14:52 「新校舎2階廊下にて決戦 -2-」
「ど、お、え、何が!? どういうことなんだ、これ!?」
僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。向坂が言った『窃盗の鋏』という言葉に動揺を隠せない。その言い方だと、『傲慢の剣』とか『嫉妬の鎖』みたいじゃないか。でも、『窃盗』なんてワードは聞いたことがない。だいたいそれじゃあ、プレイヤーが8人になってしまう。プレイヤーは7人、変更はない、そう決まっていたじゃないか。
「確かにプレイヤーは7人ですわ。だから、私はプレイヤーではない。【武器】を持った一般人ということですわ」
「はあ? それにしたって、『窃盗』ってのは何だ? 七つの大罪にそんなものがあるのか?」
「あるのですわ」
向坂の話によると。
七つの大罪という概念の原型ができたのは4世紀のころである。もともとは「暴食」「色欲」「強欲」「憂鬱」「憤怒」「怠惰」「虚飾」「傲慢」「窃盗」という9つのくくりがあった。
6世紀後半になり、この概念が変化する。「虚飾」が「傲慢」と、「憂鬱」が「怠惰」と併合し、2つの罪にまとめられる。そして「窃盗」という言葉が使われなくなり、新たに「嫉妬」が追加された。
このゲームで登場したような七つの大罪の形は、以上のような経緯でできた。それが伝統的な形として決まっているだけであり、『窃盗』という罪がないわけではない。取り立たされていないだけで、大罪の中に含まれている。
それを考えれば、項目としては消えてしまった『窃盗』の罪だが、プレイヤーではない存在として戦場に紛れ込ませたという説明はつかないでもない。プレイヤーにその情報が与えられなかったことは不親切であるが、ルールに抵触はしていない。ゲームを盛り上げるためのイレギュラーとして主催者側がこっそり仕掛けた、そういう意図があったのではないか。
そう言えば、個人が持つ能力の数に関して不思議に思っていた節があった。僕と樋垣と島井は1つの能力しか持っていない。上遠野に関しては1つと言っていいのか微妙だが、能力全体に関連がある。渥美は『施錠』と『解錠』という2つの能力があったが、それも関連がある。鍵という性質上、その2つの能力はセットで考えるべきだ。
そこに至り、桐渕と三本は少し特殊だ。明確に異なり、関連性のない2つの能力を持っている。桐渕は「指の剣化」と「運命書き換え」、三本は「分身」と「透明化」だ。2人の【武器】は『傲慢』と『怠惰』である。さっきの向坂の話にあった「虚飾」と「憂鬱」の概念の変化と符合するのではないか。
まあ、そんな話は今さらどうでもいい。
向坂は【武器】を持っていた。そしてゲームのルールも元から知っていた。そこにノコノコと島井が接触してきたわけである。騙そうとしていることは一目瞭然。逆に向坂は騙されたフリをして息をひそめていた。向坂と島井は本当に能力者コンビだったのだ。
「ですが、私が定規を愛していたことに偽りはありませんわ。あれは私の獲物でした。このゲーム、何とかあなたを出し抜いて2人で勝利する計画でしたのに……私、“奪う”ことは好きですが、奪われるのは我慢なりません。泥棒猫は死をもって償いなさい」
さしもの桐渕も8人目の能力者の存在は予想だにしていなかった。故の不意打ち成功。裏の裏をかいた逆転劇。馬鹿で考えなしの世間知らずなお嬢様かと思いきや、意外や意外、切れ者だったとは。
ちょっと待て、もしかしてこれって、僕の勝ちなんじゃないか。そうだ、桐渕がやられたのだから僕の勝ちだ。
「桐渕、死ぬの? 僕、助かったってことだよね!?」
「ええ、そういうことになるでしょう。良いことを思いつきましたわ。そちらの殿方……ええっと、誰でしたっけあなた。まあ、誰でもいいのですが。桐渕伴は随分とあなたのことを気に入っているようですわね。こんなことなら島井定規なんかではなく、最初からあなたに目をつけておけばよかったですわ。というわけで彼は、私がいただきますわ」
しかもこれは告白されたのではないか。ゲームで生き残り、かつ美人な交際相手もゲット。これ以上のハッピーエンドがあるだろうか。かなりめんどくさそうな性格の女子だし付き合う気はさらさらないが、生きて帰れるのだから些細な問題だ。
僕は浮かれて向坂とハイタッチ。生きてるって素晴らしい。
「一撃でトドメはさせませんでしたが、その傷ではろくに動くこともできないでしょう。『負けない』能力とやらがあっても無駄なことです。なぶり殺しにして差し上げますわ」
後ずさり距離を取っていた桐渕のところへ、向坂が引導を渡さんと近づいていく。その姿のなんと頼もしいことか。腹を貫通する一撃を受けたとはいえ、敵はあの桐渕だ。ゲーム終了時間まで粘られては厄介。いけ、やってしまえ。
だが。
「ふふ、くくくくく……」
桐渕は笑顔。いつもの笑顔。食道からこみあげてきたのか、口元から血を流しながらも笑っていた。腹からも溢れだす血。どう見ても死に体といった有様だというのに、その余裕はどこから出てくる。その異常な態度に、向坂は警戒して足を止めた。
「ありがとう、向坂さん。これで、私は、“決断”できる」
桐渕はあろうことか、向坂に礼を言った。戦意喪失などしていない。何かする気だ。この期に及んで諦めていない。
戦慄する。喜ぶのは早かったのだ。




