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a-5 旧友との再会

取り返しのつかないミスをしてしまった

これは恥ずい

 活気溢れる大通り。

 荷車が行き交い、それを避けながら人が歩きまわる。

 大通りの両側には、木の板とありあわせの布を組み合わせて作ったような、簡素な露店が所狭しと並んでいる。

 露店で売られる品物は様々。その多くは食品だが、異国の壷や皿、大工道具、書籍、果ては鳥やサルなどの動物まで。

 ここがバーグライト東地区、露店街だ。

「凄い所ですね……」

 並ぶ露店を眺めて、マールは呆然と呟く。

「町中の露店がここに集まってるんじゃないですか?」

「実際そうだよ。店を出す奴の大半は、なぜかここに集まるんだよな」

 とにかく人が多い。背が小さめのマールなど、人垣の向こうに行ってしまったら見つけることができなくなりそうだ。

「はぐれるなよ」

 サイズの合わないズボンで転びそうなマールの手を取って、ラウドは歩く。


 露店の台の上には、どこの国から運ばれてきたのか想像もつかない様な物が並べられている。

 果物が積まれた露天の前で、マールが立ち止まる。

 妙な形をした赤い果物を眼に留めたようだ。

「これは、初めて見ますね」

「ああ、俺も食べた事はないな……」

 ラウドは持ってきた金額を計算する。

 女の子用の服がいくらぐらいになるのか見当もつかないが、たぶん、今着せている物より高くなるだろう。それでも、多少の余裕がないわけでもない。

「……これ、いくらだ?」

 露店の主は、目が見えているのかも怪しいぐらいの老人だった。

「銅貨三枚だよ」

「二つくれ」

 果物を手にとって見てみるが、皮が硬くて、どうしたらいいのかよくわからない。

「これ、どうやって食べるんですか?」

「……二つに割ると、中に甘い種が入ってるからそれを食べな」


 露店街の切れ目に、噴水広場がある。

 広場の中央には噴水があったが、今は水が出ていなくて、砂が溜まってしまっていた。

 二人は、噴水の台座に腰掛けて、ナイフで実を二つに割った。

 白い中に、小さな粒がたくさん入っている。

 一粒つまんで口に入れると、とろけるように甘かった。

 マールは、何か考え込むような表情で呟く。

「外側が赤くて硬い。中身は白くて柔らかくて甘い」

「それがどうかしたのか?」

「いえ。なんでも」


 その後、露店街を歩き回って、何度かあちこちを見回る。作業服のような物を売っている店は多いのだが、女の子向けの服というのがない。

 サイズさえ合っているなら作業服でもないよりマシかな、と思い始めた頃に、カラフルな布を扱っている露天を見つけた。

 店を切り盛りしているのは血色のいいオバサンだ。

「おや? 何か買うかね?」

「この子に合う服とかあるか?」

 ラウドが聞くと、オバサンは紐を取り出して、マールの寸法を測った。

「うーん?」

「合うの、ないのか?」

「いや、ちょっと中途半端だから。子供用にするか大人用にするかちょっと迷ってね……。だいたいこんなものだと思うけど」

 オバサンが引っ張り出したのは、肩ひものワンピースのようだ。赤っぽかったが、少し色がくすんで茶色っぽくも見える。

 マールはそれを受け取って、体に当てた後、頷く。

「これでいいです」

 ラウドが金を払う。オバサンは、色落ちしかかっているからと言って、割引してくれた。


 買った服を抱きかかえて歩くマール。いつになく楽しそうだ。そんな様子を見ているとラウドまでウキウキしてしまう……などと思っていると。

 マールは期待のこもった目をラウドに向けてくる。

「今すぐ着てみていいですか?」

「ちょっ、ちょっと待て……」

 ラウドは慌てて止める。

 これまでの反応からすると、マールは何も考えずにこの場で服を脱ぎはじめそうだ。さすがにそれはマズイ。本人はよくても、周囲の通行人や一緒に居るラウドがよくない。

「部屋に帰ってからだ」

「わかりました」

 マールは素直に頷いた、と思った直後、顔色が曇る。

「どうした?」

「いえ、大した事では……」

 マールの視線の先には、一人の男がいた。 

 カールした黒髪が印象的な、背の高い男だ。

 やたらと裾の長いコートに身を包んでいる。この季節にコートなんか着て暑くないのかな、と思った。

 しかも足が裸足だ。それはそれで寒そうだ。暑いのか寒いのかどっちなのか。

 ラウドはその男の顔をもう一度見て、気付いた。

「あれ? ウインツか?」

 まさかの知り合いだ。

 ウライアの学校に通っていた頃の同級生だった。

 相手もラウドの顔をみて、おや、と表情を変える。

「ラウドか? まさかこんな所で会うとは……」

「わかんないもんだな」

「そいつは?」

 ウインツはマールの方を上から下まで見た後、ふっ、と笑う。

「あ、こいつは……」

「わ、私は、先に帰っていますので」

 ラウドが説明しようとした途端、急に慌てて、トテトテと走り去ってしまうマール。

「あ、おい?」

 追いかけようとしたラウドの肩を、ウインツが掴む。

「待て。おまえ、あいつと知り合ってから何日になる?」

「は?」

「何日になる、って聞いてるんだ」

「三日、だけど……」

 ラウドが答えると、ウインツは納得したように頷く。

「なるほどな。そんな事だろうと思った」

 何がなるほどなのか。良くわからないのだが。

「何言ってるんだ?」

「おまえは、あいつとは関わらない方がいい」

「え?」

「これはおまえのために言っているんだ。おまえと、あいつは別の世界の人間だからな」

「どういう意味だよ。おまえ、マールの何を知ってるんだ?」

「……何も知らない。だが、今の態度だけで予想はつく。同業者だからな」

「同業?」

 ラウドは困惑する。 

「おまえ、言ってる事がおかしいぞ。そもそもおまえ、この一年、どこで何をしていたんだ? 同業って何の業種だよ? マールは、何かの仕事についてる様子は……」

「潜入工作員」

 ウインツは唐突に言った。

「は?」

 ラウドは理解が追いつかず、返す言葉が浮かばない。

 ウインツは頭痛に悩まされるように頭に手をあて、ぶつぶつと独り言をもらす。

「これだから関わらないで欲しいんだが……。ったく、最悪のタイミングで声をかけてきやがって……おまけに、ディザスター側と知り合いになっちまうとは……」

「なんだよ。おまえさっきから何を」

「動くな!」

 急に、後ろから誰かに叫ばれた。

 そちらを見ると、警官が立っていた。ライフルを構えて、ラウド達を狙っている。

「え?」

 気がつけば、警官は一人ではない。何人もの警官が、通りや路地や屋根の上から、ライフルを構えてこちらを狙っている。

「そこのおまえ! その男から離れろ!」

 警官達はが警戒している相手は、ラウドではなくウインツのようだ。まるで、ウインツが危険な犯罪者か何かのように。

「な? 何言ってるんだ? ウインツ、おまえ何かしたのか?」

 ラウドは困惑しながら聞く。まだ友を信じているラウドは、犯罪を否定するような言葉を期待していたのだが……、ウインツはシニカルな笑みを浮かべる。

「いいや。まだ何もしていないが……そうだな、俺が合図したらその場に伏せろ」

「は、なんで?」

 ウインツは答えず、遠くを見る。視線を追うと高い石の塔が見えた。市庁舎の尖塔だ。

 ラウドもそちらを見たが、何があるのか分からない。

「なんなんだよ……」

「先に謝っておくよ。悪かったな、と」

 ウインツはゆっくりと両手をコートのポケットに入れる。

「おまえ、ポケットから手を出せ!」

 警官が叫ぶ。

 ラウドはゆっくりと後ろに下がってウインツから離れる。

「おまえも動くな」

 いつの間にか犯罪者の仲間扱いされた。この状況ではある意味仕方ないかも知れないが。ラウドは警官に聞く。

「な、なあ。ウインツは何をやったんだよ?」

「名前は知らん。危険かどうかは、これから判断する」

 どういう事なのか。


 その間にも、ウインツはゆっくりとポケットから左手を出した。握られていたのは金色の懐中時計だ。

 警官の間にほっとしたような気配が広がる。やはり何かの間違いだったのか。

「右手もだ……」

 警官が言う。

 だが、ウインツの左手から懐中時計が落ちた。いや、わざと落とした。


 直後、遠くの尖塔が爆発した。

「なっ?」

 真ん中からボッキリと折れて崩れ落ちていく石の塔。

 全員がそちらに視線を向ける。

「ほら、伏せろ!」

 ウインツは言うと同時に、コートの右ポケットから取り出した何かを地面に叩き付けた。

 破裂。無数の光が四散する。

「なっ?」

 視界が真っ白になって何も見えなくなった。煙幕だ。悲鳴が上がり、誰かに突き飛ばされながらも、ラウドはその場にしゃがむ。

 どこかで銃声が響いた、警官が撃ったのか。

「なんだよ! なんなんだよ!」

 タイミングがおかしい。

 まるで、尖塔が爆発したのは、混乱を起こしてウインツを脱出させるためにウインツの仲間が仕組んだ事で、懐中時計を落としたのがその合図だったみたいではないか。

「嘘だろ? あいつがテロリストになっちゃっただなんて、そんな事あるわけ……」

 混乱するラウドの前に何かが風に舞った。

 直前までウインツが着ていたコートだった。

 あいつ、しばらく会わないうちに変質者になってしまったのか、でも元々ナルシストっぽかったから意外とは言えないかもな……などと、ラウドが場違いな事を思っていられたのは一瞬でしかなった。


 キィィィィン、イィィィィィン


 場違いな金属質の音が響く。

 ウインツの体が宙に浮いていた。

 空中に魔法陣のような円盤状の光がいくつも生じ、それらが歯車のように噛み合って回り始める。

「撤退! 撤退!」

「十ブロック以内の市民を避難させろ!」

 警官達が慌てて逃げていく。

 無数の立方体が、ウインツの身体を覆うように組み合わさり、身長五メートルほどの人型に固まる。

 周囲の建物よりも高い背、非生物的な角ばった腕や手足。そして背中で回転する光の輪。

 それは模造天使アーティファクト・エンジェルだった。

 模造天使は一つ一つが違う色と違う形をしていると言われる。

 今、目の前に表れたそれは黄色っぽい色をしている。右腕には長い剣が固定されていて、左腕には何本もの筒を束ねた銃器の様な物がついていた。


 ラウドはそれを見上げながら呆然とつぶやく。

「え? ウインツ?」

 ウインツの姿は消えていた。

 まるで、ウインツが模造天使に変身した、そうとしか思えない状況だった。



 そして、どこからかマールの声が聞こえてくる。

「指定任務1、ローエングリン所属天使の抹殺……実行」

 次の瞬間。空気が震えた。


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