9.落ちこぼれ王女と傍迷惑な魔術師
「フィア! 後ろだ!」
「分かってますわ!」
ナガルの声に応え、振り向きざま私は剣を一閃させます。
響く怒号、無数の魔物の屍骸の間を走り通り抜けながら、私こと、ユーフィア・シエラ・リスティアは、只今ナガルたちと一緒に魔物の討伐を繰り返しております。
そう、ナガルたち……なんです。
二人ではないのです。
何時の間にか私には、冒険者仲間が増えていたようです。
それも―――
「煌々たる光の閃光。響け天の導。我は紡ぐ、滅せよ光雷!」
響き渡る魔法の言霊。
瞬間、大地に下り立つ眩いばかりの無数の稲妻。
後に残るのは無残に焼き焦げ、散らばる魔物の残骸。
強烈な、あまりにも圧倒的な魔術を駆使するのは、倒れゆく魔物を恍惚とした笑みを浮かべ眺めている薄茶色の髪の青年。
そう――ルイフィス様です。
さすがは学園一の魔術使いです、すごいです!
初めて間近で拝見いたしました!
ルイフィス様の内面はともかく、繰り出される魔法は本当に見事としか言いようがありません。
ナガルの魔法もすごいと思っていましたけれど、ルイフィス様の魔法は桁違いですわ!
それともう一方――
「フィアちゃん、よそ見している暇はないよ」
どうしてあなたがそこにいらっしゃるのでしょうか?
「ほらほら、自分が使えない魔法に見惚れるのはわかるけど、次の魔物がくるよ」
ですから、あなたはどうしてそこにいらっしゃるのですか? アレフリード様!
事の起こりは昨日まで遡ります。
ミアさんが転生者という衝撃の事実をトマから聞かされた後、私は不覚にも意識を失いました。その間に何があったのかは分かりませんが、気が付いた時にはナガルの家に用意された私の部屋の寝台の上でしたわ。
そうなのです。
私は冒険者をしているときは、ナガルの家を宿代わりにしているのです。
ナガルと出会ったのは、一人で魔物と戦っている――何も知らない私は、無謀にも組合登録もせずに近くの森に入り魔物と遭遇しておりました――私を助けてくれたことがきっかけです。
偶然そこに居合わせただけだとおっしゃっておりますが、私は本当に感謝しております。
もしナガルがいなかったらと思うと生きた心地が致しませんもの。
危ないところを助けてくれたナガルに、ときめきは感じなかったのか疑問に思いますでしょう?
確かにナガルは傍目にも納得するほどの美丈夫です。
助けてくれた時も、銀糸の髪をなびかせその手に持つ剣で魔物を斬りつけておりました。
向かい来る魔物から私を守る様に立つ姿はもう、かっこいいとしか言いようがありませんでしたわ!
思わず、勇者様! と叫んだ私は―――穴があったら入りたい、という心持でした。
そうです。
私は、冒険=RPGと思い、思わずナガルを勇者様と思い込んでしまったのです。
いわゆるこれも一つの忘れたい汚点です―――
今思うと、本当に無知でしたわ。
冒険者というものを甘く考えておりました。
ゲームのようにレベル上げなんてものは存在いたしません。
魔法でも、蘇生なんてものはなく、本当に死にます。
冷静になり、初めて現実を直視したときは震えが止まりませんでしたわ。
ナガルにも助けられた後、たくさんお叱りを受けました。
それはもう、くどくどと―――
そのあとも、ナガルにはいろいろ教わりましたわ。
冒険者組合のこと、依頼の事、魔物の事、そして、剣技や魔法。
そして、市井の暮し方も…。
これにはさすがに頭を抱えましたわ。私は本当に何も知らなかったのです。
落ちこぼれ姫と言われていながらも、やはり城の中で守られていたのですね。
こちらの世界の市井の暮らしに前世の知識は役に立ちませんでしたわ。
まるっきり違いますもの。
本当にナガルには一から教えていただきました。それはもう、いろいろと―――
特に剣術は徹底的にしごかれましたわ……。
命にかかわってきますので手加減なしです。
たとえ怪我を負ってもすぐにナガルが魔法で治療をしてくれますが、本当に怖かったですわ。さすがはSクラスの冒険者。
剣を向け合い対峙するだけで震えが止まりませんでしたもの。
それでも、私のような剣の素人に――なぜか剣筋が良いとほめられました、誰かに教わったのか?とも。記憶にありませんので覚えがありませんわ、と答えましたわ――呆れることなく指導してくれましたわ。
けれど、魔法に関しては、あきらめろと言われてしまいました。
もともとの魔力がなければ無理なのだそうです。
私は極少量の魔力しかないようなので、初心者でも扱える簡単な魔法しか使えないという事です。あこがれていたのですけれどね、大掛かりな大魔法に―――
そのままナガルは私とパーティーを組んで冒険に付き合ってくれたり――そのおかげで組合ランクAにまでランクアップすることが出来ましたわ――宿屋は危険だからと自分の家に泊めて下さったりと、まるで私を守っているかのように常に一緒にいてくださいました。
今思うと、どうして私のような不審な子供を、これほど甲斐甲斐しく面倒を見ていただけたのか不思議でなりません。ナガルに訊いたことはありますが、無言で頭をなでられただけでしたわ。なにか、言えない理由があるのでしょうか?
「気が付いたか?」
私の寝台の横の椅子に腰かけながら、ナガルが心配そうに見つめています。
「もう、朝なのですか?」
私は身体を起こしながら訊ねました。
「ああ…2日後のな」
「2日後!? 私は、そんなに眠っていたのですか?」
思わずびっくりです。
あれからもう2日経っていたようです。
そんなにトマから聞かされたお話が衝撃だったのでしょうか?
自分では気づきませんでしたが、おそらくそうなのでしょうね…。
「ああ…けっこううなされていたぞ」
「そうですか……」
ナガルに心配をかけていたようです。
私の様子を窺うように覗き込んできます。
本当に申し訳ないですわ……。
「なぜ倒れたのか、記憶にあるか?」
「ええ…」
「そうか…」
「訳を訊かないのですか?」
「訊いてほしいのか?」
「訊かないでほしいです――」
小さく呟く私にナガルは僅かに苦笑すると、徐に私の頭をくしゃくしゃと撫でました。
私が言いたくないことを察してくれたようです。
その優しさにほっとします。
ナガルは、もう一人のお兄様のようです。
「飯を食って支度をしたら組合に行くぞ、すでに大方の冒険者が討伐に向かっている」
「分かりましたわ」
それから私たちは、早々と朝食と支度を済ませ冒険者組合に向かいました。
そこでまさかの人物にお会いするとは思ってもおりませんでしたわ!
「ディグ!」
「おお、やっと来たか、ナガル」
「遅くなって済まない。現状はどうなっている」
ナガルは組合の扉をあけ中に入ると、真っ先にディグおじさまにそう問いかけました。
やはり、魔物大量出現を気にしているのでしょう。
私が倒れたりしていなければ、すでに討伐に向かっていたはずですもの。
いつもより厳しい顔でディグおじさまが迎えてくれます。
「大陸中に広がっているのは確かなんだが、昨日キーヤたちからもたらされた情報によれば、どうも王都周辺が特にひどいらしい」
「王都周辺が、ですか!?」
「ああ、そうだ」
驚く私とは別にナガルは何か考え込んでいるようです。
「今回の中心地は、この王都周辺の何処か…ってところか?」
ナガルは思いついたかのようにディグおじさまに問いかけました。
「そういう事になる」
「で、どこに行けばいい?」
「王都北方は山に囲まれてるからな。あの辺りには人も住んじゃいないし、王城の守りも完璧だ、魔物は城に侵入することも出来んだろう。だから、先に南方、西方、東方の討伐からだな。特に東方は人手が少ない、そこへ行ってくれるか?」
「東方……という事は、水霧の森あたりか?」
水霧の森というのは、王都から歩いて一時――2時間――くらいの場所にある、深い霧に覆われた森です。見通しが悪く、油断をすると迷いそうになります。でも水場が多く動物が沢山生息しておりますので、動物狩りには大変重宝されている森でもあります。
「ああ、あそこには魔物の原型と成り得る動物がしこたまいるからな」
魔物は核となる動物を模して生まれると言います。
どういう仕組みなのかは未だに解明されてはおりませんが、魔物の多くが良く見る野生の動物を凶暴化したもののように見えます。数が圧倒的ですので、そこに住む動物たちが魔物化したという訳でもないようです。
それにこれも不思議なのですが、魔物が現れると自然とそこに住む動物たちは別の場所へ移動するとも言われております。危険を察知するのでしょうか?
その弊害で、魔物が現れると動物狩りが出来なくなり、食糧事情にも関わってきますので緊急を要するのです。特に今は収穫祭を控え、さらには白雪落ちる白銀の季節が次期にやってきます。
今回の魔物大量発生は、大陸の死活問題ともなっているので早急の解決が求められているのです。
「あと、これは極秘なんだが…」
ディグおじさまが声を潜めてきました。
あまり他の人には聞かれたくないようです。
「なんだ?」
「神殿が聖女を探し始めている」
聖女様!?
「……魔物を殲滅してもらおうって魂胆か?」
「過去、幾人もの聖女が魔物を殲滅しているからな、縋りたくなる気持ちも分かるがね」
「見つかりそうなのか?」
「王宮の魔術師たちが精霊王の気配を追っている」
「精霊王の気配の先に聖女がいるっていう訳か?」
「そういう事だ」
「で…本当は既に見当をつけているんじゃないのか?」
確信を持ってのナガルの問いかけに、ディグおじさまはにやりと笑いました。
「ああ…どうもこの街にいるらしい」
「それは誰で「あっ! やはりここにいましたね!」す、の?」
私の言葉を遮るように聞こえた声。
思わず振り向いたその先には――
なぜ貴方がここにおりますの、ルイフィス様!?
そこには、輝かんばかりの笑みでこちらに歩いてくるルイフィス様がいらっしゃいました。
「ここに来れば会えると思っていましたよ」
え?
私?
私におっしゃっていますの?
ルイフィス様は、きょろきょろする私の前までゆっくりと歩いてくると、その漆黒の瞳に私を捉えました。
なぜ私の前に来るのですか!?
その瞳で見るのはやめてくださいませ!
貴方の纏う雰囲気は苦手なのです!
ルイフィス様の視線から逃れるように思わず後ずさりました。
そのはずみでナガルにぶつかってしまったのは申し訳ないですが……。
「まさか、本当に冒険者をしているだなんて、やはりあなたは面白い人です」
私の目の前に立ち、見下ろしてきます。
「フィア、知り合いか?」
様子を窺っていたディグおじさまの問いにも答えを返せません。
知っている、なんて言える訳がありません!
「ああ、ここではフィアと呼ばれているのですね。さすがに王「それ以上は言わないでくださいませ!」」
何を言おうとしているのですか!?
思わず、ルイフィス様の口を両手で塞いでしまいましたわ!
頭一つ分くらい背の高いルイフィス様を見上げると、なぜか悩ましげな瞳で見ていらっしゃいます。
私、何か、しましたか…?
ルイフィス様は、ゆっくりと私の手を取ると、包み込むように握り締めてきました。
「な…何をしているのです……?」
「あなたの柔らかい手が私の唇に触れた…その事に感動しているのです。まるで、夢を見ているようですよ」
な…な…なんてことをおっしゃるのですか!
今のは不可抗力ですわよ!
「頬を朱に染めるその姿も初々しいですね」
赤くなどしておりません!
動揺しているだけです!
ルイフィス様は徐に私の手に口づけようとなさいました。
駄目―――!
私は寸前で思い切りルイフィス様の手を振り払いました。
「つれない方だ。…でも、そこがまた面白いのですけれど……」
そう呟かれたルイフィス様は、何が楽しいのか、その妖しいお顔に満面な笑みを浮かべておりました。
「フィア、ここではなんだ、外で話してこい」
私たちの様子を窺っていたナガルがどこか呆れ口調で言いました。
はい……、ルイフィス様をどうにかしろという事ですね。
「分かりましたわ、ナガル」
私はルイフィス様の服の裾をつかむと、無理やり引っ張って外に連れ出しました。
その間のルイフィス様のお顔はとてもじゃありませんが見ることは出来ませんでしたわ。
だって――――
「どうせならその柔らかい手で僕の手を引いてくださればいいのに。でも、貴女のその強引さも素敵です…!」
見れるわけがありません!
怖いです…!
最後につぶやかれた含みを持たせた言葉―――
ルイフィス様……貴方、なにか変な趣向持ちの方ではないでしょうね!?
背後から聞こえる艶やかな声に、私は鳥肌が立つのを止められませんでした。
付き纏われているのは知っておりました。
いつも見ていらっしゃることも―――
実害がないので放置していたのですけれど、なぜこんな所に現れるのですか!?
あり得ないでしょう!
ここは学園でもなく城でもないのですよ!
困惑を隠せず憤る私をよそに、傍迷惑な魔術師は、妖しい笑み全開で私の背後で微笑んでおられました―――
ありがとうございました!




