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2.落ちこぼれ王女と風の精霊

 私の名は、ユーフィア・シエラ・リスティアと申します。

 リスティア王国第3王女で落ちこぼれ姫と呼ばれております。


 前世の若干の記憶もち――ゲームと小説の事しか覚えていない中途半端な転生者――として転生してきた私は、現在、記憶にない乙女ゲームの世界に転生したのではないかと困惑中。


 偶然と片づけるには頻繁に発生するイベントもどき。

 その相手が、私のよく知る学園4強ともなれば、必然的に、私はもしかしてライバルキャラ?と思ってしまいます。


 でも、それはあり得ません。

 はい、まったく、これっぽっちも!


 なぜかって? その訳は…。


 まず、第1王子エスリード様は私のお兄様です。

 私をとても可愛がってくださいますので、大好きなお兄様です。

 でも、ミアさんにとっては、お兄様との仲を邪魔するシスコンな妹、という設定なのでしょうか?

 

 無理です。


 お兄様は大好きですが、学園卒業後正式に王太子となるお兄様の負担になるわけにはまいりませんので、いつまでも甘えているわけにはいきません。ある程度の距離感を持って接しておりますわ。ですから、お兄様の行動に多少呆れはしましても、邪魔することはありませんわ。


 アレフリード様は、私の婚約者候補。候補ですわ、あくまでも!

 彼との場合、私は、愛しい婚約者――自分で言って鳥肌が立ちます――を奪われまいとミアさんに害をなす悪女でしょうか。


 これも…無理ですわね〜。


 アレフリード様に好意のかけらなんてありませんもの。優しそうに見えて、彼はあれでなかなか毒舌ですものね。婚約が整ったその日に言われた言葉を、一生忘れることはありませんわ。


『王室の落ちこぼれを妻にいただけるなんて、私はなんて幸せ者なのでしょうか。感激のあまり涙が出ますよ』


 こちらこそ、涙が出ますよ。

 その時はあまりの驚きで、涙さえ出ませんでしたが…。


 落ちこぼれ姫…私は皆にそう呼ばれております。


 私には絶世の美姫姉妹と称された二人の姉姫に、文武両道、容姿端麗、比類なき王者の資質ありと称される兄王子エスリードがおります。

 それに比べ末の姫である私は、何のとりえもない平凡な容姿と平凡な学力、因みに魔力も平凡。それゆえに、王族の子としては落ちこぼれと言われるようになりました。


 姉姫たちのように他国から縁談が持ち込まれるわけでもなく、しまいには、厄介払いの如く王家とのつながりを求めるが故の縁談にて、勝手に婚約者を決められ――私は認めていないので候補です――降嫁する前に淑女教育をと言わんばかりに学園に放り込まれ――総合学科に入学できるほどの学力がありませんので教養学科です――今に至ります。

 

 分かってはいたのですけれど、さすがに面と向かって言われるとさすがに傷つきますわね。


 婚約の相手は武の侯爵家リジアス家の嫡男。容姿も優れていて縁談には事欠かないお方です。

 そんな方が、私の婚約者になって下さると聞いた当時は純粋に喜びましたわ。周りの思惑など関係なしにただただ嬉しかったですわ。何せ、乙女ゲーム好きの私は部類の美形好きでもありましたもの。


 でもね、あれだけ貶されるとね。さすがに冷めますわ。

 あの後、両親に婚約は保留にしてくださいと懇願しに行きましたもの。

 相手にされませんでしたが……。


 そういういきさつで、私がアレフリード様に好意を抱くことは皆無です。むしろ彼女とのとの仲は邪魔するどころか心の中では応援すらいたしますわ。


 ネスティ様は兄様の側近であり、この国の宰相の息子でもあります。幼いころの初対面時に絶世の美少女と口走ったことを今も根に持っていらっしゃいます。その時の突き刺すような眼差しが怖くて、未だにネスティ様を前にすると恐ろしくて震えが来ます。

 その彼とミアさんの恋路を邪魔する私? 

 接点もないのに?


 どう考えても無理でしょう。


 彼は落ちこぼれ姫と言われている私を、心の中では蔑んでおられると思いますわ。

 それをわかっているからこそ、彼には必要以上には近づかないようにしてきたのです。

 彼も、会うたびに冷やかな目で私を見下ろしていますもの。おろおろする私をあざ笑っていらっしゃるのですわ。


 でも、決して彼を嫌悪しているわけではありません。冷やかに見下ろしては来ますが、ひどい言葉を投げかけられたことはありませんもの。むしろその容姿は眼福といえるほど美しいのですから、堪能できないのが残念とも思います。


 絶世の美女?の彼は、乙女ゲーム大好きな前世の私からすれば、一押しキャラだったに違いありません。容姿だけですが…。


 ルイフィス様は、学園入学時から、私によくからんでこられて困惑しておりました。

 なぜか、疑いの眼差しを向けるのです。私、何かしましたでしょうか?

 それもこれも、ミアさんが入学してくる前まででしたが…。

 そんな彼と彼女の仲のなにを邪魔すればよろしいのでしょうか?

 無理を通り越して訳が分かりません。

 結果、お好きにどうぞと言いたいですわ! お邪魔は致しませんので。


 そんな彼らですので、私はライバルキャラには成り得ないと思うのですが、なぜこうも、いかにもイベント中という場面に遭遇するのでしょうか?

 やはり、この世界は乙女ゲームの世界なのでしょうか?


 悩みは尽きませんが、私自身、皆に言えずに隠していることもあるのです。


 転生者なのだからでしょうか。

 生まれた時から前世の記憶を持っていた私は、周りからすれば奇異な子供であったことでしょう。幼いころは、現世と前世の境がわからず、よく困らせておりましたもの。


 それでも家族は私を慈しんで下さいました。

 でも、王族と接する貴族の多くが、姉さまたちやお兄様と比較するのです。

 次第に私は周りから落ちこぼれ姫と呼ばれるようになりましたわ。さすがに、直接言って来られる方はいらっしゃいませんが、視線や仕草で分かるものです。明らかに王女である私を蔑んでおられますもの。

 当然の如く、私は一人でいる事のほうが多くなりました。家族以外、誰も信用できなかったのです。


 7歳の時、それと10歳の時に姉さまたちは請われて他国へ嫁ぎました。それから1年後兄様が王立学園へ入学いたしました。日々忙しく王国を守っておられる両親にわがままを言うわけにもいかず、次第に城内に私の居場所がなくなっていたのです。


 侍女たちですら、私には少し距離を置いて接しますもの。それを咎めることは出来ませんし――侍女たちは概ね貴族の令嬢たちですから――おとなしくしておりましたわ。

 表面上は…。


 時折聞こえて来る噂話にも慣れましたわ。私の耳に入ることはないとでも思っておられるのでしょう、 嬉々として噂話に花を咲かせております。

 私自身、気づかないふりをしているのですが、ただ、誰しもが落ちこぼれ姫と蔑んでいるのがわかるのです。いえ、聞こえて来るといったほうがいいのでしょうか。不思議なのですけど、本当に声が聞こえて来るのです。


 それが、隠していることに関係するのですけど…。




『相変わらずだね。シエラは』


 少し笑いを含んだ声は、私の肩先から聞こえました。

 そう、声を運んでいたのは彼です。


「いい加減、ほっといてほしいですわね。

 どうしてこう頻繁に、いかにもイベントです!と言わんばかりの場面に遭遇しなくてはなりませんの?」

 

 肩先で微笑んでいる掌サイズの小さな存在は、人の形をとりながらふわふわと浮いております。淡い碧の髪と瞳の可愛らしい美少年姿のその存在は、周りに誰もいないのを確認してから、私の目の前にふわりと飛んできました。


『大変だね〜。巻き込まれ体質も』


「なにその体質? いりませんわ!」


 僅かに憐憫を含む声音に気分を害する私を面白そうに眺めながら、小さな体を震わせた。笑っていらっしゃる…。


『今は我慢だよ、シエラ。こんな状態は長く続かない』


「わかりますの?」


 小さな存在は、辺りを一瞥すると何かを探るような眼差しを向けてこられました。


『かの精霊は気まぐれだからね。何か理由があって彼女に力を貸しているだけだよ』


「精霊の気まぐれ、ですか? それはあなたもですわよね、風の精霊シンファ」


 そうなのです。今目の前で浮いている小さな存在は、3年前、とある事情で知り合った風の精霊なのですわ。語ると長くなりますので割愛いたしますが…。


 この世界には当たり前のように魔法や精霊が存在しますが、自ら持って生まれた魔力を使い行使する魔法と違い、精霊はその本質が気まぐれであるためか気に入った人間の前にしか姿を現さないのです。まして、人間を守護する精霊は稀なのです。守護精霊を得るということは、強大な精霊の力を手中に収めるということにつながります。


 そう、シンファは私の守護精霊なのです。


 国に知られたら良いように利用されるだけ。家族はきっと守って下さるとは思いますが、落ちこぼれ姫と蔑む者たちは何を仕掛けるかわかりません。保身のためと言われようが、このことを誰にも話すことはないと思いますわ。


『僕はかの精霊ほど気まぐれではないよ。知っているでしょう?』


「そうね。あなたは何の見返りもなく私の守護精霊になってくださいましたものね」


『それは違うかな。ちゃんと見返りはあるよ』


「…え?」


 私、何か差し上げましたかしら? 覚えがないのですけど…。

 シンファを見つめると、その顔に意味ありげな笑みを浮かべていらっしゃいました。


『君の守護精霊になれたこと。

それに、君の名を呼ぶ権利を僕にくれた。それ以上の見返りはないよ』


「なっ…!」


 告げられた言葉に顔が火照ってくるのが分かります。

 私の名などいくらでも呼んでくださいませ、シンファ!

 守護精霊になってくれただけでも有難いことですのに、それが見返りと言われると、さすがに冷静ではいられません。シンファは口がお上手です。


「な…名前を呼ぶ権利など、そんな大げさな。精霊には王族の決まり事など無意味でしょうに」


『…本当に自分の価値が分かっていないね、シエラは』


「ほっといてくださいな」


 動揺を隠すようにそっけなく話す私に、シンファはとても楽しそうに笑っておられます。何がそんなにおかしいのかしら? 失礼ですわよ、まったく。


『ともかく、かの精霊と彼女のことはしばらく我慢だよ。時期が来れば、きっとすべてわかるから。君の疑問含めてね』


「どういう事ですの? 私の疑問って、この世界の事ですわよね? この世界は乙女ゲームの世界ではないの?」


『乙女ゲームって前に言っていたあれだろう? 少女が複数の相手から一人を選んで恋をするっていう?』


 私は前世クリアした、いくつもの乙女ゲームを思い出しておりました。

 家族や他のことは覚えていなくても、ゲームのことは覚えているのです。

 RPGや乙女ゲーム、よほど好きだったのですね、前世の私は…。


「そう、いくつも分岐があっていろんな恋を楽しめるのよ。

 でも、彼女のように複数の殿方を同時に相手にするのは、逆ハーレムと呼ばれていたわ。彼女の行動を見ているとそのエンドを目指しているみたいにみえて…」


『複数の相手を同時にね…』


「こう何度も、まるで相手を攻略しているような場面に遭遇すると、本当に私がライバルキャラでこの世界が乙女ゲームの世界かと思いますもの」


 攻略本片手にクリアした数々のゲーム。

 そう、攻略本片手にクリアしていた前世の私は、自力でクリアしたゲームはありません。今思えば、前世も現世も努力が足りないということでしょうね。情けないことに…。

 それも、おちこぼれ姫と呼ばれる一因ではあるのでしょうけど…。

 ともかく、そのクリアしたゲームの中には、この世界は存在しませんでしたわ。


『いったい何を考えているのだろうね、かの精霊は…。いずれその行動の理由も分かると思うけど、はっきり言えるのは、この世界はそのゲームの世界ではないよ』


「断言できますの?」


『もちろん!』


 自信を持って答えるシンファは満面の笑みで私を見てきますが、本当でしょうか?


「では、彼女の行動の意味は? どう見たって攻略しているようにしか見えませんわ」


 少しの疑心。

 シンファは、心外とでも言いたそうな瞳で私を見た後、その顔に悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべました。何、何を言われるの?


『相手が、君に近しい人が多いからね。気になるのも仕方ないけど』


 探るような問いかけ。


「別に彼らを気にしているわけではありませんわ。彼女に手玉に取られているのを不甲斐なくは思いますが」


 とりあえず無難な答えを。


『本当にシエラは色恋に興味ないね』

 

「えっ?」


 呆れを含んだその言葉に、一瞬思考が停止しました。


 何を言われたのでしょう?


 恋に興味がない?


 誰が?


 私が?

 

「…わ、私にだって気になる殿方くらいおりますわ」


 売り言葉に買い言葉?

 いえいえ、動揺するのは仕方ありませんでしょう。

 そこまで枯れておりません。

 私だって乙女です。自分で言って情けなくはありますが、人並みに恋もしますわよ。


『へえ〜、誰?』


「うっ…?」


 何故急に機嫌が悪くなるのです! まずいですわ、シンファの目が笑ってない!

 急に低くなった声音に寒気が…。


「だ…誰だってかまいませんでしょう!」


『気になるな〜、教えてよ』


 どうしましょう〜。機嫌の悪いシンファなんて初めてですわ。

 こうなったら、白を切るしかありませんわね。


「知りません! 行きますわよ!」


『はいはい…』


 おどけた仕草のシンファに先ほどの冷やかさはなくなっていて、ほっと胸をなでおろしたのは言うまでもないですわ。


 精霊は気まぐれです。気分を害したら何をするかわかりませんもの。

 縁あって、守護精霊になってくれたシンファは大事な私の相棒ですわ。私のことを大切にしてくれているのも分かっておりますし、危険な時には助けてくださいますもの。


『シエラ、そろそろ例の場所、行くんだろう?』


 肩先から問いかけられた意味深な言葉に、満面の笑みが浮かびます。

 私の唯一の楽しみ。

 シンファとめぐり合わせてくれた…。


「もちろんですわ! 次の長期の休みに――」


 楽しみに足取りも軽く、私はシンファとともに学舎へ向かいました。

 

 だから気づけなかった。


 私の肩に乗り、後ろを凝視していたシンファのことも。

 私たちの会話を、いいえ、シンファの声は私にしか聞こえないはずなので、私の独り言をいう姿を、興味深そうに見ていた者がいることを…。


 ―――私は気づくことがなかった。



ありがとうございました!

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