13:58 「新校舎2階廊下にて攻防 -2-」
「やあ、生徒会長殿。調子が良さそうでなによりっす」
意識がないかのように脱力していた分身三本が言葉を発した。気安い口のきき方。感情がない人形は本心を悟らせない。いや、本心というものがない。
「ああ、私はすこぶる快調だよ。君はどうだい?」
「見ての通り、っすよ。まったく、あなたは怖い人っす。まさかこんなことになるとは思わなかったっす。いや見事。感服したっす」
素直に負けを認める分身三本。確かに、現状から言ってその通りなのだが、その態度がなんとなく胡散臭い。
「まあ、それはさておき。図書室でも言いましたが、例の“秘策”の準備がいよいよ整ってきたので、その伝言に来たっす。約束通り、先輩にはぜひその披露を特等席で観てもらいたいっす」
秘策。
そんなことを三本は以前、言っていた。このゲームを制しうる秘策があると。
はったりか、もしくは透明化能力のことを言っているのだと思っていたが、違うのか。だが、そんなはずはない。三本の能力が露見してしまった以上、彼にゲームを制する力は残されていないはずだ。
「ああ、そうだったね。君の秘策とやら、見せてもらおうか」
「……ひひ、ひはははは!」
急に気持ち悪い声で笑い出した三本に、周囲の人間は警戒して一歩下がる。
その笑い顔は奇妙としか言えない歪さだった。表情は人間の感情を表す声なき言葉だ。しかし、三本の笑みからは何も伝わらない。笑っているのに、笑っていない。かといって、笑い以外の感情もない。ただ笑っているように見えるだけの、からっぽの笑い。人形の笑顔。
桐渕だけはその気がふれたような笑いを平然と受け止めていた。
「さあさ、お立会い! これより始まるは美女と野獣の手に汗握る大決闘! 悲劇も喜劇もハンカチ必須、血みどろ汚れは当方責任持ちません! それでは素敵な素敵な人形劇の始まりだ!」
そして僕たちは何事かと三本を問いただす間もなく、悲鳴を聞いた。
それは開幕を知らせるベルのように。しかし観客たちはどよめいて、一目散に走りだす。
「があああああっ!」
どこかで聞いたことがある絶叫と、見たことがあるその巨体。
プレイヤー、樋垣鯨太郎が三本の紹介に応じたように、その姿を現した。
旧校舎側の廊下からこちらに走り寄ってくる樋垣を見て、生徒たちは騒然となった。血に濡れたギザギザだらけのその体はモンスターとしか呼べない凶器になり果てている。刃向かおうなんて考えは浮かばない。それは紛れもない怪物で、生徒たちは人間だから。樋垣から我先に逃げようと、廊下の反対側に向かって全員が走る。
逃げる獲物がいれば追うのが狩猟者の役目だ。樋垣がこちらに走ってくる。
「なるほど、そういう趣向か」
「気に入ってもらえましたっすか、先輩」
「実に私好みさ。気がきくね」
たった1人、桐渕伴は人の流れに逆らって歩き出す。武器を片手にモンスターへ向かい、近づこうとしている。戦おうとしている。超能力以前に、そのこと自体がまず異常。
やはり、桐渕も笑っていた。
「さて、頭を使う時間は終わりだ」
歩みから走りへ。いつだって桐渕に躊躇はない。
「があっ!」
呼応し、獣が吠えた。逃げる獲物の中から1人現れた異常。ならば排除しなければならない。破壊しか頭にない暴力の化身は、自分以外の破壊者を認めない。標的は目の前の敵に絞られる。
勢いよく突進を決めるかのように見えた桐渕だが、そんなわけはなかった。あの巨体に真正面からぶつかることは悪手とわかりきっている。衝突を思わせて、直前からの機敏な切り替え。スウェーで横をすり抜けた桐渕は、樋垣の背後に回り込む。片足を軸に、振り向く回転の勢いに合わせてスコップを振りかぶった。
獲物を捕え損ね、たたらを踏む樋垣の後頭部にフルスイングが決まる。文句なしの腰が入った全力の振りぬき。遠心力によって加速した凶器の切っ先は、容易に人を殺しうる威力だ。手加減なしの、最大威力。
しかし、それを受ける相手も並みではなかった。ガキンと、火花が飛びそうな金属がぶつかる音がする。樋垣の頭部から生えた刃が桐渕の一撃を受け止めたのだ。スコップの先は樋垣の頭蓋に届かない。
それでも脳を揺らすことができたのか、樋垣の巨体の動きが鈍った。その隙を見逃さず、桐渕は持ち直した得物で樋垣を突く。槍のような刺突が丸太のような脚を捉える。鱗のように生える刃の鎧の隙間を縫い、切っ先を突き刺した。
樋垣は叫ぶ。おそらく痛みのせいではない。怒りの咆哮だ。
うっとうしいハエを払うように、振り返りざまの拳が放たれた。桐渕はその気配を読んでいたのか、後ろに下がってかわす。
樋垣は後れを取るばかりではなかった。速く、鋭く突き出される拳の連打。打ちっぱなしではなく、むしろ次打に備えて腕を引くことを重視している。明らかに今までに見てきた彼の攻撃とは違った。力任せの威力だけを狙った大ぶりの攻撃から、速さと連撃を求めたシャープな戦い方へ。
理性を失っても身に刻まれた戦闘スタイルは生きていたのか。桐渕の攻撃が彼の戦闘知識をよみがえらせる刺激となったのか。軽く腰を落とし、両腕を盾のように前で構えたその姿は一転して堅固。そこから放たれる素早い拳は止まることを知らなかった。威力を犠牲にしたといっても、その巨体から繰り出される拳は十分な殺傷力を秘めて桐渕に襲いかかる。
桐渕も応戦し、スコップで拳をいなしていく。パワーで負けていてもリーチでは圧倒的に桐渕に分があった。拳の雨をはじき、かわし、一瞬の隙をついて刺突を叩きこむ。
一方、樋垣も下がらない。凶刃をギザギザと生やす危険な腕は、何度スコップに阻まれようと一向だに介さなかった。痛みも疲れも知らない猛獣は止まらない。桐渕も攻めあぐねる。
異常同士の互角の闘い。それは三本の言うとおり、劇のような惹きつけられる巧みさだった。




