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7.打ち込まれた楔と暗躍する?者たち≪ネスティ視点≫

 王女と接触したあの日から、私は努めてミアと共にいる時間を持つようにした。

 ミアを守るためでもあるが、王女の行動を監視する意味合いも含まれている。


 相変わらず王女は、よく私たちを見ている。

 気づくと、身を隠しながらこちらの様子を窺っている姿がちらちら見えるのだ。

 どこか呆れを含んだ表情はあの日から変わらない。

 何か、問い質したそうにも見えるが、その小さな口は開くことはない。

 はっきり言ってくれたら良いのに、とも思うが、それは出来ないのだろう。


 シエラは、私を恐れているからな――


 物言いたげな視線だけが、なぜか私の胸に突き刺さる。

 その視線にふと思う。


 ――私は何か忘れてはいないか? …と。


 何かと問われれば返答に困るが、なぜか、そう心に浮かんだのだ。

 きっと、王女の行動を気にするあまり、そう感じたのだとは思うが…。


 そんな気持ちを持て余しながら、王女の想い人を探すのにも余念がない。


 あの日聞こえた王女の言葉――気になる相手、いや言葉を濁していたがおそらく想い人なのだろう。

 その相手がミアに執心ならすぐに見つかるだろうと思っていたのだが、どうも芳しくない。人手を使い細やかに探してはいるが、一向に見つからないのだ。

 進展しない案件に、本当に想い人がいるのかさえ疑問に思える。


 それと、ルイフィスだ。


 なぜかあの日からミアに接触してはこなくなったのだ。

 あれほどの執着を見せていたのに、どういう心境だ?


 ミアが話しかけても軽くかわし、興味ないと言いたげに去っていく。

 それをミアが、信じられないとばかりに目を見開き憤慨する姿に少し戸惑いを覚える。


 これが、ミアか……? と。


 あれほどの慈愛と優しさをもったミアの姿が霞むほどに、その時のミアは別人に見えた。


 目の錯覚だな、ミアがそれだけの事で気分を害するはずがない……。


 なぜか浮かんだその疑念は、一瞬ののちには霧散していた。

 

 それと時を同じくして、王女に纏わりつくルイフィスの姿を目にするようにもなった。

 王女は、軽くあしらっているようにも見えるが、ルイフィスに見つめられ頬を赤く染める様にはなぜか怒りを覚える。

 それを見たアレフリードもなぜか怒りも顕に王女を睨みつけているが、そのアレフリードから逃げるように姿を隠す王女には笑みがこぼれる。


 相変わらず王女は、婚約者殿を嫌っているらしい――


 あの日から少し時は経ち、季節はもう実りの季節。

 学園は、20日間の実りの休日に入っていた。


 私はエスリード様の側近としての役割もあるため、殿下と共に王城へと向かうことになっていた。

 それは父でありこの国の宰相からの指示でもある。


 ――私の名はネスティ・ブレイクス。

 エスリード殿下の側近であり、リスティア王国宰相ブレイクス公爵の嫡男である。




 王城への帰還の日、私は殿下の馬車に同席することになり、そこに王女の姿がないのを少し残念に思った。殿下は、シエラに同席を断られたよ、と笑って答えていたが、内心は酷く落ち込んでいるようにも見えた。


 王女はきっと、卒業後王太子となられる殿下と距離を置こうとお考えなのだろう。

 よく周りを見られているようだから、おそらくあまり甘えてばかりはいられないとでも思っているのでは? と殿下に進言するとなぜか睨まれた――


 王者の資質ありと謳われる殿下の唯一の弱点が王女だと、きっと彼女を蔑む輩は気づいていない。その者達を密かに監視している殿下にも…。


 落ちこぼれ姫。

 シエラ、いや、ユーフィア王女は皆にそう呼ばれている。


 私自身は、一度も言ったことも思ったこともないが、なぜ皆が落ちこぼれ姫というのか理解に苦しむ。

 私からすれば、王女はけして落ちこぼれなどではないのだ。


 ユーフィア王女は、いくら周りからは落ちこぼれ姫と蔑まれていても、自分の成すことを理解している人一倍責任感の強い御方だ。

 何事もなく与えられた責務を果たす姿はいつも凛としていて、その姿におもわず見惚れる事すらある。

 その王女を愛おしそうに見つめる殿下も、きっと王女の本質に気付いているのだろう。

 相変わらずの溺愛ぶりだからな……。


 ただ一つ気になる事があるとすれば、殿下がミアをあんなに愛おしそうな瞳で見つめている場を見たことがない、という事だろうか。

 それを思えば、殿下のミアへの接し方にも疑問が浮かぶ。

 とはいえ、ミアと共にいる殿下は傍目にも判るほど穏やかな雰囲気で過ごされているのだから、大切に思っているのは確かなのだろう。

 心穏やかではいられないが、その時ばかりは、私でも二人の間に割り込むことは出来ない――


 ミアを思う気持ちは誰にも負けない自負はある、相手が誰であろうと譲るつもりはない。


 ―――私は、ミアが愛しいのだ。




 実りの季節2の月、5巡の5日。


 その夜遅く、私はエスリード様に呼ばれ殿下の私室に来ていた。

 殿下はテラスの椅子に座り静かに目を閉じていた。


「…エスリード様」


 私の呼びかけに、ゆっくりと殿下が振り向く。


「待っていたよ、ネスティ」


「本日の予定はすべて終えられていると思うのですが、何かありましたでしょうか?」


「堅苦しい言葉はやめてくれ。今は私的な時間だ」


 苦笑交じりの言葉に軽く頷く。

 側近としての自分より、今は友人の一人として呼んだらしい。


「分かったよ、エスリード」


 そう言うと、殿下は輝くような笑みを見せた。

 おもわずたじろぐほどの――


 私は良く美女のようなという比喩を受けるが、殿下の美しさは、決して女性的なものではなく、存在そのものが見るものすべてを引き付ける要素を持っている。

 王者の風格、とでもいうのか、その存在感に圧倒されることもしばしあるのだ。


「ねえ、ネスティ。君はミアと休日に会う約束をしているのかい?」


「明日、街で落ち合う約束をしている」


 そのことを訊くために私を呼んだのだろうか?


「明日…か」


「何か、都合が悪いのか?」


「…いや、なんでもないよ。久々の休日だ。楽しんでくるといいよ」


 あからさますぎる殿下の言葉の濁し方に疑念を抱く。

 もしかして、ミアと二人で会うことを不快に思っているのか?


「なんだい?」


 顔に出ていたのだろう。

 殿下が問いかけてきた。

 その表情はどこか面白そうにも見えるのは、私の気のせいなのだろうか?


「エスリードは、休日中にミアと会う予定はないのか?」


「ないよ」


「そうですか…」


 何ともあっさりした返答に脱力する。


「ネスティ」


「はい…」


「私は、自分の立場は理解しているつもりだよ」


 告げられた言葉とその意味。

 殿下の表情は先ほどまでとは違いひどく真剣なものだった。


「…それは」


「確かに、ミアは愛おしいと思うよ。

 でもね、いくら愛おしいと思っていても、彼女と共に歩む未来は私にはないよ」


 そう言い切る殿下の言葉に迷いはない。


「エスリード……」


「君はどうなんだい? 公爵家の嫡男として、君は将来ミアを奥方として迎えるのかい?」


「っ…!」


 絶句する!


 ミアを私の妻に?


 そんな事、考えに及んだことすらなかった……。


 突き付けられた問いかけは、僅かな楔となって私に現実を直視させる。

 ミアに恋情を抱くことが、この先何をもたらすのか思い知らされるかのように。

 

 そうだ、仮にミアを妻に望んだところで、おそらくそれは無理だ…。

 ミアとの仲は、周りからは決して認められない…認められるはずがない。何より、身分が違いすぎるのだ。それに私自身、すべての責を捨てミアを選ぶかと問われれば否と答えるだろう。


 ……いや―――なぜ私はミアを選ばないとはっきり断言できるのだ? 

 私は、ミアが好きなはずだろう?

 何よりも優先すべきは、ミアでなければいけないはずだろう?


 微かな疑問。

 ミアより、自らの責を優先すると言い切る自身に戸惑う。

 私は、ミアが何よりも愛しいのではなかったのか? と…。


『ネスティ様と歩める未来がきっと見つかると信じています。いえ、必ず、一緒にいられるわ!』


 突然思い浮かぶ、ミアの言葉と輝くような笑み。

 いつだったか語ってくれたミアの想い。

 私と共にありたいと願ったその言葉は、私との未来が現実に起こり得ると告げていた。

 当時、なぜそこまで言い切れるのかいささか疑問にも思っていたが、それよりも、その言葉に微かな違和感を覚えたことを記憶している。


 そう、記憶していたのだ。

 なぜ、忘れていたのだろうか?

 だがその時は、自分でも不思議なほどにその違和感が消えてしまっていたのだ…。

 後に残ったのは、ミアと共に生きる道があると信じたことだ。

 いや、今でもそう信じている自分が確かに存在する。


 私にはミアと共に生きられる道がある、私は、ミアが誰よりも――愛しい、と。




「愚問だったね。今の君は、ミアの事しか見えていないみたいだから、少し心配になってね」


 黙ったままの私に苦笑交じりの殿下の声が届く。


「それは…っ!」 


「違うかい?」


「いえ……確かに私はミアを大切に思っています。しかし、ミアに好意を抱いているのは私以外にも!」


 そう、ミアに好意を抱いているのは私だけではないはずだ。

 特に王女の婚約者、アレフリードのほうが問題だろう。

 王女の婚約者でありながらミアに執心する彼の方がよほど私より……?


 私より…なんだ?

 なぜ私はこんなにも彼の行動が気になるのだ?

 ミアに執着しているからか?

 本当に……それだけなのか?


 ―――私は、大切な何かを…忘れている?


「アレフリードの事かい?」


「………」


 思考を読まれたかのように問われ、思わず言葉に詰まる。


「彼はねえ〜、なかなか素直になれない難儀な性格をしているからね〜」


 誰のことだ? 

 素直になれない難儀な性格?

 あいつが?


 冗談だろう? と言いたげな私の様子を見て殿下はくすくすと笑い、「訊きたいことはそれだけだから、明日は楽しんでくると良いよ。収穫祭目前で賑わっているだろうから何事もないようにあの子を守ってやってね、ネスティ」と告げた。


 そんな事を言われると、まるで何かが起きるみたいじゃないか!


 予言めいた言葉に首をひねりながら私は殿下の私室を後にした。



 明日の為と思い、早々と殿下の私室から離れた私に、密かに呟かれたエスリードの言葉が届くことはなかった。


 ――危ういね、まったく……。


 呆れ口調とも取れるその言葉を――私は知ることがなかった。




 ◆ ◆ ◆




 月は既に上天にあり、柔らかく光を降り注ぐ。

 ネスティが訪ねてきた時と同じ仕草で、エスリードは椅子に腰かけ目を閉じていた。

 その胸中に何を思うのか、月光に照らされるその表情は少し硬い。


 しばらくの静寂。


 不意に揺れるカーテンの音に目を開けると、そこには苦笑を浮かべるアレフリードが立っていた。


「悪かったですね、なかなか素直になれない難儀な性格で」


 ぞんざいな口調をするアレフリードを咎める事なく、エスリードはゆっくりと目を開けると微かな笑みを零す。


「聞いていただろう?」


「しっかりと…」


「ネスティは相も変わらずミアに夢中だね」


 困ったものだ、と告げるエスリードの目は笑ってはいない。


「それを言うなら、一応、貴方や俺も、ですがね」


 含みを持たせたアレフリードの言葉に苦笑が漏れる。

 アレフリードはテーブルを挟んだ反対側の椅子に腰を掛けると、エスリードに視線を向けた。


「――シエラが街に行く」


 静かな声でエスリードが告げる。


「またですか…?」


 呆れ口調のアレフリードに苦笑いを浮かべながら、エスリードは軽く頷く。


「シエラの唯一の楽しみだからね、引き留める理由がないよ」


「しかし、今回は少し危険ではないのですか?」


 不安げな問いかけ。


「影も動いている。心配はいらないよ」


 ――影。 

 それは、王族に従い王族のみを守る、最強の者たち。

 身分にとらわれずその実力のみで構成されている彼らの正体を知るのは、王族と王族に近しい一部の関係者のみ。


「それでも危険には変わりない。

 ユーフィア様にはあえて影の存在を知らせていないのでしょう?

 彼女は影に守られている事すら知らないはずです」


「そうだね、シエラには教えていないね。自分が守られている事すら知らない。でもね、シエラはそれで良い。守るのは私の役目だよ」


「ですが、今回ばかりは今までと同じという訳にはいかないでしょう?」


 それでもなお不安だという目の前の青年にエスリードは笑みを浮かべながら一つの提案を持ちかける。


「そんなに心配なら、君が動くかい、アルフ?」


 呼ばれた名に一瞬目を見開く。


 殿下はなぜその名を知っているのか?


 そう思いながらすぐに頭を振る。

 殿下ならすべてを見透かしているのかもしれないと――


 アレフリードは困惑のため息を一つ零すと、恨めしそうに王子を見た。


「その名を出されたら行かざるを得ないでしょう」


「元から行くつもりのくせに」


 可笑しそうに笑う王子にアレフリードは肩をすくめる。


「落ちこぼれ姫のお守りは面倒なだけなんだけどなぁ」


 面倒、という割にはその顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

 

「思ってもいないことを言うものじゃないよ」


「良いんですよ、どうせ嫌われていますから…」


 少し投げやりな口調のアレフリードにエスリードは思う。

 確かに嫌われているね――と。


「そう思うのなら、もう少し素直になったらどうだい?」


「おや、殿下は私の味方をしてくれるのですか?」


「私はシエラの味方だよ。シエラが幸せになれるなら、相手は誰でもいい。それこそ貴族以外でもね」


「それ、本心ですか?」


 淡々と答えるエスリードに疑心に満ちた問いかけ。


「どうだろう」


 そう答えるエスリードの笑みは、思わず背筋が凍るほどの壮絶さを纏っていた。

 

 ――地雷を踏んだか?

   

 微かに震える手を握り締めアレフリードはその笑みから視線をそらす。 


「では、姫のお守りに明日街へおりますよ」


「よろしく頼むよ」


「了解」


 そう答えた後、アレフリードは退出の礼をし踵を返す。


「…アレフリード、君はこのままで良いのかい?」


 用事は済んだとばかりに退出しようとする背中に、エスリードの声が届く。

 アレフリードはその歩みを止めた。


「今はまだいい、だがこの先、シエラが誰かを好きになったら君はどうするんだい?

 シエラの心が他の男に傾くのを君は黙って見ていられるのかい?」


「まさか…俺には切り札がありますよ。婚約者という肩書以上のね」


 アレフリードは背中を向けたままそう答えた後、部屋を退出していった。


 エスリードは再び瞳を閉じるとゆったりと椅子にもたれた。

 青白い月光に浮かび上がる其の(かんばせ)に微笑が浮かぶ。


「切り札…ね。

 どこまでそれが通用するのか、お手並みを拝見しよう―――剣のお兄ちゃん」


 楽しそうに――どこまでも楽しそうにエスリードは深い笑みを浮かべていた。


ありがとうございました!

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