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6.落ちこぼれ王女とまさかの転生者?

 私、ユーフィア・シエラ・リスティアは、只今、冒険者仲間であるナガルの家に向かっております。


 先ほど冒険者組合で聞いた魔物大量発生は、まだ発生の中心地が見つかってはいないということで、冒険者たちが今懸命に探しているということです。

 街の住民たちもどこか落ち着かない雰囲気を醸し出しています。不安なんでしょう…。所どころで聖女様に祈りを捧げる人の姿も見えます。

 その視線は、城に隣接する豪奢な神殿に向けられておりました。


 大陸を分断したとされる初代聖女様。

 その身にまとう精霊の守護の力を最大限に発揮したとされ、今でも世界中で神聖視されております。

 その聖女様や共に戦ったとされる英雄様は、各大陸の中心国に建立された世界の唯一神リアンクリスを奉る神殿に眠っているとされております。その神殿の派生で各町や村には教会が建てられてもいます。

 人に干渉しないとされる唯一神より、魔物の脅威から世界を救ってくれた聖女や英雄に対する信仰のほうが強いのです。


 私も秘密ですが精霊の加護を頂いております。

 でも、聖女様のような力はありません。

 大量発生の魔物を殲滅するなんて滅相もない!

 無謀です! 

 精々ちまちまと倒していくだけです! 

 ナガルならもしかして英雄くらいには活躍しそうですが……。


 普通の精霊の守護くらいではそんなものです。もちろんシンファに不満があるわけではありません。落ちこぼれ姫と言われる私を守護してくれているのですから感謝しております。

 おそらく聖女様を守護していたのは、それこそ伝説級の精霊王の守護だと思われますもの。


 人型を取り、人に守護を与えることが出来るのは高位精霊のみと言われております。その中の最上位に位置するのが精霊王です。精霊王は魔物大量発生時に、発生したその大陸に出現するとされていますから、今はきっとこの大陸のどこかで守護するべき人を探しているのでしょう。

 魔物大量発生を殲滅するために……。


 シンファが普通の高位精霊で良かったと思う半面、やはり私は落ちこぼれ姫なんだと自覚する一面でもあります。


「シンファ?」


 肩先で微かにシンファの気配がしました。きっと私の思考を察し気分を害しているのでしょう。


「あなたには感謝しておりますのよ、シンファ。本当よ…」


 柔らかい風が頬を撫でます。

 慰めてくれているの? 

 シンファ?


『後ろ向きすぎだよ、シエラ』


「えっ?」


 その声と同時に頭に感じる微かな痛み。

 ふと足元を見ると小さな小石が転がっておりました。

 どうやら、慰めてくれたのではなく、お怒りだったらしいです…。


 なにも石をぶつける事ないのに……。


 ちょっとむくれる私に微かな笑い声が届きました。




「久しぶりだね、フィア!」


 突然かけられた声。

 その声に前を見ると、大通りの人ごみに紛れ、にこにこと人好きのする笑顔で手を振る青年がこちらに歩いてきました。


「まあ、トマ? お久しぶりです! 元気にしていましたか?」


 トマは、乱雑に切られた見事な金色の短髪と、晴れやかな青い瞳と相まってなかなかの好青年ですわ。 目が少し垂れているのが魅力の一つです。


 1年ほど前、ある依頼の最中に助けたのがきっかけで仲良くなりました。

 彼は、街の商家の息子で、将来を誓い合った大切な幼馴染がいるそうです。会ったことはないのですが、とても可愛らしい人だといつも惚気ています。

 そのトマと約半年ぶりくらいの再開です。


 収穫祭間近のにぎわいを避けるように二人で近くの脇道に入りました。

 

「元気だよ。最後に会ったのは花祭りの頃だから、半年ぶりくらいか?」


「そうですわね」


 花祭りはこの王国の祭りの一つで、緑花の季節1の月、3巡の5日間の間行われます。

 その間、学園も30日間の休日がありますので、私は王女としての役目を終えた後、冒険者稼業に勤しんでおりました。


「フィアは仕事?」


「ええ。今からナガルと合流して依頼を受けますの」


「最近物騒だからね…」


「知っていますの?」


「結構な噂だからね」


 表情を曇らせるトマは、魔物大量発生の噂を知っているようです。


「あなたも、街の外に行くときには気を付けて下さいね」


「分かってるよ。って……あれ?」


「どうしました?」


 突然、私の背後を凝視するトマは人好きのする笑顔を凍らせました。


「うん、あそこにいるの…俺の幼馴染なんだ」


 固い声。

 それにつられ大通りを向くとその先には――!


「えっ…!」


 うそっ!


 なぜ二人がここにいるのですか!?





 私の視線の先には、仲睦まじく買い物を楽しむミアさんとネスティ様がいらっしゃいました。

 ネスティ様は、柔らかい笑みを浮かべながら、ミアさんの話す言葉に相打ちを打っておられます。


 あっ…!

 ミアさんがぶつかりそうになりました! 

 とっさにネスティ様が抱き寄せて事なきを得たようですが、ネスティ様は中々ミアさんを離そうとは致しません。

 もしかして、抱きしめていらっしゃるのですか…?

 ミアさんの頬が朱に染まっておられますよ。

 それよりお二人とも、街中で何をいちゃついておられるのですか!


 というより、なぜ私は二人のいちゃつきを解説しているのですか?


 はぁ…。


 ため息交じりに二人を見ると本当に仲睦まじく見えます。

 落ち着いて周りを見渡せば、女性たちの黄色い悲鳴も聞こえてきます。それに混じって男性の声も?


 やっぱり、街中でもネスティ様の美女?ぶりは健在ですか……?


 ネスティ様のあのような笑顔、初めて見ましたわ…。


 ミアさんには、そのような微笑み方をなさるのですね……ネスティ様。


 なぜか、胸のあたりがもやもやしますが、これはきっと気のせいですね。

 予告もなく二人に遭遇するから、驚いた衝撃ですよね!

 きっとそうです。

 うらやましくなんかありません!


 でも、どうして二人がここに?

 もしかして、休日イベントですか!?

 やっぱり私に邪魔をしろと!

 いやいやいや、無理でしょう!


 今の私はどこからどう見ても冒険者ですもの!

 

 少し混乱する私をよそに、隣のトマの顔を窺うと表情は曇っていくばかりです。


 もしかして、将来を誓い合った幼馴染って、まさか……?


「ねえトマ、あなたの幼馴染って?」


「えっ? あ…ああ、ほらあそこで買い物してる…」


 トマの指差す方向には、雑貨店の店頭で楽しそうに品を見ている、ミアさんとネスティ様がおりました。

 いつの間にか二人は腕を組んでおります―――完全に二人の世界です。


「青銀の髪のまるで美女?のような男の人と一緒にいる人?」


 まるで棒読みのように問い返す私に、トマは口元を引き攣らせております。


「美女のようなって…確かにきれいな人だけど、フィア、彼を知っているの?」


「えっ? し…知りませんわよ。とてもきれいな人ねって思いまして」


 問いかけにあわてて首を横に振ります。


 ――焦った!

 思わず、知っていると言いそうになりましたわ。気を付けなければ…。


 ここでの私は、学園など関係のないただの一般庶民。

 ネスティ様を知っているなどとばれては困ります。彼は、公爵子息であり現宰相の息子でもありますから、ただの庶民が知っているわけがないのです。

 きっとネスティ様も、ここでは身分を隠しているはずですし…おそらくですが。

 

「ふぅ〜ん、そうなんだ? まっいいか。そう、その美女な彼と一緒にいるのが僕の幼馴染だよ」


 すこし疑念を抱きながらも納得してくれたみたいです。


「名前を訊いても?」


「ミア…ミア・リームって言うんだ」


 やっぱり、ミアさんでしたか…。


 なんという偶然。

 トマの幼馴染がミアさんでした。

 ここにきて、神がかり的な確率です。

 トマと出会ったのでさえ本当に偶然なのか、疑問が出てきます。

 それと同時に、ますますライバルキャラに近づいているのに恐れを抱きます。

 ミアさんの中では、きっとトマも攻略キャラなのでしょう、きっと。


「知ってるかな? 今年初めに起きた魔力暴走事件」

 

 トマが、どこか遠くを見るような眼差しでミアさんを見つめたまま問いかけてきました。


「…噂では」


「あれね、ミアなんだ」


「彼女?」


「うん。そのせいで、ミアは王立学園に入学させられたんだ」


 少し悔しげに話すトマは、自嘲にも似た笑みを浮かべておられます。


「魔力暴走を起こすくらいの高魔力保持者でしたの?」


「そんなことなかったんだけど……本当に突然だったんだ」


「不思議なこともありますのね、突然高魔力に目覚めるだなんて…」


「僕もそう思っていたけど、ミアだからね」


 本当に極わずかの失笑。


「どういう事ですの?」


「これ、言ってもいいのかな……? まあフィアだから良いか。少しあっちに行こう」


 突然手を引かれ困惑する私をよそに、トマはここにはいたくないというように、脇道の奥をずんずん歩いていきます。


「ミアさん、あのままでいいのですか?」


「彼、きっと学園の人なんだろ。邪魔すると悪いし、気づかなかったふりをするよ」


 良いの?

 本当に?

 ミアさん、大切な彼女なんでしょう?

 どうして?

 

 問いかけたい言葉は、トマの固く閉ざされた口元が微かに震えているのを見ると何も言えなくなりました。


 トマ、あなた、人が良いにもほどがありますわよ。

 どうして黙っていられますの?


 ねえ、トマ。

 あなたがミアさんをきちんと捕まえていないから、彼女がふらふらしますのよ。

 もう少し、しっかりしなさいな!


 口に出せない苛立ち……完全なやつあたりです。

 分かってます。

 でも、ミアさんが学園でイベントも起こすたびに、それと遭遇する私の巻き込まれ頻度を思えば、さすがに、どうにかしてよ、トマ! と言いたいです。

 言えないけれど――

 

 ちらりと後ろを振り向くと、ネスティ様がミアさんの首に何か――ネックレスなのでしょうか?――かけてあげている様子が目に移ります。

 ミアさんがそれを手に取り、お互い微笑み合っている姿も……。


 微かに感じる胸の痛みとイラつく心はどこから来るのか、自分でも戸惑いながら、トマに手を引かれるまま脇道奥まで来ました。

 八百屋さんの店裏にあたるらしく、空き箱が置いてあったのでそこに腰かけます。

 ここは、ミアさんとネスティ様がいた場所からはちょうど死角になっているようです。




「で、さっきの話だけどさ」


「えっと…ミアさんだからって言っていた事?」


「そう。

 ミアがね、よく言っていたんだ。この世界は自分のための世界なのよ! ってね」


「はぁ〜!?」


 驚きすぎて変な声が出てしまいましたわ!


 あいた口が塞がらないとはこのことを言うのですね。

 本当にびっくりです!

 

「なんでも、自分には前世の記憶があって、この世界のヒロインだとも言っていたよ」


 まさかの転生者…ですか?

 自分のための世界だから、なんでも在りだと――そういう事ですか?


「そのお話、信じていらっしゃるの?」


「まさか! 

 なんで、そんなことを言うのか分からないけど、その話をしているときのミアはすごく楽しそうで、ついつい、そうなんだ、ミアの世界ならミアが最強だねって言ったことがあって」


「それで?」


 微妙に顔がにやつきはじめたトマの話を軽く流し先を促します。


「それでミアが、『そうなの! 私は本当はどこか大貴族の娘で、素敵な男性にたくさん愛されるの』とも言ってたなぁ〜」


 妄想?

 それとも、ゲーム設定?


「…それで?」


「でも、僕が一番ミアを大好きなんだから、それを忘れないでね、と言ったら、凄くはにかんで頷いてくれたんだ」


 これは、惚気?


「……それで?」


「……高魔力保持者と分かって学園に入学したら、それっきり音沙汰がなくなっていたんだ」


 今度は、落ち込みですか!


「………それで?」


「ミアを見たのは半年ぶり。学園に入学してから初めてだよ。まさか、あんな相手がいるなんて」


 唇をかみしめるトマにかける言葉がありません。

 学園でのミアさんの行動を知っている私としては、同情を禁じ得ませんが……。


「それで…トマはどういたしますの? 彼女をあきらめるのですか?」


「決めるのはミアだから、僕は信じて待つだけだ」


 寂しそうながらもはっきりと告げるトマは、いっそすがすがしい程です。

 そこまで、彼女が好きなのですね。

 愛されていらっしゃるのね、ミアさん。心底うらやましいですわ……。


 って、駄目でしょう! 

 そんなことを思っていたらライバルキャラまっしぐらですわよ、私!


「そう…」


 内心の動揺を隠すように努めて平静を装って相槌を打ちます。


「本当のミアの両親は魔物に殺されて、ミアは偶然通りかかった冒険者に救われ教会に預けられていたんだ。でもミアは、それを信じてなくて、あくまでも、自分は大貴族の娘だって言い張っているんだ。神父さんも、寂しさからそう言っているんだろうって誰も訂正していなかった。ただ、頷いていただけだったよ」


 ミアさんは、教会で育てられた孤児みたいです。

 これも、ゲーム設定でしょうか?

 ありがちですが……。

 

「そう…」


「学力もすごくてね。学び舎に入学したときは一躍有名人だったよ、神童だってね」


「そんなにすごかったのですか?」


 驚きです!

 高魔力保持者というだけではなくて、成績も優秀だなんて!


「うん。ミアに言わせれば、前世の記憶を持っていればこれくらい当たり前って言っていたけど…どうしたの、フィア?」


「…なんでもないですわ」


 ガクッっと肩を落とす私を不思議そうに眺めるトマを片手で制し、少しの自己嫌悪に陥ります。

 ミアさんは前世の記憶もちだから成績優秀は当たり前って言うけれど、前世の記憶をもってしても、私は落ちこぼれです。まるで立つ瀬がない……。


 落ち込みながらも、私は一つの疑問をトマに問いかけました。

 下手をすると私自身も疑われかねない禁句の――


「ねえトマ? 彼女、前世の記憶のお話の時、ゲームという言葉を使いませんでしたか?」


「なんで知ってるの!?」


「何となく?」


「なんで疑問形? まあ、いいや。フィアが不思議な人っていうのは元からわかってたし」


 不思議?


「なんですか、それは?」


「ん~、その言葉遣いもだけど雰囲気がね、ただ者じゃないっていうか……。でもこれを言ったらナガルさんに怒られるから言わない」


 にこにこしながらそう答えるトマの顔に私を蔑む要素はなくて、自然と顔に笑みが浮かぶのを止められませんでした。


「何を二人でこそこそと」


「はははっ。

 で? ゲームだったよね? 確かに言ってたよ。自分には前世の記憶があって、この世界はゲームの世界で、自分はそのヒロインだと」


「……そうなの」


 やっぱりこの世界は乙女ゲームの世界でしたのね…。

 ミアさんがそのゲームの記憶を持って転生してきたのなら、確定、ですわね。


「あと、攻略がどうとか、ライバルがどうとかっても言ってたな〜」


「よく覚えているのね?」


「何度も聞かされた。学園入学時はやっとスタートするのね、ってはしゃいでもいたし」


「攻略……ライバル……」


 攻略というのは、学園4強の事でしょうし――トマも含まれるのかな?――ライバルは、やっぱり私?


 先の見えないゲームの展開は、少し怖いです…。


「初めてのゲームだから楽しみってい「えっ!?」って、フィア、顔が怖いことになってるよ!」


 思わず、トマの顔を凝視です。

 表情なんて気にしていられません!


 今、なんて言いました?


 初めてのゲーム?

 記憶もちではなかったのですか?

 どういう事?

 ミアさんは、単なる転生者?

 ただ、この世界を乙女ゲームだと思い込んでいるだけ?

 でもどうして私の前でイベントを起こしているの?

 どうして私と近しい相手と親しくなっているの?

 ミアさんの設定上必要だから?

 私は単に巻き込まれているだけ?


 いったい、どうなっているのですか!?


 ぐるぐる回る思考は、留まることを知らず、私の意識はそこで暗転しました。

 



 ミアさんは転生者。

 これは紛れもない事実。

 でも、ここが乙女ゲームの世界かどうかは、未だにはっきりしていません。


 ただ、途切れる意識の寸前で微かに声が聞こえた気がいたしました。


『君はこれを抑えることが出来るかな? 愛しいシエラ』


 ――と。



ありがとうございました!

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