12:06 「教室にて考察 -2-」
新校舎一階で生徒が殺された。犯人は大柄の男子生徒。詳細は不明。
耳を疑わずにはいられない。だって、まだ5分ちょっとだ。ゲームが始まって5分で人が死んだ。
いくらなんでも早すぎる。犯人はおそらくプレイヤーなのだろうが、何を考えているんだ。こんなしょっぱなに、あろうことか一般人に目撃されるような杜撰な戦闘行為を行うなんて信じられない。いくら戦闘向きの能力を得たとしても、普通の人間はためらう。まずは1時間。そのくらいは様子見をしないだろうか。自分は素性を隠しておいて、敵が尻尾を出してから行動しても遅くはないと考えるはずだ。
あるいは、その殺された生徒はプレイヤーだったという可能性。いや、それ以外にありえない。相手がプレイヤーだという確信があったのなら、目撃されることを覚悟で戦闘を行う心理もわかる。なにせ敵は6人もいるのだ。1人でも多く殺せば自分の生存確率は高まる。自明の理だ。
そうだとすれば、携帯に死亡通知メールが届くはず。僕は待った。携帯を手に、つながらない家族にむけて必死に電話やメールをするふりをしながら通知メールを待った。
だが、来ない。すぐには来ないのかもしれない。プレイヤーが死んでもその確認処理とかで手間取って、通知は少し遅れる。その可能性は大いにある。しかし、待つ時間が刻々とすぎるうちに、僕の中には嫌な想像が膨らんでいく。
一般人を殺したんじゃないのか。何の理由もなく、力を振るいたいという欲望に駆られて。
そんなことは、あるはずがない。わざわざ敵に自分の位置を教え、余計な人間の怒りを買い、自分の立場を不利にする。そんな不合理な行動をとるなんて、そんな奴、
「頭が狂ってる……」
自分に理解できないことを不合理だと決めつけるのは良くないか。それは思考の放棄だ。考えよう。そのプレイヤーにも意思がある。
『どうか落ち着いて聞いてください。現在、この学校は何らかの異常現象により外に出ることができなくなっています。また、危険な行動を取る生徒もいるようです。その生徒に関しては、教員たちで対処しています。くれぐれもパニックにならずに、自分の教室内にいてください』
さっきからこの調子で同じような内容を繰り返す全校放送が鳴り響き続けている。さらには非常ベルのけたたましい騒音も聞こえていた。これでパニックにならずにいられる生徒の方がどうかしている。僕も慌てふためいている。演技半分、本心本分だ。
よく考えれば、こういう状況になることもありえるのかもしれない。
このゲームは12時に始まり、3時に終わる。すなわち、タイムリミットは3時間だ。
これはあまりに少ない。
6人を殺さなければならないとして、1人にかけられる犯行時間はたったの30分。もちろん、敵もお互いに潰し合おうと動くわけだから絶対そうでなければならないというわけではない。しかし、その逆もありえるのだ。お互いに戦闘を避けようと様子見をしているうちに時間だけが過ぎ、気付けば30分、1時間、1時間15分……と経過していく。いくら校舎内に場所が限定されているといっても、たとえば残り1時間で7人全員生存、なんて事態になったら。そこで600人の中から数少ないプレイヤーを制限時間までに果たして見つけられるのか。時間ぎりぎりまでこう着状態が続いて、時間オーバーになってしまっては目も当てられない。
だから、そんなことになるくらいなら自らプレイヤーであることを明かして他のプレイヤーを釣り出す。そういう手もなくはないのだ。自分の強さに自信があるのなら、あえて目立つ行動をとることで敵の動向を探る。いずれは戦わなければならない相手だ。誰かが何らかのアクションを起こすはずである。それに、一般人という森の中にプレイヤーという木が紛れ込んでいるというのなら、森ごと燃やしてしまえ、という考えも理解できないではない。
僕の性格では絶対に行えないような作戦だが。
事態は急速に動き出した。まだあと3時間もあるなんて悠長なことは言っていられない。行動しなければ。
しかし、足が動かない。机に行儀よく着席したまま、固まったまま。
行動するって、具体的に何をするというのだ。まさか、その気違い殺人鬼に喧嘩をしかけに行くというのか。冗談ではない。
じゃあ、何をするんだ。情報収集か。どうやって。いつどこにどんなプレイヤーが潜んでいるとも知れないこの伏魔殿と化した校舎を渡り歩けと。
もういっそのこと、この教室に居座ろうか。でも、教室だから、クラスメイトだから安心だなんて、そんな保証はどこにもない。
リスクが高すぎるんだ。どんな行動をとるにしても。ただそこに待機していることすら許されない。
このままじゃ、戦えない……
「みんな、落ち着け!」
鶴の一声とはこういうことを言うのだろう。
よく通る澄んだ声。僕が聞きなれた声。
教室内の騒ぎは少しずつおさまり、みな一様に彼女に目を向ける。
「放送でも言っていたとおり、パニックになってはダメだ。これからは私が指示を出す。慌てず、落ち着いて行動しよう」
誰も反対意見など言わない。そこには好意的な眼をする者ばかりだ。彼女になら指揮を任せられる、彼女に従えば助かるかもしれない。そういう一目も二目もおかれる確かな信頼がある。
完全無欠のスーパーヒーロー。
奇跡の手腕の生徒会長。
そして、僕の幼馴染。
桐渕伴の登場である。




