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13.落ちこぼれ王女と王国の影

 私こと、ユーフィア・シエラ・リスティアは、只今非常に切羽詰った事態に陥っております。


 キーヤさんからもたらされた殿下とブレイクス家の嫡男という言葉に、思わずお兄様とネスティ様と言ってしまったのです。ルイフィス様は元から知っていらっしゃるから大丈夫ですけれど、他の方は――自称アルフさん除く――私が王女だとは知らないはずなのです。




 俯き混乱する私は誰一人声を発しないことに余計戦きます。もしかして、怒っていらっしゃる?


 意を決して、恐る恐る周りを見渡すと――


 あれっ?


 微妙にナガルの顔が強張ってはいらっしゃいますが、他の方は何故か生暖かい視線で私を見ています。身分を隠していた事、怒っていないのでしょうか…?


「あ…あの…」


 恐る恐る問いかけます。沈黙が怖いです。何か言ってください…!


「あ〜、お嬢ちゃん。そんなに警戒しなくても、俺らはみんなお嬢ちゃんの事は知ってるって」


「えっ?」


 どこか歯切れの悪いキーヤさんの言葉に目を丸くします。


 知って…いる?


「もう良いだろう? ナガルの旦那」


 ため息交じりのキーヤさんの問いかけにナガルは微かに頷くと、徐に私の前に跪きました。そして、ゆっくりと私の両手をとるとまるで落ち着かせるように優しく包み込んでくださいます。


「フィア…いや、ユーフィア王女殿下。今まで隠していたことをお詫びいたします。我らは、王国の影、王家の方々を守る者です。殿下の指示のもと、今まで貴女様をお守りしておりました」


「えっ? 影? お兄様の指示? いったいなんの事ですの?」


 突然告げられたナガルの言葉に私は首を傾げました。言っていることの意味が分からないのです。王国の影? 今まで聞いたこともありません。


「王国の影とは、王族の命にのみ従い王族のみを守る者の事です。殿下には貴女様に決して悟られないよう厳命されておりました」


「お兄様に…ですか?」


「そうです…」


 私が知らされていない事のようです。なぜ、私に言えないのか疑問ですが、何か言えない理由があったのでしょうか? それとも、私に教えるほどの価値はないと思われていたのでしょうか……。


「なぜ、私には教えてくれなかったのでしょう…? やはり、落ちこぼれ姫だからと諦めていたのでしょうか? 知らなくてもいい…と…」


「いいえ、それは違います。殿下は、王女殿下を心底案じておられました。王城内での貴女様の実情を憂いていた殿下は、貴女様が自由に過ごされる場所があるのなら、それがどこであれ守るのは御自分だと、貴女様に降りかかるすべての危惧は自らが背負う、とおっしゃられ、父君と母君を説得なさっておられましたよ」


「えっ…?」


 どこであれ…?


 それって、お兄さまは私が城を抜け出していたことを知っていらっしゃったのでしょうか? 知っていて私を守っていたのですか? 私に気付かれないように、自由で在れるようにと…?


「…お兄様は知っているの? 私の事を…?」


「知っておられます。その上で妹君を守る様にと指示を下されたのです」


「そう…そうだったのですね。私はずっとお兄様に守られていたのですね」


 おかしいと思ってはおりました。

 あれほど城を抜け出して、なぜばれないのか…と。いくらシンファの作ってくれた私の影の存在があるとはいえ、私のちょっとした僅かの変化さえ見逃さないお兄様には、絶対にばれていたはずですもの。お兄様はそうと知っていて、私を守って下さっていたのですね。それと―――


 私は、ゆっくりとナガルに視線を向けます。

 守ってくれていたのは、お兄様だけではありませんわね。


「あなたにも、私はずっと守られていたのですね…。お兄様の命で…私を守っていたのですね…」


 微かに震える声でそう告げる私を、ナガルは僅かに憂いを湛える瞳で見ていらっしゃいました。

 迷惑を掛け続けていたナガルに会わせる顔がありません。

 私は、その目から逃れるように思わず俯いてしまいました。


 ナガル、あなたはずっと私を守ってくれていた…。何も知らない私に、いろんなことを教えてくれて、冒険者としての在り方も市井の暮し方も、全部あなたに教えてもらったことです。


 心から信頼しておりました…。私の居場所がようやく見つかったとも思っておりました。なぜ、私のようなものに親切にしてくれるの?と訊いたこともありましたが、あの時に答えてくれなかったのは、こういう事情があったのですね……。全部お兄様の命令で私を守っていただけ…ようやく理解いたしました。


 でも、どうしてでしょう…そう思うとなぜか胸が痛くなるのです。ナガルに感謝の気持ちは偽りなくありますのに、それが全部命令でと言われると、無性に悲しくなるのです…。


 そして、冒険者仲間だって思っていたキーヤさんたちも……です。彼らもお兄様の命令で私に親切にしてくれていただけ……。王国の影だから、私に優しかっただけ―――


「…王国の影…それがあなた方なのですね? それでキーヤさん…私を守るのが…仕事っ…て…」


 言っていて、なぜか涙が溢れてきました。零すまいと懸命に堪えるも、情けないやら、悔しいやらで心の中がめちゃくちゃです。


 ナガルやキーヤさんたち、ここにいるルイフィス様と自称アルフさんを除く4人はお兄様に命じられて私を守って下さっていたのです。そうとも知らず、私は随分と好き勝手なことばかりして、さぞ迷惑だったことでしょう…。彼らの優しさを仲間だからと勘違いしていた私は馬鹿です、本当に大馬鹿です……。


 彼らは、命じられて私を守っていたに過ぎないのに―――


 しばらく口を閉ざす私に、皆が困惑しているのが伝わってきます。分かっていても、あまりの申し訳なさに顔を上げる事が出来ませんでした。

 



「なあ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが今何を考えているかは何となく察しはつくがな…。それは、お嬢ちゃんの思い過ごしだ」


「…えっ?」


 不意に、場の空気に耐えかねて、とでもいう様にキーヤさんの声が聞こえました。その声音は、すごく優しく、そして真摯なものでした。

 ふと顔を上げると、柔らかな笑みを浮かべるキーヤさんの視線とぶつかります。


「俺らは、命令だけでお嬢ちゃんと一緒にいたわけじゃないぜ」


「…キーヤさん」


「ずっと見てきたからな。ナガルの旦那と一緒に、お嬢ちゃんをずっと見てきた。あのナガルの旦那の訓練にも耐えきり、市井の暮らしにも文句の一つも言わない、そして己の立場に奢らず、自然な笑顔で民に接するその姿も俺たちはずっと見てきた。その上で、俺らはお嬢ちゃんが守るに値する御方と判断したんだ」


 キーヤさんがそっと頭を撫でて下さいます。


「フィアが冒険者でいるなら、私達は仲間よ、それは変わらない。そして王女として在りたいのならその貴女に仕える。私達の覚悟はとっくに決まっているのよ。どちらにせよ、私達は貴女から離れることはないわね」


 ティカお姉さんがこぼれそうな涙を拭ってくださいます。ゴウマおじさんを見ると、ゆっくりと頷いてくれます。


「どうして……私は落ちこぼれ姫で、何も出来なくて、王女としての価値もなくて、どうしてそこまで……」


「貴女が大切だから…ですよ」


「…ナガル」


 ナガルが握り締める手に少し力を込めて言います。


「それに、私は、貴女にとって勇者なのでしょう? 勇者は姫君を守るものですよ」


「ナガル!」


 勇者様と言ったことを覚えているなんて思いませんでした。私は嬉しくて、堪えきれず思わずナガルに抱き付いておりました。ナガルは私を抱き留めると、頭を撫でて下さいます。それはすごく優しくて、温かくて、涙が零れるのを止められませんでした。


 私を認めて下さる人達がいる、それがこんなに嬉しい事だと――はじめて知りました。




「……ありがとう…ございます!」


 涙も止まり落ち着いた頃、私は思わず皆に頭を下げておりました。いくら感謝しても足りないくらいですもの!

 

「こらこら、王女様が無暗に頭を下げない」


「そうそう、これからはふんぞり返って俺らに命じれば良いんだよ、殿下のように…」


「キーヤ、不敬だぞ」


 ふんぞり返るって――お兄様はそんな事致しませんわよ、キーヤさん。


 ティカお姉さん、キーヤさん、ゴウマおじさんの順で告げた言葉に思わず笑みが零れました。


「いいえ、今まで通りでお願いいたします。冒険者の私はフィアですわ」


 そう告げる私に皆は満面の笑みで答えてくれました。






「…えっと…感動的な場面で悪いんだけどさ、僕たち蚊帳の外だよね」


「仕方ないだろう? 俺たちは元から彼女の事を知っているんだし」


「そうだね……。ところで、君はいつまでアルフを名乗るつもり?」


「彼女が気づくまで…」


「とっくに気づいているでしょう? あの避け方は君がアレフリードだと気付いているとしか思えないけど…」


「…そんなんじゃないよ」


「君ねえ…そんな辛そうな顔をするほど抱えるものがあるなら急いだ方がいいよ。彼女…ネスティのこと、思い出しているよ」


「…そうか」


 ナガルたちとの話に夢中になっていた私は、こそこそと話すルイフィス様と自称アルフさんの会話の内容に気づくことはありませんでした。そして、自称アルフさんが苦痛を堪えるかのような瞳で私を見つめている事に――私は気づくことがなかったのです。






 ナガルたちは、キーヤさんから聞かされた情報を元に、これからの行動予定を詰めると言って何やら話し合っております。私に少し休めとおっしゃいましたが、そういう気分にもなれず、目の届くぎりぎりの場所で剣の鍛錬をする事にいたしました。


 いくら皆が守ってくれているとはいえ、足手まといにはなりたくありませんもの。

 それに、キーヤさんから感じた精霊の気配も気になります。いずれ話してくださるのでしょうか? その時は、私もシンファの事を伝えようと心に決めております。彼らならば、それを知ってもいつもと変わらず接してくれると信じておりますから…。




「相変わらず剣の振りが甘いね」


 一心不乱に剣を振っていると、背後から声が掛けられました。振り向くと、そこには自称アルフさんが木にもたれるようにして私を見ていました。いったい、いつから見ていたのでしょうか…? 


「……アルフさん?」


「鍛錬中に失礼…王女様」


 不遜とも取れそうな声音で告げる自称アルフさんは、ゆっくりと私の側へと近づいてきました。 


「いえ…こちらも訊きたいことがありましたもの」


 いい加減、はっきりさせた方がよろしいですわよね。


「…俺に?」


 私はきょろきょろと辺りを見渡し、誰もいないのを確認すると自称アルフさんに問いかけました。


「ええ…単刀直入に伺いますわ。貴方…アレフリード様――ですわよね?」


「やっぱり気づいてた?」


 気づきますでしょう!?


 まるで悪気がないとでも言うような無邪気な笑みを見せるアレフリード様に一瞬呆けそうになりました。そのような笑い方もなさるのですね……? 


「どうして、アルフなどと名乗っているのですか?」


 単純な疑問です。侯爵家の人間がなぜ冒険者などしているのか不思議に思ったのです。アレフリード様は、少し考える仕草をした後、私をじっと見つめ微笑みました。


 な…なんですの…? 貴方の笑みは何か裏がありそうで怖いです…!


 さわやかな笑みに少し逃げ腰になったのは仕方のない事だと思います。何を言われるのか、皆目見当もつきませんもの!


「お転婆な姫様の後を追って冒険者などをやってみました。家名を出すわけにはいかないのでアルフと名乗っています」


「えっ…?」


 棒読みのように告げられた言葉に唖然と致しました。


 私の後を追って…? まさか…そんなはずは……。


「…て言ったら信じる?」


「………」


 なんなのですか、それは…! やはり、からかっていらっしゃるのですか…!? 貴方の言葉は信用できません、いえ、信じません!


「信用無いなぁ〜俺は…」


 自業自得です!


「まあ、いいや。ねえ王女様、少し鍛錬付き合ってよ」


 何が、まあ、いいや、なのですか! それに、


「その王女様というのは止めてくださいませ。今の私はフィアですわ」


 ここで貴方に王女様と呼ばれるのは何故か鳥肌が立ちます。おそらく、一欠けらも敬う気持ちが込められていないからなのでしょう。貶されているようにしか聞こえません。


「…了解フィアちゃん。では俺はアルフでよろしく」


 か、軽いですわ…。


 アレフリード様ってこんな方でしたでしょうか? 物腰が非常に柔らかく身分にとらわれずに誰に対してもお優しい方なので、学園では大変人気がありますのに、なんなのでしょうこの軽さは…! 


「で、付き合ってくれるよね?」


「貴方とですか?」


 アレフリード様は、腰から剣を引き抜くと私に向けてこられました。


 挑発、していらっしゃるのですか? 私相手では、実力的に無理だと思いますが……。


「そう、少しの間で良いよ」


「…分かりましたわ。では、お手柔らかにお願いいたします、アルフさん」


 まったく引く素振りの見せないアレフリード様に、ため息とともにしぶしぶ承諾いたしました。本当に私では相手にならないと思いますのに、いったい彼は何を考えておられるのでしょう。




 キンッ――!


 ぶつかり合う剣と剣。

 反射的に距離を取りながら、アレフリード様の隙を突く!

 ナガルに教わった通り、攻撃しては距離を取る、というのを繰り返します。体力的にはきついですが、私の力では、連続しての攻撃は無理なのです。

 それに―――


 重い……!


 アレフリード様の剣は重いのです。

 細身の長剣であるにも関わらず、その剣を受けると手にしびれが走ります。反撃なんて出来ません。受け止めるだけで精一杯です!


「はあはあはあ……」


「もう終わりかい?」


 息も切れ切れに剣を構える私とは違い、アレフリード様は一滴の汗さえ流しておりません。涼やかな笑みさえ見せるその顔を見ると無性にいらいら致します! はっきり言って、めちゃくちゃ悔しいですわ!


「…まだ…ですわ…」


「息が上がってるよ」


 本当に腹が立ちますわね! そのお綺麗な顔に傷の一つでもつけてやりたいですわ…。


 せめて…一太刀!


「はぁ――――!」


 私は剣を横に薙ぎ払い、アレフリード様の顔めがけて突進いたしました。上段に構え、一気に振り落す!


「甘いよ、小さな剣姫(けんき)様!!」

『小さな剣姫様』


「えっ…!?」


 一瞬の事でした。

 私の剣がアレフリード様に弾かれ、その反動で私は後ろに倒れてしまったのです!

 ふらつく足ではバランスを取ることも出来ず、そのまま背後の木に打ち付けられることになってしまったようです。意識が遠のく瞬間、アレフリード様が呼んだ名前に過去の記憶が重なります。


 忘れていた遠い過去。まだ私が、この世界をRPGの世界と思いこんで、一人で剣を振り回して遊んでいた頃。


 私は、一人の少年と出会っていたはずです。


 その少年は、黒髪の優しい目をして、私の事を『小さな剣姫様』と呼んでいました。


「……お…にい…ちゃん?」


 微かに呟いた私の意識は、珍しく狼狽するアレフリード様を見たところで途切れました。




 夢うつつの中で、微かに聞こえた声は私に遠い過去を呼び起こさせます。

 それは、懐かしいのと同時に寂しさと辛さをもたらすもので、それでも、思い出した記憶の声に、私は知らずに笑みを浮かべました。


『こんなところで何をしているの?』


『一人なら僕が一緒にいてあげるよ』


『君は剣を持つ小さなお姫様だね。僕は君の事、小さな剣姫様って呼ぶよ』




 ――うん! 剣のお兄ちゃん!






ありがとうございました!

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