12:12 「教室にて考察 -5-」
桐渕は、おどけた調子で答える。
嘘は言っていない。確かにこの異変全体の首謀者は、あの変なメールの送り主であり、桐渕ではない。しかし、僕が聞きたいのはそういう答えじゃない。桐渕なら気づくはずだ。僕がどんな意図でこの質問をしたのか、頭のいいお前なら気づく。そのうえで、論点をすり替えた。核心への言及を避けた。
自分に都合がいいように物事を解釈して真実を隠す。ぎりぎりセーフなのか。僕の能力は相手の「悪意」のみを消しさるものであり、相手の思考そのものを操る力まではない。桐渕がプレイヤーであると仮定して、普通に考えればプレイヤーの疑惑がある僕に対していきなり自分がプレイヤーです、なんて自殺物の暴露話をするわけがない。合理的に考えれば、その手の話題は真っ先に避けようとするだろう。
つまり、さっきの質問には逃げ道があったから、普通の人間なら至るであろう合理的思考のもと、「悪意なく」真実の暴露を避けた。わざわざ身の危険を冒してまで言う必要のないことは言わない。それが人間の心理だろう。
これがもし、「お前はプレイヤーであるか否か」という直接的な回答を迫る質問であったのなら、おそらく真実を答える。もし、プレイヤーでないのなら「プレイヤーって何?」という反応をするはずだ。プレイヤーであるのなら、本当のことを言うしかない。それかお茶を濁す。沈黙して何も言わない。そういう反応が予期される。
桐渕の口から真実を聞くことはできなかった。しかし、落胆はない。反応がなかったわけではないからだ。
僕が質問を投げかけた後、鎖から伝わる悪意に変化があった。「疑念」の量が増しているのだ。桐渕の僕に対する疑念がより深まっている。それが意味するところは何か。
桐渕は僕がゲームへの関係を尋ねるという行為を“サグリ”だと考えたのだ。僕が桐渕に疑いを持っているということが伝わった。これに対して自分も疑いを深めるという心理の変化は、このゲームの仕組みを理解している者にしか起こり得ない現象である。
すなわち、桐渕伴はクロ。
プレイヤーである可能性は、ほぼ間違いない。
これは極めて重要な情報である。僕の明確な、敵であると確定した。
暴いてやった、してやったり。
そんな感情は湧いてこない。最悪の予想が当たってしまった。僕にこいつを殺せるのか。
無理。不可能。
誰かにやってもらうしかない。どうにか自分に有利に事が運ぶように誘導するしかない。
そう考えると、事実がわかったところで、たいして事態は進展していない気がする。むしろ、僕はさらに桐渕から強い疑念を抱かれてしまった。このまま疑念がどんどん奴の中で膨らんでいったら、いくら僕が吸い出しても意味がないレベルまで進行してしまったら、そのときはどうなるんだ。
おそらく、「疑念」は「確信」に変わる。種から芽が出て成長し、花が咲くように。厳然たる事実として僕がプレイヤーであるということを知られてしまえば疑う余地すらない。その情報に悪意もなにもない。
それでも僕に対する悪意はゼロ。そうなったらどうなるんだ。桐渕はどんな行動を取ろうとするんだ。予想できない。
僕がプレイヤーであるという事実、これを桐渕に知られてはならない。
「会長! バリケードがもうすぐ完成するんだけど、出口、ふさいでもいいか?」
教卓や学生机を積み上げて造られたひ弱な防衛壁。教室の出入り口は二つある。そのうち一つのバリケードは完成していた。もう一つの出入り口もふさがなければならないが、そうするとこの教室内にいる人間は外に出られなくなってしまう。バリケードを作っていた男子生徒たちは、その最後の確認を桐渕に取った。
「待ってくれ、私は外に出て他の教室にも見回りに行かなければならない。その後で扉をふさいでほしい。みんな! これから一時的に教室から出られなくなる! トイレに行きたい人もいるかもしれないが、申し訳ない、我慢してくれ。どうしても外に出たいという人がいれば止めはしないが、外は危険な場所であるということを十分に注意した上で行動してほしい。しばらくの辛抱だ、協力して乗り切ろう!」
ほとんどの生徒はおとなしく桐渕の言葉に従い、教室に残ることにしたようだ。それでも、中には外の様子を確かめるために出て行こうとしている者もいる。
「木末は、これからどうするんだ?」
教室に残りたいという気持ちは強い。だが、それではダメなのだ。皮肉なことに先ほどの桐渕との水面下での攻防が発破となった。
時計を見てみれば、もうゲーム開始から15分が経過しようとしている。時間の流れが早く感じる。自らの【武器】を最大限に駆使して行動を起こさなければ、取り返しのつかない事態に陥るかもしれない。
それにこのまま教室にいれば、この場所に閉じ込められてしまうことを意味する。なにかあったときに逃げられない。一般人もろとも一網打尽にされるようなことになるのだけはごめんだ。
「僕は、外に出るよ。色々と気になることがあるし」
「ほお……意外だね、君がそんなことを言うなんて」
桐渕はニヤニヤと見下すような笑いを浮かべている。確かに普段の僕はこういうとき、じっとして危険が去るのを待つタイプの人間だ。だが、こいつの指摘の仕方が、言い方が気に食わない。つくづく腹の立つ女だ。彼女から伝わってくる「疑念」も少しだけ増えた気がする。たったそれだけのことで疑わなくてもいいだろうが。
僕は必要になりそうな物をまとめてポケットに押し込み、席を立つ。
「じゃあ、私と一緒に来るかい?」
「いや、桐渕はこの教室みたいに他の生徒に指示を出して回るんだろう。僕に手伝えることはなさそうだ」
「そんなことはない。他にもすることはあるさ。この異常事態の真相を突き止めるための情報集めなんか、ね」
「だったらなおさらだ。二手に分かれて情報を集めた方が効率がいい」
「ふふふ……そうか、君がそう言うのならそうしようか。ではお互いに調べを進めてから後で合流しよう。危なくなったら私のところに来てくれ」
私が君を守るよ。そう言いたそうな顔。でも、それは言葉にならない。
「嘘」だから。
最後まで笑顔を絶やさず、桐渕伴は教室から出て行った。




