5)

 その日、エドとフレッドは珍しくメアリから飲みに誘われた。


「珍しいな、お前から俺達を誘うなんて」

「一体何があったんだ??」

 最初の一杯目の飲み物が届き乾杯をした後、二人はメアリに問う。

「……ちょっと、二人に相談があって……」

 エドとフレッドは顔を見合わせる。メアリから相談を持ち掛けるなんて、恐らく初めてのことだ。

 メアリは言いにくいのか、中々言葉を切り出せずにいたのだが、意を決したのか深呼吸して話を切り出した。

「……ルーのことなんだけど……」

「??」

「……実は……、……彼に告白されたの……」


 エドは飲んでいたビールを危うく吹き出しそうになった。隣を見ると、フレッドがむせたのか派手に咳込んでいる。


「……そ、そんなに可笑しい?!」

「……いや、可笑しくはないんだが……。その……」

「……何よ……」

「……これまた意外だな、と……」


 ルーは頭も良ければ人柄も良く、音楽の才能もある。しかし、女性より小柄で女の子のように可愛らしい容姿が仇となり、こと恋愛沙汰に関しては損をすることが多い。故に、彼自身も「俺はそういうの向いてないんだ」と消極的であった。それが一体どういう風の吹き回しなのか。


 メアリはルーより三歳年上で、身長も彼より一〇㎝も高い。性格も勝気で男勝りだし、仲が良い相手には容赦なく厳しいことを言ってのける。特に、彼女と最も付き合いの長いフレッドやエドとのやりとりを見ている訳だから、一番素に近い彼女を知っているので分かるはずだ。  

 何より彼女の恋人の条件である「自分より背が高くて、心身共に強い人」の内、精神的に強い部分以外は外れている。


「……とりあえず、何回か二人で会ってから考えることにしたの……」

 二人は意外に思った。今までの彼女なら、自分より背が低い時点で即断ったはずだからだ。

「……で、二人で会った訳か」

「……えぇ……」

 メアリの話によると、初めて二人で会った日、メアリは新しい靴を履いていた。しかし、慣れない靴だったため、歩いてる内にだんだん足が痛くなってきたが、ルーに気を遣わせてはいけないと、素知らぬ顔して歩き続けた。そしたら、目的地は随分先にも関わらず、ルーが近くの公園で休憩しようと言ってきたのだ。彼は、メアリが足を痛めていたことに気付いていたのだ。

 メアリはこのくらい大丈夫だと言い張ったが、「無理して歩くのは辛いだろうし、痛いの我慢することに気がいってしまって、楽しむ余裕までなくしてしまったらつまらない一日になってしまうよね??」と諭され、結局その日はずっと公園のベンチで喋るだけで終わってしまったという。その間も彼はメアリの足を気に掛け続け、途中で冷やしたりしてくれたらしい。

 自分のせいで予定が狂ってしまったと、メアリはひたすら謝ったが、「メアリさんとたくさん話せたから、俺は凄く楽しかったよ。返ってこっちの方が良かったかもね。辛い時とかはちゃんと言えばいいんだよ。君のことを大事に思う人なら、快くそれなりに対処するはずだから」と言われたという。

「……あんな風に私に言ってくれた人、初めてだったの……」

 メアリは少し嬉しそうに、はにかみながら話す。

「……で、その様子だと、あんたもまんざらじゃないみたいだな。だったら、素直にルーと付き合えばいいんじゃないのか??」

 フレッドがニ杯目のグラスに口を付けながら言う。

「…………」

 メアリは黙り込む。どうやら、迷いがあるようだ。

「……まさかと思うが、この期に及んで、ルーの方が背が低いから嫌、とかじゃないだろうな」

 フレッドの問い掛けに、メアリは俯く。

「……図星か」

 フレッドは呆れてため息をつく。

「……ち、違うの……」

「何がだよ??」

「……私は、嫌、じゃない。ただ……、彼が……、付き合い始めはいいかもしれないわ。でも、そのうち、私の方が一〇㎝も背が高いことに嫌になったりしないか。それが怖いの……」 

 必死に弁明するメアリを見て、エドとフレッドは動揺する。

 メアリは、顔を真っ赤にして今にも泣きそうな顔をしていたのだ。未だかつて、こんな弱気な彼女の姿を見たことなどなかったし、いつも強気で前向きなメアリがこんな些細なことで真剣に悩んでいたなんて。意外すぎるのと同時に、ほんの一瞬だけだがいじらしくて可愛いとすら思った。

「あのな、メアリ。よく聞けよ。ルーは見た目こそ小柄で頼りなく見られがちだが、誰よりも人間が出来ているし、誠実さを絵に描いたような男だ。だから、好きなら好きで素直になれば良いんじゃねぇの??」

「…………」

「お前は、ゴチャゴチャといらないことを考えすぎだ」

 メアリはエドの言葉にハッと目が覚めたような顔をする。

「……そうよね……。余計なこと考えすぎたみたい……」

「分かればいいんだよ」

 得意げな顔をするエドにメアリは、「たまには良いこと言うわね、ありがとう」と言い、「たまには余計だ」といつものように憎まれ口を叩き合い、そんな二人の姿をフレッドが愉快そうに眺めるのだった。


(終)

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