14:17 「新校舎2階廊下にて殲滅 -3-」
桐渕は自分のことをプレイヤーでないと、僕の前ではっきり言葉にした。
そして状況は、その言葉が真実であることを如実に表していた。
『殺す前に自己紹介でもしておこうかしら。はじめまして。私は『色欲の灯』の【武器】を持つプレイヤー、向坂実論ですわ。そして彼は、あなたもよくご存じの島井定規。同じくプレイヤーですわ』
僕はこれまでずっと桐渕を疑っていた。それは間違いだったのか。彼女から僕は「疑念」を持たれている。だから、それを吸収している僕も桐渕に対して必要以上の「疑念」を抱いてしまったということか。
でも、じゃあなんで桐渕は僕のことをあんなに疑っていたんだ。
その理由も、説明できないことはない。
僕は桐渕から異常なまでに疑われていた。それが何を疑っているのかわからないが、とにかくそうだ。しかし、その「疑念」は桐渕にとって当然のものだったのではないだろうか。
僕は桐渕の「疑念」を“異常”と思ったが、桐渕にとってはそれが“通常”だった。僕が特別疑われていたわけではなく、桐渕は自分の周りにいるすべての人間に同じ「疑念」を向けていたとすれば。
会う人会う人、その全てを最初から犯人と疑ってかかる。それは常人の思考からかけ離れていることは確かであるが、桐渕ならやりかねない。即断即決をなによりも望む桐渕なら、他人とは違うぶっ飛んだ思考をしていても不思議ではない。
そういうことなのか。
それは都合のいい思考の合理化なのかもしれない。僕の能力の副作用に引きずられて桐渕への疑いばかりが先行しているだけかもしれない。僕にはわからなかった。
『桐渕伴、焦っているのね。良い表情だわ。あなたの顔を見ているだけで私、もう我慢なりませんわ。定規、さっそく殺してさしあげなさい』
やはりそう来た。魅了の火柱の幻覚に呑まれなかった者は、その場で足を止めてしまう。そこまでくれば後の始末は簡単だ。超能力なんか使わなくったって、島井が持っている剣を振るえば楽に殺せる。
向坂がほとんどの敵を殲滅し、捉えきれなかった者は足止め、そして島井が取りこぼしを始末する。この布陣が通用しない能力者がいたとしても、島井の何らかのバックアップで切り抜けれられる可能性は高い。完璧なコンビネーションだ。というか、向坂の能力が強すぎる。正直言って、こいつらがゲーム序盤から暴れていたら上遠野以外のプレイヤーはあっけなくやられてしまったのではないだろうか。
だが、島井の様子はどこか変だった。葛藤に苦しむというか、ためらっているように見える。
『なにをしているの。さっさと……あら?』
向坂がこちらから視線をはずす。僕たちの後方を見ていた。
そこに何があるのか。
そう言えば、僕の手の中には三本の鎖が残っていた。まだ彼は死んでいないのだ。
疲労困憊状態の三本は樋垣の巨体に押しつぶされて動けなくなっていた。不幸中の幸いというべきか、そのせいで火柱に身投げせずに済んだのではないだろうか。
『悪あがきを。ザコは潔く死になさい。定規、先にあいつらを』
向坂は「あいつら」と言った。複数の存在を指している。おそらく分身体を作ったのだ。本体を連れて逃げるために、樋垣の体をどけようとしているのかもしれない。ところで、分身体には魅了の効果はきくのだろうか。
島井が三本の方へ向かう。さっきまでのためらいはない。
分身たちは接近する島井に応戦するべく動き出した。僕たちの後方から飛び出した分身たちが島井へ突進していく様子が僕の視界にも入ってくる。分身体は感情がないためか、魅了に惑わされてはいないようだ。
しかし、いかんせん弱かった。3人でもその戦力は生身の人間1人に満たない。剣という武器を手にした男に太刀打ちできなかった。桐渕のように磨かれた技を感じさせない、素人目にもひどい剣さばきだが、島井は軽く分身たちを蹴散らしてしまった。
それでも諦めず、1体やられれば次の1体というふうに次々と新しい分身が投入されていく。さすがにそのうっとうしい敵の数に、島井も足を止められていた。分身たちの奮闘も、時間稼ぎ程度にはなっている。こちらとしてはありがたい。
『さて、少し話でもして待っておきましょうか』
余裕綽々といった様子で、向坂は近くの水洗台の端に腰を預けた。まだ拡声器を使っている。
燃え盛る炎の近くにいるというのに、熱さを感じているようには見えない。そもそも床にも天井にも焦げ跡はないし、火は燃え移っていなかった。燃やされたのは人間だけである。
『まずは礼を言っておきますわ。あの筋肉ダルマには、私も手を焼かされていましたの。これで私たちの勝利は揺るがぬものになりましたわ』
錯乱状態の樋垣なら魅了効果も通じなかったのだろう。分身三本にも通用していないようだし、相手の感情や精神状態が術のかかりやすさに関わっているのか。
ただ、火柱の魅了は直接脳に訴えかけられているかのような抗いがたい効果なのである。なんだかわからないが、とても価値があるものがそこにあるかのように感じる。そこに向かえば自分の命がないことがわかっているのに、向かわずにはいられない。絶望的な魅力なのだ。
この感覚には誰も逆らえない。樋垣や分身三本という【武器】の能力に由来する回避法でもない限り、抜け出せないと思われる。諦めないという気持ちを持つだけで打ち消せるのならこれだけの数の人間は死んでいない。
『私が何者か、気になっていることでしょうね。いいですわ、教えてさしあげます。まずは、私と定規の馴れ初めについて話します』
要約すると、
ハーフでお嬢様気質の彼女はクラスで浮いた存在だった。
だが、島井はそんな自分にも壁を作らず接してくれたので、好意を持った。
ストーキングした。
以上の3行で説明できる内容の話をベラベラと冗長に一方的にしゃべっただけだ。心底どうでもいい。
『私の愛に対し、定規はいつも消極的な態度でごまかすばかりでしたわ。その理由はなんなのか、私は調べました。そしてついに諸悪の根源をつきとめた……桐渕伴、あなたですわ!』
島井は桐渕のことが好きだったらしい。同じ生徒会の役員という立場でもあるし、性格はともかくとして桐渕は容姿だけなら美人である。例によって告白された回数は3桁にのぼるとか針小棒大な与太話もあり、そんな噂が立つ程度には言いよってくる男は少なくないのだろう。
『私から定規を奪った泥棒猫、桐渕伴をいかに苦しめてあげようかしらと考えていた折、このゲームの知らせが届いたのです。これはあなたを殺せ、という天からのお導きに違いありませんわ。そして、今度こそ定規の心を私が手に入れるのです』
それがたとえわずかな時間のうちに終わる幸せだとしても。
そう、彼女は付け加えた。




