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14.落ちこぼれ王女と記憶の中の少年

 どうしてここにいるのでしょうか?


 私こと、ユーフィア・シエラ・リスティアは、魔物討伐で水霧の森にいたはずですのになぜか今、城の庭園におります。




 庭園内に設えた池の周りに無数の花々が咲き乱れ、城から庭園に向けては背丈の高い樹木が定間隔で植えられていて、生い茂る木の葉がまるで門のように見えます。ふと、庭園奥に視線を移すと東屋も見えます。覚えがあるここは、明らかに城の庭園なのですけど、何かが違うと感じるのです。何が違うかと問われれば首を傾げるのですけれど……あっ!


 そうですわ! 私の視点が低いのです!


 そう思い、辺りをゆっくりと見渡しました。

 やはりそうですね。どう考えても、視点が低いです。私は今、幼い子供の背丈のようです。という事は…、


「…夢…ですわよね、これは…?」


 おそらくそうなのでしょう。私は夢を見ているのでしょう。小さな剣姫様、とアレフリード様が呼んだその呼び名で、昔を思い出したのですね。なぜあの方がそれを知っておられたのか疑問ですが、今私は昔の夢の中にいるようです。自我がありますので、夢を見ているというより、昔の記憶の中に入り込んでいる、という方がしっくりくるのかもしれません。


 私はそっと目の前にある池を覗き込んでみました。


 やっぱり――


 庭園の池に写る自分の姿は、ずっと忘れていた幼いころの姿です。身体も小さくて、手も小さい。おそらく、5歳か6歳くらいでしょうか……。


 このころの私は、まだ落ちこぼれ姫とは呼ばれてはいませんでしたが、変わり者の姫とか王女らしくないとか蔑まれることは良くありました。それも、ある意味自業自得ではあるのですが……。

 なぜかって? 

 この時の私は、この世界が乙女ゲームの世界とは欠片にも思ってはいなくて、ただRPGの世界に転生したと思い込んでいたのです。夢中になって剣を振り回し、魔法を唱えてはしゃいでいた頃でもありますね。怪我を負ったのが原因で、お兄様に止められてしまいましたが、成長するにつれ自分の行為に恥ずかしくなりました。いろいろありましたから、忘れてしまいたいと無意識のうちに思っていたのでしょう。


 本当に忘れていましたわ……。


 精霊の守護の影響で忘れていた可能性もありますが、これは、自分が望んで忘れていた記憶だと思います。


 まさか……それを思い出す日が来るなんて思いもしませんでした。


『小さな剣姫様』


 思い出したのは、やはりその呼び方ですわね。小さいころ、私をそう呼ぶ方が一人だけおりました。この頃に出会った名前の知らない一人の少年です。


『こんなところで何をしているの?』


 池に写る幻のように揺らぐそれは、一つの姿を映しています。


 この女の子は…私…ですわね?


 そこに写っていたのは、一人で庭園の奥、それも誰も来ない奥まった場所で、一人で剣を振り回して遊んでいた時の私です。おそらく勇者の真似事でもしていたのでしょうね。今思うと本当に恥ずかしいですが…。その時、私の居場所を見つけ声をかけてきた少年がいたのです。短い黒髪の、当時の私より2つ、3つ年上の少年です。


『剣の練習しているのよ』


『君みたいな女の子が?』


 少年は、すごく驚いた顔をしていたのを覚えています。おそらく、剣を持つ令嬢というものもいないのでしょう。確かに騎士団には女の人はいませんもの…。この世界では、女性は守るべき存在なのです…。でも、冒険者には女剣士さんはたくさんおりますのに、と思うと、どこか納得いかない自分もおります。


『そうよ。だってこの世界は剣と魔法の世界でしょ?』


『…間違っていないけど、剣と魔法の世界…て、君面白い事言うね』


『そうかな…?』


 って、何を私は言っているのですか? 剣と魔法の世界って、そんな事をこの少年に言っていたのですか?


『でも、どうして一人でいるの?』


『…誰も、一緒にいてくれないの…』


『家族は…?』


『お父様もお母様も忙しいの。お姉さまたちはお勉強でお兄様は武術訓練に行っちゃった』


『そっか。僕も父上が仕事でいないから一人なんだ』


『お兄ちゃんも?』


『そう、だから君が一人なら僕が一緒にいてあげるよ』


『…私と一緒にいてくれるの?』


『うん』


『ありがとう、お兄ちゃん!』


 一緒に居てくれる、この言葉かすごくうれしかったのを覚えております。そして、このあとなぜかこのお兄ちゃんに剣術を教わることになったのです。今思えば、なぜ剣術だったのでしょうか、とは思いますが……。


『君はすごいね。ちゃんと剣を扱えてるよ』


『本当、お兄ちゃん?』


『本当だよ、振りがまだまだ甘いけどね』


 ふと思い出しました。以前ナガルに、剣術を誰かに教わったのか? と訊かれた事がありましたが、私はこの少年に教わっていたのですね、納得です…。

 

『お兄ちゃんがすごすぎだよ』


『君に負かされるようじゃ、将来王国の騎士にはなれないだろう』


『お兄ちゃん、騎士様になるの?』


『そうだよ』


『…いいなあ〜』


 幼い私の頭を少年がくしゃくしゃと撫でまわすのが見えます。それをうれしそうに目を細めて笑む私の姿も……。


『君は? 君は何を目指すの?』


『わたし? わたしはねえ、お姫様だから何にもなれないの』


『…お姫様? 君が?』


 少年の驚きの声が聞こえます。

 おそらく信じていないのでしょう。

 確かに、平凡顔で、どこにでもいそうな容姿の私は、どこをどう見たって王族には見えませんもの。少年は、私の事を何処かの騎士の子供か何かと思っていたのだと思います。


『嘘だと思ってるでしょ…』


『…いや、そんなことは…』


『いいよ、おにいちゃん、無理しなくても。みんな言ってるもん。お姫様に見えないって…』


『そんなことはないよ!』


『…お姫様に見える?』


 自信無げな問いかけの小さな私に、少年は困ったような顔をした後、何かを思いついたかのように笑みを浮かべました。


『そんなに自信がないの? だったらこうしよう』


『お兄ちゃん?』


『君は剣を持つ小さなお姫様だね。だから、僕は君の事、小さな剣姫様って呼ぶよ。それでどう?』


『うん! 剣のお兄ちゃん!』


 その提案は、ものすごくうれしい事でした。

 私を認めて、私だけの呼び名を付けてくれた少年に、うれしさのあまり、小さい私は思わず抱き付いておりました。


 優しく抱き留めてくれる少年が大好きでした。少年の漆黒の黒髪も、優しい深い蒼い瞳も大好きでした。でも、少年――お兄ちゃんは、ある日を境に姿を見せなくなったのです。

 

 それはちょうど、私が落ちこぼれ姫と呼ばれ始めた頃と重なっていたのです。




 そうでしたわ…思い出しました。私は、あの時すごく悲しかったのですね…。お兄ちゃんもみんなと一緒で私を落ちこぼれ姫と思っている、と……。だから、会いに来てくれなくなったのだと……。


 池に写る小さな私は、お兄ちゃんが来るのをじっと待って、待って、待ちつかれて…泣いているように見えます。


 確かこの後でしたわよね…、一人で剣を振り回したり魔法を使ったりして怪我を負ったのは…。半ばやけになっていたのでしょう。それで、お兄様に止められて、今に至る、という訳ですか…。剣や魔法で遊んでいたことは記憶していますけど、肝心な事が抜けていたのですね……。


 忘れたい……そう願っていたのでしょう。


『シエラ…もう満足かい?』


 肩先から聞こえた声に私は視線を向けます。そこには、淡い碧の髪と瞳の可愛らしい精霊が、私と同じように池を覗き込んでおりました。


「シンファ…この記憶はあなたが見せてくれたの?」


『どちらとも言えない…。シエラが望んで僕が意識を過去に同調させただけだから…』


「私が望んで…?」


 シンファの答えに首を傾げます。私が…望んでいた? どうして…?


『薄々気づいているんだろう? あの少年が誰か…』


 シンファの問いに、私は少年の姿と、良く知る青年の姿を重ねました。

 似ている――とは思います。漆黒の黒髪も、その青い瞳も、少年を大人にすると完全に彼と重なります。


「…やはり、そうなのでしょうか…」


 でも、彼が少年だとすると、なぜ私につらく当たるのか分からないのです。

 小さな剣姫様と私をそう呼ぶ彼は、幼いころの少女が私だととっくに気付いているはずなのに――


『確認したくない気持ちも分かるけど、避けては通れないよ』


「そうですわね…」

 

『じゃあ、戻ろう。みんな心配している』


「分かりましたわ、シンファ」


 目を閉じ浮かぶのは、懐かしい思い出です。

 忘れたいと願って忘れていたのだとしても、私が望んで思い出したのなら、きっと心のどこかでは、お兄ちゃんに会いたい、と願っていたのかもしれません。会って話をして、どうして会いに来てはくれなくなったの…?と訊いてみたいのでしょう。

 でも…今更過去を蒸し返したところで、彼の迷惑になるだけのような気もいたします。

 

 彼は――アレフリード様は私を嫌っているのですから…。


 少しの寂しさを過去に残しながら、シンファに導かれ、私は意識を浮上させました。




 ふと、遠のく意識の欠片に懐かしい声が届きます。


『ねえねえ剣のお兄ちゃん!』


 よほどうれしい事があったのか、小さい私の声は少し興奮気味に弾んでおります。


『どうしたの、小さな剣姫様?』


 優しく訊ねる少年に、小さい私が告げました。


『あのね、昨日ね、すっごくね、きれいなお兄ちゃんに会ったの!』


 ってなに思い出してるのよ、私――!


 それは…ネスティ様に出会った翌日の記憶でした―――






「気が付いた、フィア?」


 優しい声に目を開けると、心配そうに覗き込む新緑の瞳が見えました。


「…ティカ…お姉さん?」


 どこか、寝ぼけているかのような問いかけに、くすくす笑うティカお姉さんの心地よい声が届きます。


「…うん、そうよ」


「…私、どれくらい眠っていたのですか?」


 ゆっくりと身体を起こし、お姉さんの隣に座りました。手渡された水を口に含みながら、一息つきます。

 

「だいたい半日くらいよ」


 そんなに時間が経過していたのですね。

 辺りを見ればもう陽が沈み夜の闇が支配しておりました。微かに天上に輝く月明かりもありますが、森の中まではあまり届かないようで、薄闇の中、焚火の炎がゆらゆら揺れながら辺りを照らしております。


「そう…ですか。他の方は?」


 周りを見渡しても、ティカお姉さんのほかに人影が見えません。暗くて見えないだけなのでしょうか?


「聖女が動きを見せたらしくてね、ここに魔物除けの結界を張った後、ナガルとキーヤとアルフと魔術使いの坊やの四人で流風の平原まで様子を見に行っているわ。ゴウマは魔物の見張りですぐそこにいるわよ」


 ティカお姉さんの指差す方向には、少し離れた木の側にゴウマおじさんがおりました。辺りを警戒していらっしゃるようです。


「アルフと坊やはフィアの側を離れたくなかったようだけど、ナガルに叱責されてしぶしぶって感じだったわよ。よほど心配だったのね…」


「…このくらいの怪我や打ち身でしたら、ナガルに剣を教わっていた頃には普通にありましたもの、大事には至りませんわ」


「ナガルも言っていたわよ。このくらいで騒ぐなってね」


 茶目っ気たっぷりで言うティカお姉さんに笑みが漏れます。心配かけたことは申し訳ありませんが、目覚めてすぐにアレフリード様を見るのはさすがに緊張いたします。今、ここに居ないことに少しほっとしました。


「ティカお姉さんが、ずっとついていてくれたのですか?」


「そうよ、怪我は治療したけど、フィアが目覚める事を拒絶していたから、しばらく待っていたの…」


「……?」


「精霊に導かれて、夢の中にいたでしょう?」


「……! 分かるのですか?」


「ええ…。だって、私も精霊ですもの」


「えっ? お姉さんが精霊!?」


 キーヤさんが精霊の気配を纏っていたのは気づいておりましたが、まさかのお姉さんが精霊でしたの?


「びっくりするわよね? でも、本当よ」


 お姉さんは艶やかに笑うと、一瞬だけその姿に自らの力を纏わせました。それは、私もよく知る精霊の力です。


 ――シンファと…同じ?


 呆然と眺めていると、お姉さんは見惚れるほどの笑みで私を見つめていました。


「改めて自己紹介をするわね。私はキーヤを守護する風の精霊ティカ。因みにティカという名はキーヤがつけてくれたのよ」


「…キーヤさんから精霊の気配を感じたのはお姉さんの力? でも、どうして人間の姿になれるの?」


「えっ? 普通になれるわよ。現に高位精霊は、精霊の気配を絶って人に交じって生活している人もいるわよ」


 どういう事ですか!? 初耳です! 街を普通に歩いている人の中に精霊がいるのですか? そんなの気づきませんわ!


「精霊は気まぐれだから興味が湧けば人に紛れる事もあるの。それで気に入った人間がいれば守護の契約を結ぶ。その時、契約の証で名前を付けてもらうのよ。キーヤ、何時まで経っても若い顔立ちでしょう? あれ、私のせい、私の守護を受けたから若いのよ」


 これもびっくりです。

 若作りしているつもりはないとおっしゃっておりましたが、こういう理由ですか…!


「あの童顔って、お姉さんの所為なのですか!? キーヤさん不老ですか?」


「厳密に言えば違うわよ。ちゃんと年は取ってる。でも、顔だけは若いままよ」


「どうして…?」


「私の趣味」


 お…お姉さん、趣味って…キーヤさん、それでかなり悩んでませんでしたか…?


 ティカお姉さんは、意味ありげに微笑むと「だってその方が楽しいでしょう?」と片目をつむって言いました。そうですか…これも精霊の気まぐれ、という事ですか…。ティカお姉さんが、精霊だと確信を持てた瞬間でした。


 あれ…?


 さっきお姉さん、キーヤさんに名前を付けてもらったって言ってましたわよね? 私…シンファには名付けていないわよ? それに契約ってどういう事ですの? 精霊に守護してもらうには契約が必要な事など、シンファから聞いていないですわ…。


「でも、これは通常の精霊との守護契約。精霊王との契約とは違うわ」


 私の疑問を読んだかのようにティカお姉さんは真摯な眼差しで私を見つめてきました。語る声音も真剣そのものです。


 …精霊王との契約?


「フィア…、いえ、ユーフィア王女殿下」


 …お姉さん?


 ティカお姉さんは、私に向き直ると片膝をついて私を見つめていらっしゃいます。そして、徐に私の手をとると、懇願するように言葉を紡ぎました。


「…貴女様は御自分を守護されている御方が誰なのか近いうちに知るときが来られるでしょう。その時はどうか、その宿命を受け入れてくださいませ。私は…いえ、私達は身命を賭してそれをお助けするとお約束いたします」


「…ティカお姉さん?」


 語られる言葉の意味の殆どを、私は理解することが出来ませんでした。


 シンファが誰かなんて私が一番良く知っております。シンファは普通の高位精霊です。本人もそう言っておりましたし、私もそう思っております。

 

 それが……違うのでしょうか?


 それに私の宿命…と言われましても、落ちこぼれ姫の私に出来る事はたかが知れておりますわよ? せいぜい、魔物を討伐することぐらいしか出来ませんもの。


 それも…違うのでしょうか?


 ふと、前にルイフィス様が呟いた言葉が思い出されます。


『彼女の力は偽物です。そして、貴女は本物。本物の精霊…の守護を受けし者』


 あの時、彼は何を私に言いたかったのでしょうか?

 私が本物って――何の本物?

 私は、何かに巻き込まれているの?

 ただ、私が知らないだけで……?


 困惑する私を抱きしめながら、ティカお姉さんは「大丈夫、何があっても守るから…」と繰り返し伝えてこられます。知らないうちに、身体が震えていたようです。

 怖い…と、思いました。何も知らないという事は、こんなにも怖い事だと――初めて知りました。




「少し休んで」とティカお姉さんに言われ横になる私の脳裏に、ふとミアさんことが過りました。

 彼女は偽物……。前にルイフィス様はそうおっしゃいました。そして、現れた聖女を虚構の聖女とも言っておりました。それはいったい、誰を指してそう言ったのでしょうか?


 ミアさん……なのでしょうか?


 ミアさんが聖女だから、その傍らにお兄様とネスティ様がいらっしゃる、なぜかそう思えて仕方がありません。それに、ミアさんが、この世界のヒロインは自分だと思っているのでしたら、彼女自身、聖女となるのも必然と思っているのかもしれません。

 

 私はこの世界を乙女ゲームの世界と疑っております。それは今も変わりはありません。否定出来るだけの根拠がないのですから疑います。巻き込まれるのは嫌ですもの……。

 そう思っていても、そのことに…ミアさんの起こす行動に囚われすぎて、私は、何か大事な事を見落としているのではないのでしょうか? 考えても埒が明かないことは承知しています。でも、考えずにはいられないのです。告げられた本物の私と…私の宿命というものを―――




 それを知る時――私は、ひとつの決断を強いられる事になるのです。







 



ありがとうございました!

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