14:44 「新校舎2階廊下にて解答 -6-」
桐渕の能力が判明した。どうしてだ。なんで2つも能力を持っている。僕は1つで、桐渕は2つ。不公平だ。ただでさえ地力が違うのに、能力でも差をつけられる。反則的に強い。絶対に死なないなんて、弱点がないじゃないか。
「私にも弱点はあるんだ、木末。この『勝負に負けない』能力、発動できなくなる例外が存在する」
なんと桐渕は自身の能力の弱点まで明かした。
「不意打ち」「逃走中に受けた追撃」などの攻撃は、この能力によるカバーがない。よって、それらの手段でなら桐渕を殺すことが可能になるのだ。
さらに言えば、この“運命の書き換え”は、完全に敵の攻撃を無効化してくれる保証はない。致命傷となる攻撃を受けたときにしか発動しない。一撃必殺の攻撃しか無効化できないのだ。
また、三本の放った銃弾は“当たらなかった”ことになった。だが、樋垣が最後に仕掛けた正拳突きはガードこそできたものの、完全には防げず、傷を負っている。結果的に死ななかったわけだが、完全回避される運命には書き換えられなかった。ランダム性があるのだ。致命傷となる攻撃を“防ぐ”か“避ける”か、どんな運命になるのかわからない。
確かに『勝負に負けない』能力ではある。しかし、『必ず勝てる』ようになる能力ではない。無傷で勝利させてくれる能力でもない。自分から勝とうと思って戦わなければ勝利はないのだ。
「そしてこの能力の欠点が、私を苦しめた。ああ、こんな経験は初めてだったよ、木末。やはりこうなった。君は最後まで生き残ると思っていた。ふふふ、さすがだよ。ふふふふ」
気味の悪い笑みを浮かべる桐渕。何を言っているのかわからなかった。
桐渕の能力はわかった。だが、僕には腑に落ちない点がある。僕は当初、桐渕は情報収集系の能力ではないかと思っていたのだ。なぜなら、彼女は最初会ったときから僕のことを疑っていた。能力でも使わなければわからない情報だ。そして以降も僕に対する疑念を減らすことはなかった。確かに僕の行動にも怪しいところはあった。だが、それにしても異常な疑いぶり。それはなぜだ。
「なに笑ってんだよ……まさか、僕のことをプレイヤーだと疑ってるんじゃないだろうな!?」
「そう、最初は疑っていた。どうしてだと思う、木末」
発問する教師のように桐渕は問いかける。そんなこと、僕にわかるわけがない。
「簡単だ。君はこう思ったことだろう、『桐渕伴がプレイヤーであることは最悪だ』と。それと同じさ。私にとって『東原木末がプレイヤーであることは最良だ』と思ったんだよ。君を昔から知っている私だから、そう思った。私が『傲慢』なら、君は『嫉妬』だろうなあ、とね」
何を言っているんだ。そんなことが理由になるか。人を疑う理由になっていない。桐渕がプレイヤーであることは最悪、確かに間違いない。僕は心の底からそう思う。僕は最悪を考慮して桐渕がプレイヤーではないかと常に疑い続けた。だが、だからといってその論法と僕がプレイヤーである可能性がどうやってつながるというのだ。僕にはわからない。
「無論、それはただの他愛もない所見だ。偏見にすぎない。君と会って、私はその考えを改めた。そう、改めてしまった。それは私にとって、してはならない愚行だというのに、私はそれをしてしまったんだ。くくく……おかしいなあ。君もそう思わないかい?」
何がおかしいというんだ。変なところはないはずだ。桐渕が仮に僕のことを意味不明な理由で疑っていたとしても、僕が彼女の悪意を吸収することで問題はなくなる。それとも何か、桐渕はこの世のすべての人間を疑わなければ気が済まない人間だとでもいうのか。
「私は君と行動を共にした。それも最初は気まぐれのようなものだった。だがね、時間が経つにつれて違和感が大きくなっていった。正直に言えば、私は君に恐怖していた」
「な、なぜ?」
それはこっちのセリフだ。人間離れした行動をいくつも見せつけられたのは僕の方だ。僕が桐渕を恐れこそすれ、桐渕が僕を恐れる要素なんて一つもない。
「私には弱点があった。不意打ちを能力で防げない。逆に言えば、私にとってはその1点を重点的に気をつけてさえいればいい。私の周囲にいる人間を敵と仮定し、攻撃に備えて心構えをしておく。それだけでも対策としては有効だ」
穴はあるが、どこから敵が来るかわからない状況なんて全てのプレイヤーに言えることである。別に間違った策ではない。僕でもそう考える。
だが、もしその単純極まりない基本的な策が通用しない敵がいたら。
「異常としか言えない感覚だったよ。私は君のことを“敵”と認識できなかった。そしてそれを変だと思いつつも、認識を改めることができなかった。君がプレイヤーであると仮定はできても、それはどこか他人事のような緊迫感のない“可能性”の1つとしか感じなかった。要するに、私は君のことを疑っていなかったんだ」
不意打ちを受ければ桐渕は殺される。それは誰にでも言えることだが、桐渕の場合はそれを顕著に意識していた。そんなときにだ、僕のような人間が彼女のそばにいればどうなる。悪意を全て無効化してしまうような人間は、どう映る。
「自分の感情に説明がつかなかった。まさか私は君を特別な存在として認めた、つまり恋愛感情でも持っているのではないかと疑ったくらいだよ。まあ、それより先行する感情があった。恐怖だ。ほんの些細な、見落としてしまいそうなほど微々たるものだが、確かな恐怖だった。君は私にいつでも不意打ちできた。にもかかわらず、私は君を疑えなかった。わかるかい? 私には君が少しだけ化物に見えた」
恐怖という感情は悪意に含まれるのか。
微妙だ。他人を恐怖すること自体は、直接的に悪いことではないように思われる。ともかく、僕の能力の対象外であることは確かだった。鎖から伝わる感情に「恐怖」という項目はなかったのだ。すなわち、僕は相手の恐怖まで無効化できるわけではない。
「しかし、私は君のそばから離れることもできなかった。君から目を離すことを避けたかった。だが、なにより、私は君から逃げるという選択肢を持ち合わせていなかった。それだけはできなかった。戦略的撤退なら認めよう。しかし、判然としない理由で気味の悪さに駆られて逃げるなど、私にあるまじき痴態だ。ある意味で、君は私の最たる強敵だったよ」
それをこの場で僕に話すということは、つまり隠す必要がなくなったということ。僕は桐渕の強敵“だった”のだ。
僕にはいつでも桐渕を殺すチャンスがあった。いや、それはもとより考えるまでもなく言えたことだ。それが僕の能力だということは初めからわかっている。だから、こう言いなおした方がいい。
これで僕は桐渕を殺すチャンスを失った。




