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4.落ちこぼれ王女と実りの休日

 少し涼しさを感じる実りの季節です。

 収穫祭を間近に控え、国中が浮足立っております。


 私、ユーフィア・シエラ・リスティアは、本日、城下の街に来ています。

 髪を高くひとまとめにし、服装はよくありがちな冒険者風。あまり国民に顔出ししない私でしたから、誰も王女と気づきません。


 なぜ私がここにいるのか、それは、昨晩の事です。と、その前に、この世界の暦事情をお話し致します。


 まずは、この世界には、前世と同じく四季があります。

 前世で言うところの春は緑花の季節。夏は蒼空の季節。秋は実りの季節。冬は白銀(はくぎん)の季節と呼ばれております。


 暦で言えば、1年は360日で、ひと季節は3か月ずつです――1の月、2の月、3の月と呼びます――。1か月は30日で、一週間――こちらでは巡と呼びます――は5日で、6巡で一月です。あと巡の最後の日が休日になります。


 月が12か月あるのは前世と同じなのですが、呼び方がこちらでは違います。

 たとえば、緑花の季節1の月、2巡の4日。

これは、緑花の季節内の1の月、その2巡目の4日目の事をさします。略して、緑花1の2の4とも言います。

 最初はなんなのこの面倒な暦の読み方は!と思っていましたけど、さすがになれました。

 

 それにならって今現在の暦は、実りの季節2の月、6巡の1日です。




 時は少し遡り、ミアさんの乙女ゲームイベントもどきに惑わされ、陰でこっそり見ていた私に気付いたネスティ様との邂逅の後、なぜかルイフィス様に再び付きまとわれ始めてしまいました。


 それも飛び切りの笑顔付きで…。


 不気味です。


 ミアさんに執着し始めてからは、私など見向きもしなかった彼がどういう風の吹き回しでしょう。

 困惑する私をよそに、「君の力のことは知っていますよ」とか、「誰にも言いませんから、安心してくださいね」とか、私には理解不能なことばかり言ってきます。本当に訳が分かりません。


 私の力ってなんなのでしょう?

 私は落ちこぼれ姫ですよ?

 力なんてあるわけないでしょう!


 精霊の守護は受けていますが…。

 

 でもこれは、慎重に隠していることだから、ばれる事はないはずです、たぶん……。


 彼は学園一の魔術使い。その力も、魔力量も桁違いです。とすれば、微かな精霊の存在を感じ取ることが出来るのでしょうか? 


 どこかで、シンファと話しているところを見られた…とか?


 考えれば考えるほど埒があきませんので、彼については実害がないので放置しています。

 今では、隙があるとすぐに私のそばに寄ってきます。無視を決め込んでいますが、さすがにイラつきますわ。

 

 ルイフィス様は光を受けると金色にも見える薄茶の髪と深淵の底のような漆黒の瞳を持つ、見た目は大層な美形ではありますが、お兄様のようないかにも王子様的なキラキラ美形ではなく、ネスティ様のような絶世の美女?な美形でもなく、アレフリード様のような精悍な美形でもなく、どこか妖しい雰囲気を纏う美形さんです。


 油断すれば、その漆黒の瞳に囚われそうになりますもの、危険です…。

 そのたびに、アレフリード様が剣呑な目で私を見ているので、さらに怖いです。

 なにを言われるのやら……。


 ネスティ様はあれからミアさんと一緒にいる事が多くなったような気がします。

 時折、こちらを気にしているようにも見えますが、私が何かするとでも思っているのでしょうか? 

 心外です…。


 ミアさんは相変わらずイベント?をこなしているようです。

 私も相変わらずよく遭遇しますもの。ため息しか出ませんが…。


 もろもろあって、私の中でいまだに乙女ゲーム説は消えていません。




 王立学園は、実りの季節2の月、5巡の1日から休日に入りました。収穫祭を終えた実りの季節3の月、2巡の5日まで20日間の連休です。

 学園では実りの休日と呼んでいます。


 その実りの休日の間は、収穫祭に向け王宮でもいろいろ行事がありますので、私とお兄様は城へと戻っていました。

 他の学生たちも、ほとんど実家に戻っていると思います。ただ、ネスティ様はお兄様の側近としての役目もありますので、城に一緒に帰ってきました。さすがに馬車は別です…。


 そんな休日が始まって5日目、収穫祭まであと10日と迫る日の出来事。




 ――実りの季節2の月、5巡の5日。


 私に課せられた予定は大方終了し、あとは収穫祭当日のみとなっておりました。

 ただ、城内は変わらないなあ〜とも思いましたが…。

 相変わらず、私を蔑む声が聞こえてきますもの。

 

『お聞きになりました? 第3王女様、また成績が芳しくなかったようですわよ』


『相変わらず、ぱっとしませんのね〜』


『落ちこぼれ姫ですもの』


『姉姫様たちは、その容姿もさることながら、成績も優秀でいらして、学園最難関の総合学科へ通われていらっしゃったのにね』


『エスリード様もですわ』


『言ってはなんですが、比べるのもばかばかしいほどの差ですわね』


『もう少し努力なさればよろしいのに』


『落ちこぼれ姫ですもの、無理ですわよ』


『それに、わたくし弟に聞きましたの』


『あら、あなたの弟君って、たしか学園に通われている?』


『そうよ。その弟が言うのには、王女様、エスリード様やアレフリード様がご執心なさっている娘を敵視なさっていろいろ辛く当たっているらしいですわよ』


『そのお話、わたしも聞いたことがありますわ』


『なんでも平民の娘らしいのですが、魔力特化の持ち主で、心根も優しく、容姿も優れていらしてとても愛らしいそうですわ』


『ご自分にないものを持っていらっしゃるからでしょう』


『アレフリード様もお気の毒よね〜。落ちこぼれ姫と婚約なんて』


『逆らえないからでしょう? アレフリード様なら、相手はいくらでもいらっしゃったはずですもの』


『そうですわよね〜』


 どちらの令嬢たちかはわかりませんが、私の噂に花を咲かせているようです。

 これと似たような噂話も聞こえてきます――城のあちらこちらで。

 いつもの事です。

 今更落ち込みはしませんが、本当に此処には居場所が無いと感じる瞬間です。

 唯一、家族と過ごす夕食の時間だけが救いですね。




 その夜、私はお兄様に呼びだされました。

 なぜか庭園です。

 いくら城内とはいえ、夜の庭園は危険なのではないでしょうか?

 そんな私の心配をよそに、庭園の片隅に造られた東屋にお兄様は一人でいらっしゃいました。


「待っていたよ、シエラ」


「お待たせして申し訳ありません」


 私の背後に控える侍女たちを下がらせ、お兄様は大層美しい笑顔でそっと手を差し伸べてくださいます。

 輝く金色の波打つような長い髪と澄んだ青い瞳のとても美しいお兄様は、本当に私と血のつながりがあるのか疑問さえ浮かびます。おそらく、お姉さまたちもお兄様も王国一の美女と名高いお母様に似たのでしょう。

 私は、お父様似です。

 お父様は、極普通の顔立ちです。

 美女と野獣というほどではありませんが、あの普通顔のお父様が、どうやってお母様を射止めたのか気にはなります。二人は、政略結婚ではなく、恋愛結婚というお話ですもの。


 お兄様に手を引かれ、東屋に設えた長椅子に座ります。

 なぜか、隣にお兄様が腰かけました……。


 なぜに隣?


「シエラ、実りの休日の予定はどうなっているんだい?」


 唐突にお兄様が訊いてきました。


「一通り私の予定は終わらせていますわ。後は収穫祭当日までありません。これからは大人しく勉学にでも勤しもうとおもっております、お兄様」


 とりあえず無難な答えを返します。


「私との時間は作ってくれないのかい?」

 

 そういうと、私の顔を覗き込んできました。

 目の前にお兄様の眩しい笑顔があります。

 凝視できません!

 思わず視線を逸らすのを許してくださいませ!


「お兄様は予定が詰まっておりますでしょう? 少しでも時間が取れるのなら、私との時間より、お体を休めるほうにお使いください」


 少し動揺しながら告げると、お兄様はそっと私の頬に手を添え、自分と目を合わせるように覗き込んできました。

 

「私はシエラと一緒がいいのだけど?」


「…っ!」


 告げられた真剣な言葉。

 一瞬、思考が飛びましたよ!


 間近でそんなことを言わないでください!

 そのキラキラとした顔を近づけないでください!

 お兄様だとしても、ドキドキしますから!

 美形すぎる顔は近くで見ると凶器です!


 極力冷静さを保ちながらお兄さまを軽くにらみます。


「……お兄様、そんなお顔をなさっても駄目です。収穫祭にはご一緒出来るのですから今は我慢してくださいませ」


「シエラは頑固者だね……」


 残念、と告げるお兄様の声はどこかからかいを含んでいるようにも聞こえます。


「お兄様の為です」


「仕方ない、収穫祭まで我慢するか」


「そうしてくださいませ」


 ですから、頭をなでないでください!


「…ねえ、シエラ」


「なんですの?」


 急に声の調子を変えたお兄様は、その瞳に真剣な光を宿していました。


「余り言わないね、ミアとのこと…。気にならないの?」


「………っ!」


 どうしてここでそのような事を言うのですか!?

 気になります!

 気になるに決まっているでしょう!

 言いたいこともたくさんあります!


 でも、言ってもどうにもならないって知っているのです。

 だって、言える訳ないでしょう? ミアさんが乙女ゲームのようにお兄様を攻略しているように見えるなんて、正気を疑われるだけです!


「その顔は、何か言いたそうだね…。 でも、あえて言わないでいるのか、言えないのか、どちらなのだろうね」


 なにも言わず俯く私を、お兄様は独り言のようにそうつぶやいた後、不意に抱きしめてきました。

 包み込むように優しく。


「シエラ、ミアには気をつけなさい」


「!」


 耳元で告げられた言葉に、衝撃のあまり発する声を失いました。

 目を見開く私の瞼に軽く口づけを落とすお兄様は、抱きしめる腕をほどき、お互いの視線を合わせてきました。


 その顔に浮かぶのは、艶やかな笑みです。

 滲み出るような色気があります。

 その瞳から、目が逸らせません。


 本当に私のお兄様は綺麗です……。


 ふと脳裏に浮かぶのは、いつも楽しそうに会話なさっているお兄様とミアさんの姿です。


 その笑みをミアさんにも見せているのですね。


 ――ちょっと嫉妬します。


 ! って、いやいやいや! 駄目でしょう! 

 少し、ライバルキャラになりかけましたよ、私!


「それだけ伝えたかったんだ、もう部屋に戻っていいよ」


 動揺する私をよそにお兄様は何事もなかったかのようにそう告げました。


「…はい、お兄様。お休みなさいませ」


「ああ…」


 お兄様の言葉の意味を半ば飲み込めないまま呆然と立ち上がり背を向けた時、背後から微かに笑う声が聞こえました。

 何かおかしいことでもありましたか、お兄さま?


「あ、そうそう。

 今、城下は収穫祭準備で大変にぎわっているみたいだよ。

 ただ、近隣に魔物が大量出現するみたいで、組合は大忙しみたいだ。城にも応援要請が来ているくらいだからね。

 父上もこれを受けて騎士団を派遣することを検討しているみたいだよ。

 じゃあお休み、可愛いシエラ」


 ――どうしてそれを今言いますの!


 背中にかけられた内容。

 爆弾級のそれに、私は極力平然を装いながら自室に急ぎました。




「いるんでしょう、シンファ?」


 部屋に入るなり扉に鍵をかけ風の精霊シンファを呼びました。


『どうしたの?』


 シンファは、ふわりと姿を現し私の目の前に飛んできました。


「近隣に魔物が現れたって知ってる?」


『知ってるよ。だから言っただろう? いつもの場所、行くんだろう?って』


 シンファの言葉に軽く目を見開きます。


「何時からなの?」


『かれこれ、三か月前かな…』


「そんなに前から……?」


『うん』


「増えているの?」


『まだ、そんな多くないよ』


「まだ…?」


『うん、まだ…』


「お兄様は、大量出現っておっしゃっていましたけど?」


『まだだよ…』


 どっちなのよ~!


 あいまいなシンファの態度に業を煮やした私は、決意しました。

 本当は、もう少し後に行こうと思っていたのだけど、そう言ってもいられないようです。


「シンファ、明日から街へ降りますわ。いつものお願いしますね」


『了解』


 いつもの、というのは、私の影をシンファに作ってもらうことです。

 街に降りるときは城内の隠し通路を使いますが、さすがに留守がばれるとまずいので、身代わりの私を置いていくのです。

 その影と私はそっくりで、意思疎通も可能なのです。

 それになぜか感覚がつながっていて、遠く離れていても影が何をしているのか分かるのです。

 行動も怪しまれませんから、城内の者には影だとは気付かれないのです。


 シンファの力、恐るべし…。


 シンファに出会う以前は、あまり長いこと城をあける訳には行きませんので日帰りで街に下りていましたが、今では長期で城を抜け出せます!


 城を抜け出して何をしているのですかって?

 決まっておりますでしょう! 

 折角、剣と魔法の世界に転生ですよ、することは一つです!



 ――私は城下の街で、密かに冒険者をしております。



 実りの季節2の月、6巡の1日


 この日から始まる一連の出来事が、私の未来を大きく変えることになるなんて、この時の私には思いもよらないことでした。




 ◆ ◆ ◆




 ひっそりと静まり返る庭園の東屋で、この国の第1王子エスリードは、長椅子に深く腰掛け、物言いたげに空を見つめた。

 薄闇の中、周りに人の気配はない。


「聞いていたか?」


『はい』


 静かな問いかけ。

 その問いかけに、答えた声の姿は見えない。


「また、頼むよ」


『分かっております』


「あの子は、きっと行くだろうね」


『おそらく』


 響く微かなため息。

 含まれる感情は案ずるゆえの苛立ち。


「もう少し私を頼ってくれてもいいと思わないかい?」


『それは無理かと』


「………」


 しばしの無言。


「まあ、いいや」


 うなだれるように肩を落とすエスリードは、不意に顔を上げた。


『殿下?』


 瞳に浮かぶのは、鋭利な光。


「愚かだね、本当にこの城内に巣食う者たちは…」


『王女自身が隠されているのですから、気づく者もいないのでしょう』


「そのせいであの子は、一人だ…」


『殿下や陛下たちがおります。それに我々も…』


 告げられた言葉に頷く。


「必ず守らなければ。誰にもシエラを傷つけさせない。―――あの子は大事な宝だ」


『分かっております』


 再びの無言。

 何かを思考するエスリードは、何かを思いついたかのように口の端に笑みを浮かべた。


「今回は彼の協力も仰ごう」


『…良いのですか?』


 問いかけに、エスリードは深く頷く。

 自分の提案に間違いはないというふうに。


「彼はシエラを守ってくれるよ、必ずね」


『ですが、王女は…』


「今私はここから動けない。彼が適任だ」


『もうお一方は?』


 問いかけに僅かに表情を曇らす。


「――様子見だ」


 苦虫をかみつぶしたような声だった。


「シエラに害をなすなら、彼でも容赦はしない」


『それほど危ういですか?』


「ああ……」


 エスリードは長椅子から優雅に立ち上がると、不意に後ろを振り向く。

 誰もいないはずのそこに、いつの間に現れたのか一つの人影があった。


 黒いフードに包まれその姿を見ることは出来ない。

 人影は、エスリードに深く頭を垂れていた。


「時が来たら私も動く。それと、彼女の行動にはくれぐれも目を光らせてくれ」


「承りました」


 一言了承の言葉を発し、人影は闇に紛れるようにその姿を消した。




「シエラ、君が行く道に精霊の加護があらんことを…」

  

 愛しい妹姫の未来を案じ、エスリードはその秀麗な顔を曇らせ、祈るようにつぶやいた。

 


ありがとうございました!

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