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指に宿る邪  作者: makerSat
第1章 双生の鬼子
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優しさに包まれて

 今まで実家は、それなりに居心地のいいものだった。けれど……最近は居心地がすこぶる悪い。


 天笠柚紀あまがさゆずきは数日前から毎日、父母、弟、妹に、実家にご飯を食べに来るように誘われていた。特に、妹の柑奈かんなの攻勢は激しかった。一日にメールが50件、電話が3件という猛攻であった。

 それゆえ、根負けした柚紀ゆずきは、不本意ながらも天笠あまがさ家に足を向けたのだった。

 歓迎されて食卓を共にすると、彼らは気遣う様子を一切隠すこともなく、怒涛の如く喋り続けた。

「あんな男、結婚しなくて正解だ。お父さんは初めて会ったときから気に食わなかったんだ」

「そうだぜ、姉ちゃん。どうせアイツと結婚したって、すぐに離婚するのがオチだろ。浮気しそうな顔してたよ」

柚紀ゆずき、まだ大学生なんだし、出会いはこれからもあるわよ。それに、最近は結婚が遅い人なんて珍しくもないし、ね……」

 父、弟、母。三者三様に紡がれた言葉。

 優しさを受けるのはやぶさかではないけれども、その一方で、柚紀ゆずきの心に着々とダメージを与えてくれたのもまた事実だ。

 さらには――

「もお! お父さん! お兄ちゃん! お母さん! 結婚結婚ってデリカシーなさすぎ! あ、お姉ちゃん。綺羅星堂きらぼしどうのフルーツケーキ食べる? 柑奈かんな、お腹すいてないしいいよ?」

 妹である柑奈かんなの素晴らしき気遣い。これが特に、柚紀ゆずきを傷つけた。

 気を遣われ過ぎるのも苦痛なのだと、理解して欲しいものである。

 ちなみに、綺羅星堂きらぼしどうというのは、天笠あまがさ家の近所にある有名な洋菓子店である。その店のフルーツケーキは柑奈かんなの大好物だった。

 彼女がそのフルーツケーキを手放すなど、よっぽどのことである。

「……あー、えっと。私、部屋に行ってるね」

「掃除ならしといたからな」

「アロマオイル焚いといたから、ゆっくり休んでね?」

 ここぞとばかりに手を挙げ、それぞれに優しい言葉をかける弟の慎檎しんごと妹の柑奈かんな

 慎檎しんごはどちらかと言えばぶっきらぼうで、基本的に気遣いなどしない。柑奈かんなもまた、本来であればワガママな性格だ。それがこの変わり様……

 柚紀ゆずきは泣きそうになった。

「……ありがと、二人とも。それじゃ」

 背中に哀愁が漂ってしまうのは仕方がないだろう。


 はああぁあ。

 柚紀ゆずきは自室のベッドに倒れ込み、深い深いため息をついていた。

「鬱陶しいなぁ」

「ほーんと」

「……阿鬼都あきと鬼沙羅きさら。この家では出てこないように言ってあったでしょ」

 ベッドに突っ伏したままで柚紀ゆずきが言った。

 阿鬼都あきと鬼沙羅きさらの宿る指輪は、鞄の奥の奥に忍ばせてある。

 とはいえ、先日の実験で明かされたとおり、鬼子たちは指輪から五十メートル以上離れない限り、自由に動ける。元気いっぱいに騒ぎ立てる。

「えー。だって暇じゃん」

柚紀ゆずきで遊びたいー」

 手足をばたつかせながら、双子の鬼が言った。その子供らしい所作は、見ようによっては可愛らしいと言えないこともない。

 ただし、それは見る者に心の余裕がある場合に限る。そして、柚紀ゆずきの心に余裕など――推して知るべし。

鬼沙羅きさら! 今『柚紀ゆずきで』って言ったわね! 『柚紀ゆずきで』って!」

 ベッドからすっくと起き上がり、柚紀ゆずきが怒り心頭で叫んだ。

 鬼沙羅きさらはそんな柚紀ゆずきを真っ直ぐ見返し――

「うん。言った」

 満面の笑みで歯切れよく応えた。

「言い切った! 言い切りやがったわ! この子!」

 クスクス。

 叫ぶ柚紀ゆずきを眺めながら、双子は楽しそうに笑っている。

「そんなに怒っちゃやーよ」

「これも愛情表現のひとつだって」

「そんな歪んだ愛情、いらないし!」

 力いっぱい叫んでから、柚紀ゆずきは立ち上がる。そして、ドシドシと音をたてて歩き、扉へ向かった。

「どこいくの? 柚紀ゆずき

「トイレ!」

 ドシドシドシドシッッ!

 盛大な足音が遠ざかっていった。


 ところ変わって居間。

「……柚紀ゆずきのやつ、独りでなに騒いでるんだ?」

「……さあ?」

 父母の心配そうな声。

『………………………………………………………………』

 家族四人で顔を見合わせ、長く沈黙する。

 そして、彼らの心は一つとなった。

 大事な家族を心配する優しさで、満ち満ちた。

「……せ、せめてうちにいる間はゆっくりさせてあげよ! ね! お兄ちゃん!」

「……そ、そうだな!」

 柑奈かんな慎檎しんごががっちりと手を繋ぎ、結託した。

 気遣われる原因が自分にあることを柚紀ゆずきが知るのは、まだしばらく先のことである。


 ところ戻って、柚紀ゆずきの部屋。

 部屋の主はまだ帰っていない。

「ねぇ。お兄ちゃん」

「ん?」

柚紀ゆずき、元気になってよかったね」

「うん」

 クスクス。

 柚紀ゆずきが彼らの気持ちを知るのもやはり、まだしばらく先のことである。


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