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11.虚構の聖女≪ネスティ視点≫

 実りの季節2の月、6巡の3日。


 王女を街で見かけたのは、2日前。

 閉じられた瞳に苦悩の表情を浮かべる彼女を為すすべもなく見送った後、その足で殿下の元へと向かった。

 王女の事、ミアの事、そして、ミアが精霊王と零していたことを伝える為に。


 殿下は、妹君が街にいる事は既に存じていて「最強の守役に守らせているから心配いらない」と言い、ミアに関しては「やっと気付いたのか?ネスティ」と冷笑交じりに言われた。


 ミアは精霊王の力で、その身に異性を引き付ける力を纏っていたらしい。それに惹かれ囚われた者は、ミアを愛するようになると…。

 気付いていたなら教えてくれても良いものを、とは思ったが、ミアに心酔していた頃は聞く耳を持たなかったのかもしれない。


 ミアの力から解放されるには、不審を持つ事が一つの切っ掛け、と殿下はおっしゃったが、私はその不信感さえすぐに薄れてしまっていた。今思えば、王女の婚約が相当堪えていたのだと思う。きっと心の奥底で忘れなければ、と願っていたのかもしれない。


 王女に関しては、そのままで構わないとも言われた。良いのか? とも思ったが、影が側にいるなら危険なこともないのだろう。彼は、おそらくこの国最強の者だろうから―――


 それでも、アレフリードが彼女の側にいるのは気に食わない。自分にはその権利がある、とばかりに勝ち誇った態度も気に障る。


 あれほど彼女を蔑にしておいて、なぜ側に居るのだ? あれは、彼女への想いを忘れていた私への当てつけか? 婚約が決まった当初、さんざん皮肉った私への意趣返しか? 彼もミアに執着していたのではないのか!?


 まあミアに関していえば、殿下に聞いたことが事実なら、殿下と同じくアレフリードも早くに正気に戻っていたのだろう。なぜそれほど速くミアの力から抜け出せたのかは些か疑問だが、そのあともミアへの態度を変えなかったのは、王女を守るためだとは思う。


 ただ、殿下はともかくアレフリードが王女を守るために行動するとは思えないのだが、殿下の指示に従っただけなのだろうか? 今一つ掴めない。あいつはいったい…何を考えている?


 エスリードは、アレフリードの事に関してのみ、何も答えてはくれなかった。





 

「待っていたよ、ミア」


「はい」


 一人思考にふけっていた私は、不意に聞こえた声に顔を上げる。

 目の前には、優美な笑みを浮かべ立つエスリードと、純白の聖女の正装を纏うミアが対面していた。

 ここは、王城の側に建立されているリアンクリス聖神殿内部の貴賓の間。その一室にいるのは、殿下とミア、そして私の3人だけだ。


「まずはゆっくりと話したいと思ってね、他の者には遠慮してもらったんだよ」


「はい…、わたしもこの方が落ち着きます」


 少しはにかむように告げるミアは、その言葉とは裏腹にさも当然という態度でそこにいた。


「やはり、公の場は緊張するのかい?」


「もちろんです!」


 どこが…? まったく緊張しているようには見えないが?


「そう? なかなかのものだと思うけど?」


「ありがとうございます! エスリード様!」


 エスリードは平素と変わらずに接しているが、よく出来るものだと思う。私は、顔が引きつるのを抑えるのに必死だというのに――


「それにしても驚きだね。まさか、君が光の精霊王の守護を受けているとは、本当に驚きだ」


「はい、実はわたしも驚いています」


 いや、驚いていないだろう?

 ここに連れてきた者達に聞いた話だと、ミアは当たり前のように受け入れ、さも当然のように傅かれたって言っていたぞ…。あの慈愛に満ちた笑みは、明らかに聖女様に間違いない、と興奮気味に語っていた者もいた……。確実に囚われたのだな、ミアに…。


「君の魔力暴走は、光の精霊王の力のせい?」


「そうです」


「そうか、ではその時から君は聖女の宿命を帯びていたんだね?」


「はい。まさか、わたしも自分が聖女とは思いもしませんでした」


 謙遜している風を装い、その実表情は恍惚としていた。ミアは、はっきりと自分を聖女と認識している。

 

「いや、君なら納得だよ。愛しいミア」


「エスリード様…」


 エスリードは、ゆっくりとミアに近づき、その手を取った。熱のこもった目で見つめるエスリードにミアは頬を少し赤く染める。

 さすがはエスリード、その演技力には舌を巻くよ。傍から見たら、エスリードがミアに執心しているかのように見えるからな…。

 

「力を貸してくれるかい? この国のために、この大陸のために、そして、この世界のために、君の聖女としての力を私に貸してくれるかい?」


「もちろんです! 私はこの時のために生まれてきたんです!」


 懇願するかのようなエスリードに、ミアは自信ありげにそう叫んだ。


 何の根拠があってそう言うのか理解不能だが、本人やる気があるならそれに越したことはない。聖女の役割は、おそらく本人が思っている以上に過酷だ。大量の魔物と対峙しそれを殲滅させなければいけないのだから―――


「ありがとう、ミア…いや、聖女殿。私は、貴女を必ず守ると誓いましょう。君も誓うだろう、ネスティ?」


 なぜ私に話を向ける! 私は甘言は苦手だというのに!


 瞳の奥で楽しそうに笑みを浮かべるエスリードを軽く睨み、私はミアの前に立った。


「先日は失礼いたしました、聖女様」


「ネスティ様…」


 私を前に少し表情を硬くする。やはり、先日の一件を根に持っているのだろうか? 横からはエスリードの視線が突き刺す。

 

 やればいいのだろう、やれば!


 私は、そっとミアの手をとるとその指先に軽く口づける。目を見開くミアに満面の笑みを見せ、懇願するように告げた。


「腹立たしい事だとは存じますが、許してくださいますか?」


「もちろんです!」


 私の言葉にミアは勝ち誇ったかのような笑顔を見せた。私は、顔が強張るのを必死で抑えながら、誓いの言葉を告げる。


「安心いたしました。これで貴女に忠義を尽くせる。貴女を守る栄誉をこの私、ネスティ・ブレイクスにも与えて下さいますか?」


 ――――偽りの忠誠を。






「茶番だね…」


 ミアとの対面の後エスリードの私室に呼ばれた私は、入るなりそう告げる殿下に眉をしかめる。


「エスリード?」


「ん? さっきの事」


「これで良かったのか?」


「良いんだよ、ミアが聖女で。…これであの子は守られる」


 椅子に腰かけ、安堵するかのように言葉を発する。


「あの子?」


「シエラだよ。あの子は何の力もないからね、守ってあげなければいけないだろう?」


「本心は?」


「シエラ以外、守る気はないよ」


 はあ……。

 さも当然とでもいうようにエスリードは言う。その態度は先ほどまでミアに懇願していた態とは一変していた。


「しかし、本当なのだろうか?」


「何がだい、ネスティ?」


 私の問いに殿下は僅かに首を傾げる。


「光の精霊王の話」


「ミアが本当に聖女かどうか疑っているのかい?」


「ああ……」


「魔術師たちも確認してその力を身を持って感じていたようだから、本当でしょう」


「異性を引き付ける力、か?」


「そう、その力自体はきっかけさえあれば簡単に解けるものだけど、ミアが纏うものは紛れもない精霊王の力。魔術師たちは、そう判断したよ」


 淡々と答えるエスリードの声は、何処か投げやりだ。内心では信じていないのだろう。私も、ミアが聖女とは到底思えない…。


「それで聖女に?」


「必要だろう? 聖女は…」


 冷笑交じりの声音。ミアを利用するつもりなのだろう。エスリードの言は至極もっともだからな。確かに、今この現状では、聖女は必要不可欠だ。


「彼女もこの時のために生まれてきた、と言っていたな」


「あの子の妄想の一つだよ」


「妄想?」


「私がミアから解放されたきっかけの一つにそれがあったんだよ。偶然聞いてしまった独り言だったんだけどね。何でも、この世界のヒロインは自分だと言っていたよ」


「…ヒロイン?」


「それと、私と巡り合うために学園に来た、とも言っていたね。あと、私をシエラのわがままから解放してあげる、とも言われたかな…」


「…それは」


 なんと答えていいのか、判断に困る。只言えるのは、殿下の地雷を踏んだな、と思う事だけだ。

 エスリードは、傍目には気づかれないようにしているが、妹君を溺愛している。王女を貶すものなら、裏で何をされるか分からない。王女自身は気づいていないが、過去、王女を蔑んだ輩が殿下により罰せられたのは一人や二人ではない。表だって動いていないから、そうと知れていないだけだ。

 

「だから、ミアの妄想」


 それでも利用する分には最適だよね、と笑うエスリードは相当腹黒いと私は思う…。

 



「それにしても、ルイフィスを見ないね…?」


 思案するかのような殿下の問いかけ。


「何を唐突に?」


「彼、精霊の力に異様に執着していただろう?」


「変わっている…とは思っていたがそこまでは……」

 

 いつでもルイフィスは唐突で突拍子もないことを告げる。困惑する私を面白がっている節もあるが…。


「彼は精霊の気配を探ることの出来る稀有な存在だよ。後に神殿に行くのか、王国の魔術師となるのかはわからないけど、その彼が、ミアの側に居ないのが気になってね」


「精霊王の気配を感じきれていないと?」


「いや…そういう訳ではないが………」


 腑に落ちない、と言を続ける殿下に、私はルイフィスの行動の事で気になることを告げる。


「そういえば、王女殿下に異様に執着していたような気もするが…」


「何時から?」


「実りの休日に入る少し前から…。王女の力がどうとか…」


「…そう。彼は何か感じたのか? いや、もしかしたら……」


 自問するかのように呟くエスリードに眉をしかめる。

 何か、知っているのか?

 いや…恐れているのか?


「エスリード…?」


 何でもないよ、と答えるエスリードはその泰然とした姿からは想像出来ないほど顔色を悪くしていた。不安げに瞳を曇らせるそれに、私は問わずにはいられなかった。


「エスリード様。王女殿下に関することで、私に何か隠している事があるのでは?」


 改まった問いかけに、エスリードは困惑するように小さく呟く。


「…ルイフィスがシエラに付き纏っているなら、彼はおそらく、ミアは違うと判断したのだろう。そして、本当の聖女は――――」


 続いた言葉に――瞠目した。






 翌日正午、私は聖女ミアを伴い殿下と共に騎士たちの前にいた。

 王城前広場に整然と並び立つ近衛騎士や王国騎士団を前に、エスリードの声が響き渡る。


「陛下は今回の魔物発生を大量出現と断じ、他大陸との交渉を開始した。すぐにでも転送装置が起動し、追って他大陸の討伐部隊がこの大陸に到着するだろうが、それまでは何としてでもこの大陸の者だけで魔物の襲撃を抑えなければならない。すでに数多くの被害も報告されている。市井の冒険者だけでは手に負えないのが現状だ。我が王国は、リーズステア大陸中心大国、故に悠長に構えている暇はない。我が王国の騎士たちよ。大陸に住むすべての力なき民の為に、己が力全てを持って魔物を殲滅せよ!」


 広場に響くエスリードの声に、そこに集う騎士たちは一斉に恭順の礼を返した。


「聞いているものもいるだろう。我が王国に伝説の聖女が見いだされた。我が大陸を魔物からその清らかな力で守り導く聖女がここにいる!」


 その声と共にミアが前に出、エスリードと並んだ。

 浮かべる笑みは恍惚とし、女神もかくやというほどの神々しさを纏っていた。一瞬ですべての者の心を捕えるほどに――


「みなさん、わたしが聖女です。わたしを守護する光の精霊王の力で必ず魔物を殲滅すると約束します。だから、みなさんも力をかしてください!わたしと一緒に魔物を倒しましょう!」


 ミアの宣言に歓声が上がる。

 熱に浮かされたような異様な空気を醸し出してはいるが、これで魔物との戦いに臆する者はいないだろう。


「感謝いたします、聖女殿」


 エスリードはミアの手をとり、感謝の言葉を述べている。


「はい、エスリード様。伝説の英雄のように、わたしと一緒に戦ってくれますか?」


「聖女殿の御心のままに…」


 嬉々としてエスリードに懇願するミアの手にエスリードは恭しく口づける。誰もがその一対の姿に伝説の聖女と英雄の姿を重ねていた。しかし、その英雄の口の端が冷酷に歪んでいた事には、私以外誰一人として気付く者がいなかった。

 

 祭り上げられた虚構の聖女は、エスリードの真意を知らず、ただ自らが聖女と疑いもせずそこに立っていた。




 ミアが精霊王の力を纏っているのは真実。

 だが………。


 昨日のエスリードの言葉が頭から離れない。まるで目を背けるなと言わんばかりに、常に付いて回る。

 

 ―――本当の聖女はシエラ。


 なにを根拠にそう告げたのかは分からないが、ルイフィスの行動以前に、すでに殿下はそのことを知っていたかのようだ。


 シエラは精霊の守護を受けていたのか? 

 聖女というからには、それは精霊王なのか? 

 それでルイフィスは王女の力…と言ったのか? 

 では殿下は王女を守るため、いや、表に出さないためにミアを利用しているのか?


 それならば、この茶番劇も無駄にはならないのだろう。そのことに納得しながら私は微かな苦笑を浮かべる。

 

 ミアを利用する気でいるのは、私も同じか…。


 ――ミアに対し、一片の罪悪感さえうかばないのだから…。




 王女は今街にいる。

 今現在、自室にこもる王女は人形だとエスリードは答えた。何をするわけでもなく、ただ部屋にこもりいつもと変わらぬ生活をしていると。

 今この時、王女は城に居ない方が得策。まかり間違って聖女と知れたら、どんな輩が利用しようと企てるか分からない。


 それに王女は、街をお忍びで探索しているだけで、直接、魔物に関わる事もないだろうしな――


 この時の私は、まさか王女が冒険者として魔物討伐に繰り出していたなんてことは、露程にも思ってはいなかった。




 ―――実りの季節2の月、6巡の4日


 この日、聖女誕生の報が大陸中を駆け巡ることになる。


ありがとうございました!

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