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15:03 「セブン デッドリー シンズ」

 

 ゆっくりと瞼を開ける。夢の中の世界よりも現実は真っ暗だった。なるほど、言い得て妙だと納得する。僕は光も差さない暗く狭い場所に閉じ込められていた。

 

 ゴツゴツとした質感の何かが押しつぶすように僕の体にのしかかっている。確認するまでもなく、瓦礫だった。崩壊した校舎の壁か天井か、とにかく砕けたコンクリート片が折り重なり、奇跡のように作り出したわずかな隙間に僕はいた。歯の間に挟まった食べカスのような気分。しかし、生きていた。

 

 奇跡的な事実だが、奇跡ではない。僕がこうして生きているということは、最後に取った作戦が間違いではなかったということの証だろう。偶然、幸運にも生き延びたわけではない。

 

 いや、幸運ではあるのか。何しろ成功する確率は低いと言っていい作戦だった。

 僕は剣化直前というとき桐渕の体に抱きついた。そこが最も安全な場所だと思ったからだ。

 

 桐渕は自分が致命的な攻撃を受けると(さっきの場合は自殺だったが)、死の運命が書き換えられる。その書き換えられ方というものは、どうも必要最低限の形で変化するような気がしたのだ。

 樋垣の正拳突きや三本の銃撃といった攻撃は、現実的にはありえないようなむちゃくちゃな結果に修正されたわけではない。あくまで“起こりえるかもしれない”運命に書き換わった。

 

 そうであるならば今回の書き換えも、そう変な結果になることはないだろうと踏んだのだ。たとえば、いつの間にか気づいたら積み重なった瓦礫の上にいた、なんて説明のつかない助かり方はしないのではないかと思った。

 瓦礫には押しつぶされる、しかし一命は取り留める可能性を考えれば、偶然にも発生した隙間に運よく潜り込めた、という線が妥当だろう。実際、内部から崩壊をもたらすほどの質量が発生したとなれば圧死は必至なのだが、そこは能力の超常的パワーで何とかなるはずだ。

 

 そうなると、桐渕の体の周囲にある瓦礫は結果的に彼女を避ける運命に換わる。桐渕の周りに空間ができると予想し、それを利用するために僕は桐渕に抱きついたわけだ。無論、本当にそうなる保証はなかった。あのとき思いつく限りの知恵を絞り、僕なりにできることを尽くした末の結果である。

 

 作戦は半分成功、半分失敗といったところか。

 桐渕を守るように作られたスペースに、あと1人の人間を収めるだけの余裕はなかったのだ。むしろ僕の体は桐渕を衝撃から守る緩衝材のような扱いになるよう運命が書き換わったようである。それでも生きているのだから幾分マシだが、状況は深刻だった。

 

 体の半分の感覚がない。下半身が麻痺しているようだ。強い圧迫感はあるのだが、すでに痛みがなかった。ぴくりとも動かせない。実は、こうして意識を保っているのも精いっぱいなのだ。呼吸が荒い。一息ごとにごっそりと体力を消耗する。よくわからないが、失ってはならない何かがどんどん消えていく感覚である。瞼が重く、一度閉じればもう二度と目を覚ますことはないような気がした。

 

 なんとなく、もう助からないのだと悟った。

 

 ひどく、寒い。体が芯から冷えていた。熱が失われていく。

 不愉快なことに僕の体の下には桐渕がいた。その体温を否応なしに感じてしまう。僕の手の中には、まだ鎖が1本残っていた。

 

 なんともしぶといことに、桐渕は生きているようだ。腹の傷の出血は止まっていた。たぶん、幾ばく待たずして死することになるだろう。今なら僕でもトドメがさせるが、そんなことをしたところでもう遅い。

 朦朧とする意識に鞭打って携帯を取り出し、時間を確認したところ、現在15時3分。ゲームは終了していた。つまり、僕と桐渕の勝負は引き分け。2人以上のプレイヤーが生存したのだから、ゲームは皆殺しで終結する。

 まあ、どのみち僕は助かりそうにないから、どんな結果に終わったところで構いやしないのだが。瀕死の桐渕に恨みをぶつけるだけの気力も残っていなかった。

 

 らしいと言えばらしいのだが、桐渕の鎖からは悪意を感じた。それは、さっきまでの汚泥のような濃い悪意よりは薄まっていた。だが、確かに悪意なのだ。死ぬ寸前、意識もまともに働いていないのであろうというこの状況においても、桐渕は諦めていないようだ。

 

 その執念には怖さを感じる。しかし、怖さよりも感服の気持ちが上回る。感服よりも呆れる。呆れよりも、笑いがこみあげてきた。

 

 「ふはは……ははは……」

 

 息を強く吐くだけで体力を消耗するのだから、笑うだけで死にそうなくらいの苦痛だった。どうせならそのなけなしの活力は、助けを呼ぶために残しておくべきなのかもしれないが、それも無駄なことのように思える。助けは来ないのだ。だったら、笑っておこう。今はなんだか、無性に笑いたい気分なのだ。

 

 だが、予想外なことに反応はあったのだ。

 

 「誰かそこにいるの!?」

 

 突然、聞こえてきた声。無論、僕のものでも桐渕のものでもない。

 驚くべきことなのだろうが、あいにくと面白いリアクションが取れるほどの余力はない。ガサコソと音がする方に目を向けた。携帯のディスプレイを明りにして、そちらを照らすよう懸命に手を伸ばす。

 

 瓦礫の壁の一部がボロリと崩れた。小さな穴が開き、その向こうに2つの光が見える。それは目だった。こちらの明かりが反射して浮かび上がった、両の目。誰かが壁の向こうにいた。

 

 「生きてるの!? 返事をしなさい!」

 

 そこにいたのは向坂だった。僕が幻覚を見ているのではないとすれば、間違いなく彼女は生きている。

 そうか、向坂は能力をコピーすることができるのだった。桐渕の“運命書き換え”をコピーしていたのか。今になって思えば、すぐに気づきそうなものだが、すっかりその可能性を見落としていた。ミスリードを誘うような話し方をされた気がする。

 

 ということは。よく見れば、僕が握っている鎖は向坂のものだったのだ。

 桐渕はというと、死んでいた。とっくに心臓が止まっていた。感じた体温は死後の残滓だった。じかに体が触れ合う距離にいたというのに気づけなかったのだから滑稽だ。

 これほど笑えることはない。

 

 「はははは……」

 

 「ちょっと、笑っている場合じゃないでしょう!? それよりゲームはどうなったの!?」

 

 携帯を見ると、桐渕の死亡確認メールが来ていた。きっかり15時に死んでいる。そしてタイミングを見計らったかのように新着メールが届く。そこには僕がゲームの勝者であることを簡潔に伝える一文が書かれていた。後は自由に各自解散とのこと。

 

 どうやら、僕は勝ったらしい。

 どっと疲れた。薄れていた意識がさらに遠くなる。向坂が何か言っているが、水の中にいるようにくもぐった音しか聞こえない。

 

 あれだけ強大だと思っていた桐渕が死んだ。信じがたいが現実だ。空虚に感じる。しかし、清々しかった。僕の心は晴れていた。罪悪感はなく、恨みを晴らすような気持ちのよさでもない。

 ただ純粋に、桐渕に勝てたことが嬉しかったのだ。かつてのように、僕と桐渕は勝負を楽しんでいた。

 それ以外の感情はない。指一本、動かす体力も尽きてきたというのに、笑いだけはどうしてもやめられなかった。さんざ他のプレイヤーたちを頭のおかしい奴らと貶したが、僕も例外ではなかったらしい。

 

 そろそろ本格的に視界が黒ずみかけてきた。終わりがすぐそこまで来ているようだ。

 自分でも驚くほど未練がない。清算する人間関係がもうないのだ。自分がいかに薄っぺらい人間だったか思い知る。でも、それでいいさ。

 

 心残りと言えば、このゲームの主催者が何者なのかという疑問はある。しかし結局のところ、それがわかったところで黒幕は僕の預かり知らないところにいる何かなのだろう。宇宙人の実験とか、謎のオーバーテクノロジーを有する組織の仕業とか、社会を裏から牛耳る超能力者機関の計画とか、神様の戯れとか、どんな経緯があったにせよ、聞くだけ馬鹿らしい気がしてきた。死にゆく僕には関係のないことだ。

 

 最後に、このゲームの戦績を発表する。

 プレイヤー7人は全員死亡。唯一の生存者にして実質的な勝者は、向坂実論。

 

 それでは、この惨劇の一端を担った大罪人の死をもって終幕としよう。

 さようなら、“悪友”。

 


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