14:06 「新校舎2階廊下にて攻防 -5-」
桐渕が動いた。
そのときの僕はめまぐるしく変動する状況に頭が追い付かず、じっくり考察する時間も与えられず、ただ事実だけを暴力的なまでに見せつけられた。
樋垣が暴れ、八つ当たりするように近くに倒れていた桐渕に殴りかかろうとしたところ、それまで倒れ伏していた桐渕が突如として動いたのだ。
ごろりと素早く横転し、樋垣の攻撃を回避。直後、四つん這いの姿勢で起き上がり、そこから倒れこむような前傾姿勢を保って走り出す。
その動きは見ていて気持ちのいい光景と言うには程遠いものだった。死にかけと思っていた虫が息を吹き返したようにモゾリと起きだす、多脚をワシャワシャうごめかせる、そんな生理的嫌悪感。
それは疾走。走りがけにスコップを拾い、ガラガラと音を立てて引きずっていく。それに遅れて樋垣が続いた。走り出した桐渕を、雄たけびをあげて追いかける。
異常と異常の行進。その行く手には、透明になった三本がいた。そこで気づく。さっきの銃声はあそこから聞こえたのだ。三本本人が発砲した。そして、桐渕はその音に向かって走った。
何かを決意して。それも即座に。
透明が声を発した。
「来るな! 撃つぞ!」
三本と桐渕との距離は、目算でおよそ20メートルから30メートルほど。数秒で踏破できる。しかし、それより引き金を引く方が早い。
タン。
発砲音が鳴る。当たったのかどうか不明だが、桐渕は止まらない。走りながら上体を起こすと同時にスコップを振り上げ、そしてある場所で振り下ろした。
勢いよく振り下ろされたにも関わらず、不自然な位置で動きを止めるスコップ。その直後、透明だった人間が姿を現した。悲鳴をあげて後ろに倒れる。桐渕はその手から銃を奪い取った。
背後にはすぐそこに樋垣が迫っている。桐渕が振り返り、銃を構えたときには目と鼻の先という距離だった。
つまり、ベストポジションである。
タン。
よろりと、樋垣の体勢が崩れる。それを桐渕は横に跳んでかわす。樋垣は三本の上に倒れこんだ。さっきの悲鳴とは質を異にする断末魔が廊下に反響する。
後ろに回り込んだ桐渕が、再び銃を構える。
タン。
桐渕は笑っているように見えた。
タン。
計3発。桐渕が撃った弾丸は、すべて樋垣の頭部を捉えていた。飛び散る脳漿。樋垣はもう起き上がらない。それもそのはず、僕の手の中から樋垣の鎖は消えていた。
勝負は瞬く間に終わった。
要約すれば、樋垣に倒されたように見えた桐渕は実は気絶したふりをしていただけで、透明化していた三本本人が銃を使ったことを確認したので、それを奪って不死身の樋垣を倒した、ということになる。
その事実を成し遂げるのに、どれだけの不可能があるというのだ。
「おーい、ちょっとこっちに来て手伝ってくれないかい?」
桐渕がこちらに声をかけてきた。
僕たちは、危険な敵が倒されてわーいやったー、桐渕ありがとう、スーパー生徒会長はやることが違う、さすがだぜ。
とは、ならない。
当然ならない。茫然とする。状況の意味がわからず、固まる。桐渕という人間が理解できなくなる。いくら桐渕のことを頼りにしていた生徒たちでも戸惑うしかない。勝った、よかった、桐渕バンザイ、とはならないのだ。
しかし現状、桐渕が樋垣と三本という2人のプレイヤーを倒したことは揺るがぬ事実である。その言葉に従わない理由もない。よって、のろのろと歩きだす。僕たちは桐渕の呼びかけに従って集まる以外にやることがない。
「いや、もうなんというか、驚きしかないっす」
僕の隣にいた分身三本がつぶやく。元からやる気がない顔をしていた分身三本は、余計にやる気がなくなりだらけきった表情になっている。分身が消滅していないということは、三本本人はまだ生きているのか。樋垣からのしかかられただけだし、無数の刃が突き刺さったにしても刃渡り自体はそこまで長くはないので、即死には至らなかったようだ。
僕は他の生徒たちと足並みを合わせて桐渕に近づいていく。ついでに分身三本も生徒の手によって椅子ごと運ばれた。
樋垣の死体の下敷きになっている三本は、動く様子がない。ただ、ずっと「ボクじゃないボクじゃないボクじゃない」と延々うわごとをつぶやき続けているので、直ちに死にそうなわけでもなさそうだった。精神的に死んだ状態とでも言えばいいか。そりゃ、目の前であんなことが起きればそうなって不思議ではない。息も荒く汗だくで、満身創痍といった有様である。もしかして、能力の代償として疲れが溜まるというのは本当だったのだろうか。
樋垣の死体は頭部がザクロのように弾けた状態で三本の上にうつ伏せで倒れている。体から生えていた刃はなくなっていた。見ただけで精神を冒されそうなその死にざまは直視できるものではなかった。なるべく視界に入らないように目をそらす。
ひとまず、状況はわかった。だが、桐渕には色々と説明してもらわなければならない。
「これはひどいっす。桐渕先輩、あんた鬼っす。物事には流れというものがあるっす。怪物に倒されるヒロイン、そこに現れた真打、その手にはなんと拳銃。な、ななな、なぜそんなものが学校に!? と、ここで驚くところっす。そして僕がドヤ顔でトリックを語る、そういう流れになるはずっす」
分身三本は冷静に桐渕にツッコミを入れる。感情が薄いためか、本体が目の前で無力化されているというのに動揺していない。こうして見ると、心が折れて放心状態の三本本人より人形である分身体の方が大物に思えてくる。
「その脚本は私がヒロインであるというところを除いて見所がないね。現実は物語のようにはいかないさ。銃声がしたときは私も驚いた。そして、それを利用するためにどうすればいいか考えた。それだけのことだよ」
それだけのことで決着がつく話か。問題はどうやって三本が銃を用意したか、ということだ。本物の拳銃なんて、現代の日本で暮らす高校生の僕たちにとっては空想上の存在みたいなものだ。三本には銃を作りだす能力でもあるというのか。
「おおよそのトリックは予想がついた。分身を使って外から持ってきたのだろう」
桐渕はなんでもないことのように話す。
なんでそんな結論になるんだ。確かに学校に銃が置いてないことは当然だ。しかし、かといって学校の外に拳銃なんかあるのか。法律で所持が禁止されている銃である。猟銃が趣味の人の家とか、暴力団とか、およそ個人で見つけられそうな場所にあるはずが……
いや、そうか。身近なところにある。警察だ。警察官なら銃を所持している。そう考えると、あながち探し出すことは無理とは言い切れない。交番に行けば置いてあるかもしれない。窓から眺めた学校の外の風景は、人間が誰一人として存在しない閑散とした世界だった。ここが僕たちが11時59分までいた世界と異なる別世界で、学校の外が見た目通り最後の審判後の終末世界みたいな場所だったのならば、盗み出すことは容易だ。
だが、それは外に出られればの話だ。この学校には脱出阻止結界が張ってある。これは校舎の中と外を区切る絶対の壁だ。【武器】の能力によっても突破できない。それができてしまうのならわざわざそんな結界を作って僕たちを閉じ込める理由がなくなってしまう。ゲームの趣旨に反するではないか。
「このゲームのルールにこんな一文があった。『ルール②:校舎内が会場である。ゲーム中、全ての人間の出入りを禁じる。ゲーム終了後、解放する』。“人間”の出入りを禁じると言っているだけで、その他のモノについては言及していない。つまり、分身はこのルールの適用外だったというわけだね」
桐渕は前に、校舎を覆う結界に人が通れるほどの穴はないと言った。それは有志の生徒が脱出ルートを調べたときにわかったことだが、得られた情報は正確にはそれだけではなかった。換気口など、わずかな隙間は開いていたのだ。そこから指や手を出したりすることはできなかったのだが、物は外に出すことができた。
別に利用価値のない情報だと思っており、桐渕は口にしなかったようだ。確かに、校舎内の小物を小さな穴から外に出せたところで何ができるわけでもない。そう思うだろう。
しかし、三本は違う。その穴から棒きれを外に投げ捨て、それを分身体に作り替えれば、外の世界で行動することができる。人間ではなく、人形ならそれが可能なのだ。外の世界のモノを校舎内に持ち込むことができる。
三本はルールの穴を突いた。それこそが、彼の“秘策”だったのだ。




