14:35 「新校舎2階廊下にて解答 -3-」
今日の12時30分に来た手紙なら、細工のしようはまだある。ゲーム開始から30分の間に向坂に気づかれないよう、偽の手紙を作って下駄箱に放り込んでおけばいい。
だが、昨日の手紙とはなんだ。確かに昨日、僕の携帯にもメールは来た。七つの大罪とか、明日の12時にゲームを始めるとか意味不明なことが書かれたメール。そのメール文を紙に写して手紙を作り、向坂の下駄箱に入れておく。理論上は可能だ。
だが、ありえない。その発想がありえない。昨日の時点でこのイカれたゲームが現実に起こることなど、予想できるはずがないのだ。そんな細工をしておこうと考えることがまず不可能。常軌を逸している。
「君たちの疑問はもっともだ。もちろん、包み隠さず全て話そう。そうだね。昨日の放課後のことから、順を追って説明しようかな」
昨日、桐渕と島井は会っていた。放課後に生徒会室にて雑談していた。
そのとき、2人の携帯に同時にメールが入る。わけのわからないメールだった。しかしイタズラにしては手が込んでいる。自然と、そのメールのことに関して話題は移っていく。
「おかしいと思ったのはそのメールのアドレスだ。まるで文字化けしたかのような有様だった。アカウント名以下がそんな状態で表示されるなんて故障はまず考えられない。しかも、そんなメールが私と島井君、双方の携帯に同時に着信した。偶然で片付けるにはあまりに奇妙だ」
そこで桐渕と島井は互いの見解を述べ、そのメールの真意について話し合った。
だが、所詮はただのメール。まさか本当に何かしらのゲームに巻き込まれてしまうなんて思ってはいない。世迷言だと割り切って、暇つぶしに論議してみただけの話であった。
そもそも、昨日の時点で届いたメールにはゲームに関する詳細は書かれていない。推測しようにも、その材料がないのだ。わかることと言えばゲームがあり、プレイヤーは7人いる、そのうちの2人が桐渕と島井であるということくらいか。
「そこでだ。仮に何らかのゲームがあったとして、今の時点で先んじて行動を起こすとするならどんな策を立てるかという話になった。まあ、何しろわかっていることが少ない。だから私はこう答えた。7人しかいないゲームに8人目を作ろう、と」
ミステリなどで言えば常套手段。クローズドサークルにおいて、本来いないはずの人間の存在が事件をひっかきまわす。使い古された手だ。桐渕も軽い気持ちで、半ば冗談のつもりで言ったことだった。
しかし、島井は真に受けた。それはいい考えだと絶賛した。生徒会長伝説にまた一つ新たな1ページが刻まれることになるのではないかと奮起してしまったらしい。どうも、桐渕に関する数々の誇大妄想、伝説逸話のほとんどは島井が吹聴して広めたものなのだそうだ。彼はそういう奇癖を持っていた。
そして島井により考えだされた作戦が、向坂を利用した8人目のプレイヤー捏造工作である。島井は向坂の世間ずれした性格を知っており、うまくやれば騙せるのではないかと考えた。島井が彼女から以前よりストーカー被害を受けていたことは事実であり、その仕返しという意味も含めて、偽の手紙を作成して下駄箱に仕込んでおいた。
島井のアクティブすぎる行動について桐渕は無論のこと注意した。しかし、こと桐渕伴のことに関しては並々ならぬ執着を持つ島井である。言うことを聞かなかった。島井の性格も面倒くさいもので、桐渕の言うことには基本的に従順なのだが、たまに暴走することがある。しかたなく、桐渕はその行動を黙認した。
後の流れは言うまでもない。ゲームが始まり、ただのイタズラで終わるはずだった8人目計画が本格的に始動したのだ。それが事の顛末である。
「そ、そんな……では、私はプレイヤーではないと言うの……?」
「そうだね。この計画、当然ながら穴が多かった。まず、向坂さんにこちらの話を信じてもらわなければ成り立たない。島井君の話術の腕も未知数だ。頓挫することは十分考えられた。そのあたりの塩梅は全て島井君に一任していたわけだ」
うまくいかなければ、計画は変更される予定だった。一番単純なのが、桐渕と島井が能力を隠すことなく堂々と暴れまわること。初めから協力してもいいし、敵対しているように見せかけてもいい。どちらかを一般人と思わせてみたり、能力を入れ替えて見せるような小細工もできる。やりようは他にいくらでもあった。
向坂をゲームに組み入れることで島井が狙ったのは、桐渕の安全確保である。7人の頭数がそろいさえすれば、あと1人はゲームの外の存在、一般人であると偽装できる。その1人は戦いに参加しなくてもいいのだ。最終的に島井と向坂ペアが生き残れば、桐渕の勝ちが確定するのだから。自分の正体を晒すことなく敵を殺せるような能力を持っているプレイヤーでもいない限り、ゲームのルール上、いつかは戦場に姿を現す必要がある。その危険を回避させることができるのだ。
向坂の性格は難ありだが、怪我の功名ともいえる利点はある。彼女は桐渕を憎んでいる。そんな人間がまさか島井の、引いては桐渕の傀儡となっているなど普通は思い至らない。桐渕と島井が同じ生徒会に属していて仲が良いという情報は、誰も知らないというわけではない。僕は知らなかったが、その関係を知る者なら協力しているのではないかと疑うかもしれない。向坂を間に一枚挟み込ませることで、カモフラージュの役割も果たせる。
さらに言えば、島井自身にもメリットはある。向坂を矢面に立たせることができる。彼女が強力な能力の使い手であるかのように見せかけることで、敵の注意をそちらにそらすことができる。どんな能力を持った超人がいるかわからない戦いなのだ。猪口才な手だが、それが命綱になる可能性は大いにある。
「それらの理由からこの作戦は実行に移された。だが、現実と言うのは計画通りにいかないものだ。プレイヤーはどれも癖者ぞろい。島井君の能力とは相性の悪いプレイヤーばかりだった。私も島井君に任せて高みの見物を気取るわけにもいかず、こうして前線に出張るより他なかったわけだよ」
考えてみると実際のところ、島井は強力な能力の割に対プレイヤー戦においては思ったより役に立たない気がする。桐渕には使えない。上遠野には使っても意味がないし、樋垣は精神が錯乱しているから効かない。三本は姿が見えないので、任意に対象を指定して効果を発揮するこの技は通用しないのではないか。結果的にこの能力が有効なのは、僕か渥美のみである。その僕にすら能力を無効化されてしまった上、渥美は殺してしまうと自分の首を絞めることになる。終わってないか。完全に一般人殲滅用の役割しか果たしていない。
作戦が有効に活用されていない。向坂により8人目のプレイヤーの存在を錯覚させるとかそれ以前の問題として、表舞台に立つことができなかったのか。
「まあしかしだ。この作戦、別に徒労に終わったとは思っていないよ。最後の最後で彼は役に立ってくれた。わずかだが、大きな前進だ。その意味では、彼は私にとっての“灯”だった」
そう言って桐渕は僕を見る。思わず身構えてしまった。
もし、この作戦がなかったら、向坂がいなかったらどうなっていただろうか。
可能性は無限だ。どう転んでいたのか、選択肢が多すぎて推測することなんてできない。
だが、島井の能力が僕にとって脅威であったことは間違いない。事実、あと少しのところで殺される寸前まで追い込まれた。
もしもさっきの黄金の火柱による強襲、その展開が繰り返されたとして、向坂がそこにいなかったとして、そのときの僕は今の僕と違い、何を考え何を行動したか。
少なくとも、あんなに悩むことはなかった。
島井が色欲の能力者だと初めからわかっていたのなら、何も疑うことはない。島井とか向坂とか桐渕とか、複雑に絡み合う三者の関係をぐずぐずと考察する必要などない。僕は即座に行動したかもしれない。もしくはしなかったかもしれない。だが、悩みはしなかった。それだけは確かだ。その一点においては僕の不利であった。
たったそれだけだ。向坂の登場は僕の思考をほんの少しの間、妨げるというそれだけの効果しか与えなかった。
それだけで僕は乱され、無為に時間を使いつぶした。それもまた事実。
あの場は起こりえるはずのない停滞をしてしまった。僕は意味のない推察の渦に陥り、桐渕は綿密な計画のホコロビにつまづく。もし、あの停滞から抜け出せる時機があったとすれば、それはとてつもなく絶妙だったはずだ。僕は、その機を探ることすらできなかった。
桐渕はこんな結果になることを狙ったはずではない。ただ、結果として起きただけのこと。だが、その結果こそが僕と桐渕の差だった。用意されていた。事前に、昨日の段階から。
それは超能力的トリックではないにも関わらず、超能力以上に僕には異常なことのように感じられた。




