5.落ちこぼれ王女と冒険者稼業?
実りの季節2の月、6巡の1日
私、ユーフィア・シエラ・リスティアは、今、冒険者組合に来ております。
ミアさんの事はどうしたかって?
乙女ゲームイベントもどきは学園の中だけで十分です!
今は、実りの休日、折角のお休みなんですもの私なりに楽しみます! と言いたいのだけど、そう言ってもいられなくなりました。
昨晩お兄様から聞かされた魔物大量発生の噂。その真偽を確かめるため、街の冒険者組合に向かっているのです。
なぜ、こんなことを平然と出来るのかって?
それには、過去の出来事が関係いたします。
私が初めて城を抜け出したのは、12歳の頃。
お兄様も学園に入り寮生活を始め、両親も忙しくて中々会うことが出来ない状態が続いておりました。 誰も信用できず、自然と一人でいる事が多くなった私の耳に聞こえて来るのは、落ちこぼれ姫と蔑まれる声だけ。
さすがにいやになっていた頃、王宮の庭園、東屋の陰にひっそりとそれはあったのです。
小さなくぼみにはまった黒い石。
興味本位に石を退かしてみたら、なんという事でしょう! そこには地下に続く階段が現れたのです! その時はすぐに元に戻しましたが、次の日、私は着替えを袋に詰め、小さいころから愛用していた剣を持ち、再びその場所にやってきました。
なぜ、王女の私が剣を持っているのか? それは、忘れたい汚点の一つですので、今は割愛致します。
――では話を戻して。
ちょっとした冒険気分です。
荒んでいた心には、活力が必要です。
せっかくの剣と魔法の世界。
堪能しなければもったいないですわ!
当時は乙女ゲームの世界などと、かけらも思ってはおりませんでした。ですから、ただ純粋に好奇心が勝りましたわ。
周りに人がいないのを確認し、石を退かして、階段を下りました。
階段下にも、くぼみと石がありました。それを動かすと、今度は階段が消えました。
それと同時に明かりがともります。階段の開閉との連動なのでしょうか、それとも人に反応しているのかは分かりませんが、とても便利です。さすがは魔法の世界!
階段下は、ちょうど大人が2、3人横並びで通れそうな空洞で、長く道が続いておりました。しばらく歩いていると突き当りになり、またくぼみと石があります。階段の時と同じようにすると、今度は突き当りの壁に扉が出現です。
恐る恐る扉をくぐると、そこには城下の街が広がっておりました!
背後を振り返ると街との間を遮るように張り巡らされている城壁が見えましたわ。
木々の陰になりちょうど死角の位置に扉があったのです。あの地下道は城壁の一部とつながっていたのです。びっくりですわ!
扉の周りをよく観察してみますと、やはりありました、くぼみと石。ちょうど扉のすぐ隣に。
城壁に軽い凹みをつける様にそれは存在しておりました。
地面すれすれの場所ですので、一見すると周りの雑草に紛れて気づきにくいのですが、一度見つけてしまえばすぐに見つけることが可能です。
私は、洞窟内で着替えを済ませると――町の子供に見える服を着用しましたわ。平凡顔なので、おそらく王女とはばれないと思います――意気揚々と街に向かいました。
これが私の冒険の始まりです。
あれから、3年。
何度か城下に足を運び、冒険者組合での依頼を受けている最中にシンファと出会い、今に至ります。
シンファとの出会いは、まあ、いろいろあってこれも割愛したいと思います。そのうち語ることもありそうですが、まずは目の前の事を片づけることが先決。
私は意気揚々と組合の中に入りました。
「よう、フィア! しばらくぶりだなあ、元気にしてたか?」
組合の受付に行くと、短髪黒髪で、筋骨隆々の40代くらいの男性が笑顔で出迎えてくれました。
フィアとは街での私の呼び名です。
さすがに本名を名乗るわけにはいかないでしょう?
王女の名前と似ているから見破る人もいるかと冷や冷やしていた時もありましたが、さすが私。平凡顔のためか、誰一人として気づいておりません。あまり民に顔出ししていないとはいえ、こうも知られていないとなると、喜んでいいのやら悲しんでいいのやらで、結構複雑です。
言葉遣いもそのままなのですが、なぜか誰も何もおっしゃいません。
どこかの令嬢とでも思っておられるのか、はたまた、ただの変わり者とでも思っておられるのか、なぜか生暖かい視線をみなさん向けられてきます。私としては、前者でありたいところです。ただの変わり者っていやですわ。
「元気ですわよ! ディグのおじさまも変わりはありませんでしたか?」
「おう、おれは相変わらずさ」
ディグおじさまは、若いころ冒険者をしていらして、怪我をしたのが原因で冒険者をやめられ組合の受付で働いております。
そうそう、この世界にある冒険者組合はギルドとは呼ばないのです。そのまま、冒険者組合と呼びます。通称組合、またの名を何でも屋。
ギルドのほうがかっこいいのに、と思ったのは内緒です。
「ところで、妙な噂を聞いたのだけど」
「噂?」
「…魔物大量発生」
「お嬢ちゃん、どこでそれを聞いた!?」
その声は、ディグおじさまではなく、すぐ後ろから聞こえてきました。
反射的に振り向くと、私の目に、燃えるような赤い長髪が飛び込んできました。
「あら、キーヤさん、お久しぶりですわ!」
「おう、久しぶり、じゃなくて! さっきのいったいどこで聞いてきたんだ?」
いつからそこにいたのか――気配がありませんでしたわよキーヤさん!――どこか焦りながら問い詰めるキーヤさんはなかなか迫力があります。思わず一歩下がるのは愛嬌。
「街で噂になっておりましたわ」
「ちっ、もう広まってんのか」
「まずいですの?」
「かなりな…」
苦虫をかみつぶしたようなお顔で話すキーヤさんは、見た目10代、実年齢30代という恐ろしく若い容姿をしております。
一際目を引く赤い長髪は後ろで一括りにまとめられ、深い緑の瞳という組み合わせに、初対面時、クリスマスカラー? と思わずつぶやいてしまったのは笑い話です。本人若作りしているつもりはないみたいですのに、童顔――かなり、可愛いお顔をしております――も相まってどうしても年相応に見えないみたいです。
うらやましい…。
性別を間違えられないのは、長身――私より頭二つ分くらい高いですわね――で、全身しっかり筋肉がついておられて、さらには胸元をはだけさせた服を常に着ておられるからです。過去に語りたくない何かがあったらしいとは、お仲間のお姉さんに聞いたお話です。その時、深く追及してやるな、とも言われました。いったい何があったんでしょう?
「城に応援要請を出したが、それでも止められるかどうか…」
ディグおじさまが、心配げに言います。
ええ、それは昨晩お兄様がおっしゃっておりました。要請をお受けると言っておられましたけど、ここでそれを伝えるのはまずいですわよね。
「500年前の大量発生は、フィアンティール大陸で起こったんだよな?」
フィアンティール大陸、それはこの世界にある3つの大陸のうちの一つです。
世界は唯一神リアンクリスが造ったとされ、もともとは一つの大陸だったものが太古の魔物大量発生時の戦闘で3つに分かたれたと伝えられております。
世界の中心に位置するフィアンティール大陸。西に位置するホンディール大陸。そして東に位置するリーズステア大陸。それぞれの大陸には中心になる大国と多数の国家からなり、他大陸には不干渉の密約が交わされております。
それぞれの大陸内では小競り合いが頻繁に起きているみたいですが、実際目にしたことがないので詳しくはわかりません。
私の生まれたリスティアはリーズステア大陸の中心国になります。
そして、不干渉を貫く他大陸への密約はある一つの条件発生時のみ解除されます。
それが、魔物大量発生です。
そのため、中心国の王族のみ発動できる、大陸間転送装置が各大陸に設置されているのです。
「ああ、文献ではそう伝わってる」
「今回はここってか? 冗談じゃないぜ!」
ディグおじさまの答えにキーヤさんはやってられないとばかりに投げやりな言葉でかえしました。
魔物大量発生は数百年に一度、どこか一つの大陸で発生します。同時に多数の大陸では発生しないので、ある意味自然発生に近いものがあるのです。ですから、誰にも予測できません。意図的にと言われても、誰が?という疑問が残ります。
「だが、何とかして食い止めないと、被害が大きくなるばかりだ」
ディグおじさまの声に少しの沈黙が落ちる。
「それで? 大量発生地点は見つかったのですか?」
魔物大量発生には法則があって、必ずと言っていいほど中心地が存在いたします。
「討伐しながら探してはいるんだがなあ。あまりに分散されすぎてて、見つけにくいんだよ、これが…」
ディグおじさまがお手上げ、とばかりに落胆していらっしゃいます。
「分散?」
「リーズステア大陸全域だ」
「大陸中なのですか!?」
「ああ、そうだ…」
大体、大量発生は中心地から徐々に大陸中に広がっていきますのに、初めから大陸中ってどういう事ですの? もう、かなりの広範囲に広がりすぎているってこと? 手遅れ?
「もともと魔物は発生していたが、脅威を感じるほどじゃない。だがな、ここ3か月前からの増え方は尋常じゃないぜ。特に実りの季節に入ってからは異常だ。明らかに伝承にある大量発生だと思うんだが、いくら探しても発生の中心地が見つからねえんだよ」
「まずは、そこからってことですの?」
「討伐しながらな」
「それまで、どれだけ被害が拡大するか、考えるだけで恐ろしいな」
キーヤさんの恐れはきっと冒険者として魔物を討伐しているからこそ感じる懸念だと思います。はっきり言って、大量の魔物相手は足が竦みます。一般の民なら尚の事、対処する手立てがないのだから、逃げるしかないのです。逃げ切れればですが……。
「伝説の聖女様と英雄様でも現れてサクッと滅してくれたら楽なんだけどなあ…」
ディグおじさまが呟くように言いました。
伝説の聖女――
遥か太古の昔、この世界がまだ一つの大陸だったころに、魔物大量発生を食い止め、世界を救ったとされる聖女様です。
その方は、精霊の守護を受け、仲間の騎士たちと死闘の末に魔物発生地点を滅したとされております。
その時の傷跡が、大陸分断だとされているのです。
余談ですが、王族につけられる真名はその聖女の名と英雄とされる騎士の名が付けられます。
私は、初代聖女とされるシエラから名づけられました。恐れ多いことです……。
「すでに討伐は始まっているのですね?」
「ランクB以上の奴らはとっくに向かっている」
私は学園にいたから気づきませんでしたが、もう組合では討伐が始まっていたようです。早いですわ。
あれ?
「キーヤさんは行かないのですか?」
どうして?
なぜここにいらっしゃるの?
とっくに討伐に向かっていてもおかしくはありませんわよね?
「遊んでたわけじゃねえよ。何度か討伐にも行った。今は、人を待ってんだよ」
私の問いの意味を理解したのか、僅かに苦笑を浮かべて答えてくれました。
「誰ですの?」
「ゴウマとティカ」
「ゴウマおじさんとティカお姉さんでしたか!」
ゴウマおじさんとティカお姉さんはキーヤさんのパーティーメンバーです。
ゴウマおじさんは、キーヤさんと同じ年齢なのですけれど、体格はすごく大きくてクマさんみたいな人です。キーヤさんとは反対に実年齢よりも上に見られるのが悩みとのこと。二人並ぶと親子に見えますもの。本当に…。
ティカお姉さんは、自称20代の――本当の年齢は教えてくれませんでした――珍しい緑色の長い髪と瞳を持つとても優しげな美女です。
組合に来ると、周りの男性の視線をいつも釘付けにしていらっしゃいます。キーヤさんの事をいろいろ教えてくれたのもティカお姉さんです。
この3人には、よく可愛がってもらっています。いろんな意味で――
「ここで待ち合わせて次の討伐に行こうとしてたんだが、遅れてんだよ」
「そうでしたのね、納得いたしました。
キーヤさんたちは、組合ランクAですものね、このような大事な時、討伐に向かわないなんてことはあり得ませんものね」
「他人事じゃあねえぞ、お嬢ちゃんだってAだろうが」
そうなのです。私、組合ランクAなんです。
簡単にランクの説明をいたします。
ランクの区別は、下からD、C、B、A、Sランクとなっていて、個人依頼でのDランクはほとんど町の便利屋さんです。ある意味、組合の別名――何でも屋――を忠実にこなしていると思いますわ。
Cランクは、魔物の出現しない近場での収集依頼や、食糧になる動物の狩り。そして、Bランクから上級になると魔物狩りが依頼に含まれます。
組合ランクを上げるには、上級ランクの人とパーティーを組み上級ランクの依頼を達成し、その実力を認められれば組合に推薦してもらえます。其ののちに、ランクアップテストを経て、晴れてランクが上ががるという仕組みです。
ただし、AランクからSランクのみは特殊で、組合長――組合長は元Sランク冒険者がほとんど――の推薦が必要。因みにSランクは魔物凶悪種個体を単体撃破可能でなければ、推薦されないしランクを上げることも不可能です。
組合は、安心安全が基本ですので無謀な依頼を冒険者に受けさせません。中には、命の危険を顧みない人もいますが、そういう人たちは、何処かにひっそりと存在する闇冒険者組合に行きます。
そこは、依頼達成の成功報酬はありますが、達成されなかった時の違約金を支払うリスクはありません。その代わり、依頼支度金がなく命の保証はされません。あくまで、自己責任です。
私は、冒険者組合ランクAを名乗っております。
「もちろん私も行きますわ。どうせなら、一緒に行きますか?」
「ナガルの旦那にぶっ飛ばされるわ!」
間髪入れずに断られました。
どうして?
ナガルはそんなことをしませんわ。
ナガルというのは、私のパーティーメンバーで、なんとSランク保持者です。
初冒険時に偶然知り合い、それ以来の付き合いになります。
厳しいけど、すごく優しい人で、あまり笑っているところを見たことはありませんけれけど、面倒見の良いお兄さんです。
若干23歳のナガルは、少しくすんだ銀糸の髪と琥珀の瞳を持つ美丈夫で、その剣技も魔法も超一流! 城の近衛騎士団に推薦したいくらいですわ!
それとなく訊いてみたことはありますけれど、自分は平民だから冒険者をしているっておっしゃっていました。どうも騎士団に入るより収入が良いらしいです。
「ナガル、そんなに怖いですか?」
「あいつが怖くないわけねえだろう!」
憮然とした様子のキーヤさんに笑いが込み上げます。
怖くありませんのに〜。
大まかな話を聞いた私は、ナガルと合流するべく組合を後にいたしました。
ゴウマおじさんとティカお姉さんに会えなかったのは残念です。でも、もしかしたら討伐先で会うかもしれません。キーヤさんと合流したら、きっと討伐に向かうと思いますから。
私がこうやって街で冒険者をしているのは、最初こそ城に居たくないのと好奇心からでしたが、今では、私が私らしく在れる唯一の場所だからです。
街の人も優しいし、冒険者仲間は誰一人として私を蔑んだりしないもの。
ですから、本当は駄目だと理解していても、私は冒険者をやめられないのです。
私はナガルと合流するため彼の家へと急ぎました。
その途中でまさかの乙女ゲームイベントもどきに遭遇するとは夢にも思わずに――
ありがとうございました!