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 公共の場で裸になる事は法律に反する。

 改めて言うまでもない事だが、それはこの世界でも同じだった。

 ただし、一つだけ普通と意味合いが違う事がある。

 昨今では、裸にマントの格好で出歩く者のせいで、軍隊が出動しなければいけない事態になる事もあるのだ。


 ある夜。

 首都バーグライト。

 石畳は冬の寒さに冷え切り、夜空は雲に覆われて暗黒。

 大通りに配置されるようになったガス灯も、この辺りにはない。手で振り払いたくなるような暗闇が漂う。

 こんな道では、窓から漏れる明りと、警官の持つランプ、そして、ところどころで浮浪者が集まって燃やす焚き火だけが頼りだった。


 そんな暗い路地を、一人の子どもが歩いていた。

 ボロ布のような汚れたマントを身に纏い思いつめたような顔で、小さな歩幅で早足で歩いている。

 青色の髪の毛はボサボサだったし、乾いた砂が付いていた。

「おい、そこのおまえ!」

 警官が子どもを呼び止める。

「……なんですか」

 子どもは少女だった。顔や髪は泥で汚れているが、綺麗な目をしているのが前髪の隙間から見えた。

 怯えてはいない。むしろ、自分の存在の正当性を訴えるようなまっすぐな目をしている。

 だが、警官は警戒を解こうとしない。なぜなら、少女が裸の上にマントを羽織っているようにしか見えなかったからだ。

「おまえ、なんだその格好は。中に服着てるのか?」

「いえ、それは……」

「ふむ」

 さすがに、剥ぎ取って確認する気にはなれなかった。そもそも、服を着ている人はここで答えるのを躊躇ったりしないのだから、答えは必要ない。

 この少女が危険人物なのかどうかを、警官は判定しようとする。

 第一の判定項目は足だ。裸足、あるいは手を使わず一瞬で脱ぎ捨てれるような靴、もしくはサンダル。これは危険の兆候と言える。

 そして、少女はサンダルを履いていた。ボロボロで、足を保護する役目を果たせているようには見えない、酷い代物だ。

「……」

 軍隊を呼ぶべきかどうか少し考えてから、警官は首を振った。

 第二の判定項目である『浮浪者ではない』を満たせるとは思えなかったからだ。この汚れた髪を見れば、誰だってそう判断するに決まっている。

 警官は緊張を解くと、申し訳程度に愛想がこもった笑顔を作る。

「行っていいぞ。夜は危ないからな、気をつけろよ」

「はい……」

 少女はこくりと頷くと、とことこと早足で歩き去っていく。

「ったく、嫌な世の中だよな」

 警官は天を仰ぐ。

 福祉制度の成立は議論されているが、未だに実現の目を見ない。

 そこかしこで、あれとそう変わらない年齢の少女が、通りで男を捕まえて、よからぬ事をして生活費を稼いでいるのが現状だ。あの少女も、遅かれ早かれそうなるのだろう。


 そして警官はその少女の事を直ぐに忘れてしまった。

 警官の給料は税金から出ているから、非納税者には関心がない……というわけでもないだろうが。


 警官と別れた後、少女は暗い路地を歩く。

 ガラクタが積み上がった路地を抜け、暗い地下道を歩き、ふとよろめいて、酒瓶を片手に歩いていた男にぶつかった。

「なんだてめぇ」

 男が少女の肩を掴む。

「気をつけろよ!」

「ごめんなさい」

 少女は謝って行こうとするが、男はもっと強く引っ張る。

「そうじゃねぇだろ。謝りかたってもんが……ん?」

 男は少女の胸に手を当ててわしづかみにする。

「いたっ……やめて、ください」

 少女はその手を振り払う。

「少しだが、あるな。やっぱ女か」

 男達は、少女の前と後ろを囲むように立つ。

「なんだ? お嬢ちゃんが出歩くにはちょっと遅い時間じゃねぇの?」

 それで、他の男達もぞろぞろと少女を取り囲むような位置に立つ。

「家まで送ってやろうか? 危ない奴に会わないようにしないとな」

「俺達がその危ない奴らだけどな、ひゃはははは」

「何だよ、この変なマントは……」

 男の一人が、マントを下から捲る。

 少女はその手から逃れようとするが、逃げた先では別の男が通せんぼをしている。

「うは、すげぇ。こいつ、マントの中は裸だったぜ」

「なんだそれ。男を誘ってるのか?」

 少女は、虫に張り付かれたかのように嫌そうな顔をになる。

 だが男達は、その嫌悪感こそを望んでいたようで、余計に喜んでいる。

「私に悪い事をしようというのですか? 謝ってもダメなのですか?」

 少女は虚ろな目で、男達を見る。

「あん? 逃げられると思ってるのか?」

 男の一人が笑いながらナイフを抜いて見せ付ける。

「……逃げようとしたら殺すと言っていますか?」

「分かってんなら、大人しく言う通りにしろよ。足、震えてんぞ?」

「殺傷武器を確認。指定任務2、自身の防御。……実行」

 少女は小声で呟くと、マントを体から剥ぎ取り投げ捨てた。

 下着すらつけていない全裸。柳のように細い華奢な体が外気に晒される。

「おお。素直じゃねぇか」

「すげぇ。ここまで柔らかそうなのは、始めてみたぜ」

 男達がわいわい喜ぶなか、少女はどこかから取り出した赤茶色の宝石のような物を掲げると、口に放り込んだ。

 男の一人が気付いて首を傾げる。

「……ん? おまえ今何を食った?」

 少女は答えず、土下座をするようにその場にうずくまった。

 そして少女の背中、肩甲骨の辺りから左右に光が伸びる。あたかも翼のように。

「なっ、なんだぁ?」

 突如起こった、常識を超えた現象。

 男達は驚いてへなへなとその場にしゃがみこんでしまう。


 キィィィィン、イィィィィィン


 少女の体から、聞いた事もないような甲高い音が響く。少女はゆっくりと立ち上がると両手を広げた。

 放たれる神々しい光。巻きあがるつむじ風。路地に転がる木箱が風で転がる。

 そして、少女は何かに引きよせらるように宙に浮き上がった。

 背中から羽のように広がっていくのは魔法陣を思わせる光の文様。円形のそれらは、歯車がかみ合うように回転し、周囲の空間を巻き込みながら何かの形に収束していく。

「天使……」

 誰かが呆然と呟いた。それで男達も我に帰る。

「天使……、天使だぁ!」

 恐怖に駆られ、我先に這ってでも逃げ出そうとする男達。だが、遅かった。


 宙に浮く少女の周囲の空間が歪む。無数の立方体が集まって、何かを形作っていく。

 そこにいたのは赤茶色の巨人だった。金属質の光沢を放つその胴体は、路地一杯に膨れ上がる。そして、そこから左右に腕が、下に足が伸びた。

 人型。

 全ての人類に恐怖を撒き散らすそれは、模造天使と呼ばれる絶対兵器だ。


 逃げていく男達の背中を見ながら、少女は呟く。

「指定任務3、目撃者の消去……実行」

 次の瞬間、夜の路地に炎が煌いた。

 爆風と衝撃波。

 男達は一瞬にして原形をとどめないほどの粉みじんに吹き飛ばされる。破壊はそれに飽き足らず、周囲の建物を数棟、瓦礫の山に変えた。

 崩れた建物の中に無関係の人はいただろうか? たぶんいただろう。

 だが、少女は何の感慨もなく、その光景をスキャンし、もはや人の形をしていない死体を確認する。

「……対象の死亡を確認。撤収開始」


  ○


 夜の中、警察官達が崩れた町の中を走り回る。

「こっちに生存者がいるぞ!」

 瓦礫の中から、引っ張り出されたのは、一人の警官だった。

「頭を打っているようだ。そっと運べ!」

 仲間達に担架に乗せられながら、警官は弱々しい声で呟く。

「……女の子です。女の子が」

 上司が顔を寄せる。

「何を見た?」

「少女です。模造天使の人間形態は少女でした。年齢は十代前半。髪の色は青っぽくて……ボロ布のようなマントを羽織っていました」

「おまえ、降臨の瞬間を見たのか?」

「いえ……。でも、直前に、職務質問を……。なのに浮浪者と判断してしまって……。あの時、俺がちゃんと報告していれば……」

 上司は頷く。

「わかった。その話は後で聞く。とにかく病院に行くんだ」


 そして翌日。その警官がもたらした情報を元に、町中で捜索が開始された。

 だが、模造天使も、少女も、その行方は判然としなかった。


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