12.落ちこぼれ王女と曲者だらけの仲間たち?
―――実りの季節2の月、6巡の4日
この日、聖女誕生の報が大陸中を駆け巡りました。
私は今、ルイフィス様と二人で冒険者組合の外に居ります。
室内でディグおじさまと情報交換をしているナガルを待っている間にルイフィス様と少しお話いたしました。昨日の事がありますので、だいぶルイフィス様の存在になれましたけれど、相変わらず不思議な方ではあります。もう近寄りがたいとは思いませんので自然とお話が出来ましたわ。
ルイフィス様も聖女様の噂は聞き及んでいて、「虚構の聖女だね」と皮肉気に呟いておりました。ルイフィス様は聖女様が誰なのか知っていらっしゃるのでしょうか?
王城に戻ればきっと分かるのだろうけど、今戻ると抜け出せないような予感が致しますので、城に戻るのはあきらめます。でも、聖女様の事はすごく気にはなります。いったい誰なのでしょうか? 精霊王の守護を受けられる方なのですよね? お会いしてみたいです…。
ふと辺りを見渡すと聖女の噂を伝え聞いた人々が歓喜し、これで大陸は救われると喜び合っております。それと同時に魔物大量出現が現実味を帯び、恐怖に戦く人々もおります。
私は、教会に続々と人々が集まり祈りを捧げているその光景をしっかりと目に焼き付けました。
王女の私では何の役にも立ちませんし、ただ足手まといになるだけです。でも、冒険者としての私なら魔物の討伐に行けるし、みんなの助けにもなれる! いえ、なって見せますわ! 静かに祈る様に目を閉じ、私は決意を新たに致しました。
「行くぞ、フィア」
突如かけられた声に私は目を開け後ろを振り向きました。ナガルが外に出てきたようです。お話は終わったようですね。
「はい、ナ…ガル?」
えっ…!
私はナガルの背後に見え隠れするその姿を、驚きで目を見開いて凝視してしまいました。
ど、どうして…貴方がそこに!?
そこにいたのは黒髪蒼瞳の精悍な顔立ちをした美青年です。それはもう、驚愕の一言です。というより、現実逃避してもよろしいでしょうか…!?
「これは…私の目の錯覚でしょうか……? 決して見てはいけない人を見てしまったような気がするのですが……」
「面白いこと言うね、フィアちゃん」
ナガルの背後で笑っている見てはいけない人は、おかしそうに私の名前を呼びます。
私の名前を誰に訊いたのでしょうか? ナガルですか? フィア、と呼ぶという事は、私の正体に気づいてはいないという事でしょうか…?
「…行くぞ」
戸惑う私にナガルの声が届きます。歩き出した私たちの後ろをなぜか見てはいけない人がついていらっしゃいます。
「貴方も一緒に行くのですか!?」
聞いておりません!
「そう、今回だけの加入だよ、よろしくねフィアちゃん」
な、なぜこういう事に…? 無理ですわよ、彼と一緒なんて絶対に無理です!
微妙に頭を抱える私の頭上に軽やかな笑いが届きました。隣にいるルイフィス様の顔も、とても楽しそうに笑んでいらっしゃいます。
どうしてそんなに楽しそうなのですか! ルイフィス様、あなただって彼の事気付いていらっしゃるでしょう!? 「学園最強の剣術使いが一緒とは心強いね」なんて完全に分かって言っていらっしゃるでしょう! なぜ平然と笑っていられるのですか?
それに、見てはいけないそこの貴方! 貴方がここにいるのは絶対におかしいですから!
私の憤りなどまるで気にしてないと言わんばかりに3人はすたすたと歩いて行ってしまわれます。
本当になぜこんなことに…?
後を追う私は、これから先の事を思うと頭が痛くなるのを感じました。
「ひどいなあ〜フィアちゃん。決して見てはいけない人って、ひどくないか? 俺、君に何かした? 初対面だよね?」
ええ、そうですね。初対面ですね、ここではっ――!
討伐先に向かう街道で、見てはいけない人が話しかけてきました。
「さっき自己紹介しただろう? 俺の名はアルフ。組合ランクAの冒険者。折角一緒に討伐に行くんだからさ、仲良くしようよ」
漆黒の黒髪と深い蒼い瞳をした優しげな笑みを湛える精悍な美形さんは、名前をアルフと名乗りました。
そうですね、アルフさん。貴方とは初対面ですね。
でもですね、無理です。
絶対に無理です。
だって貴方、どう見たってアレフリード様本人ではないですか! 何をしているのですかこんなところで!? 冒険者? 貴族の貴方が? それもAランク? 私もひとの事を言えませんが、本当にいったい何をしているのですか!?
私こと、ユーフィア・シエラ・リスティアは、なぜか一緒に討伐に行くことになってしまった自称アルフさんを仲間に加え、只今、水霧の森へと向かっております。
「盤石たる大地の楔。響け地の導。我は紡ぐ、滅せよ裂震!」
ルイフィス様の言霊に呼応するかのように、大地に縦横無尽に亀裂が走ります。一瞬で飲み込まれる数多の魔物。瞬時に閉じられる亀裂の後には、何事もなかったかのように大地が広がっておりました。巻き込まれないよう離れた場所でそれを見ていた私は、その光景にただ圧倒されるばかりです。
「すごいものだね彼の魔術は…。学園ではそうとう手加減していたと見える」
不適とも思える笑みでそう告げる自称アルフさんは、次の瞬間には私を見つめにやりと笑いました。
――な…なんですか?
「自分が使えない魔法というものにあこがれるだろう、フィアちゃん?」
こ の 方 は――本当に人の神経を逆なでするのがお好きですわね!
ええ、ええ、あこがれておりますわよ! 魔法を使うのは、本当に夢でしたもの! それに伴う魔力がないのであきらめましたが……! でもですね、それを知っていらっしゃる貴方は、私が王女だと気付いておられるでしょう!? 知っていて、からかって楽しんでおりますわね!
「さてと、俺も負けてはいられないかな…」
図星を付かれむくれる私を笑いながら、自称アルフさんは剣をとり魔物に向かって走り去っていきます。次々と魔物を屠るその剣技は見事としか言いようがなく、確かに学園一の剣術使いと称される方とは思います、が、なぜか素直に認めるのが悔しくなるのもまた事実です。
それにしてもなぜあの方は私にだけ意地悪なのでしょうか? やはり、ミアさんがお好きで、婚約者の私から解放されたい為に嫌われようとしているのでしょうか? そんなことをなさらなくても、解放して差し上げますのに…。私自身、婚約者候補としか見ておりませんし、あの時の言葉は今更無かったことにもできませんもの。彼との婚姻は、到底無理ですわ…。
本当になぜあの方は身分を偽り、ここにいるのでしょうか? 私の事にも気づいているようですし、訳が分かりません。
次から次へと魔物を討伐していく自称アルフさんを見つめ、私も負けじと剣を振るいました。なぜか、負けたくない、と思ってしまったのです。
――その間、何度かナガルに助けられる場面があったのは許してくださいませ…。
「やっぱり、ここはすごいね。魔物の数が半端じゃないよ」
自称アルフさんの言葉に頷きます。本当にそれには同感いたします。
水霧の森へ来て3日目。
いくら倒しても増えていくばかりの魔物にはさすがに辟易します。大量発生、明らかに甘く見ておりました。尋常ではありません。本当にどこから現れるのっていうくらいわらわらと出現します。
他の冒険者仲間のパーティーでは死傷者が出ていると噂で流れてきてもおります。水霧の森で討伐しているのは私達だけではありませんので、討伐中他のパーティーに出会う事もあるのです。その時にいろいろ情報交換をしております。主にナガルが……。
休む間もなく現れる魔物を倒しながら、僅かの隙をみて今は仲間と休憩中です。因みに街には戻っておりません。野宿です。森から少し離れた比較的魔物の少ない場所で、見張りを交代しながら休みました。討伐中は良くあることです。お風呂に入れないのはきついですが――水場がありますので、隠れてこっそり体は拭いています。その間の見張りはシンファです――仕方のない事です。兎に角、今は、少しでも時間が惜しいのです。
「今じゃあ、何処も似たり寄ったりだ。安全な場所なんかないよ」
良く焼けた肉に齧り付きながら、キーヤさんが答えます。
そうです、今キーヤさんが一緒にいるのです。もちろん、パーティー仲間のゴウマおじさんとティカお姉さんも一緒です。3人はそのまま私たちのパーティーに加わりました。これからは一緒に討伐するそうです。どうやって私たちの居場所を知り得たのかは謎ですが、今朝目覚めたら3人がいたのです。びっくり致しました!
「キーヤさんたちは、どうしてここに?」
「ディグの奴からお嬢ちゃんが水霧の森に向かったって聞いてな。追ってきた」
「私の後を、ですか?」
思わず首を傾げます。私の後を追ってきたとはどういう事なのでしょうか?
「前はともかく、今は…危険だろう?」
「大丈夫ですよ、キーヤさん。俺とナガルさんがいますから」
キーヤさんの心配げな問いになぜか自称アルフさんが答えます。それはもう、にこやかに…。
「余計心配だっての…」
苦笑ぎみに呟くキーヤさんは、なぜか私を一瞥すると盛大なため息を付きました。なぜに?
「でも、私の事よりも、他に討伐をしていた場所があったのではないのですか?」
それは、私の単純な疑問でした。冒険者たちは、それぞれ割り当てられ国中に散っていると聞きました。キーヤさんたちも、違う場所で討伐していたはずなのです。
「あ〜、俺らお嬢ちゃん守るの仕事だしな……」
「え…?」
「あっ………」
一瞬目が点になりました。
今なんとおっしゃいましたか、キーヤさん?
やばい、というふうに口を押えるキーヤさんは、若干顔を青くしております。
「どういう事ですの?」
「キーヤのバカ…」
「馬鹿ですね」
「間抜けなんだろう」
「面白い方ですね」
「失言だ、キーヤ」
再びの私の問いは、ティカお姉さん、自称アルフさん、ゴウマおじさん、ルイフィス様、ナガルの順で続いた言葉にかき消されてしまいました。いったいなんだったのでしょう?
疑問にきょとんとする私の頭をナガルは優しくなでてくださいました。微妙に誤魔化された感が否めませんが何も言わないという事は、教えてくれる気はなさそうです。それに、訊く気にもなりません。
だって、キーヤさんを見るナガルの目が獲物を前にした狩人のようでしたから、怖くてとてもじゃありませんが訊けません!
その後再び始まった討伐で、いつも以上に張り切るキーヤさんを私は目撃いたしました。
身の丈も在ろうかというほどの大剣をいとも簡単に操り、叩き落とすように魔物を屠り、真っ赤な髪を振り乱し、大量の魔物の血――魔物は紫色の血を流します――を浴びる姿はもはや鬼神にしか見えません。
キーヤさん、あなた人間ですよね?
「……魔物の動きが妙だ」
水霧の森へ来て4日目です。
さすがに結構疲れが出てまいりました。ナガルたちは平然としておりますが、私はちょっと休ませてもらっております。情けない…です。ティカお姉さんに膝枕をしてもらいながら休んでいると、頭上でナガルの声が聞こえました。
「そうですね、まるで何かに惹かれているようなそんな感じですね」
ルイフィス様が魔物の動きを思い出しているかのように思案しております。
「なにか、あるのか?」
「…中心地、とか?」
キーヤさんと自称アルフさんが問います。
「いや、それはないだろう。魔物は中心地から広がるのが常だ。そこに惹かれて集まるってのはないだろう」
ゴウマおじさんがそれを否定いたしました。私もそう思います。
「では、何に?」
再びキーヤさんが訊いております。
「…もしかして、聖女様かしら?」
「もしそうなら、魔物の向かう先は…」
ティカお姉さんの答えに自称アルフさんの顔色が変わりました。
聖女様の居る場所? そこって―――!
「王都ですか!」
思い至った場所に血の気が引くのを感じ、思わず飛び起きてしまいました。
「王都って、まずいでしょう! たくさんの犠牲が出ますわ!」
それに城には、お父様やお母様、そしてお兄様がいらっしゃいます! 駄目です! ここで何としてでも食い止めないと、みんなが――!
「落ち着け、フィア。王都は大丈夫だ……」
「…ナガル、でも…!」
「…大丈夫だから心配するな。それよりキーヤ、何か聖女に動きはなかったか?」
涙目に潤む私を覗き込むようにして頭をなでるナガルは、キーヤに聖女様の動きを訊いております。
キーヤさんに分かるのですか?
「ちょっと待ってな…」
そういうと、キーヤさんは目を閉じてじっと何かを探る様に黙り込んでしまいました。
その時です―――
不意に精霊の気配を感じました。シンファ? いいえ、違いますわ。シンファの気配ではありません。では……?
私は精霊の気配を辿る様に視線を向けます。そこには居たのは――
キーヤさん!?
どうしてキーヤさんの周りから、精霊の気配を感じるの?
ふとルイフィス様を見ると、目を爛々と輝かせ、なぜかティカお姉さんを凝視しておりました。
いったい、どういう事なのでしょうか?
「…聖女は今、王都南部、流風の平原へ向かっている。騎士団も一緒だ。魔物の討伐に動き出したようだぜ」
疑問に思う私の耳にキーヤさんの声が届きます。
「流風の平原? なぜそんな場所へ?」
自称アルフさんは眉を顰めておっしゃっております。私もそう思います。
流風の平原は、王都南部に広がる広大な平地です。とはいっても、田畑があるわけではありません。見通しの良い岩場と砂地、そして僅かな水場と草花が咲き乱れる平地です。風が強く吹く場所でもありますので、つけられた名が流風の平原なのです。
そんな場所に中心地があるのでしょうか? そこは、あまり魔物が出現していないと他の冒険者パーティーから聞きましたが違うのでしょうか……?
「精霊王の指示らしい…」
「精霊王が指示を出しているのか?」
キーヤさんの言葉にゴウマおじさんが驚いています。私もです。
精霊王が指示を出しているっていう事は、中心地はそこってことですよね? 他に何か目的があるのでしょうか?
「ああ、そう聞こえる」
「あと、何か気になることは?」
ナガルの問いに、キーヤさんはちらりと私を見ました。
なに…私に何かあるの?
「……聖女の側に殿下とブレイクス家の嫡男がいる」
「お兄様とネスティ様が!! あっ……」
私…今…なんて……?
思わず口に手を当て皆から視線を逸らしてしまいました。
気づきました…わよね?
皆がどんな表情をしているかなんて、怖くて見ることが出来ません。
まずいです! 本当にまずいですわ! 今ので、絶対私が王女とばれました! 誰も何も言わないのが余計怖いです。どうしたら良いのですか?
思わず口に付いた言葉は取り消すことが出来なくて、私は動揺を隠せず狼狽える事しか出来ませんでした。
ありがとうございました!




