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16.月夜に響く精霊の歌≪アレフリード視点≫

 俺が彼女と知り合ったのは、王国の近衛騎士団団長を務める父に連れられて王宮へ来たことが発端だった。

 暇を持て余し騎士団詰所から抜け出した俺は、王宮の中庭の奥まった場所で、一人の幼い女の子と出会った。


 ユーフィア王女、5歳。

 そしてこの俺――アレフリード・リジアスが7歳の時だった。




「こんなところで何をしているの?」


 なんでこんなところに幼子がいるのか不思議だった。

 しかも、その女の子は無謀にも剣を振り回していたのだから驚きだ。それも、はたから見たら冷や冷やものの腕前だ。危険すぎる…。


「剣の練習しているのよ」


「君みたいな女の子が?」


 見てわからない、とでも言いたげな幼子は、得意げに剣を俺に突出し笑みを浮かべた。


「そうよ。だってこの世界は剣と魔法の世界でしょ?」


 幼子の言葉は不思議な響きを持っていた。確かに言われてみれば、この世界は剣と魔法の世界だと思う。


「…間違っていないけど、剣と魔法の世界…て、君面白い事言うね」


 俺の問いかけに「そうかな…?」と首を傾げる姿も可愛らしくて俺は一瞬でこの子を好きになっていた。


 その後、何度か庭園に来るとやはり幼子は一人で剣を振って――彼女曰く、剣の練習――遊んでいた。


 いったいどこの子供なんだろう? ここにいるってことは、自分と同じで、騎士の娘なのだろうか?


 話を訊くと、彼女は家族が忙しくて誰も相手をしてくれないから一人でいると話してくれた。その姿が寂しそうに見えて、俺は思わず「君が一人なら僕が一緒にいてあげるよ」と告げていた。その言葉を聞いた彼女のうれしそうな笑顔が今でも忘れられない。


 それから何度も彼女と俺は庭園の奥で会っていた。もっぱら剣の師匠と化していたのは、彼女の剣があまりにも危なっかしいからだ。それでも、うれしそうに剣を振るう彼女を見ているのが楽しかった。


「お兄ちゃん、騎士様になるの?」


 だいぶ剣を振るもの様になってきた頃、彼女が俺に問いかけてきた。

 将来は父の後を追いかけて近衛騎士団を目指す俺は迷いなく、そうだよ、と答えていた。その話の流れのままに彼女が何を目指しているのが気になった俺は「君は何を目指すの?」と訊いていた。その後の彼女の返答に目を丸くすることになるのだが……。


 幼い彼女は、自分はお姫様だから何にもなれない、と告げたのだ。


 信じられなかった。

 言われてみれば、微かに姉君の王女殿下たちやエスリード殿下に似ているところもあるが、根本的に王族らしさが見当たらないのだ。淡い金糸の髪に碧玉の瞳をもつ、よく言えば平凡、悪く言うと華がない顔立ちなのだ。俺の困惑を感じたのか、彼女は諦めたかのように「いいよ、おにいちゃん、無理しなくても。みんな言ってるもん。お姫様に見えないって…」とそう告げる。

 その姿が、幼子にしては大人びて見えたのも不思議だが、どこか我慢しているようにも見え、俺は一つの提案を彼女に持ちかけた。


「僕は君の事、小さな剣姫様って呼ぶよ。それでどう?」


「うん! 剣のお兄ちゃん!」


 嬉しそうに、本当に嬉しそうにお兄ちゃんと慕い抱き付いてくる彼女がすごく可愛くて、愛しくて、俺はずっとこの子を守っていこうと心に決めた。




 けれど、それはいつまでも続くものではなかった。

 父に彼女と会っている事を知られてしまった。


「アレフリード! 剣を教えて王女殿下に怪我でもさせたらどう責任を取るつもりだ! この事が陛下や殿下に知られたらなんとする! もう二度とユーフィア様と会う事は許さん!」 


 激昂する父に、そのあまりの剣幕に俺はしばらく放心していた。

 なぜ王女と会ってはいけないのか、なぜ剣を教えてはいないのか、なぜこうも叱責されているのか、訳が分からず当惑する俺は、ただ一つだけ、責任と言う言葉の重さに身体が震えたのを覚えている。


 それでも――彼女と会うのが許されない事だとしても、時折隠れて様子を窺った時もある。


 彼女は、いつもの場所で剣を持ちながらただじっと立っていた。


 小さい体で剣をしっかり抱きしめて、立ち尽くして―――泣いていた。


 駆けつけて抱きしめて、ごめん、と謝りたくて、何度も踏み出しそうな足は、俺を監視する騎士に止められた。会ってはいけない――その騎士はそう繰り返していた。


 それからしばらくして、彼女は庭園に来ることがなくなった―――


 後から聞かされた話は、末の王女が怪我を負い、殿下に剣を持つ事を禁じられたのだという事だった。


 この時ほど後悔したことはなかった。


 俺が側に居れば、怪我なんてさせないのに! 守ってやれたのに!


 そう父に泣きながら抗議し、「そう思うのなら、早く大人になれ! 腕を磨き、ユーフィア様を己が剣で守れるほどに成長して見せろ!」と叱咤された。

 幼さゆえの自身の不甲斐なさと腹立たしさに、まるで抜けない棘が突き刺さったかのように胸が痛んだことを――俺は決して忘れる事はないだろう。




 彼女は、理由も告げず離れた俺を恨んでいるだろうか?

 でも、恨んでいても構わない。


 俺が君を守るから……。大人になったら、必ず君を守る騎士になるから。

 だから、忘れないで…。


 小さな僕の――俺だけの剣姫様。






「守るよ、君を……必ず!」


 傍らに寄り添うように眠る彼女の頬に軽く触れる。

 やっと、ここまで来た。彼女に思い出してもらえた。


 彼女との婚約話は、俺から父に懇願して叶えてもらった事だ。

 ユーフィア王女は気づいていないが、水面下ではブレイクス公爵家嫡男との縁談の話が持ち上がっていたのだ。その噂を聞いた俺は、急いで婚約話を父に持ちかけた。

 リジアス侯爵家にとっても王族との縁組は悪い話ではない、ましてや、剣を振るう事にためらいがない彼女は、武の侯爵家に嫁いでくるにこれほどふさわしい女性はいない、と父に懇願した。

 幼いころの俺たちの関係を知っている父は、意外とあっさり了承してくれた。父にも何か思う事があったのだろうか…?


 ただ一つ懸念があるとすれば、彼女がネスティに憧れを抱いているという事だろうか…。

 いや、おそらくネスティが好きなんだろうと思う。

 キラキラした笑顔であいつの事を話す彼女は、俺の気持ちも知らず、本当に嬉しそうにはしゃいでいた。


 それにネスティもだ。


 あいつも彼女を大切にしていたのは知っている。

 わざとらしく王女に冷めた視線を向け、怯える姿を見て愛おしそうに微笑んでいるのを何度も見かけた。殿下が可愛がっているのを知っているからか、自分も妹を可愛がる気持ちでいたんだろう。

 けれど、俺との婚約が決まった後のあいつは、明らかに俺に敵愾心を持っていた。

 失って初めて自分の気持ちに気付いたという事だろう。

 もう遅いけどね、俺は彼女を譲る気はない! 俺が守る、俺だけのシエラだ。

 それに、俺が彼女の真名を呼ぶことを許されたと知ったら、あいつはどんな顔をするんだろうか? 


『ねえ、僕の小さな剣姫様』


『なあに、お兄ちゃん?』


『君の事、シエラ、って呼んでもいいかな?』


『いいよ、お兄ちゃん…』


 目を閉じ、今にも眠りの淵に落ちそうな彼女は、夢を見ているのか、言葉遣いが幼い口調になっていた。そんな彼女への問いかけに、シエラは深く考えもせず了承してくれた。

 本人、夢の中の剣のお兄ちゃんに許したつもりなんだろうが、目覚めた後、俺に許可したと知ったらさぞかし驚くことだろう。

 それを卑怯だと言われても、許された事だから撤回するつもりはないよ、シエラ。




「…う〜ん」


 寝難いのか、身じろぎをする彼女の頭をそっと自分の膝の上に乗せた。

 俺を膝枕に安心したように眠り続ける彼女に、僅かにため息が出る。


「少しは危機感を持ってほしいね。君に心底惚れてる男がここにいるんだぞ。どうなっても知らないからな…」


 余りに無防備すぎる彼女の顔を覗き込む。

 穏やかな眠り続ける彼女の頬にそっと手を這わせ、顔を近づける。あと少しで唇に触れる、と思った瞬間、背後から凄まじい殺気を感じた。


 誰だっ…!?


「こんなところにいたのか?」


「ナガルさん?」


 今の殺気はナガルさん…なのか? いつからそこに? 見ていたのか?


「フィアは寝ているのか?」


 ナガルさんは何食わぬ顔で俺たちの側に近づいてくると、彼女――シエラの傍に跪き、自分のマントを脱ぎ彼女に掛けていた。そして、そっと涙の後を指で拭うと、俺に視線を向けた。

 

 ナガルさんの目が笑っていない。本気で怒っている――


「…はい、さっき泣かせてしまったので、泣き疲れたんでしょう」


「…それ、殿下に言ってもいいか?」


「やめてください、殺されます!」


 それだけは勘弁してください! エスリード様は、半端なく恐ろしいですから! 妹君を泣かせたなんて知れたら、本当に殺される!


「…で? 何があった?」


「彼女…思い出したんです、俺の事…」


「ああ…剣のお兄ちゃん、か?」


「知っていたんですか?」


 驚いてナガルさんを見ると、怒りを鎮めたのか彼女の隣に座るとため息を一つ零した。


「殿下から聞いている」


「エスリード様は、その事を知っているのですか?」


「あの御方に知らないことはない」


 ナガルさんの返答に思わずガクッと肩を落とした。

 確かに殿下に知らないことはなさそうだ。それも、妹君の事となると言わずもがなだな――


「これからどうするつもりだ?」


「彼女を守りますよ…約束ですから」


「そうか――」


 俺の返答に満足したのか、ナガルさんはそれ以上何も訊いては来なかった。






「ナガルさん…、本当に流風の平原、行かなくていいんですかね?」


 俺はどうしても拭えない懸念があってそうナガルさんに問いかけていた。


「殿下の指示だ、フィアを連れて来るなと厳命されている」


 ナガルさんは、流風の平原で内密に殿下と面談していた。

 その時の事は詳しく話してはくれなかったが、ただ、シエラを絶対に連れて来るなと言われたらしい。


「どうしてシエラを連れて行ってはいけないのか理由が分からないんだけど」


「表向きは聖女の心を乱すなという事だが、本音は危険な場所から離しておきたいって事だろうな」


 本当なのだろうか? エスリード様の事だから何か別の思惑があるような気がしてならない。

 それと、ミアが精霊の守護を受けていたのは知っていたが――身を持って体感したからな――聖女だと知った時は驚いた。それに…この事実をシエラが知ったら……。


 俺はそっとシエラの寝顔を見つめた。

 

「それはシエラにも言えますよ。ミアが聖女だと彼女はまだ気づいていない」


 何も知らず穏やかに眠る彼女の髪に触れながら、俺は、シエラがこの事を、ミアが聖女と知ったらどう思うのか気に懸かって仕方がなかった。


「ミアという少女が聖女だとまずいのか?」


「聖女の側に殿下とあいつがいるのがまずい…」


「ブレイクス公爵家嫡男か…」


「…シエラは、あいつへの気持ちも思い出している」


 そうルイフィスから聞いている。

 まったく、余計な事をしてくれたものだ。

 シエラがネスティへの想いを思い出さなければ、こんなに思い悩むこともなかったのに―――


「お前の婚約者だろ? 記憶が蘇ってわだかまりが解けたんじゃないのか?」


「俺は、彼女のなかでは未だに剣のお兄ちゃんですよ」


 自覚していますよ、俺は…。

 こうやって安心しきって眠れるのも、彼女の中では昔のまま、俺は剣のお兄ちゃんでしかないんだってね。


「……まあ、頑張れ」


「何が頑張れなんですか! 他人事だと思って…」


「他人事だからな」


 弱音を吐く俺に、慰めともつかぬ事をナガルさんは言う。


 ナガルさん、そんな身も蓋もない事を言われるとさすがにへこみますよ俺は! やっぱり泣かせたこと、怒っているんですか?


 ナガルさんは、俺の事などお構いなしにシエラを愛おしそうに見つめている。その姿にもしかしてナガルさんも彼女の事を?と疑わずにはいられなかった。


 勘弁してくださいよ…。ネスティだけでも厄介なのに、ナガルさんまで彼女に好意を持っているなんて最悪でしょう!


 ふと、エスリード様の言葉が思い出される。


『シエラが幸せになれるなら、相手は誰でもいい。それこそ貴族以外でもね』


 あれは、本気で言っていたのか? ナガルさんの想いを分かったうえで、シエラが望むなら誰でも構わないと、本気で殿下はそう思っていたのではないのか?


 ここでいくら思い悩んだところでどうにもならない事くらい理解している。そんな色恋に現を抜かしていられる現状じゃないことも――

 いま起きている魔物大量発生、これを解決しない事には先はない。


 思考を巡らせるのは流風の平原で見た実状。

 数多の騎士の前面に立ち、精霊王の力を駆使し魔物を倒すミアの姿をこの目でしっかりと見て来た。しかし、その力はけして圧倒的な力とは言い難いものだった。

 騎士たちに守られ、魔術師たちの魔法に助けられ、倒れゆく者達を見てもそれが当たり前と言う風体を見せるミアに戦慄した。これが聖女なのか……と。


 だから思わずにはいられない。

 エスリード様は何を思い、ミアを聖女としているのか――と。




「本当に腑に落ちない――」


「何が腑に落ちないのですか?」


 不意にかけられた声に振り向く。


「…ルイフィス?」


 そこには隠れるように木に寄りかかって座っているルイフィスがいた。

 まったく気が付かなかった。気配を絶っていたのか? それより、何時からそこにいた?


「聖女がミアという事ですか? それとも殿下が王女殿下を連れて来るなと言った方ですか?」


 ルイフィスは俺の思考を読んだかのようにそう問い返してくる。

 

「お前に分かるのか?」


「分かりますよ。――だって、本物の聖女は王女殿下だから」


「はぁ〜?」


 告げられた事に思考が停止する。

 聖女? シエラが? 


「……やはりそうか」


「ナガルさん、知っていたんですか?」


 困惑する俺とは違い、ナガルさんはため息とともに呟いた。


「殿下の言動から薄々な…。それに、おまえだってフィアに精霊の守護があることくらい気づいていただろう?」


「それは気づいていましたが…まさか、聖女とは…」


「フィアを守護しているのが精霊王という事か?」


 ナガルさんは、確認するようにルイフィスに問う。


「そうですよ。彼女から感じる精霊の力はただの高位精霊ではありえない。おそらく精霊王なのでしょう」


「ミアは? 聖女を名乗るくらいだ。ミアも精霊王の守護を受けているんだろう? 聖女が2人いるのか?」


 俺の問いにルイフィスはゆっくりと頭を振る。


「違いますよ、ミアの力は偽物です。彼女は精霊の守護を受けているのではなく、ただその力の一部を借りているだけです。そもそも、光の精霊王が人を守護すること自体あり得ない、そうですよね、ティカさん?」


 ティカ? 


 ルイフィスが自分の反対側の大木に目を向ける。そこにはティカさんはじめキーヤさんとゴウマさんも揃っていた。


 なんでみんな此処に来ているんだ? もしかして、俺とシエラの事をずっと見ていたのか? こそこそ隠れて何してるんだよ、まったく!


 顔を引き攣らせる俺に、キーヤさんは目を逸らし、ゴウマさんは僅かに頭を下げ、そしてティカさんは面白そうにルイフィスを見つめていた。


「良くわかったわね、坊や。あなた本当に面白い人ね」


「精霊に褒めてもらえるのは至極光栄なことです」


「精霊? ティカさんが!?」


「そうよ、内緒にしていてごめんなさいね」


 全然悪いと思っていないだろう! 

 ティカさんは驚く俺を見て可笑しそうに笑っていた。


「ティカ、今の話は本当か?」


 ナガルさんはティカさんが精霊と知っていたようで、まったく驚いてはいなかった。その問いにティカさんは僅かに表情を引き締めると眠るシエラに視線を移す。


「…本当よ」


「詳しく話してくれ…」


「それは私ではなく、精霊王本人から訊いた方が早いわ」


 ナガルさんの問いにティカさんは目を閉じると、俺たちには聞き取れないほどの小さな声で何かを呟いていた。


 その声に導かれるように、風が緩やかに渦を巻く――


『ここで僕を呼ぶのかい、ティカ?』


 不意に聞こえた声と、膨れ上がる力の奔流。

 それは、眠るシエラのすぐそばからあふれ出ていた。そして、現れたその姿は――!


「申し訳ありません、我らを統括せし風の精霊王」


 その場に跪き恭順の礼を取るティカさんと、眠るシエラを愛おしそうに見つめる風の精霊王と呼ばれた青年。


「シエラにかかわる事なんでしょう? それなら仕方ないか。初めましてだね、僕がシエラを守護する風の精霊王だよ」


 長い髪を風に靡かせる人外の美しさを持つ青年が、圧倒的な存在感を持って悠然と微笑んでいた。






 その後、精霊王の語る真実はあまりにも想像を絶するもので、そのすべてを納得するのは俺には無理だった。


 なぜミアが精霊の力を持ちえているのかは理解した。光の精霊王がミアを気に入り、気まぐれに力を貸しているという事だから納得できる。


 しかし、なぜシエラが精霊王の守護を受けているのか、なぜ――大陸の、この世界の命運をシエラが背負わなければならないのかは理解できない…。なぜ彼女なんだ? そんな話、到底納得できる事じゃない! だが―― 


 膝の上で何も知らずに眠り続けるシエラの頬にそっと触れた。


 愛おしい、守ると誓った大切な人だ。

 精霊王の告げた真実が覆せない運命なら、何があっても俺が守り切って見せる!

 その役目は、けっして誰にも譲らない!


 俺は誓いのように心に刻むと、そっとシエラの額に――口づけた。




 ◆ ◆ ◆




 闇に浮かぶ月が、薄暗い森に淡く光を放つ。

 大樹の隙間から零れる月光に照らされ、ティカが一つの旋律を歌い始めた。


 シエラの行く末を案ずるように紡がれるその旋律に、そこにいる誰もが聞き入っていた。

 僅かに身動ぎ寝返りを打つシエラは、幸せな夢を見ているのかその寝顔に笑みを浮かべ安らかな寝息を立てている。

 

 ここに居る誰もが願っているのだろう。

 君が笑っていられるように、君が悲しまないように、君を守る盾となろう――と。


 ただシエラの傍で佇む風の精霊王の瞳だけは、悲しみに彩られていた。


『もうすぐだよ――シエラ』


 誰ともなしに呟かれた声を聞く者は一人としてなく、その声音は月夜に響く精霊の歌に溶け込むようにして、消えていった。






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