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12:10 「教室にて考察 -4-」

 

 なんで。

 その言葉しか出てこない。

 僕の中に入り込んできた悪意は「疑念」だった。桐渕は僕に対して「疑念」という悪意を抱いていた。

 

 これがもっと別の何かなら話はわかる。気持ち悪い奴とか、頭が悪い癖に見栄を張ることだけは一丁前の馬鹿だとか、そういう感情を抱いているのなら理解できるのだ。

 

 だが、「疑念」。僕は何かを疑われている。

 まだ何もしていない。疑われるようなことはしていない。

 

 こいつは僕の何を疑っているんだ。それがわからない。読み取れるのは悪意だけなのだ。どうしてその悪意を抱くに至ったか、その理由まではわからない。とにかく桐渕は僕を疑っている。

 

 しかも尋常ではなく。

 桐渕から吸い取った悪意の9割が「疑念」なのだ。こいつは僕に対して疑いしか待っていない。しかも、悪意ある疑いだ。この状況で、何を疑う。

 

 考えられる最悪の可能性は、僕がプレイヤーであることを疑われているということ。

 

 それ以外に何がある。思いつかない。思いつきたいのに思いつかない。たとえばもっと別の理由で疑われていたとして、今、それを前面に押し出すだろうか。この異常現象が発生し、殺人鬼まで登場した閉鎖された環境の中で、明確な悪意に至るまでの「疑念」を彼女に対して抱かさせるほどの何かを僕は過去にしていたというのか。

 

 そんな考えは妥当ではない。仮定しよう、桐渕は僕のことをプレイヤーだと疑っている。そうなると桐渕には必然的に、このゲームのことについて知識があることになる。この短時間でその情報を仕入れることができたということは、桐渕自身がプレイヤーである可能性が高い。しかし、納得できない。さっき目があったとき、その瞬間に桐渕は僕がプレイヤーであると見抜いたというのか。そんな方法があるのか。

 

 ないことはない。桐渕がそう言う【武器】、たとえばプレイヤーの所在を探知するタイプの能力などを有していれば可能だ。だが、それではつじつまが合わない。僕がプレイヤーだと一目瞭然にわかるというのなら、抱く感情が「疑念」であるはずはない。もうプレイヤーだと確定しているのだから疑う必要はない。プレイヤーであることを確信していたと仮定して、もっと別のことに疑念を抱いているのか。たとえば、僕の【武器】の効果が何であるかについて疑いを持っている。

 

 いや、ない。それはない。そうならば「疑念」より先に「警戒」とか「敵意」とか、そういう感情が現れるはずだ。悪意の内訳9割が「疑念」というのはおかしい。つまり、何らかの手段で僕がプレイヤーであると判別する手段はあるが、確信は持てない。そういう能力なのか。

 

 それはどんな能力なんだ。自分で考えておいて何だが、想像もできない。もっと情報が欲しい。桐渕の思考を探る手掛かりが。注意深く桐渕の悪意を探ってみる。9割は「疑念」、残り1割は何なのか。

 

 

 それは、「殺意」だった。

 

 

 「おっ」

 

 おかしい。奴の悪意は9割の「疑念」と1割の「殺意」で構成されている。頭がおかしいんだこいつ。

 通り魔に襲われた気分だ。気がつけばナイフを突きつけられている。首筋に冷たい刃をぴたりと当てられているかのような、身の毛もよだつ感覚。

 それは人間だから誰かを殺したいと思うことはあるだろう。でも、今このときに、そんなたまたまの殺意をくみ取ってしまったのだなんて楽観的に考えられない。1割もである。全悪意中、10パーセントも僕のことを殺したいという気持ちで占められている。

 

 「どうしたんだ、体調が悪いのかい?」

 

 たぶん、今の僕は動揺を隠せていない。顔色も真っ青になっていることだろう。桐渕は、さも僕のことを気遣うようにやさしい言葉をかけてくる。

 よくも、いけしゃあしゃあと。心の中では僕を殺したいと思っているくせに、どの口が言う。悪魔だ。こいつは正真正銘の悪魔。

 そっちがその気だというのなら、いいだろう。僕だってむざむざと殺されてやる気はない。今をもって桐渕伴を僕の最悪の敵と認定する。行動、発言、その全てをうのみにしない。絶対にこいつにだけは殺されないように細心の注意を払う。そう誓った。

 

 「……そりゃ、こんな異常なことが立て続けに起これば気分も悪くなるさ」

 

 何にしろ、当面の危機は脱した。僕は桐渕の鎖を持っている。これで手綱を握ったも同然だ。少なくとも、突然こちらを殺しにかかってくることはない。

 これはチャンスだ。反撃しよう。僕には僕にしかできない攻撃の仕方がある。

 

 「なあ、桐渕、変なこと聞くけどいいかな?」

 

 「ん? なんだい、改まって。別になんでも聞いてくれて構わないが」

 

 「この異変、お前が関わっているんじゃないか、って思ってさ」

 

 桐渕は笑顔のまま僕を見ている。何のことを言っているのかわからない、という顔をして。

 

 この質問にどう答えるか、桐渕伴。

 お前の悪意は僕が掌握した。つまり、桐渕は僕に対して「嘘」をつくことができないのではないか。ささいな嘘なら悪意なくつくことも可能かもしれないが、自分がこのゲームに関わっているか、もっと言えば自分がプレイヤーであるか、ということを僕に隠すことは明らかな悪意ある嘘。それに桐渕はおそらく僕がプレイヤーであるのではないか、と疑っている。その心理状態でさらに自分がプレイヤーであるという事実を隠せば、それはもう混じりっ気なしの悪意である。

 鎖を握っている間、常に桐渕の悪意はゼロにされ続ける。僕に対して悪意を持つことはできない。嘘はつけないのだ。

 

 これで桐渕がプレイヤーであるかどうかがわかる。重要な情報だ。

 桐渕は笑顔のまま、その笑顔をより一層強めた。

 

 「ふふふ、もしかして、私がこの異常の首謀者だとでも疑っているのかい? 確かに私には色々と尾ひれがついた眉唾物の伝説が数多くあるが、さすがにここまで規格外の奇跡を起こすような超能力なんかないよ」

 


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