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14:48 「新校舎2階廊下にて解答 -8-」

 

 そして起こる。最終的に、僕は島井の炎に焼かれなかった。その上、追いうちのような島井の証言。

 

 「なぜだかわからないが、急に攻撃する気が失せた。そのように島井君が言ったね。自分の体験として考えたときは何が起きているのかわからなかったが、客観的に他人の意見を聞くと見えてくるものがある。私の推理を述べよう」

 

 木末、君はプレイヤーだ。

 君の能力は『故意殺人をさせなくする』。他人に気づかれず、精神に働きかける能力だ。

 

 桐渕の言葉が霞がかったように聞こえる。まるで水の中にいるような気分だった。

 当たらずと言えども遠からず。いや、もうほとんど気づかれたと言って過言ではない。そこまで知られてしまったら、丸裸だ。鎧のパーツを一つ一つ、丁寧に剥がされていき、いよいよ完全に武装を解除された。僕にとって一番、知られてはならない情報が露見してしまった。

 

 何と言ってごまかせばいい。それは違うと否定したところで、理由を求められる。理由が答えられなければ、何の説得力もない。桐渕が幾重にも張り巡らせた推理を全て論破し、納得のいく形で終息させる。できるわけがない。だが、何か言わないと。黙っていたら、それこそ怪しい。もう認めてしまったようなもの。

 

 何か、言え。しゃべれ。何でもいい、時間を稼げ。

 

 「な、なんで」

 

 「ん?」

 

 「なんでお前はそんなことが平気で言えるんだ! 人を殺すとか、どうして平気でそんなことができる。僕がプレイヤーであるかどうか確認するために、全校生徒を殺しただと? そんなわけがあるか! 僕を言い訳の理由にするな。それはお前の異常性を僕に転嫁するための、都合のいい合理化だ! 僕のせいにするな!」

 

 僕の口から飛び出したのは、何の根拠もない感情論。だが、間違ってないはずだ。そのはず。一般人ならこういう態度を取るだろう。ああだこうだと理論付けていちいち相手の上げ足取りをするようなことはしない。とっさにそんなことはできない。むしろその方が不自然。

 

 桐渕は何も言い返さない。ただ、ニヤニヤと笑っていた。癪に障る。どうしようもなく腹が立つ。苦し紛れの末に言い放った桐渕への避難は、もう演技ではなくなっていた。偽らざる本音。僕は本当に感情的に物をしゃべっていた。

 

 「ずっと隠してたのか、自分がプレイヤーだってこと! ゲームを迅速に終了させるためにプレイヤーたちを処分するとか言ってたよな? 結局、お前が生き残りたかっただけだろ! よくも嘘がつけたな! なんでだ! 何か言ってみろ!」

 

 僕の中にあった最後のしこりだ。桐渕は僕に嘘をついた。重大な嘘だ。これを悪意と呼ばずして何と言う。僕の能力があれば、悪意ある嘘はつけない。やはり、この前提は間違っていたのか。

 

 「私が嘘をついたことがそんなに不思議なのかい?」

 

 しかし、そこで桐渕は食い付いた。急に返答してきた。僕としては頭がカッとなって、つい口から飛び出てしまった疑問。どうせスルーされるものだと思っていたのに、ピンポイントで反応を返される。思わず言葉に詰まった。

 

 「君の能力で私は嘘がつけないから」

 

 表情が固まる。何とか平静を保とうとするも、無理。図星を突かれた人間というものは普通、何らかの反応を示してしまう。全力疾走していたところ、思わぬところで足を引っ掛けてしまった感じ。後は転ぶしかない。どうしたって持ち直せない。

 桐渕はニヤリと笑みを大きくした。

 

 「私が思うに、さっき言った君の能力はあくまで“最低でもそのくらいの効果はある”と思われる水準だ。実際はもっと他に何かあると思っている。殺意だけなく、より広範にこちらの悪意を霧散させる能力では、と。現に今、私は君に対して嘘をつこうという気がおきない」

 

 もともと、こんな話を僕にする必要はないのだ。桐渕の性格を考えれば、まずしゃべらない。黙っておく。彼女に限らずとも、ここで敵と知った相手の利にしかならない情報をペラペラ話す馬鹿はいない。つまり、僕の能力は効いているのだ。桐渕が何らかの策を弄そうとしていない限り、そのように判断していいはず。

 

 「ある意味で冗談みたいに強い能力だね。こちらにできることと言えば、せいぜい自分の話したくないことは“後で話す”つもりにして話題をそらすか、黙秘するか。いずれにしても嘘はつけない。君に対して後ろめたさを感じるような積極的行動は一切取れないというわけだ」

 

 では、なぜ。どうして今まで桐渕は嘘をつけた。あれは単に黙っていたとか、そんな言葉では言い逃れできない。完全完璧に嘘をついた。何度もだ。それをどう説明する。

 

 「君が何を考えているのかわかるよ。しかし、それは少々うがちすぎだ。答えはもっと単純明快。私は君に正体を悟られたくなかったから嘘をついた。なぜなら、言う必要がない。別に私は君を騙そうと思っていたわけではなく、わざわざ余計なことを言って君の不安を煽るようなことをしたくなかっただけだ。要するに、“善意の嘘”というわけだね」

 

 僕の思考を読むようにして、桐渕は言った。

 善意の嘘。それが僕の疑問の答え。

 

 そんなわけがあるか。善意だと。不安にさせたくなかったから。何を今さら。敵か味方かもわからない相手にそんな気遣いをするわけがない。こと、お前に限ってそんな甘い考えを持ち合わせているわけがない。

 

 それともそれは、僕の能力が引き起こした結果なのか。上遠野の態度を軟化させたように、桐渕の悪意を消したことで彼女の感情は好意に傾いた。だから生まれた僕への“気遣い”。

 だとすれば、僕は最初から自分の能力を見誤っていた。前提が間違っている。悪意ある嘘はつけないのだから、つかれた嘘に悪意はないのだ。考え方が逆。根本的な見落とし。

 

 「そんなに睨まないでくれるかい? 不思議がることはない、私たちは“友達”だ。私は君のことを誰よりも気に入っている。できれば君を優先して助けたいと思っていたさ」

 

 「嘘をつけ……!」

 

 寒々しい。嘘であった方がまだマシだ。だが、おそらくその言葉は嘘ではない。その事実がより一層、不快な感情を催させる。

 

 桐渕は僕を見ていた。いつもの目だ。ヘドロみたいな色をした目。他の誰も気づかないが、僕は知っている。本来この女は、皆からもてはやされるような人間ではない。人格者ではない。

 

 「私は人の羨望を集めるのが好きだ。羨まれ、妬まれ、そしてそれを見下すことが好きだ。組織の長を任された者として失格だと思うかい? それは違うな」

 

 だからこそ桐渕伴は慈愛する。

 自分より下の者だから、かわいがってやる。世話を焼いてやる。無償で尽くしてやる。余裕を見せる。それが上に立つ者の責務であり、楽しみだ。

 桐渕はそう言った。

 

 「だけどね、そのうちみんな諦めるんだ。慣れると言った方がいいね。私のことを“そういうもの”だと思って、噛みついてこなくなる。私のことを別枠で考え始める。たとえば尊敬とか、そういう目で見てくる。これほどつまらないことはないよ。そんな人間を見下したところで何の感慨もない。なにしろ、そういう人たちは私の相手になってくれないのだから」

 

 そもそも張り合おうと思わない。桐渕と勝負しようとなんか思わない。同じ土俵の上に立ってくれない。

 彼女の前に立って彼女と向かい合う人間はいない。

 

 「その点、君は違う! 木末はずっと私のことを見ていてくれた。他の誰にもわからなくても、私は知っている。君は私を嫉妬してくれた。何年も前からずっとだ。私にこびへつらう有象無象の輩とは違う。その目を見るたびに、私に勝者の感慨を与えてくれた。だから私は、」

 

 今までに見たことがないほど、桐渕は興奮した様子だった。僕は初めて桐渕の胸の内の声を聞いた。それは僕が予想していた通りの言葉で、昔から変わらない彼女の性分で、手の施しようがないほど、

 

 「君のことが大好きだ」

 

 歪んでいた。

 


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