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10.落ちこぼれ王女と魔術師のはかりごと?

「それで? どうしてあなたがここにおりますの?」


 私の問いかけに薄茶色した髪の青年はその口元に微かな笑みを浮かべました。


「貴女の後を追ってきました」


 漆黒の瞳に妖しい光を宿し私を見つめるこの人は、学園一の魔術使いルイフィス様です。


 私こと、ユーフィア・シエラ・リスティアは、只今、冒険者組合裏手の狭い一角でルイフィス様と二人きりで対峙しております。


 誰にも話を聞かれたくないからここに連れてきましたけど、まずいですわ。

 ものすご〜く、居たたまれないです。

 はっきり言って、逃げ出したいですわ!

 でも、私の背後は壁で、逃げ出したいのに逃げ出せない状態です。

 万事休す? 

 いやいやいや、組合の中にはナガルがいますから、いざという時には助けに来てくれますよね!


「城内にいるはずの貴女の気配が途切れましたので、いったいどこに行かれたのかと探していました」


「気配? 私の?」


「はい! 貴女の気配はすぐに分かります!」


 ――って、そんな事、自信満々に答える事ではないでしょう!?

 あなた、ストーカーですか!?

 私はずっとあなたに探られていたのですか?

 怖いですよ――!


 おそらく私の顔は引き攣っている事でしょう――


 心のうちはともかく、表面上は極力冷静に問いかけます。


「もうばれているのでしょうから今更隠しは致しませんが、どうして今の私を見て一目で看破したのです?」


「貴女を良く知る者なら見間違えませんよ。たとえ、どのような姿をしていても分かります。特に僕には、貴女を包む精霊の守護の力が見えますから、間違えようがありません」


 えっ…!

 見えるの?

 シンファの気配が!

 どうして!?


「そう、驚かれなくても良いでしょう? 魔術に特化した者の中には、精霊の気配を感じ取ることが出来る人がいます。それがたまたま僕だったって事ですよ。薄々、貴女も気づいていたのではないのですか?」


 その問いに、少しだけ頷きました。

 確かに、もしかしたらって思っていましたもの。

 気づいているのではないかと―――


「大丈夫です。この事は誰にも言いません。僕は、貴女の力になりたいのですよ」


「…どうして?」


 真摯に告げる言葉に首を傾げます。

 ルイフィス様にそう言ってもらえる理由が見当たらないのです。


「だって、落ちこぼれ姫と呼ばれる王女が実は精霊の守護を受けているなんて面白いじゃないですか!」


「そんな理由ですか!?」


 なんなのです! 

 そんな理由で私の力に成りたいと言うのですか?

 おかしいでしょう!

 あなたは私をからかっておられるのですか!?


「まあ、半分は冗談ですけれど」


「…半…分…」


 口元がだんだん引き攣ってきます。


 冗談だと言っていても、残り半分はそう思っているという事ですか……!

 では、その半分とはどのような理由なのでしょうか?


 不審に思いルイフィス様を見上げると、その漆黒の瞳を意味ありげに艶めかせていらっしゃいました。


 なんですの?

 私が何かしましたでしょうか?


 ゆっくりと私に近づいてくるルイフィス様は、私を挟み込む形で両手を壁に付けました。

 まるで逃がさない、とでもいう様に――!


 というか、近いです! 近づきすぎですから!

 あなたも相当な美形さんなんですから、離れてください!

 一体、何がしたいのですか!?

 

 半ば発狂しながら顔を上げると、すぐ目の前にはルイフィス様の唇が見えます。


 うわ〜、きれいな唇……、じゃなくて! 目のやり場に困るではないですか!


 あせって挙動不審に陥る私に、色めいた笑い声が届きました。


「王女殿下……、貴女は異性にあまり免疫がないようですね。このようにすぐ頬を赤く染める」


 赤くしてなどおりません!

 居たたまれないだけです!

 

 何とか逃げる隙を探す私の耳元にルイフィス様の顔が近づいてきました。


 ―――っ! 


「逃げないで……王女殿下」

 

 逃げたいに決まっているでしょう!

 

「貴女がミアと我々をいつも見ていたのは知っていますよ」


「えっ…?」


「いつもあなたは見ていた。ねえ――本当はうらやましいと思っていたのでは?」


 耳元でささやかれる言葉に、身体が強張って行くのを感じます。


「何を……言っているのですか? そんなはずあるわけないでしょう。私は、ミアさんが皆様と一緒におられるところに偶然居合わせただけですよ? 見ていたわけではありませんわ」


 震える声を抑えながら答える私に、ルイフィス様の微かな笑い声が届きます。


「本当にそうでしょうか? ……そうですね、例えばアレフリード。彼は貴女の婚約者ですよね? 気分を害したのではありませんか?」


 それは、ないですわね〜。

 

 しばらくの無言。


 無反応な私に、さらにルイフィス様は言葉を続けます。


「ならば、ネスティは如何です? 貴女と彼は兄君を通じて幼いころから親交があったと聞きます。何も、感じられなかったのですか?」


 ―――ネスティ…様?


 ちくりと微かな胸の痛み。


 …今の痛みは、何?

 ――どうして?


 ネスティ様とは確かに親交がありました。

 でもそれはお兄様が一緒にいたからであっ……て? いいえ、違いますわ。一緒にいたのは間違いありませんけれど、なにか大事なことを、


 ―― 私 は 忘 れ て い る ? 


 痛む胸を抑えるように私は過去の記憶を探ります。

 必ずあるはずなのです。もっと大事なことが……。


 どれくらいそうしていたのでしょう。

 私の中にふと風の精霊の力を感じました。


 ――シンファ…?


 包み込むような優しい風が私を包みます。

 そしてそれがゆっくりと消えた後、ふと一つの想いが蘇ってきたのです。


 私は……私はネスティ様を―――好きだった。


 そう…ですわ…。

 ネスティ様は…私の初恋のお相手です。

 どうして忘れていたのでしょう?


 私は、確かにお兄さまと一緒におられる彼とは、幼いころからずっと一緒でした。私の何気ない一言で一度も微笑んで下さいませんでしたが、その美しさには本当に憧れていたのです。美少女、と思わず言ってしまったのも、きっと照れくささに動揺していたからだと思います。本当に見惚れるくらい綺麗だったのです、ネスティ様は――!


 なぜ今まで忘れていたのでしょう?

 記憶がところどころ欠けているように感じるのはなぜなのでしょうか?

 もしかしたら、まだ、忘れている事が他にもあるのでしょうか?

 それがなぜなのか、いくら考えても理由に思い至りません。


 でも、ネスティ様との過去を思い出した今なら分かります。


 私は、心の奥底では、ミアさんを羨んでいたのでしょう…と。

 だから、すぐに立ち去ればいいのに様子を窺うような行動を取ってしまっていた。

 そのイベントもどきを見て憤っていた。

 ネスティ様だけではなく、他の御方までその魅力で落としていくミアさんを見て、気持ちがイラついていたのはそのせい……。

 私は、ネスティ様に好かれ愛されるミアさんをうらやましいと…輝くような微笑みを見ることの出来るミアさんが―――妬ましいと…そう思っていたのだと思います。


 でも、こんな気持ちは抱いてはいけないのです。

 未だ確定とは言い難いですが、ここが乙女ゲームの世界で私がライバルキャラなら、この感情は危険です。そうならないためには、傍観しているしかないのです。

 それに、ネスティ様がお好きなのは、大切に思っていらっしゃるのは――私ではなく、ミアさんなのですから…。


 そう…私はミアさんの邪魔をしてはいけない。


 私は……誰も好きになってはいけない。


 幾度となくそう繰り返す私は、無意識のまま自分に暗示をかけておりました。

 それを悲しげな表情で見つめるルイフィス様に気付かずに…。




「貴女は本心をいつも隠している。あなたらしいと言えばそれまでですが、貴女を案ずる者からすれば淋しいものですよ」


 不意にルイフィス様の囁くような声が聞こえます。

 私を案じるような声音に思わず顔を上げると、そこには珍しく柔らかい笑みを浮かべるルイフィス様がいらっしゃいました。


 どうしてルイフィス様はこんなにも親身にしてくださるのでしょう?

 私は何かをした覚えはないのですけれど…。

 ルイフィス様の真意が分かりません。


「王女殿下。僕の行動の意味が分かりませんか?」


 はい、ごめんなさい。

 あなたの行動は理解不能です…。


「僕はね、貴女に精霊の守護があると知った時から、貴女に興味があったのですよ。落ちこぼれ姫と呼ばれる貴女が、その力でどのような道を歩まれていくのか、何をなすのか、無性に傍で見ていたくなったのです」


「えっ?」


 それだけの理由、ですか?


「以外…ですか? ただ僕は、僕には持ちえない精霊の守護の力というものをこの目で確認したかったのです。傍で感じたかったのです。だから、貴女に近づいた。他意はありませんよ」


「それでは……ミアさんの事は? あれほど執着なされていたのですから、お好きなのではありませんか?」


 と言いますか、少し離れてくれないでしょうか?

 きょろきょろし出す私をルイフィス様が面白そうに眺めた後、両手を私の後ろの壁から離してくださいました。


 やっと一息つけます。


 すぐ目の前にはまだ居りますが………。


「確かに、彼女には一目で惹かれましたよ。まやかしの想いでしたが……」


「まやかし…?」


「ええ…。彼女も精霊の力を持ちえる一人です」


「ミアさんが――!?」


 驚きです!

 びっくりですわ!

 ミアさんも、精霊の守護を受けていたようです!


「そうです。貴女とは少し違いますが、精霊の力を確かに纏っていました。それに、精霊の力を持ち得る者は何かしらその身に変化があると言います。貴女の場合は記憶――」


「記憶…?」


「忘れていた事があるでしょう?」


「あっ……」


「きっかけさえあれば思い出せる程度の物ですがね」


 それで忘れていたのですね!

 納得ですわ。

 誰かに故意で記憶を消されていたなんて思いたくありませんもの。

 良かったです。

 きっかけさえあれば思い出せるのなら、あまり心配することもなさそうです。

 あれ…?


「でも、どうして私に忘れている記憶があると?」


「簡単ですよ。貴女があまりにも平然としていたからです。殿下といる彼女を見ても、婚約者と一緒にいる彼女を見ても、そして、ネスティと一緒にいる彼女を見ても、あまりにも平然としているからこそ、逆に不審に思ったのですよ。これは、おかしい――とね」


「……よく、見ていらっしゃったのですね」


「はい、それはもう!」


 堂々と断言ですか!

 なぜ、そんなに爛々と目を輝かせておられるのです。

 やっぱり、ストーカーですか、あなたは!

 先ほどまでの真面目さはどこですか!?

 本当にルイフィス様は良くわかりません…。


「それで、あの行動ですか?」


「そうです。思い出されたでしょう?」


「ええ…確かに思い出しました。それで、ミアさんは?」


「彼女の場合、それは彼女の独特な雰囲気にあります。慈愛に満ち、清楚で保護欲を駆り立てられるそんな彼女は、その身に異性を引き付ける力を持ちえているのです」


「異性を――?」


「はい。精霊の力を感じた僕も、興味本位で接したらすぐに囚われてしまいました!」


 何故か楽しそうに話しています。

 囚われたのがそんなにうれしい事なのですか?

 不思議そうに首を傾げる私に、ルイフィス様の苦笑が届きました。


「精霊の力をこの身を持って体感できたのです。たとえそれがどんな力だとしてもうれしいんですよ」

 

 そんなにお好きですか…精霊のお力が…!


「それなら、ミアさんに囚われたままになるのではないのですか? 貴方はなぜ、そこから抜け出せたのです?」


「きっかけがあれば、と言ったでしょう? それは精霊の力の影響を受けた者にも当てはまるのですよ。彼女の影響を受けた僕の場合、少しでも彼女に不信を持つ事、それと彼女以上に大切な者がいる事、この2つが解放のカギです。僕は、彼女の言動に不審を持ちました。それと同時に、彼女の持つ精霊の力にも、疑念を持ったのです。僕にとって精霊の力は、彼女以上に大切なことでしたので、それで解放されました。彼女自身、精霊の力の影響で異性を引き付けているとは思っていないみたいで、皆が自分に惹かれるのは当たり前の事ととらえています。彼女から離れた僕を信じられないという瞳で見ていましたからね」


 それは、この世界が乙女ゲームの世界で自分がヒロインと思っていたから?

 ミアさんにしたら、成功していた攻略が急に失敗したかのように見えた? という事でしょうか。

 おそらく、その原因に思い至らなければ疑問が残ると思います。

 なぜ、わたしから離れていくの? と。


「まあ、彼女から解放されてしばらくは、囚われたふりして彼女の側で観察をしていました。面白かったですよ、いろいろと…。まあその途中で気づいた事もあるのですが……」


 なんでもない事のように話すルイフィス様は、次の瞬間には、至極真面目な顔つきで私を見つめてきます。

 僅かに熱を帯びた瞳に逃げ出したい衝動に駆られた私は、後ろの壁に阻まれその場に縫い付けられたように動けなくなりました。


「それは…?」


 これ以上聞いてはいけない、そう思いながらも、私は自然にそう問いかけていました。


「彼女の力は――偽物です。そして、貴女は本物。本物の精霊…の守護を受けし者」


 本物の精霊…何?

 なんの守護を受けし者?


 言葉を濁しそう告げて来るルイフィス様は、徐に私に手を伸ばしてきました。

 じっと見つめて来る漆黒のまなざしに囚われ動けない私の頬に、優しく触れてきます。


 どうしてなのでしょうか?

 なぜか、その手を拒む気にはなれませんでした。


 静かに私を見つめるその瞳が、あまりにも真剣すぎて、振り払う事を躊躇ってしまいました。


「だから僕は貴女を選んだのです。貴女の助けになるために僕の力を奮おうと…。貴女が誰のものでも構いません。ただ、貴女の傍にいたいのです。ですから、どうか、僕が貴女の傍にいる事を許してくださいませんか?」


 懇願するかのような声音。


 私は――告白されているのでしょうか?


 おそらく今の私は、呆然とルイフィス様を見上げている事でしょう。

 頭の中が真っ白というのはこの事を言うのですね。

 初めての告白?に驚きのあまり麻痺したかのように動けない私は、その言葉に、条件反射のように頷いてしまいました。


 その返事に、してやったりとほくそ笑むルイフィス様。


 もしかして、すべて計算尽ですか!? わざとですか!? 私がこんな状況に不慣れなのを知ってわざと告白?しましたね! と言いますか、貴方は私ではなく、ただ精霊の力の側に居たいだけでしょう! 言動が紛らわしいですわよ!

 

「……謀りましたわね、ルイフィス様」


 恨めしそうに睨みつける私を、ルイフィス様それは楽しそうな笑みを浮かべて見つめておられます。いつもの妖しさのかけらもない、本当に優しい笑みで――

 

 そんな顔も出来るのですね?

 珍しいものを見た気分ですわ。


 それにつられ、なぜか私も穏やかな笑みを浮かべておりました。


「フィア、話は終わったか?」


 不意に響く声。

 ふと前を見るとナガルが外に出てきておりました。

 ナガルは私とルイフィス様の態勢を見て、顔を顰めておられます。


 ナガルどうかしましたか? ――って、何をしていたのですか、私は!?

 ルイフィス様の手が……ルイフィス様の手が、私に触れている〜〜〜!


 引き戻された現実に、あわててその手を振り払うと「残念…」と笑い声交じりのルイフィス様の声と「邪魔をしたか?」と立ち去ろうとするナガルの声が重なりました。


「待ってください、ナガル!」


 くるりと踵を返すナガルに私は助けを求め叫びました。


 お願いです――ここで見捨てないで!


 頭上では楽しそうに笑うルイフィス様の声が聞こえます。


 いったい誰のせいだと思っているのですか!




 こんなに沢山ルイフィス様とお話ししたのは初めてですが、意外な一面を知ることが出来たのは良かったのだと思います。

 ルイフィス様は、その纏う雰囲気から近寄りがたい方と思っておりましたが、多少変わっておられるストーカー気質の持ち主で、妙な色気をまき散らすお方で、美形さんで、そして、意外と優しい一面を持っておられる方だと分かりました。

 私への告白もどきを抜きにして―――


 それからルイフィス様は、なぜか討伐についてくるといい、これまたなぜかナガルがすんなり了承し、討伐自体が長くなりそうだからしっかり準備をしてから向かうという事で、明朝の出発になりました。

 

 ルイフィス様とは明日の朝に再び組合で待ち合わせをしております。


 私のパーティーは、3人になりました。




 翌日―――実りの季節2の月、6巡の4日


 この日、聖女誕生の報が大陸中を駆け巡りました。


 冒険者組合でこの報を聞いたルイフィス様は、「虚構の聖女だね」と、皮肉気に呟いております。


 ―――虚構の聖女


 その言葉が、なぜか私の心の中に根付いたまま、消えてはくれませんでした。




ありがとうございました!

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